春の小石原 3

前回、スゲヒメゾウムシに加えて、キンイロネクイハムシが見つかり、ババスゲヒメゾウムシ、ミヤマクビアカジョウカイ、ムギクビボソハムシ等、湿地性や草地性などの、福岡県内ではほとんど採集したことの無い種が次々に出現しました。
そのため、「この分なら、まだまだ面白そうな種が出るに違いない」と大いに自身高揚し、何人かの人にも吹聴しました。

2回に渡る小石原の記事に刺激される人も出て、5月21日、総勢、5名+αで小石原に出かけることになりました。
今坂・國分・大塚のトリオに加えて、福岡県のゾウムシのまとめを作成中の城戸さん、そして、たまたま福岡県内まで用事で来ていた、大分昆会長の堤内さんとそのご家族です。

堤内さんも、ゾウムシには並々ならぬ情熱を持っておられ、是非、スゲヒメゾウムシを大分県でも発見したいと、小石原の生息地を見に立ち寄られたわけです。

と言うことで、今日は、まずスゲヒメゾウムシがいる第2湿地に直行しました。

(第2湿地)

第2湿地

たいして広くも無い放棄水田の中で、私と國分さんを除く3人の虫屋が、三人三様にスゲをスウィーピングして、それなりに、何個体かずつ、採集されたようです。

(第2湿地でのスウィーピング)

第2湿地でのスウィーピング

(何か採れましたか?)

何か採れましたか?

私は設置しておいたライトFITと、イエローパントラップを回収し、またさらに設置しました。
ライトFITに入っていた虫はごく少なかったのですが、それでも、スゲヒメゾウムシも2個体だけ入っていました。

(ライトFITに入ったスゲヒメゾウムシ)

ライトFITに入ったスゲヒメゾウムシ

スゲヒメゾウムシはあまり飛びそうも無く、飼っていても、後翅を広げて飛ぶ気配は全く感じません。
しかし、ライトFITに入っていたと言うことは、やはり、時には飛ぶのかもしれません。

それ以外は、カクムネトビハムシ、ヨツボシハムシ、キイチゴトビハムシ、ツブノミハムシ、ニホンタケナガシンクイくらいで、あまり注目する種はいません。

(ライトFITに入った甲虫)

ライトFITに入った甲虫

イエローパントラップの方がかえって多くの虫が入っており、ハチ、ハエ類はかなり多かったです。

甲虫で目立ったのは、まず、オオセンチコガネが入っていたことで、このあたりにも、かなりシカが入っているようです。

(イエローパントラップに入っていた甲虫)

イエローパントラップに入っていた甲虫

その証拠に、あちこち回った後、夕方前に、地図上にあるこの放棄水田の奥にあったはずの溜池を探索に分け入った際、昼間なのににかかわらず、走って逃げるシカを目撃しました。

溜池があれば、きっと何か面白い水生昆虫が見られるはずと思って、探したのです。
しかし、残念ながらずいぶん前に埋め立てられていたらしく、かなり太いスギの植林地に代わっていました。

イエローパントラップに入っていた湿地っぽい種としては、リュウキュウダエンチビドロムシ、ヒメマルハナノミくらいです。

水辺に見られるフタモンミズギワゴミムシやツヤマメゴモクムシ、アリヅカムシの一種、ミズギワヨツメハネカクシの一種などが見られましたた。

ただ、むしろ、クロツヤハネカクシ、ヒゲコメツキ、アカハラクロコメツキ、ヒシモンナガタマムシ、フチトリコメツキダマシの一種、コケシジョウカイモドキ、キボシテントウダマシ、ムネビロカクホソカタムシなど、樹林性の種が多く入っていました。

湿地の横の斜面は広葉樹の雑木林でしたから、この結果は頷けます。

意外だったのは、アリの巣に寄生するアリノスコブエンマムシと、ススキやヨシにいるヨシカクムネチビヒラタムシが入っていたことです。
湿地の周りでも、様々な種が活動しているのですね。とりあえず、湿気が多いのが虫には良いのでしょうか・・・。

(左から、アリノスコブエンマムシ、ヨシカクムネチビヒラタムシ)

左から、アリノスコブエンマムシ、ヨシカクムネチビヒラタムシ

次に、ババスゲヒメゾウムシを見たいと言うことで、第3湿地に移動します。

これだけ5人もの虫屋が同じ採集場所に集まることは少ないので、とりあえず記念撮影です。
皆が入るように、堤内さんの娘さんに撮影していただきました。

(記念撮影、左から、國分、大塚、城戸、堤内、今坂)

記念撮影、左から、國分、大塚、城戸、堤内、今坂

それから、思い思いにスギ植林地の湿地に散っていき、スウィーピングです。

大塚君は湿地のゴミムシ類にも興味があるので、水辺を見つめていました。

(ゴミムシを探す大塚君)

ゴミムシを探す大塚君

ジッと見つめていると、ミズギワゴミムシなどが走り回ることも多いのですが、ここでは見つからなかったそうです。

それでも、湿地性ゴミムシは他とはぜんぜん別の、珍しい種が採れることが多いので、ベイトトラップを設置することにしました。

しかし、普通にベイトを入れると、翌日には回収する必要があるし、少し長くなるとせっかく入った虫が腐ってしまうことになるしで、釈迦岳や英彦山の調査では、オスバン液を薄めた液だけを入れて、文字通り、落とし穴トラップ(ピットフォールトラップ)にしていました。

これだと、誘因効果は全くなく、たまたまそこを通って入った虫やヤスデ、その他諸々が、そのうち腐ってきて、その臭いに釣られて目当ての虫が入ってくれるのです。

ブナ帯などの山地なら、10日から2週間程度放置するには、この方法が比較的効果的ですが、ただ、やはり、入った虫の大半は腐り始めています。

何とか、この折衷案のトラップを作れないものかと考えて作ったのが、次の半ベイトトラップです。

(半ベイトトラップの材料)

半ベイトトラップの材料

ベイトは蛹粉で、これを左のティーバッグに詰め、零れないように封入して、これをビニールカップにホチキスで止めます。

これを適当な数だけ作っておいて、ベイトトラップ同様に地中に埋め、コップの中に薄めたオスバン液を入れて、ティーバッグがコップの中央に来るよう折り曲げます。

(設置した半ベイトトラップ)

設置した半ベイトトラップ

獣等に、いたずらされるリスクを減少させるために、この半ベイトトラップと、オスバン液だけ入れたピットフォールトラップを交互に埋めていきます。

さて、次回、どんな結果が得られるものか・・・。

私は引き続き、イエローパントラップとライトFITを設置しておりましたが、他のメンバーは、その間もスギ林内の湿地で、スウィーピングを繰り返していたようです。

(イエローパントラップ設置)

イエローパントラップ設置

後で伺ったところ、各自、数は少ないながら、目的のババスゲヒメゾウムシも、スゲヒメゾウムシも採れたようです。

(ライトFIT設置)

ライトFIT設置

城戸さんが、「スジグロボタルが採れましたよ」と弾んだ声で言われました。この種は鮮やかな赤地に、上翅には数本の黒い縦筋が走り、生時は、なかなか綺麗な種です。

福岡県の記録は、ちょっと調べた範囲では出てこなかったので、あるいは初記録かもしれません。

(補足)城戸さんのご教示によると、犬ヶ岳の戦前の標本が九州大学にあり、城戸(2020)として記録されたそうです。ご教示いただいた城戸さんにお礼申し上げます。

城戸克弥, 2020. 福岡県のベニボタル・ホタル・ホタルモドキ科, KORASANA, (95): 39-56.

本種は陸生のホタルと言われていますが、林(2006)によると「幼虫は水辺の極めて湿潤な場所で、落ち葉、枯れ枝、コケなどに見いだされ、その付近にはカワニナも多い。中略。この種は、現在も分類上では陸生ホタルの一種とされている。しかし、幼虫は水の中で上手に泳ぎ死ぬことはない。水から上げて陸におくと死んでしまう。中略。これが、なぜ陸生ホタルなのか大きな疑問が残った。」と述べられていて、完全に湿地性(半水生)の種のようです。

林 長閑, 2006. (10) スジグロボタル (Pristolycus sagulatus). 日本産ホタル10種の生態研究: 126-127.板当沢ホタル調査団編.

小石原の1回目をホームページにアップした際、この板当沢ホタル調査団が発展的に改編・改名した「陸生ホタル生態研究会」の事務局、小俣さんより、「スジグロボタルは見つかっていませんか?」とお尋ねがありました。

その時点では未だ見つかっていなかったので、そう答えましたが、確かに、その種にとってのドンピシャリの環境さえあれば、その種は必ずいるものなんですね。つくづくそう思いました。

私もちょっと、お尻がムズムスし出したので、トラップもそこそこにして、スウィーピングを始めました。
スゲヒメゾウムシ2種は前回採ったので、それ以外に何かと思いながらスウィーピングしていくと、赤い虫が・・・。
私のネットにも、スジグロボタルが入りました。
なぜか、上翅の左側に丸い穴が空いています。

(スジグロボタル)

スジグロボタル

さらに、スウィーピングしていくと、今度はカタキンイロジョウカイが入りました。
本種は本州、九州に分布し、九州では佐賀県で2-3カ所、福岡、大分、鹿児島で各1-2カ所しか知られていない湿地性の珍品です。

これは、狙っていただけに、ヤッター!!と言う気分になりました。

実は、福岡県から本種が記録されていることは知っていたのですが、それが何処なのか、ちょっと前まで知らなかったのです。

それを、國分さんが、「小石原のこんな記録があるよ」と教えて下さったのが、奥島さんの報告でした(奥島, 1996)。

奥島雄一, 1996. 九州におけるカタキンイロジョウカイの追加記録. 甲虫ニュース, (115): 10.

この報告によると、九州大学の松本さんが、小石原の湿地で、林縁部に咲いていたクリの花に本種が飛来していたのを採集したとのことで、これが福岡県の唯一の記録だったわけです。

その記録を追認できたことになります。
本種は、スジグロボタル同様、湿地の指標種(=珍品)と言うべき種なので、また1つ、湿地性種としての成果が上がったことになります。

そろそろ、同行の虫屋さん達も車に戻っていたので、私も戻り、カタキンイロジョウカイを披露しました。

「キンイロジョウカイに似ていますが、金属光沢は上翅基部だけで、他は黄褐色のまま・・・」などと説明しながら、生かしたまま、タッパーに収容しました。帰宅してから、生態写真を撮ろうと思ったのです。

スゲなどの草も沢山一緒に入れて、その一部はタッパーからはみ出していました。
それを見た人から「そんな入れ方では逃げられてしまうよ」との注意もあったのですが、「まさか、そんなことは無かろう」と軽く受け流してそのまま持ち帰りました。

帰宅してから、写真を撮ろうと中を明けると、何処にもいません。スゲなどを放りだして隅から隅まで見ましたが、やはりいません。
ガーーーン、本当に逃げられてしまったようです。

まあ、皆さんに見せびらかしたので、採れたことは証人がいるし、小石原の記録は既にあるし、佐賀県の嘉瀬川ダム等、何カ所かで採集して標本は持っているし・・・等々と、言い訳をしいしい自身を慰めてから、気持ちを切り替え、次回、また探して採ろうという気分になりました。
クリの花はこれから咲くことでもあるし・・・。

話だけでは解りにくいので、嘉瀬川ダム産のカタキンイロジョウカイの写真を載せておきます。

(嘉瀬川ダム産のカタキンイロジョウカイ)

嘉瀬川ダム産のカタキンイロジョウカイ

この後、堤内家は別れを告げて、大分県でスゲヒメゾウムシを探すべく、探索に出かけられました。
しかし、夕方、電話があって、残念ながら、スゲヒメゾウムシは見つからなかったそうです。

残った4名は昼食をとりながら、成果を話し合いました。
それから、当初パスしていた第1湿地に向かいます。

私は例によって、ライトFITとイエローパントラップの回収です。

(ライトFITの甲虫)

ライトFITの甲虫

ライトFITには春の常連さんの、オオキイロコガネ、クシコメツキ類、アカコメツキ、ヨツボシモンシデムシが入っていました。
加えて、キノコの付いた立ち枯れに下げていたためか、ミツボシチビオオキノコ、タイワンチビカッコウ、クロモンシデムシモドキなどキノコものがちらほら。
それに、枯れ木ものも多く入っていましたが、特に珍しい種はありません。

(左から、アカコメツキ、ミツボシチビオオキノコ、トゲハラヒラセクモゾウムシ)

左から、アカコメツキ、ミツボシチビオオキノコ、トゲハラヒラセクモゾウムシ

湿地の水辺に置いたイエローパントラップには、ここでも、オオセンチコガネが入っており、他に、オトシブミ、ラインアシナガコガネ、ホソアシナガタマムシ、そして、ネクイハムシの一種(現地ではよく見えなくて何だか解りませんでした)が入っていました。

(第1湿地に置いたイエローパントラップに入った甲虫)

第1湿地に置いたイエローパントラップに入った甲虫

(左から、ホソアシナガタマムシ、ネクイハムシの一種→スゲハムシ♀)

左から、ホソアシナガタマムシ、ネクイハムシの一種→スゲハムシ♀

ちょうどその頃、道路沿いの湿地の縁でスウィーピングしていた大塚君から、「キンイロネクイハムシとは違ったネクイハムシが入りましたよ」との声が掛かりました。

大塚君はその後もいくつか採集したようです。

(ネクイハムシ類がいた第1湿地)

ネクイハムシ類がいた第1湿地

私も早々にトラップを切り上げ、湿地のスウィーピングを始めます。

ここの湿地では水中からスゲが生えていますが、どうも、第2や第3のカサスゲとは違い、もっと細長い感じがします。

湿地の中央まで進んでスウィーピングを繰り返すと、10頭余りが採れ、上翅に赤紫の紋があるキンイロネクイハムシと、もう1種混じっているようですが、老眼と、最近余りネクイハムシを見慣れていないのとで、よく解りません。

とりあえず、ここのスゲと一緒に、こちらも生かしたまま持ち帰ることにします。

大塚君と城戸さんは、ここで別れて帰って行かれました。

私の方は、この後、國分さんと第2湿地の奥の池を探索してから、英彦山のライトFIT回収に向かいました。

なお、この日も1日、車の上にはカーネットを装着していましたが、入った甲虫はごく少なく、8個体に過ぎませんでした。
そのうち多少とも興味深いのは、常連のナラツブエンマムシと、クロヒメハナノミ種群の一種です。

(左から、クロヒメハナノミ種群の一種、ナラツブエンマムシ)

左から、クロヒメハナノミ種群の一種、ナラツブエンマムシ

ナラツブエンマムシは他の採集方法ではほとんど採れませんが、カーネットではかなり高い頻度で採れます。よほど空中を飛び回っているようです。

また、クロヒメハナノミ種群というのは、従来、クロヒメハナノミ1種と考えられていたものの中に、かなり多くの隠蔽種が含まれていることを畑山さんが発見され、私のいくつかの報告の中で、同定結果の一環としてコメントされています(今坂, 2019; 今坂ほか,2019, 2020, 2021)。

一般に1つの地域で2-3種が混生しており、福岡県では今のところ4種が見つかっています(今坂ほか, 2021)。今回の種はこの中でもやや小型の種ですが、種は確認できていません。

今坂正一, 2019a. 甑島列島の甲虫類-1982年の下甑島採集品と既知記録からみた甲虫相-. SATSUMA, (162): 1-109.

今坂正一・齋藤正治・築島基樹・江頭修志・有馬浩一, 2019. 2018年に採集した釈迦岳の甲虫類. KORASANA, (92): 183-226.

今坂正一・國分謙一・伊藤玲央・有馬浩一, 2020. 甑島採集紀行2019年夏. KORASANA, (93): 43-108.

今坂正一・國分謙一・和田 潤・築島基樹, 2021. 平尾台で2021年までに確認された甲虫類について-福岡県RDB調査の一環として確認された昆虫類を含む-. KORASANA, (97): 135-198.

帰宅後、スゲと一緒に入れたネクイハムシのタッパーを開けてみると、盛んに葉を後食していました。1種はキンイロネクイハムシ、そして、もう一種はスゲハムシでした。

(囓ったスゲの葉に静止するキンイロネクイハムシ)

囓ったスゲの葉に静止するキンイロネクイハムシ

スゲハムシは♂は濃い青色、♀は金銅色でした。
本州では本種はもっと多くの様々な色が出ますが、九州では他に赤金色の個体が出るくらいです。

それも、堤内さんの話では、大分県では、牧ノ戸峠から久住山に至る登山道沿いの標高1500m前後の高層湿原でのみ赤金色のタイプを見ているとのことです。

(スゲハムシ♂)

スゲハムシ♂