もう初秋? 8月末の九重

7月から8月始めまで、大雨続きで夏の日程がズタズタになった。
おかげで、今年は20年ぶりくらいに、7月下旬の夏の採集適期がスカッと空いて、自身の採集に何度か出かけられた。

お盆過ぎて、こんどはそのしわ寄せが出てきて、またぞろ、あちこちに出かけなくてはならなくなった。
連日33度を超す中で、日中歩き回って調査をするのはさすがに暑い。
今頃、盛夏が戻ってきたのか・・・と思っていたら、この2-3日、逆に温度がぐっと下がって、朝夕は寒いくらいに涼しくなった。

仕事が一段落した8月26日、リフレッシュに九重まで出かけることにした。
目的は当然、大野原から引き続きの、草原性の虫の探索である。

朝7時前に家を出て、筑後川沿いを東に向かう。
気温20℃、湿気も少なく、川面を渡る風は冷たく感じる。

澄み切った青い空、ハケではいたような薄雲、これは夏の空ではない。

(写真)

筑後川沿いから国道210号線を経由し、ほぼ2時間かけて九重の町田牧場の手前に到る。
道横に造成地と草地があり、ちょっと良さそうな感じがする。

(上:ちょっとした草地、下:その隅)

大野原では、草原のまっただ中より、縁の湿気た場所に虫が多かった。
草地のヘリに当たる隅っこを探すと、見慣れない草が生えている。

花は薄紫で、丸い小型のホウズキ様の実を付けているものもあり、間違いなくナス科のようだ。
スウィーピングをしてみると、ホタルハムシと共に、見慣れない黒褐色のトビハムシが入る。

(上:ナス科の植物、下:その上で採れた虫たち)

がぜん熱くなった。

大野原の続きではないが、確か、ナス科はLongitarsus(アシナガトビハムシ属)が良く食べていたのではないか・・・?
黒いトビハムシがLongitarsusだとすると、少なくとも、九州では見たことがない種?

いきなりのヒットで、ワクワクしながら、ともかくも数を稼ぐことにする。
このナス科植物は、草地の隅っこだけに咲いていて、そこから離れると、もう黒いトビハムシは採れない。
集中的にスウィーピングを繰り返す。

少しは葉にも食痕があるし、この植物がホストであるのは確実に見える。
しかし、葉上で食べているハムシは観察できない。

ともかく10頭ほど確保して毒瓶に入れ、その他は例によってホストと思われるナス科植物と共に生かして持ち帰ることにする。
この植物には、茎と葉脈に鋭いトゲがあり、2-3度指を刺して痛い思いをし、注意しながら容器に詰め込んだ。

初っ鼻から、初めて見る種で熱くなったが、これは、前哨戦なので、先を急ぐ。

長者原まで走って、タデ原湿原の草地を歩いてみようと言うのが本日の主目的である。
長者原はカンミヤヒサゴトビハムシ Chaetocnema kanmiyai Kimotoの唯一の産地である。
この種は、久留米大学でヨシノメバエなどの研究をされていた上宮先生が、1969年7月26日に採集されたタイプシリーズ2個体の標本だけが知られている。

九州大学昆虫学教室に保存されているホロタイプの画像が、ウェブ上に公開されているが、この画像からは、オカボトビハムシ Chaetocnema basalis Balyに似た丸っこい体形をしていることだけが読みとれる。

もちろんホストも知られていない。
その後まったく採れたと言う報告が無く、原記載からもイメージが得られず、この2-3年来、私にとっては懸案の幻の虫である。

ホストは不明ながら、近縁のChaetocnemaのいくつかはタデに付くこともあって、ともかくもターゲットをタデに絞って、タデ原湿原を目指したわけである。

長者原から見る焼岳は、めったにないほどクリアーで、空気が澄んでいることが実感された。

(焼岳)

さっそく、タデ原湿原の、観光客が訪れる場所から最も遠い下流部分を歩いてみる。
しかし歩けども歩けども、ススキ原と乾いた草地が広がっているだけ。
叩いても何のハムシも落ちてこないし、余所では色んな虫の集合場所になっているマルバハギにも何も見られない。
タデ原湿原とは名ばかりで、現在はタデもなければ湿原も見られないようである。

少しでも低い方に、湿気の有りそうな所にと、背丈ほどもあるススキやカヤをかき分けながらヤブコギしていくと、突然、川に出た。

(タデ原湿原の中の白水川)

7月からの大雨の影響か、石下や水辺にはまったく虫の姿は見られない。
8月にしては気温も低く、空気も澄んで湿気も少ないとは言っても、ヤブコギを続けてきた身は、風の吹かない窪地に佇んでいるのはひどく暑い。

周囲を見渡しても、湿地も、虫のいそうな草地もありそうになく、早々に、この場所での探索を断念した。

タデ原湿原も乾燥化し、木道を造って観光客に公開しているごく一部だけが、かつての名残を留めているのであろう。

上宮先生が採集された40年前とは、湿原の様子も生えている植物も相当違ってしまったであろうし、カンミヤヒサゴも当分、宿題のままのような気がする。

次にやまなみハイウェイぞいに、採草地周辺の草地を見て回る。

ちょうど、夏の採草が済んだばかりのようで、採草地は一面に草刈りされていて茶色になっている。
こうしてみると採草地とそうでない草地が良く解るが、草が残っているところは、畑か、明らかに個人が何らかの目的で営業をしているような所ばかりで、飯田高原にはほとんど他人が自由に出入りして採集できるような草原は無いということが確認できた。

しようがなくて、採草地の縁のススキの根際のゲンノショウコを叩くと、昨年も見つけたトゲトゲクロサルゾウムシ Zacladus geranii (Paykull)が多い。

サクに這い上がったカナムグラにはカナムグラサルゾウやアサトビハムシが、オオマツヨイグサにはアカバナトビハムシが、そしてマルバハギにはキイロクワハムシとホタルハムシが多い。
ススキからクロルリトゲトゲも落ち、アザミはみられなかったが、オオキイロノミハムシも見られた。

(長者原~飯田高原の虫)

これらの種は、採草地のような人為的な草地でも、その縁やすきまを見つけて、しっかり生き残っている模様。

盛んに紫色の花を咲かせているクサフジにも、昨年秋には、多くの北方系、草原性のホソクチゾウやマメゾウ類が見つかったが、今回は、まったく虫の姿は見られない。
この2-3日、さわやかな秋のような天気になっていると言っても、まだ、8月。

本格的な秋の虫の訪れはまだまだこれからのよう・・・。

さらに、榎木孝明美術館と吉部を経て、大船林道の方へ行ってみる。

道横の採草地の縁に川が流れていて、ブッシュにツルが巻いていた。
見るとオオキイロタマノミハムシのカップルが留まっていて、してみると、このツルはボタンヅルらしい。

(上:オオキイロタマノミハムシのカップル、下:その食痕)

叩いていると、ムネアカタマノミハムシも落ちてきたので、まさしくボタンヅルのはずである。

(大船林道入り口付近の虫)

ゲンノショウコには相変わらずトゲトゲクロサルゾウムシ、カエデにキアシツブノミハムシ Aphthona semiviridis Jacoby、その下の草になぜかダイミョウナガタマムシ Agrilus daimio Obenbergerが静止しており、クサフジにはベッチチビコフキゾウムシ Sitona lineellus (Bonsdorf)が見られた。

最後の種は低地のスズメノエンドウなどに多いチビコフキゾウムシに良く似るが、チビコフキゾウムシは上翅の合わせ目・第一間室が高まり、奇数間室もやや高まるのに対して、ベッチチビコフキゾウムシは全ての間室が扁平、前胸や上翅の点刻も大きいことから区別できる。

ベッチチビコフキゾウムシは、図鑑類では北海道のみの分布であるが、大分県ではすでに地蔵原のクサフジから採れた個体が記録されている(三宅, 2007)。

(上:ベッチチビコフキゾウムシ、下:チビコフキゾウムシ)

大船林道の入り口にはゲートが設けられていて、車では立ち入ることが出来ない。
その手前に、音を立てて湧いている握りこぶし程度の泉を見つけた。
その横が小さな池になっている。

(上:泉、下:小池)

池を水網で掬ってみると、大量のヒメゲンゴロウ Rhantus sturalis (MacLeay)と、チャイロマメゲンゴロウ Agabus brouwni Kamiya、キベリヒラタガムシ Enochrus japonicus (Sharp)、ほとんど黄紋の消えたモンキマメゲンゴロウ Platambus pictipennis (Sharp)が見られた。

(小池にいたゲンゴロウなど)

この先に草地はなさそうなので、引き返して、黒岳の方に向かう。

最初の草地で見つけた黒いトビハムシ以外に、今日は特別な成果が無く、そろそろ本日の採集タイムリミットまで、1時間ほどを残すのみになった。

黒岳の手前、ワキ道への分岐に車を止めて林縁の小斜面を見る。
ほどよい木陰の斜面が続いており、草掃き採集に良さそうである。

見ると白いヒヨドリバナが咲いている。目を凝らすと食痕も。

(左:ヒヨドリバナ、右:ヒヨドリバナアシナガトビハムシ)

掃いてみると、ビーティング上に黄色い点、
ヒヨドリバナアシナガトビハムシ Longitarsus nitidiamiculus Kimotoだ。

採れ始めると、目が慣れて、何処でも採れるようになるものである。

九重の草原は駄目だったが、今日は、この林道沿いの草掃き採集で締めくくることにしよう。
本腰を入れて掃いて廻る。

たいして注目するような草は生えてるように思えない斜面だが、ハムシはぼつぼつ落ちてくる。

(上:草掃き採集した小斜面、下:採れたハムシ類)

この夏の時期だけかも知れないが、陽の当たる草地より、むしろこうしたチラチラ陽が当たるくらいの林縁が良いのかも知れない。

微小で黒いトビハムシには、上の写真中央に見えるコクロアシナガトビハムシ Longitarsus morrisonus Chujoと、ツブノミハムシ、キアシツブノミハムシの3種が混じっていた。

キアシツブノミハムシ(写真左)は、ツブノミハムシ(写真右2個体)より一回り以上大きくて、青みが強い。
腹側から見ると、前・中肢はほぼ全体黄褐色で、腿節などが幾分かでも黒づむツブノミハムシと区別できる。

(左:キアシツブノミハムシ、右:ツブノミハムシ)

他に、アカバネタマノミハムシ Sphaeroderma nigricolle Jacobyとアケビタマノミハムシ Sphaeroderma akebiae Ohno、ツマキタマノミハムシ Sphaeroderma apicale Baly、
それから、黒岳では多いカクムネトビハムシ Neocrepidodera laevicollis (Jacoby)。

(カクムネトビハムシ)

ここで採れた写真中央の小型のトビハムシは、現地ではよく見えずに、種が確認できなかったが、帰って顕微鏡の下で見ると、なんと、今年初めに飯田高原から報告したばかりの日本未記録種だった(今坂・三宅, 2009)。

(イマサカアラハダトビハムシの近似種)

本種は、下甑島から記載されたイマサカアラハダトビハムシ Zipangia imasakai Takizawaの近似種で、前者の後翅が退化しているのに対して、本種では飛翔できるかどうかは確認していないが、結構長い後翅がある。

(今坂・三宅, 2009図版より、上:イマサカアラハダトビハムシ、下:その近似種)

♂交尾器は両者共良く似ているが、本種の方がペニス先端がより尖っている。

(左:イマサカアラハダトビハムシの♂交尾器・Takizawa, 1990より引用、右:その近似種、♂交尾器は左から背面、側面の順)

前頭隆起の形も、イマサカアラハダでは縦長の三角形であるのに対して、本種では横長であるなど、別種であることは確実である。

(前頭隆起、上:イマサカアラハダトビハムシ、下:その近似種)

飯田高原で採っていたので、てっきり草原性と考えていたのだが、こんな林縁で採れるとなると、ホストも含めて、また考え直す必要がある。

最後の最後にクリーンヒットで、ようやく、九重まで足を延ばしたかいがあった。
ただ、帰宅し、顕微鏡の下に据えない内は解らない珍品も、少し、さびしいのであるが・・・。

ところで、最初に熱くなった名無しの黒いトビハムシはどうなったか、って。

問題の草地で得た虫を再び掲載しよう。

(最初の草地で得たハムシなど)

正体不明の黒いハムシ数個体と、その間の黄色いヨモギトビハムシ、右端のキアシオビジョウカイモドキ Intybia pellegrini (Pic)、2列目、左からモンキアシナガハムシ、ホタルハムシ、マルキバネサルハムシ、ダイコンナガスネトビハムシ、3列目、チビメナガゾウムシである。

問題のハムシは、現地ではよく見えてなくて、全体焦げ茶色と思い込んでいたが、ちゃんと顕微鏡の下で拡大してみると、前胸が黒いのも赤いのもある。
また、生かして持ち帰った個体は、間違いなく例のナス科の葉を囓っていた。

アシナガトビハムシ属は、後肢のフ節第1節が、第2,3節の合計より長いのが属の特徴だが、この種のは2節や3節と大差ないくらいに短く、少なくとも、この属ではない。

それでは何かというと、なんと、何度も採ったことのある
クワノミハムシ Luperomorpha funesta (Baly)であった。

(クワノミハムシ)

普通、クワなどの樹上から黒くてつや消しのものが良く採れるが、今回のは、黒褐色で、草地の知らない草の上にいて、まったく別物のような印象を受けた。
なんと言っても、大野原以来、草地→ナス科→Longitarsus、が頭に有りすぎたための早合点である。

本種のホストとしては、マメ類、カンキツ類、クワ、コウゾ、サトウダイコンなどがあげられているが、ナス科は知られていない。

そうそう、
その問題のナス科植物であるが、こちらも国産の自生種ではなく、北アメリカからの帰化種であるワルナスビだった。

河川や都市部の周りだけではなく、こんな原野にまで、帰化種が溢れているのに驚かされる。
牧場の飼料などに紛れ込んで広がったと考えられているが、毒があり、放牧した家畜が食べて死ぬこともあるので、悪(ワル)という名が付いたらしい。
鋭いトゲも影響していよう。

可憐な花を付ける植物なのに、気の毒である。

見慣れぬ草と、やはりよく見えていない見慣れない色彩の虫に、まんまと騙された一日だった。
しばらくの間はワクワクしていられたのが、儲けものだが。

選挙も含めて、この8月末のさわやかな秋の天気も騙しでないことを祈る。

引用文献
今坂正一・三宅 武, 2009. 大分県で採集した興味深い甲虫(1989-1996). 二豊のむし, (47): 29-46.
三宅武(2007)ゾウムシクラブによる九重一帯のゾウムシ採集記録. 二豊のむし, (45): 15-22.
Takizawa, H. (1990) Notes on Japanese Chrysomelidae (Coleoptera). with descriptions of two new species, Part 2. Akitsu, New series, Kyoto, (114): 1-8.