ヒメヒョウタンゴミムシ属の絵解き検索を作る その2

その1で、ヒメヒョウタンゴミムシ属(Clivina)のうち、腹部末端両側にある2孔点が近接する4種について、各種の形質について述べた。

ヒメヒョウタンゴミムシ属の絵解き検索を作る その1

ヒメヒョウタンゴミムシ属の絵解き検索を作る その1
はじめに手っ取り早く、ヒメヒョウタンゴミムシ属の絵解き検索を引きたい方は、その3にお進みください。ただ、その1とその2を読まれた後の方が、絵解き検索は理解しやすいと思います。 ヒメヒョウタンゴミムシ属 その3 絵解き検索 発端 今年(202...

今回は、その2として、腹部末端両側にある2孔点が離れる5種について検討してみたい。

e. チャヒメヒョウタンゴミムシかな

手元のマウント標本の内、チャヒメヒョウタンゴミムシの同定ラベルを付けている雲仙産の個体がある。これを標本5として、形質を確認してみよう。

(標本5の背面: 長崎県雲仙市雲仙産)

標本5の背面: 長崎県雲仙市雲仙産

8(1)腹部末端両側の各2孔点は離れている;頭楯は前頭と横溝によって分けられない;中脛節は先端前に1棘突起をもつ。

(標本5の形質1)

標本5の形質1

上段: 2孔点は離れる、頭楯と前頭の間にハッキリした横溝はない。
下段: 中脛節には棘突起がある。

それで、9(12)に進む。

(標本5の形質2)

標本5の形質2

上段: 頭楯前縁は翼片との間に切れ目、上翅第1-4条溝は基端が遊離、第5間室と基縁が繋がる。下段: 上翅第3間室の4孔点は第3条溝に接する

それで、10(11)に進む。

10(11)前胸背は各半面にY字形の点刻条を具えるが,時にほとんど消失する;腹部両側には明らかな点刻がない;濃褐色,触角・口枝・肢は赤褐色; 6-7mm…westwoodi (チャヒメ)

(標本5の形質3)

標本5の形質3

上段: 左は、標本5の前胸、右のように緑のYが見える感じ。
下段: 標本5の腹部、点刻が見える。

前胸のY字が怪しいのと、腹部両側には明らかな点刻がないことになっているが、点刻はある。

では、11(10)の点刻がある方になるのか。

11(10)前胸背面の両側にはY字形の点刻条はない;腹部両側には明らかな点刻を具える;黒褐-褐色,触角・口枝・肢は赤褐色; 6mm内外……vulgivaga (コヒメ)

ちょっと、判別できなくなってきたので、一旦、保留する。

f. アカヒメヒョウタンゴミムシ

本種については、それまで余り馴染みがなく、九州に分布するのかどうか良く知らなかったが、森田(2020)は熊本県から記録し、再記載をして詳細に特徴を報告した。

それを見ながら、以下の2報文で甑島列島(今坂ほか, 2021)と佐賀県(今坂ほか,2022)から記録した。

森田誠司, 2020. アカヒメヒョウタンゴミムシについて. KORASANA, (93): 149-153.
今坂正一・細谷忠嗣・國分謙一・伊藤玲央・有馬浩一, 2021. 甑島採集紀行 その3 (2020年7月). KORASANA, (96): 21-98.
今坂 正一・祝 輝男・田畑 郁夫・古川 雅通・大城戸 博文・平原 健一, 2022. 嘉瀬川ダムの甲虫類-ダム完成直前4年間の甲虫相の変遷-. KORASANA, (99): 1-76.

本種は元々は琉球で記録されていたが、手元に奄美大島産があるので、この標本を標本6として、検証してみる。

(左: 標本6背面: 奄美大島宇検村産、右: 森田2020の付図を引用)

左: 標本6背面: 奄美大島宇検村産、右: 森田2020の付図を引用

標本6と森田(2020)の付図を並べてみたが、標本6はアカと言うにはかなり黒っぽく、前胸も前縁がやや細くなり、別種のようにも見える。

前種同様、8(1)から始めてみよう。

(標本6の形質1)

標本6の形質1

上段: 2孔点は離れる、頭楯と前頭の間に横溝はない。
下段: 中脛節には棘突起がある。

標本6はアカヒメと予想しているので、9(12)ではなく、12(9)へ進む。

12(9)頭楯前縁は翼片との間に彎入-切れ込みがない。

(標本6の形質2)

標本6の形質2

上段左:頭楯前縁に彎入や切れ込みはなく、上段右:上翅第l-3条溝は基端が遊離し、
下段: 腹部末端節に点刻があるので、12(9)、14(13)をクリアー。

(標本6の形質3)

標本6の形質3

前胸は縦長をb、横幅をaとすると、a/b=1.08で、a>b、横幅の方が長い。
(なお、前胸の縦横の計測場所だが、横幅は最大幅,縦長は前角の位置から、後角に繋がる後縁線の中央部分まで、その後に付属する細い部分は含んでいない。)

前胸には、点刻と横シワがある。
上翅第3間室は4孔点をもち、全てが第3条溝に接し、以上のことから、標本6はアカヒメヒョウタンゴミムシ C. yanoi Kultと確認できた。

g. チャヒメヒョウタンゴミムシ

手元のマウント標本には、上記、?が付いた標本以外、チャヒメらしきものがなく、しようがなくて、大塚さんの標本を片端からチェックしてみた。
中に彼自身がチャヒメと同定した標本が2個体あったが、1個体は違うようだった(アカヒメだった)。

しかし、もう1個体はなんとなく、それらしく見えたので、これを標本7として検証してみる。

検索表では、コヒメとチャヒメは、腹節に点刻があるなしで区別されている。先に示した前胸に有るというY字の点刻列以外に、チャヒメを特徴付ける形質がないかどうか、インターネットも含めて探してみた。

そうすると、前・琵琶湖博物館の学芸員でゴミムシ屋の八尋さんが、在職中に開設したサイト「里山のゴミムシ」にチャヒメの画像が掲載してあるのを見つけた。

https://www.biwahaku.jp/study/gomimushi/chahimehyoutangomimushi.html (2023年10月21日アクセス)

この画像を引用して、標本7と比較してみる。

(左: 標本7: 沖縄島大宜味村産・大塚採集、右: 「里山のゴミムシ」のチャヒメ)

左: 標本7、右: 「里山のゴミムシ」のチャヒメ

似ているように見える。

次いで、前胸両側に有るというY字形の点刻条を見てみる。

(上段が標本7、下段が「里山のゴミムシ」のチャヒメ)

上段が標本7、下段が「里山のゴミムシ」のチャヒメ

「里山のゴミムシ」のチャヒメではY字が有るように見える。それも大文字のYが立っているのではなく、小文字のyが横になっているように見える。

標本7では、yの下の線のIだけが見えている。

さらに、前胸の縦横の比を見てみよう。

(上段が「里山のゴミムシ」のチャヒメ、下段が標本7)

上段が「里山のゴミムシ」のチャヒメ、下段が標本7

「里山のゴミムシ」のチャヒメでは、横(a)/縦(b)の値は1.18で、明らかに横長である。

標本7では、横(a’)/縦(b’)の値はほぼ同じ1.15で、同様に横長である。

少なくとも、前胸の縦横の比では、標本7がチャヒメである可能性は高い。

それでは、改めて、標本7の形質をチェックしてみよう。

8(1)から始めてる。

(標本7の形質1)

標本7の形質1

上段: 2孔点は離れる、頭楯と前頭の間に横溝はない。
下段: 中脛節には棘突起がある。

8(1)をクリアーし、9(12)に進む。

(標本7の形質2)

標本7の形質2

上段: 頭楯前縁は翼片との間に切れ目、上翅第1-4条溝は基端が遊離、第5間室と基縁が繋がる。
下段: 上翅第3間室の4孔点は第3条溝に接する

それで、10(11)に進む。

先に検証したように、前胸背のY字形の点刻条はあるとはいえない。
しかし、腹部両側には明らかな点刻がない。

(標本7の腹部)

標本7の腹部

前胸背の形では、「里山のゴミムシ」のチャヒメと同じだったこともあり、以上のことから、標本7はチャヒメヒョウタンゴミムシ C. westwoodi Putzeysと判断してよさそうである。

h. コヒメヒョウタンゴミムシ

先に、e. チャヒメヒョウタンゴミムシかな
の項で、雲仙産の個体を標本5として検証したが、最後の、11(10)のところで、

(標本5の形質3)

標本5の形質3

上段: 左は、標本5の前胸、右のように緑のYが見える感じ。
下段: 標本5の腹部、点刻が見える。

と書いた。

前胸のY字は大文字のYだったが、「里山のゴミムシ」のチャヒメでは小文字のyで、標本5の前胸にはY字はないことになる。
また、腹部両側には明らかな点刻があるので、この標本5がコヒメである可能性が高い。

念のために、前項、g. チャヒメヒョウタンゴミムシで検証した標本7と比較してみよう。腹部の点刻の有無以外に、明らかな差があれば、コヒメと確定して良いと思われる。

まず、全形を比較してみる。

(左: 標本5、右: 標本7)

左: 標本5、右: 標本7

一見して、標本5が標本7より細ソリしている。
前胸だけを比較すると尚更明確である。

(前胸: 左: 標本5、右: 標本7)

前胸: 左: 標本5、右: 標本7

比較が簡単なように、縦長を同じにして並べてみた。

横幅/縦長の比率は、標本5では1.02、標本7では1.15で、標本7の方が1割ほど横長である。
標本5では横幅と縦長はほぼ同じ、標本7は明らかに幅広と表現できると思う。

また、側縁も、標本5では直線的に強く前縁へ向かって狭まる、標本7は丸く湾曲して、 弱く前縁へ向かって狭まる、とそれぞれ表現できる。

次に頭楯前縁と翼片の位置関係を見てみよう。

(翼片: 左: 標本5、右: 標本7)

左: 標本5、右: 標本7

標本5では、頭楯前縁と翼片前縁は、ほぼ一直線上に並ぶ。
しかし、標本7では、翼片は頭楯前縁より一段後ろに下がって付く。

(上翅基部: 上下段共に、左: 標本5、右: 標本7)

上下段共に、左: 標本5、右: 標本7

上翅基部で、第l-4条溝は基端が遊離することは、標本5、標本7共に共通だが、第5条溝は、標本5では、側縁の肩部に当たって終わるのに対して、標本7では側縁の肩部に沿って内側に曲がり基縁まで達している。この点は、両標本で明らかに異なる。

あと、腹節の点刻も明らかに異なるので、並べてみる。

(腹部: 上: 標本5、下: 標本7)

腹部: 上: 標本5、下: 標本7

明らかに、標本5では点刻があり、標本7には点刻が無い。

以上纏めると、

〇体型がより細長い。前胸は幅と長さが同じで、側縁は直線的に前縁に向かって狭まる。翼片前縁は頭楯前縁とほぼ一直線上に並ぶ。上翅第5条溝は側縁の肩部に当たって終わる。腹節には明らかな点刻を備える→コヒメ

〇体型はより幅広。前胸は明らかに幅が長さより大きくて、幅広、側縁は丸みが強く前縁に向かって弱く狭まる。翼片前縁は頭楯前縁より一段後ろに下がって付く。上翅第5条溝は側縁の肩部に沿って内側に曲がり基縁まで達する。腹節には明らかな点刻がない→チャヒメ

と言うことで、

e. チャヒメヒョウタンゴミムシかな

は、e. コヒメヒョウタンゴミムシと訂正すれば解りやすい。

さて、

中根(1978)の検索表には、さらに2種含まれていて、以下の検索で区別されている。

13(14)上翅第1-5条溝は基端が遊離している;腹部末節は明らかな点刻がない;前頭は細かく弱い点刻を密でなく具える;上翅第3条溝は4-5孔点がある;黒褐-褐色,口枝・肢など赤褐色; 5. 5-6 mm.……fossor sachalinica (カラフトヒメ)

16(15)前胸の長さは幅の1.25倍ある;前胸背面は横皺条をもつが点刻はない(小局部を除く);上翅第3間室には3-4孔点をもつ;黒褐-暗褐色,体下・触角・口枝・肢などは赤褐色;5.l-6.2mm……extensicollis (ギョウトクヒメ)

追加・補足

「当初、このうち、カラフトヒメは、チャヒメをさらに幅広にして、上翅第1-5条溝は基端が遊離する種。頭楯前縁に彎入や切れ込みがないことで、コヒメ・チャヒメ群とは区別され、アカヒメと同じグループとして区別されるが、アカヒメとは、上翅条溝の遊離の状態で区別される。分布が本州北部と北海道に限定される。

そして、もし、カラフトヒメをお持ちの方があれば、是非、お貸しいただきたいと思います。他の種同様に細部の写真を撮って、この文に追加・補足したいと思います」と書いた。

このトピックを見た北海道博物館の堀さんから、さっそく、石狩川河口で採集されたというカラフトヒメを送っていただいた。堀さんのご好意に答えるためにも、さっそく、カラフトヒメヒョウタンゴミムシの画像を追加しておきたい。標本を恵与いただいた堀さんに厚くお礼申し上げる。

i. カラフトヒメヒョウタンゴミムシ

まず、背面図である。

(写真追加1: カラフトヒメ: 北海道石狩市厚田区産)

写真追加1: カラフトヒメ: 北海道石狩市厚田区産

本種の形質を、検索表の順に紹介しよう。

(写真追加2: カラフトヒメの形質1)

写真追加2: カラフトヒメの形質1

上段: 2孔点は離れる、頭楯と前頭の間にハッキリした横溝はない。
下段: 中脛節には棘突起がある。

それで、9(12)に進む。、

(写真追加3: カラフトヒメの形質2)

写真追加3: カラフトヒメの形質2

頭楯前縁は翼片との間に彎入-切れ込みがない。

13(14)に進んで、

(写真追加4: カラフトヒメの形質3)

写真追加4: カラフトヒメの形質3

上段、左から、上翅第1-5条溝は基端が遊離している、腹部末節は明らかな点刻がない
下段、上翅第3条溝は4-5孔点がある

検索表には出てこないが前胸背の写真も追加しておく。

(写真追加5: カラフトヒメの形質4)

写真追加5: カラフトヒメの形質4

前胸背はチャヒメと同等の、幅広であることが解る。

以上で、堀さんから送られてきた北海道産は、確かに、カラフトヒメヒョウタンゴミムシ C. fossor sachalinica Nakaneであることを確認できた。

最後に、ギョウトクヒメであるが、中根(1953)や2つの図鑑には掲載されておらず、唯一、中根(1978)の検索表と解説に掲載されており、図示されたものはないようである。

農環研のホームページに掲載されている土生コレクションのリスト(吉武ほか, 2011)には、3個体の採集データが掲載されている。

吉武 啓・栗原 隆・吉松慎一・中谷至伸・安田耕司, 2011. 農業環境技術研究所所蔵の土生昶申コレクション (昆虫綱:コウチュウ目:オサムシ科) 標本目録, 農業環境技術研究所報告, 28: 1-327.

いずれも、当・久留米昆の元会長である、故・行徳さんが福岡県うきは市吉井町で1954年9月と1955年6月に採集された個体である。

中根(1978)によると、上記の個体を土生(1957)が記録した以外には国内では知られていないようで、本来の分布域は中国南部-東南アジア-インドであるらしい。

と言うことになると、私は、多分、農業に関わる何らかの理由での偶産ではないかと考えている。
中根(1978)の検索表によると、以下のような形態をしているとされる。

16(15)前胸の長さは幅の1.25倍ある;前胸背面は横皺条をもつが点刻はない(小局部を除く);上翅第3間室には3-4孔点をもつ;黒褐-暗褐色,体下・触角・口枝・肢などは赤褐色;5.l-6.2mm……C. extensicollis Putzexs ギョウトクヒメヒョウタンゴミムシ 分布: 九州(福岡県うきは市吉井町); 中国南部,東南アジア,インド

(追補)

以上の文章を書き上げた後で、中村さんから、本種が記録されている土生(1957)の文献を入手したとの連絡が入り、pdfを送っていただいた。中村さんには重ねてお礼申し上げたい。

土生昶申 , 1957. 日本から未記録の 3 種のゴミムシ. Akitu, 6: 15-20

この報告には、本種の形態の再記載があり、さらに、全形図と頭部、前脛節の図が付いている。前胸の長さが幅の1.25倍あるような、細長い前胸背を持った種なので、見つけたら検索は引かなくとも、同定可能と思われる。土生(1957)の付図を以下に改変・引用しておく。

(土生(1957)によるギョウトクヒメヒョウタンゴミムシの図・改変・引用)

土生(1957)によるギョウトクヒメヒョウタンゴミムシの図

さて、ようやく、国内産を一通りチェックできたので、次回、タイトルに掲げたように、ヒメヒョウタンゴミムシ属 (Clivina)の絵解き検索を作ってみよう。

ヒメヒョウタンゴミムシ属の絵解き検索を作る その3

に、つづく