大野原の9月

9月になって涼しい日が続き、このまま秋になってしまうのかと思われた。

今年始まった秋の大型連休「シルバーウイーク」は、連日良い天気が続いた。
残念ながら、我が家では、連休直前に下の娘が新型インフルエンザに罹っていることが判明して、家族4人、ウィルスをバラ撒かないための禁足・軟禁状態に陥った。

病人を自宅内の別室に隔離して、食事は時間差、トイレや洗面所など、保菌者が行動した後は消毒を徹底するなど、家族に伝染らないことを第一義に、看病に努めたところ、タミフルを服用して3日目には熱も下がり、他の者も発病しないで事なきを得た。

発病が確認されるまでの2-3日は、家族全員、特に対策も採らずに普通に接していた。
それでも、誰も発病しなかったと言うことは、他の3人には、それなりの抵抗性・免疫があったのだろう。
我が家では、これで、今後の大流行はそれほど心配しないで良いという、試金石になったわけで、それが最大の成果であろう。

一方、行楽に浮かれる世間では、好天続きで山や海や海外にどっと繰り出し、気温も上り調子、連日30度近くまで上がり、汗だくで走り回っていた。
寒かった1ヶ月前と入れ替わったような気候で、今年の天気は確かにおかしい。

それでも、大野原の秋が気になっていたので、娘の全快を待って、9月24日に出かけた。

日中は31度まで上がるとの予報が出ていたが、朝の内は爽快である。
嬉野の、大野原への入り口まで差し掛かると、季節どおり、コスモスと彼岸花とが、競って咲いている。

どちらも朝日に照らされて輝いていた。

岩屋河内の低地の田圃は、既に稲刈りが済んでいた。

少し登った大野原の入り口に当たる棚田でも、黄金色にたわわに実っており、こちらも、稲刈りが近そうだ。

大野原も見た感じはすっかり秋の気配で、ススキが風に揺れている。

(9月24日の大野原)

見渡すと、あちこち草刈りがしてあり、それらが束ねて放置してある。

(採草地)

今年は、5月、6月、8月、9月と、だいたい1ヶ月半ごとにこの大野原を訪れていることになるが、草原の様子は、そのつど違っている。
ヘリや傾斜地など、まったく苅られてない周辺部分もないことはないが、基本的にこの草原も、かなり人為的に管理され、マダラ状に年に2-3回は苅られる様だ。

当初、この草刈りは、自衛隊が演習の利便のために行っているものと考えていたが、今回、作業をされているのを見ると、近在の農家の方が行われているようで、刈り取った枯れ草も利用されているらしい。

あるいは、自衛隊が演習地にする前から、営々と草刈りが続けられ、維持されてきた草原なのであろう。

食植生のハムシなどでは、その草刈りのサイクルにうまく適応できたものだけが生息しているのかもしれない。

枯れ草のドラムが放置してあるこの草地は、前回、ヒヨドリバナが多く、水路沿いにはオオヒナノウスツボも見られた場所である。
しかし、ごらんのように、見事に苅られており、前回の面影はない。

チラチラと黄色いチョウが飛んできて、キチョウかと思ったが、ネットに入れて確認してみると、ツマグロキチョウだった。

(ツマグロキチョウ)

あちこち飛んでいるもの、花で吸密しているもの、黄色いチョウはよく見るとすべてがツマグロキチョウで、キチョウは見つからない。
その点でも、確かに、ここは余所とは違う。

刈り残してある周辺のヒヨドリバナの花には、コアオハナムグリがついていた。

ヒヨドリバナアシナガトビハムシを期待してスウィーピングしてみるが、葉には食痕があっても、ハムシは見られない。

付近をヒラヒラ飛び回っているヒョウモンは、ツマグロヒョウモンが一番多く、オオウラギンヒョウモンは数が少ない。それに、いても大部分はボロだ。

ごくたまに、メスグロヒョウモンも飛んでいる。

この周辺では甲虫は期待できそうになくて、、早々に最奥の溜め池横へ移動する。

例によって、道路沿い下の斜面を中心に、ヤブをメクラめっぽう叩いていく。
ポツッと、見慣れない虫が落ちて来たと思ってよく見ると、クロモンヒラナガゴミムシである。
叩いた先には、当然、ススキの大きな株が・・・。

(クロモンヒラナガゴミムシ)

ススキをかき分けながら空いた空間を見ると、期待していたオオヒナノウスツボが見える。
花も終わり実がなっているようである。

(オオヒナノウスツボ)

揺らさないよう注意しながら叩くと、ちゃんと、ヒナノウスツボアシナガトビハムシが出迎えてくれた。
「まだいるんだ」と、楽しくなる。

(ヒナノウスツボアシナガトビハムシ、上:♂、下:♀)

前回は、写真撮影のため、半分ほどは逃げられてしまったので、今回は確実に標本を確保する。

虫たちにも夏の暑さは死活問題らしく、大部分が、草の陰などで日当たりが遮られ、湿気が保たれているような、やや空間のある場所の株に集中している。

次々に、オオヒナノウスツボを草の波の中から探しながら叩いていくと、マルモンタマゾウムシとタマアシトビハムシも落ちてきた。
これら3種が、セットで依存しているようだ。

タマアシトビハムシのホストとしても、オオヒナノウスツボを改めて確信した次第。

(上:マルモンタマゾウムシ、下:タマアシトビハムシ)

一方、ヒヨドリバナはむしろ日当たりの良い場所に点々と開花していて、あちこちに多くの株がありながら、食痕も虫もみられない。
こちらはどうも、開花前の幼い株を主として加害するようで、大野原での成虫の発生はもう、終わっている感じがする。

ヒヨドリバナが時折混じるメドハギやチガヤの草原を、めくらめっぽうスウィーピングしても、入るのはマルキバネ・ツヤキバネサルハムシとモンキアシナガハムシ、そして、時に、サクラサルハムシくらい。
大部分のハムシの発生は、もう終わっている感じである。

「今日は新しい出会いは無理かも知れない」、と思いながら、車に戻って汗を拭い、場所を変えて一服することにした。

遠く大村湾を望む草原のヘリで、風に吹かれながら弁当を食べていると、ハギの花に大きく赤い足のジガバチが飛来してきた。

きれいなので思わずネットをつかんで採集する。
あまり見ない種だな、と思いながら、帰ってから調べるとフジジガバチだった。
図鑑には生態の記載が無かったが、ネットで調べると、「低山地の露出した裸地に営巣し、ウスムラサキシタバの幼虫を狩る」、とある。

(フジジガバチ)

周囲は草原と林の境で、林縁の草地が刈られ、赤土が露出し、いかにも本種が営巣しそうな場所である。

(苅られている林縁の草地)

食事をしながら見るとはなく眺めていると、黒くて大きな甲虫が飛んで視界を横切った。

春先ならさまざまな甲虫が飛び出すが、この時期に何が飛ぶのか、まったく心当たりがない。
気になって、弁当をほっぽり出して追いかけ、着地したところを見ると、なんと、マメハンミョウだ。

(マメハンミョウ)

本種はバッタ類の卵塊に寄生し、成虫は草食で、時に大集団で農作物まで食害する。

かつてはマメ畑などに大発生して、害虫として駆除されていたらしい。
今ではそれほど多くはない。
夏から秋への変わり目に、時折草地で見つけて、もう、そんな時期かと思う。
「秋の到来を感じさせる虫」である。

その本種が、あんな風に陽光の中を、風に乗って飛んで移動するとは知らなかった。

食事を済ませて見渡すと、苅られた草はそのまま元の場所に積み重ねられている。
こういった枯れ草には、湿気具合にも寄るが、結構、その下にゴミムシ類など様々なものがいるものである。

手始めに、赤土に被さっている枯れ草をどけてみると、土がやや湿気ていて、エンマコオロギが走り回り、チラッと、青緑色に光る虫があわてて物陰に走り込むのが見えた。

さては、と思って、慌ててどけると、ヨッシャー!!
オオアオホソゴミムシ Desera geniculata (Klug)である。

(上:オオアオホソゴミムシ、下:隠れていた枯れ草)

この青緑色の草原タイプは、まだ、採ったことが無くて、前回の8月にも一応狙ってみた。
ススキを叩いたり、石起こしをしたり、多少は探してみたものの、ぜんぜん居る気配の無かった。

今になって見られることを考えると、ゴミムシの常として、秋発生で越冬なのだろうか。
いろいろやっていれば、いるものはちゃんと採れるものらしい。

多少本気を出して、苅ってある枯れ草の下にビーティングネットを差し入れ、ひとしきり叩いて廻って、2個体を追加した。

前回も紹介したように、大野原から本種を記録した森さんの報文によると、大野原など九州中部以北の草原の種と、南九州の森林で採れる種は別種らしい。

森 正人(2009)ふたつのオオアオホソゴミムシ. 月刊むし, (455): 35-37.

その後の森さんからのメールによると、2種共に既知種であることが解ったと言うことで、近いうちに、決定された学名が公表されるものと思う。

草が刈られた後の草地を歩いていくと、バッタ類が勢いよく飛び出していく。
最も多いのはトノサマバッタで、ショウリョウバッタモドキも多い。不思議と後者がいる草地では、ショウリョウバッタは見られない。

局所的に上翅に黒帯のあるクルマバッタが見られ、1個体だけ、セグロバッタを捕まえた。

(上:クルマバッタ、下:セグロバッタ)

後者は余り見たことがないが、草原性で、頻繁に草刈りが行われる草地を好むようである。

ここの草地では、他にあまり甲虫が見られないので、林縁を探してみることにする。

林縁に沿って歩いていくと、所々、林内へチラチラ陽の当たる小道が入り込んでいて、地表にはオオバコなどが生えており、多少は湿気がありそうである。

スウィーピングをしてみると、オオバコトビハムシとヒメフトツツハネカクシ Mimogonus microps (Sharp)がそれぞれ2個体と、前胸が赤くて可愛いアカクビヒメゴモクムシ Bradycellus laeticolor Batesが沢山入っていた。

(上:ヒメフトツツハネカクシ、下:アカクビヒメゴモクムシ)

一般にはそれほど知られていないが、後者も「秋告げ虫」と言っていいような虫である。
普段はほとんど採れないが、この初秋の一時期だけ、さまざまな低山地で林縁の草の上に這い上がっているのを見かける。

さらに林縁を叩いていくと、ネズミモチにクロボシトビハムシが無数に群がっており、セグロニセクビボソムシ Syzeton brunnidorsis (Marseul)と、丸くて毛むくじゃらのゾウムシも落ちてきた。

(上:セグロニセクビボソムシ、下:コバンゾウムシの仲間)

後者は初めて見るゾウムシで気になったが、コバンゾウの仲間であることしか解らなかった。

帰宅して検鏡してみると、尾節板は平で、後腿節に小さなトゲがあり、吻は曲がっており、体長2.6mm前後で、図鑑の検索からチビコバンゾウムシ Miarus vestitus Roelofsに行き着いたが、この種は本州と佐渡の記録しか無く、同定に自信がない。

上に示した写真を見て解る方が有れば、ご教示頂ければ幸いである。
帰るまでにさらに1個体追加し、2個体を保管している。

さて、そろそろ帰ろうかどうしようかと思いながら、入り口のため池付近まで帰ってきた。
1番目と2番目の溜め池の間は、谷状の窪地になっており、小さな流れがあり、周辺は湿地状である。

前回、ここでも、オオヒナノウスツボを見つたので探してみるが、道横の草は広く苅られていて、殆ど残っていない。

奥の湿地へ分け入ってみると、思いがけず乾いていて、イノシシの踏み分け道が付いている。
草丈もそれほどでもないので、スウィーピングしながら歩いていくと、ネットに細長くて華奢なバッタが入った。

先日、別の場所でも採集したカヤコオロギである。
その折り、仕事仲間として同行されていた直翅類に詳しい田畑さんから、「人里周辺の良い草地にしかいない」、と教えて頂いたばかり。

(カヤコオロギ)

本種は幼虫のような小羽で、成虫でも飛べる羽や発音器はなく、コオロギと言っても鳴かないそうである。
この個体は産卵管が長いので♀だと思われる。

ネットで調べると、草丈の低いイネ科(カヤ・チガヤなど)に依存し、移動力もないので分布は局所的になる傾向があるそうだ。
本種も人の草刈りに依存している種であろう。

元湿地のイノシシ道の周囲には、オオウラギンヒョウモンも飛んでいて、ヒョイとアザミに止まる。
「アザミ」??

そう、今日、秋の大野原を一度見ておきたいと思った最大の要因は、アザミに来るササキクビボソハムシの探索であった。

それが、春にアザミを見たところは、大部分の草が刈られてしまっていて見つからず、今まで歩いた全ての場所で、まったく影も形も無くて、アザミを探していたことすら忘れてしまっていたのである。

意外にも、見渡すと、この元湿地周辺には、あちこちにアザミが見られる。

それにしても、やけにヒョロヒョロしたアザミだ。

葉も、周囲にきょ歯がなく、笹の葉様のほっそりしたのが少し付いていて、あのギザギザゴワゴワした葉の普通のアザミとはまったく違う。
それでも、不用意に触るとチクッとしたので、葉の根元あたりに、トゲがあるようだ。

こんなに細い葉では、あまり、ムシには喰うところがなさそうな、と思いながら叩いていると、それでも、ルリ色のがコロッと落ちてきた。
「やった、いたんだ」、と喜んで、それからは現金に本格的に目に見える範囲のアザミを全部叩いたり揺らしたりしてみる。
しかし、結局はこの1個体のみ。どうも♀らしい。

(ササキクビボソハムシ)

帰って図鑑で確かめると、これはヤナギアザミのようで、花季は9-10月となっている。
春に、ササキクビボソハムシを見つけたあたりに咲いていたアザミは、ちゃんと広葉・トゲトゲの普通のアザミで、多分、ノアザミではなかったかと思う。

ということになると、少なくとも春と秋と、このハムシは季節によって違ったホストを利用していることになる。
というより、アザミであれば、様々な種をホストに出来る種なのかも知れない。

それにしても、大野原は、探せば探すほど、さまざまな珍しい種を紹介してくれる。
その多くが、人為的に草刈りをして、低い草丈を維持されている草原を好む種のようである。

かつて、日本中で、そのような草原は、採草地として人里周辺には普遍的に見られたものであろうと思われる。
しかし、その後、人々の暮らし方の変化や機械化などで、農家に必要とされなくなって、急速に消滅してしまった。
それに伴い、そういう草原にしか住めない多くの昆虫類が、既に各地で絶滅してしまったものと考えられる。

さて、今年、長崎県のRDBの見直しのために始めた大野原の調査だが、それらの種の内、いったいどこまでをレッド種として指定したものだろう。

既にリストアップされているルリナガツツハムシやオオウラギンヒョウモンは別格としても、生態的にほぼ同等なものとして、このシリーズ3回で紹介してきた種だけでも、十指に余る種を上げることが出来る。

ルリナガツツハムシ、ジュウシホシツツハムシ、シマクサアブ、ツマグロキチョウ、メスグロヒョウモン、オオウラギンヒョウモン

セグロバッタ、カヤコオロギ、クロモンヒラナガゴミムシ、オオアオホソゴミムシ、ササキクビボソハムシ(学名・未記決定)、ハギチビクロツツハムシ(学名・未記決定)、ヒナノウスツボアシナガトビハムシ、コミヤアシナガトビハムシ、マルモンタマゾウムシ、ルリハダホソクロバ

担当者も含めて、それぞれの種について、真剣に考えて頂きたいものである。