大野原(おおのばる)の調査

嬉野市の市街地から南方10kmほど下った佐賀と長崎の県境に大野原高原がある。
標高450m前後、大部分が自衛隊の演習地に使用されている広大な草原が広がっている。

蝶屋さんの間では、オオウラギンヒョウモンの多産地として全国的に有名で、そのためか、各地から採集者が押しかけ、傍若無人に草原を駆けめぐり、自衛隊と悶着を起こした不心得者もいるやに聞く。

甲虫屋の立場からすると、大野原は、国内で数ヶ所しか知られていないルリナガツツハムシ Smaragdina mandzhura (Jacobson)の生息地として、オオウラギン以上に重要な場所に当たる。

ルリナガツツハムシは大陸性の草原生活者で、中国大陸と岡山県以西の本州、九州で記録されている。

しかし、知られている生息地の数はごく少なく、木元・滝沢(1994)のハムシ図鑑では、岡山県川上村、福岡県平尾台、大分県塚原高原の3産地が上げられている。

その他には、今坂・西田(1991)の中で西田が佐賀県嬉野町大野原から報告したものと、私自身が記録した(今坂, 2005)、同じく自衛隊の演習地である、大分県日出生台の湿原まわりの草地があるだけで、現在までの所、文献で確認できたのは以上の5ヶ所である。

ただ、インターネットで検索すると、岡山市旭川礫河原でカワラバッタと共に記録されている、との記述があるので、他にも産地が知られている可能性がある。

(補足
岡山市旭川礫河原の記録について、ゲンゴロウの森さんから出典を教えていただいて、コピーも見せていただいた。

青野孝昭(2009)岡山市旭川礫河原の小調査報告(カワラバッタ・ルリナガツツハムシ). 昆虫と自然, 44(2): 30-33.

その記事によると、記録地の旭川は、上記、岡山県川上村の同じ流域の60km程度下流、草にひっかかっている死骸を10月に採集されたもので、おそらくは、上流の草地から流されてきた個体のように思える。

お知らせいただいた森さんに感謝します。)

私は元々長崎県の出身で、永年県内で採集を続けてきたが、標本を持っていたことや、自衛隊やチョウ屋さんと鉢合わせするのが嫌で、特に大野原に出かけたいと思わなかった。

2001年に発行された長崎県RDBにおいては、この西田の記録を採用して長崎県産としてRDB種に指定したわけであるが、自身で観察したわけでもなく、他に県内の誰も確認していないことから、今回の長崎県RDB見直しに当たって、是非、直接生息状況を観察したいと考えたわけである。

そんなわけで、5月10日、当の西田さんに無理を言って、大野原を案内して頂いた。

嬉野市街地から岩屋川内のダムを経て、ほぼ30分足らずでパッと視界が開ける。
見渡す限りなだらかなスロープの草原で、長崎にこんなところがあったのかと感心する。
地図で確認すると、ざっと、2km×4km程度、草地が広がっている。

(大野原)

演習地のことで、どこが立ち入り禁止で、どこならかまわないのか、気になって尋ねたところ、走っている道は、地元の人が農作業などにも使用する生活道路であるので、演習中の看板や合図の旗が掲げられていない限りは、道路を通行するのはかまわないらしい。

草地をむやみに走り回ったり、演習中に侵入したりすると注意されるらしいが、そうでなければ大丈夫、ということで、次回からの単独調査の可能性も考えて、一応安心した。

西田さんはまず、見晴らしの良い高台に誘導する。

ここのススキが、クロモンヒラナガゴミムシ Hexagonia insignis (Bates)のポイントであると、自ら、ススキをかき分けてみせる。
普通は、茎とそれを包む葉とのすきまに潜り込んで生活しているらしい。

(ススキをかきわける)

なるべく大きな株が良い、と言いつつ、いくつか、剥いて見せたが、姿は見れなかった。
まだ、時期が早いのかも知れない。

次に、いくつかある溜め池を巡りながら、通行可能な道を教わる。
一部を除いて全て地道で、砂埃がすごい。砂塵防止のために、スピードを出さないようにとの注意書きが見られる。

草地を通り抜けると、いきなり人家や水田が現れる。周囲を生活道路が取り囲んでおり、次を曲がると、また、草原へ戻れる。

なだらかな起伏といえども、谷間に入ると見通しはきかない。自分のいる位置が掴めなくなる。
あっちへ走り、こっちを眺め、説明を聞くが、なかなか全体像と経路が掴めない。

まあ、よほどのことがない限り、侵入した道が行き止まりになったり、進入禁止地域に入ったと言われて逮捕されたりはしないようなので、メクラ走りでも、何とかなりそうである。

肝心のルリナガツツハムシの生息地を尋ねると、「白い綿毛の穂が付いているチガヤが目印だ。」と教えて頂いた。
実際に採れた谷間の草地に案内して貰うと、チガヤが生えていて、ここでスウィーピングすると入るという。

(チガヤ)

試しに、さっそくスウィーピングしてみたが、ダメであった。
成虫の時期は6-7月と思われるので、当然そうだろうと思い、その時期にもう一度来ることにする。

忙しい中、案内をして下さった西田さんにお礼を言って別れを告げ、せっかく嬉野に来たので、温泉に浸かって帰ることにした。

嬉野に戻ると、もうお昼で、とりあえず食堂へ入る。
ひとしきり食事すると、こんどは満腹で、すぐには温泉に入れそうにない。

一旦はこのまま帰ろうと思ったが、せっかく来たのに、虫屋と言いつつ虫1匹採ってないので、それから大野原に戻って、少しは虫を採って帰ることにする。

大野原に引き返したものの、案内人がいないと、当然ながら、なかなか思った場所に到達できない。
いきあたりばったりに、草地や林縁を叩いて廻る。

林縁の風通しの良い葉上には、ニシジョウカイボン Lycocerus luteipennis luteipennis (Kiesenwetter)がひっそり止まっていた。
住んでいる久留米の黄色い肢のタイプとは異なり、長崎県のは全て、触角や肢は真っ黒だ。

(ニシジョウカイボン)

草の茎に、大柄のくっきり縞のあるアブ様の虫が静止している。
注意深く写真を撮り、その後に採集した。

(シマクサアブ)

後に、壱岐の調査でも同じものを採集し、レッドもののシマクサアブで有ることが判明した。

大汗をかいて、2時間ばかり、叩いて廻った成果が、次の写真である。
無理を聞いて案内して頂いた西田さんに感謝します。

(5月10日の採集品)

特に、面白いものは含まれていないが、中央右の黒地に四つ紋のあるハガタホソナガクチキムシ Dircaea dentatomaculata Lewisはちょっと少ない。

ルリ色のカミナリハムシが3種含まれているが、そのうちの、スジカミナリハムシ本土亜種 Altica latericosta subcostata Ohno は長崎県本土から記録されていない。

大きな川の背丈の低いヤナギには必ず付いている種だが、長崎県には河川敷にヤナギの河畔林が発達するような大河川はほとんどなく、今まで見つかっていなかったのだと思う。

暑い暑いと言いながら大汗かいて運動した後の温泉は格別で、久しぶりの嬉野温泉は、そのなめらかなお湯の心地よさにとろけそうになった。

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壱岐の調査から戻って、数日は大雨が降ったりぐずついたり、不順だった。
しかし、6月25日は晴れたので、勇躍、大野原に出かけることにした。
雨続きの後の晴れ間で、虫がワッと出るに違いないし、前回閉口した土埃が押さえられるのを期待したためである。

西田さんに教わった道順のとおり、まず、ススキ原から始める。
ススキの大きな株を二三度ビーティングすると、さっそく、クロモンヒラナガゴミムシが落ちてきた。

(上:クロモンヒラナガゴミムシがいたススキ、下:一緒にいたコバネカメムシの一種と共に)

数は多くないが、ぼちぼち落ちてくる。
大きな株には春の野焼きで焼け焦げた炭の茎が残っていて、これが、本種探しのポイントかもしれない。

なんとか、生態写真を撮ってみたいと、目を皿のようにして探すが、とても見つからない。
教わった葉柄の付け根を剥いてみるが、入っているのは、コバネカメムシの一種ばかり。
たぶん、これらをエサにして、こういうところに潜り込んで生活しているのであろう。

しばらく探してみたが、大概で諦めた。
以下は、ススキと生きた個体を持ち帰って、自宅で撮影した写真。

ススキを叩いていても、周辺の草に依存しているものが多く落ちてくる。
この場所では、モンキアシナガハムシ Monolepta quadriguttata (Motschulsky)とサクラサルハムシ、チビアオクチブトゾウムシ Hyperstylus pallipes Roelofsなどが多かった。最後のものは、比較的広い草地でしか見られない。

(ススキ原の採集品)

写真でも解るように、当地のモンキアシナガハムシは大部分、上翅の肩に大きな黄色紋があり、ごく一部に、これがないものも見られる。

図鑑には、この肩紋型が掲載されているので、モンキアシナガハムシはこういうものと一般に思われている。
そのため、本種の記録は意外と少ない。

しかし、西九州以外では、実は、この肩の紋が無く、ホタルハムシそっくりの色彩のものが大部分である。
そのため、全国的に広く分布するにもかかわらず、ほとんどがホタルハムシに誤認され、記録の上からは化けてしまっているのではないかと考えられる。

河川敷や空き地などの丈の低い草地では、むしろ、ホタルハムシより本種の方が優勢である。

次に、ススキ原の台地から斜面に移動する。林縁近くまでマルバハギが沢山生えていた。これにも焼け焦げた茎が見える。

(斜面に多いマルバハギ)

ハギにはチビアオクチブトゾウムシとサクラサルハムシが山ほどいて、ムネアカキバネとマルキバネの両方のキバネサルハムシもいた。

ふと、黒くて小さなツツハムシが落ちてきた。
一瞬、チビルリツツハムシかと思ったが、青色光沢は見られないので、多分、キアシチビツツハムシ Cryptocephalus amiculus Balyの黒化型だろう(本種については、最後に再検討する)。

(マルバハギにいた虫)

さらに、1個体だけだが、黄色地に黒紋の水玉模様の可愛いジュウシホシツツハムシ Cryptocephalus tetradecaspilotus Balyも見つかった。
この種もマルバハギに集まる草原性種の代表として、長崎県RDBに掲載されている。

(ジュウシホシツツハムシ)

なぜ、台地上はススキで、斜面はマルバハギなのか良く解らないが、湿気や日当たりなど、微妙に違うのであろう。
集まる虫たちも、重複しながら微妙に違っている。

今日は、それよりルリナガツツハムシだった。

溜め池の所まで来ると、岸辺にチラッと白い綿毛が見えた。
チガヤかもしれない。
教えて貰った場所とは違うがスウィーピングしてみる。

(チガヤのある溜め池の岸辺)

とりあえず水辺まで行って、そこから道路沿いまで、色々な場所をスウィーピングしてみよう。
イネ科植物の間からルリ色の蛾がチラチラ飛び出したが、あまり見かけない種なのでいくつか採集する。

帰宅して調べてみると、マダラガ科のルリハダホソクロバ Rhagades pruni esmeralda (Butler)のようである。
ネットで調べると、佐賀県と東富士演習場などの写真が公開してある。本種も草原性の種のようだ。
その後も、行く先々の溜め池の周りで飛ぶ姿が見られたので、当地では少ない種ではないようである。

(ルリハダホソクロバ)

ホストはバラ科のズミとあるが、ノイバラ以外に周辺にバラ科らしいものはなく、もっと別のものを食べているようだ。

あちこち採集してみてもクロオビツツハムシ Physosmaragdina nigrifrons (Hope)とウリハムシモドキ Atrachya menetriesi (Faldermann)が多いだけで、めぼしいものは見つからない。

しかし、チガヤのあるところは、繰り返し特に念を入れて採集する。

2~3回往復して、ネットをのぞき込むと、無数のアオバネサルハムシに混じって、「金緑の虫」がチラッと見えた。
「イタ~ッ!!」、ルリナガツツハムシだ。

(ルリナガツツハムシ標本、上:♂、下:♀)

思ったより簡単に見つかった。
やはり、チガヤを食べているのだろうか・・・?

本種のホストについては、図鑑類や、平尾台での高倉(1973)の記録にも食草は未確認と有り、できれば、この機会に解明したいと思っていた。

かなりしつこくスウィーピングして、やっと数頭採集し、見上げると、道路の上の台地にもチガヤは生えている。
試しに、そちらもスウィーピングしてみる。

(道上のチガヤ)

しかし、いくらここでスウィーピングしても、ルリナガツツハムシは入らない。
他の虫もほとんどいない。

気分を変えて、次の溜め池へ移動する。
車を止め、池沿いに歩いてみる。

水際にガマが生えているのを見つけて、花穂を花粉だらけになって掬ってみたが、ガマキスイは見られなかった。
周囲の草地には、ところどころに、アザミの群落があり、ヒョウモンが飛んでいる。

止まったところを近づいて写真を撮る。
オオウラギンヒョウモンのようだ。見ていると、あっちにも、こっちにも飛んでいる。

(オオウラギンヒョウモン)

溜め池の奥に白い点々が霞んで見えて、チガヤの群落かと思ったのは、野菊の仲間だったようで、諦めてスウィーピングしながら戻ることにする。

しばらく歩いてからネットを覗き込むと、無数のアオバネサルハムシと共に、またまた金緑の光が。
「オッ、いるではないか・・・」

いかし、チガヤは無い・・・?

キアシチビツツハムシもいくつか入ったが、付近に、マルバハギは見られない。

注意して見ると、細かい葉のついた箒のような植物がそこ・ここにある。
アオバネサルハムシが無数についているので、ヨモギの仲間(ヒメヨモギ)と思われる。

さらに、その中に混じって姿が似ているけど、ちょっと違う植物もあり、こちらには、サクラサルハムシやキバネサルハムシ類がいる。
そうすると、マメ科だが・・・・・そうか、メドハギだ。

(ルリナガツツハムシがいたメドハギがある草地)

メドハギのことを、郷里では、子供の頃メドとかメゾとか呼んでいた。

かつて、毎年お盆になると、割り箸の足を付けて馬や牛に見立てられたキュウリやナスが、仏壇の前に並べられていたが、それらの供え物を生け垣のように囲むのが、このメドの役割だった。

手すりのように、四角く組み立てた木枠の中に、溝が作ってあって、その中に、このメドを密生して刺していく。
直線的で刺しやすく、多く枝分かれし、葉も小さく密生しているので、まさに目隠しとして最適である。

仏様が供え物を食べるのを家人からは見えなくするための、「目止」ではなかったのかと、一人合点している。

改めて、メドハギを主体にスウィーピングしていくと、思った通りにルリナガツツハムシがぽつぽつ入ってくる。
しかし、個体数は少なく、いくら目をこらしてみても、メドハギを食べているものも、メドハギ上に静止しているものすら見つけられない。

アザミの群生しているところまでスウィーピングしていくと、ルリクビボソハムシかな?、と思われる虫がネットに入った。
「こいつは、帰ってゆっくり調べる必要がある。」と思いながら、次へ進む。

最初の溜め池にも、考えてみたらマルバハギは無く、マメ喰いのハムシたちがいて、どうも、メドハギが有ったような感じがする。
チガヤかメドハギか、まだ、半信半疑である。

次に調べた、最奥の溜め池の手前の草地は、かつての水田の跡のようで、なぜか、中心部にまん丸くチガヤの大群落があった。

(チガヤの大群落)

暑くて、多少疲れていて、ちょっと、あそこまで降りていくのか億劫だったが、とにかく、降りて行ってみる。

それでも、チガヤの真ん中でスウィーピングをすると、当然のようにルリナガツツハムシが入ってくる。
それも、ここは結構個体数が多い。
俄然元気が出て、いくつか採集してから、こんどは目視作戦に切り替える。

じっと見つめていると、汗が目に入ってくる。
しかし見れども見れども、チガヤにはルリナガツツハムシは少しも留まっていない。
緑がキラッと光っても、見えるのは、うじゃうじゃいるアオバネサルハムシばかり。

見ていくうちに、ここのチガヤの群落の中にも、メドハギがかなり混じっているのに気が付いた。
やはり、正解はメドハギのようだ。

チガヤの群落の外に移動しても、メドハギはあり、ここで掬うとルリナガツツハムシが入った。
「ヨッシャー」とばかり、メドハギと確信する。
何頭か生かしたまま、メドハギと共に持ち帰ることにする。

このちょっとした思いつきは、翌日、大正解をもたらした。

翌朝、メドハギと共に入れていた容器を開けると、ルリナガツツハムシがメドハギに静止していた。
顕微鏡の下まで、振動を与えないように移動して、写真を撮る。

何か、ロボツトかオモチャのような風貌である。

マウントしているカップルを見つけて、そちらもそおっと顕微鏡の下に移動して写真を撮る。

(交尾中のカップル)

メスが移動しようとすると、オスはそれを牽制しながら、長い前足でメスの上翅を把握し、交尾を中断されないようにする。
この角度のある交尾体勢のまま、オスがメスを把握する必要から、オスの前足は長くなったものと思われる。

そろそろとメスは移動していくが、オスは把握したまま従っていく。
「ん・・・」、茶色くなった食痕が付いている。
そう思って見ていると、メスは交尾したまま、葉を囓りだした。

(メドハギを囓るルリナガツツハムシ)

思った通り、ルリナガツツハムシのホストの1つはメドハギに違いない。
それにしても、メドハギなんて日本中の到るところにあるのに、なぜ本種の産地はたったの5ヶ所なんだろう?

大野原の草原でも、メドハギはそこら中に生えていた。
しかし、見つけたのは3ヶ所とも、溜め池の周辺の湿気た場所。
このあたりが、本種の生態のキーポイントであろう。

確かに、日出生台で見つけたときも、湿地のワキであった。
各地の草原でも、湿地や溜め池など、湿気の多い草地を探すことにより、まだまだ産地は見つかるであろう。

河川敷でも良いようであるし。(上記の補足から考えると、こちらは無理のようだ。)

それにしても、生きている本種の写真と、最初に上げた標本写真を見比べて頂きたい。

標本は確かに瑠璃色だが、生きて動いているものは青みはあっても、どちらかというとの金緑色である。
生きている虫ならミドリナガツツのはずで、ルリナガツツハムシは標本を見ての命名であろう。

この色の変化は、表面の金属光沢の多重膜構造が、死ぬことによって、多分、水分が失われ、多少とも収縮して薄くなり、より短い波長の光を反射するため、と思われる。

おまけとして、帰宅してからの宿題が解けた話題を3つ。

大野原の谷間には、結構森林も発達していた。

その林縁の林床のツワブキを掬うと、フキタマノミハムシ Sphaeroderma balyi Jacobyが採れた。
多良山系の記録はまだないので、追加を狙って草掃き採集をやっていると、こんどは大型のノミナガクチキが入った。

帰宅して調べてみると、オオノミナガクチキムシ Lederina pion (Sasaji)で、この種も長崎・佐賀両県からまだ記録がない。
後胸腹板の中央の舟形の隆起と、腹節中央両側の隆起が、種の特徴になる。

(オオノミナガクチキムシ、上:♂背面、下:♂腹面)

次に、標高を考えると、ルリクビボソハムシかな?、と気になっていた種は、♂であったのを幸い、交尾器を取り出して確認したところ、まさに、新種と思われている(仮称)ササキクビボソハムシだった。

一昨年から昨年にかけて、日田の昆虫巡査こと佐々木茂美氏が、上津江町白草という牧場横の草地で、ギョウトクテントウ Hyperaspis gyotokui H. Kamiyaの多産地を発見したが、この種は、その白草の探索を彼に誘われて実施した際、偶然に彼が2頭を、私も1♂を採集したという、注目中の種だったのである。

当初、多少の違いはあるが、ルリクビボソハムシの小型個体と考えていた。
しかし、彼が自身で編集するミニコミ誌 「日田博物ニュース」に♂交尾器を掲載して、新種?と書いたので、再度調べ直してみたところ、確かに、少なくとも日本からは未記録の種であることを確認した。

最初に採集し、国内から知られていない種であることに気が付いた彼の名前を付けて、友人達に仮称・吹聴している種である。

甲虫好きを中心に、この日田博物ニュースは、メールに添付されたワードのファイルとして出回ってはいるが、正式にはまだ記録されていない。

(ササキクビボソハムシを「未同定のクビボソハムシ」として最初に紹介した日田博物ニュース)

大野原産もまさしくこの(仮称)ササキクビボソハムシだったわけで、確認した2つ目の産地となる。

(大野原産ササキクビボソハムシ、上:背面、中:♂交尾器背面下下:同側面)

その後も、佐々木氏は数個体を白草で追加されており、アザミ葉上からも確認されていて、多分、アザミ(種は未確認)がホストと考えている。
大野原でもアザミが沢山あるところで採れたことは、先に述べておいた。

ただ、既に、大野(1967)は、山口県の日本海沿岸の離島である見島の低地から、成虫・幼虫ともアザミ類で生活している、アザミ(ルリ)クビボソハムシとキバラルリクビボソハムシとの中間的形質をもつ小型種を解説・図示していて、これが多分、本種と同じものであろうと思われる。

ミシマクビボソハムシ Lema sp.として記載予定、と述べているが、その後、記載されてはいないようである。

近似のルリクビボソハムシが九州ではほぼブナ帯以上の森林に生えるアザミで生活しているのに対して、本種はより低地の草原性のアザミに依存しているものと考えられる。

ここまで書いてきて、本来は終了するつもりだった。

しかし、さらにもう一種。
念のために気になっていたキアシチビツツハムシの黒化型とした種を詳細に調べてみた
雲仙や多良の山頂付近で見つかるキアシチビツツハムシは、例外なく黒地に黄色の紋があるタイプで、一見、当地の黒化型とは違って見える。

(雲仙産黄色紋型、上:背面、下:頭部)

雲仙産黄色紋型は体長2.8mm、上翅幅1.8mmで有るのに対して、この黒化型は体長2.5mmと一回り小さく、上翅幅も1.25mmでかなり細長い感じがする。

マルバハギとメドハギの各地で、10個体ほど採集していたので確認してみたが、全て♀だった。
上翅の点刻列の感じも違うので、キアシチビツツハムシではないようである。

(大野原産不明のツツハムシ♀、上:背面、下 :頭部)

腹面は足を除いて全て黒く、背面も黒くて金属光沢はない。以上の特徴から、残る国産の近縁種のモモグロチビツツハムシとハコネチビツツハムシの、どちらとも合わない。
さあ、大変だ。

ということで、とりあえず、不明種として、ハギチビクロツツハムシ Cryptocephalus sp.と仮称しておく。
♂が採れてみないと確定できないが。

本種も、日本未記録種の可能性が高い、と思ったが、まてよ、と再考してみた。

林・森本・木元(1984)がキアシチビツツハムシとして図示しているものは黒くて細型の個体であり、上記の黄色紋型が本種の色彩変異であることは、その解説中に有るだけである。

木元・滝沢(1994)にその色彩変異のパターンが図示してあるが、体形はむしろハギチビクロツツハムシとした方が近く、幅の広い雲仙産黄色紋型のような斑紋パターンは描かれていない。

この問題は、どうも、原記載を入手し、タイプと比較してみないと解決できないかも知れない。

(追記

手元の標本を改めて見直したら、多良山系五家原岳の山頂で得られた、黄色紋型の♂が見つかったので、以下に示す。

体型は細く、黄色紋の発達も少ない。
ということは、上に図示したものは♀で、それでよけいに幅が広かったものと思える。
♂交尾器は、木元・滝沢図鑑のものに、よく似ていた。

それで、現在の所、やはり、黄色紋型がキアシチビツツハムシで、大野原産は同じ♀であってもかなり細く、やはり不明種と言うことになると思う。)

(多良山系五家原岳産黄色紋型、上:♂背面、中:♂交尾器背面、下:同腹側面)

以上、あれやこれやと興味深い種が見つかり、いきおい、私のホームページの文章中でも屈指の長さとなった。
読んでいる人も、いいかげんうんざりされたかも知れない。

しかしながら、本来の環境とファウナを失っていない大野原のような草原というのは、九州においてだけではなく、日本中できわめて稀少になりつつあることはよく知られている事実である。

さらに、そうした草原の調査自体が精密に行われていないこともあり、そこで暮らしている昆虫類についての知識も非常に乏しい。
草原にどんな種が生息しているのか知られないまま、消滅してしまう種も決して皆無ではないと思われる。

そんなわけで、少し、くどくなったが、この機会に、判明した事実だけでも紹介した次第である。

引用文献

林 匡夫・森本 桂・木元新作(1984)原色日本甲虫図鑑(IV). 438pp. 保育社.
今坂正一(2005)日出生台で採集した甲虫類. 二豊のむし, (42): 1-11.
今坂正一・西田光康(1991)1990年に採集した多良岳の甲虫,こがねむし, (52): 6-13.
木元新作・滝沢春雄(1994)日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説. 539pp. 東海大学出版会.
大野正男(1967)日本産ハムシ科研究の手引き(1). 昆虫と自然, 2(3): 14-18.
高倉康男’1973)平尾台のハムシ. 北九州の昆蟲, 19(2): 43-54.