5月末の大野原

5月になってから、調査で各地を走り回る毎日で、なかなか自身の採集や観察ができません。

それでも、ちょっとの隙間を見つけて、仕事帰りの5月20日と、その一週間後の5月28日の2回、それぞれ短時間ですが、大野原に立ち寄ってきました。

5月20日、草原にはさまざまな草が芽吹き、一面緑に覆われています。

5月20日の大野原
5月20日の大野原

しかし、スウィーピングや草掃き採集をしても、ほとんど虫は入ってくれません。
草の虫は、樹の虫よりずいぶん出だしが遅いような感じがします。

一番の目的は、アザミにいるはずのササキクビボソハムシで、沢山生えているノアザミを片っ端から見ていきますが、なかなか見つかりません。

そのうち、同行の築島君がヤナギの葉上に静止していた本種を見つけてくれたので、いることは確認できて、気持ちに弾みが付きました。

さらに探し続けていたら、ようやく、わずかに食痕のあるノアザミ(写真)を見つけて、1ペアが見つかりました。

アザミはあちこちに咲いていても、食痕がまだほとんど見つからないので、今、出始めたばかりと言ったところかもしれません。

(ササキクビボソハムシの♂♀)

アザミの花には、ゴボウゾウムシ Larinus latissimus latissimus Roelofsも付いていました。
九州の山地では、もっと大型で細長いシラクモゴボウゾウムシが一般的で、丸くて小さいゴボウゾウムシの方は、長崎県内では記録がありません。
本種の方は、より低地に産するようで、近くの嬉野市の平地から西田さんが記録しています(西田, 2004)。

ゴボウゾウムシ
ゴボウゾウムシ

アザミの脇にナルコユリが咲いていて、こちらにも食痕があります。
いくつか見ていくと、チャバネツヤハムシがいました。

「待てよ?」
確か、チャバネツヤハムシはガガイモやイヨカヅラに付き、ナルコユリに付くとは聞いたことがありません。

何度も見直すと、老眼の目で見ても、どことなくちょっと違うように見えます。
ともかく、少し数を稼いでおくことにしました。
花を食べたり、葉の付け根に潜ったりしている個体もいます。

帰宅して顕微鏡の下で確認すると、上翅には点刻列があり、ナガトビハムシ Liprus punctatostriatus Motschulskyでした。

(ナガトビハムシ♂♀)

本種の色や形はチャバネツヤハムシとほとんど同じで、揺らしてもなかなか跳ねて逃げたりせず、動きが鈍いのも共通です。
ナルコユリに付いていなければ見逃すところでした。

当然、ナガトビハムシは佐賀・長崎両県の記録は無く、考えて見たら、自身でも初めての採集です。
時に、前胸まで赤褐色の個体も見られます。

また、♀は交尾の際に♂に囓られるのか、上翅にキズのある個体が多いようです。

この種は、福岡県(英彦山・平尾台・香春岳)と、大分県(黒岳・由布岳)から記録されています。
微妙ですが、やはり草原の周辺で見られる種なのでしょう。
面白いのは、日当たりの良い株よりは、林縁など、多少湿気の多い株に食痕も虫も多く見られたことです。

本種はずいぶん昔に友人からいただいていて、長い間、中部や関東の高原でしか見られない種との印象を持っていました。
今回確認した記録から考えると、結構、低地でもいるもののようです。

食草として同じユリ科の「ギボウシなど」が載っていますが、ナルコユリの記録があるかどうかは確認できませんでした。
改めて大野原で撮った写真を図鑑で確認してみると、どうも、オオナルコユリのような感じがします。

(ナガトビハムシのホストのオオナルコユリ?)

今回のもう一つの目的としては、昨年紹介した不明のツツハムシ(仮称ハギチビクロツツハムシ Cryptocephalus sp.)の♂です。
昨年、♀を6月末に採集しているので、♂がそろそろ出現してくるのではないかと思ったわけです。

しかし、メドハギはまだ芽吹いたばかりでせいぜい10cmあまり。
マルバハギはかなり若葉を広げて、ハムシ類に食べて欲しいと言わんばかりでしたが、ほとんど食痕は無く、夏場に無数に群がっているマメ科喰いの他のハムシ達も、まだ、ほとんど見られませんでした。

草地では、ヒラタアオコガネがブンブン飛び回っているだけで、草の上を這い回っている虫はほとんど見られません。
それでも、せっかくなので、溜め池周辺で草掃き採集を試みてみました。

帰宅して顕微鏡下でソーティングしてみると、ホソツツタマムシ Paracylindromorphus japanensis (E. Saunders)と、オオシロモンサルゾウムシ Hadroplontus ancora (Roelofs)が含まれていました。前者はイネ科の雑草で採ったことがあり、後者は雲仙山麓の高原・田代原の牧場草地で採集しているので、どちらも草喰いの虫であることは確実です。

(上:ホソツツタマムシ、下:オオシロモンサルゾウムシ)

さらに、一週間ほどして、5月28日、所用で雲仙市まで出かけるついでに、立ち寄ってみました。

5月28日の大野原
                            5月28日の大野原

ハギチビクロツツハムシが気になっていたからです。

しかし、昨年、♀が見られたマルバハギには、まだ、マルキバネサルハムシ Pagria ussuriensis Moseyko et Medvedevが少数見られるだけです。
あいかわらず、ハギの葉には食痕もほとんど見られません。

黒く焼けた昨年の茎の回りに若葉が茂るマルバハギ
                      黒く焼けた昨年の茎の回りに若葉が茂るマルバハギ

ノアザミからはササキクビボソハムシが2ペア落ちてきましたし、オオナルコユリには同じようにナガトビハムシが付いています。

しかし、その他の草原の虫の新顔には出会うことが出来ませんでした。

今年の九州の5月は、例年とは全然違って、低温傾向が続いています。
時々、思い出したように暑い日がありますが、ほとんど寒い日が続いています。
この日も標高450mの草原ではありますが、ようやく気温18度です。例年なら、晴天なら25度を超えているはずです。
乾燥も強く動き回るのにはひどく快適ですが、風もかなり強いので、あまり飛び回る虫も見られません。

早々に草地は諦めて、風の当たらない林縁を叩いてみることにしました。

風の当たらない林縁
                           風の当たらない林縁

ちらほらとシイの花が咲いており、クリの花も咲き始めと言ったところ。
花の周囲や、付近の葉上、下草の上などにも、風を避けて虫が静止しています。

林縁のワラビの葉上には、大型のオオシロオビゾウムシ Cryptoderma fortunei (Waterhouse)がいました。

オオシロオビゾウムシ
                            オオシロオビゾウムシ

この種は春先に見られる種で、県のRDB種に指定されています。

風当たりの弱い林縁には、やはり多くの甲虫が吹き寄せられて避難しており、縁を100m程に渡って叩いて回ったところ、短時間に葉上から80種余りが見つかりました。
その大部分は樹林性の種で、残念ながら、当地の特徴である草原性の種はほとんど含まれておりません。

しかし、イガラシカッコウムシ Falsotillus igarashii (Kono)や、ウスバツマキジョウカイ Malthinus nakanei Wittmer、ベーツヤサカミキリ Leptoxenus ibidiiformis Bates、カサハラハムシ Demotina modesta Baly、チビカミナリハムシ Zipanginia picipes picipes (Baly)など、多少とも興味深い種も含まれていました。

特に、最初のものは、長崎県からは初めての記録になりますし、大野原で採集できるとは予想していませんでした。

(上:イガラシカッコウムシ、下:ベーツヤサカミキリ)

昨年末に、この項でも繰り返し紹介した大野原の昆虫類について、今坂(2009)として記録をとりまとめて、甲虫224種、その他の昆虫44種、合計268種を報告しました。

その後、西田さんが303種(西田, 2010)、宇都宮さんが2種(宇都宮, 2010)の甲虫を報告し、集計が不十分な甲虫以外の記録を除くと、大野原の甲虫は現在までに445種が記録されています。

このうち、草原に生息する、草地性、湿地性、溜め池周辺の裸地・石下性の種を含めて、オープンな環境に主として依存するものは187種で、42%程度を占めています。

この数字だけを見ると、広大な草原の割に、見かけによらず樹林性の種も多い印象を受けるかもしれません。
実際、草原の谷間や、周囲には結構樹林が発達しています。

なんと言っても、植生の多様性は草原よりは樹林の方が豊かですので、それらに依存する昆虫の数も多いはずです。

また、西田さんの調査は周辺の樹林も広く含まれていることが断ってありますので、樹林性の種が多いのは当然です。
そういうことを考え合わせると、逆に42%という数字からは、草原性の種の比率がかなり高いと言えるのかもしれません。

今後もまだ、調査は続ける予定です。

引用文献
今坂正一, 2009. 大野原で確認した昆虫類−長崎県RDB調査の見直し調査の一環として−. こがねむし(長崎昆虫研究会会報), (75): 1-25.
西田光康, 2004. 佐賀県藤津郡嬉野町下宿,下野で得られた甲虫類. 佐賀の昆虫(佐賀昆虫同好会会報), (39): 749-760.
西田光康, 2010. 大野原高原周辺の甲虫. 佐賀の昆虫(佐賀昆虫同好会会報), (45): 405-418.
宇都宮靖博, 2010. アラメエンマムシとムモンオオハナノミを長崎県大野原で採集. 二豊のむし(大分昆虫同好会会報), (48): 136.