FITことはじめ 2 −2011九酔渓 その1−

2011年はほぼFITで始まり、FITで終わった年でした。

前回、「久留米高良山での草掃き採集とFITことはじめ」で紹介した、地元久留米市高良山に加え、大分県の九重黒岳にも設置し、その道筋の途中に当たる九重町九酔渓にもFITを設置しました。

高良山には、最初の内、あちこち場所を変えながら、6基から8基のFITを設置しましたし、九酔渓には最初4基、後では2基のみ、黒岳では、6基から始めて、8基になり、その後また、6基に落ち着きました。これらは、虫の入り具合や風の当たり方、破損の程度などをその都度確認しながら行ったわけです。

結局、高良山では4月1日から10月31日までの、のべ214日間25回の回収を、黒岳と九酔渓には、5月25日から10月6日までの、のべ131日間12回の回収を行っています。高良山では、地元で行きやすいこともあり、平均8.6日に1回の回収ですが、黒岳と九酔渓までは片道100kmオーバーの道程があり、10.9日に1回の割になっています。

FITで最も大変なのは、定期的に繰り返し同じ場所に通う必要があることです。
可能なら1週間に1度、最長でサンプルが腐らないギリギリの2週間以内に、その場所まで行く段取りを付けると言うことは、経費も含めてよほど本腰を入れないと出来ることではありません。遠くて、1日がかりになる場所ならなおさらです。

そして、回収してからもクリーニング、ソーティング(選別)、同定などの色々の困難な作業が待ちかまえています。
しかし、1年間それらを経験しても尚、分類やファウナ調査に興味のある者としては、FITは一度はやってみる価値のある採集方法であることを痛感しました。

さて、今回から入門編として、3ヵ所のFIT設置の内、最もFITの数も、回収した甲虫の種数・個体数共に少ない九酔渓について紹介します。

九酔渓のFIT設置場所は、大分県九重町の役場の横を通っている国道210号線を、2kmほど由布院側に走った中村の交差点から右折し、長者原方向へ6-7km進んだ鳴子川渓谷の入り口付近で、ここからさらに2kmほど上流には九重夢大吊橋が架かっています。

設置場所は多分、標高600m前後、鳴子川沿いにカツラやケヤキの大木があり、周囲にはブナは生えていないものの、かつて、この鳴子川渓谷を調査した佐々木さんにより、ルリクワガタなど高山性の甲虫も報告されています(佐々木, 1979)。
標高の割に高いところにいる虫が多く、ブナ帯のすぐ下部くらいの感じでしょうか?

鳴子川渓谷
鳴子川渓谷

当初は、草掃き採集その1(http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=88)
でも紹介した、県道横の林縁に生えているコンロンソウ群落の上に2個

道沿いのFIT
                             道沿いのFIT

それから右斜面の谷間を登った、雨が降った後のしばらくの間だけ流れる渓流沿いに1個

流れ沿いのFIT
                             流れ沿いのFIT

さらにその上流にある、大きな苔むした倒木脇に接して1個の計4個のFITを設置しました。

倒木脇のFIT
                             倒木脇のFIT

しかし、1回目の回収時である5月31日に内容物を確認したところ、コンロンソウ群落上の2個にはほとんど甲虫は入って無く、こうした林縁に設置したFITは直接ひどく風の影響を受けることが解りました。このFIT2個は、試みに6月10日まで据え置きましたが、思った通りほとんど効果がないので、結局この日設置を中止しました。

また、渓流沿いに設置した1個は最後まで継続しましたが、何度も風で吹き飛ばされたり、吊した枝が折れて落下したりと、まともに回収できたことは少なく、あまり役には立っていません。

ということで、継続的にまともにデータが採れたのは、一番上流側の倒木脇の1個だけです。
それで量的には、今回のデータはせいぜいFIT 1.2個分くらいの成果と考えて良いと思います。

九酔渓では、5月25日から10月6日までの、のべ131日間FITを設置し続け、5月31日、6月10日、6月23日、6月29日、7月4日、7月17日、7月29日、8月10日、8月24日、9月6日、9月22日、10月6日の12回回収しました。

この倒木は大部分が苔むしていますが、一部は皮も剥げ、キノコもあちこちに生えていて、朽ち木性やキノコ食のものが多く集まっていました。
FITには入っていませんが、倒木上で、ヒゲナガコブヤハズカミキリも見かけています。
それらを狙って、ほとんど、倒木に接するようにFITは設置しました。
下の写真でも解るように、倒木やキノコに誘引されて飛来したもののうち、主として倒木に沿って平行に飛翔した甲虫が捕獲されたと考えられます。

倒木に接するように設置したFIT
                         倒木に接するように設置したFIT

なお、初回ここのFIT回収のために、県道脇の空きスペースに車を停車させていたところ、すぐ向かいにある「渓流の味たなべ」の田邊店長が声を掛けて下さって、「観光客の車の交通量が多く、事故の危険性があるので、店の駐車場に車を駐めませんか」と勧めてくださいました。
それで、次からはいつも、お店の方に声を掛けてから駐車させていただくことにし、おかげで事故もなく、大変助かりました。
親切に声を掛けてくださった田邊さんに厚くお礼申し上げます。

田邊さんの名刺
                            田邊さんの名刺

さて、回収した甲虫を一通り同定した結果、通常の採集と異なり、同定できないものが多数含まれていることが判明しました。
そのうち、コメツキダマシとハナノミについては、虫仲間の畑山さんにお願いして同定していただきましたが、その他はまだ未同定のままです。

ハネカクシやヒラタムシ上科の一部などは、この後、解る人に同定していただこうと考えていますが、今回は吊り下げ式FITで得られる甲虫の全体像をお知らせするのが主目的ですので、多少曖昧な部分を残しながらの、私自身の同定可能な範囲での話、ということでご了承下さい。
なお、以下に示した写真の未同定種について、種名がお解りになる方は、ご教示頂ければ大変助かります。よろしくお願いします。

設置してから7日後の5月31日、これが最初の回収で、期待に胸を膨らませて出かけました。
持ち帰ってチェックしてみたところ、41種95個体が含まれていました。

5月31日の採集品・一部はマウント済み
                        5月31日の採集品・一部はマウント済み

めぼしいのは、ムネヨコカクホソカタムシ、ワモンマルタマキノコムシ、タテスジヒメヒゲナガハナノミ、ムツモンヒメコキノコムシなど。

ムネヨコカクホソカタムシは、日本産で唯一、前胸が横長になるカクホソカタムシで、それまで、やはり九重の吉部の落葉から1個体採集したことがあるだけ、ワモンマルタマキノコムシも2-3回しか採集したことがない種でした。

(上:ムネヨコカクホソカタムシ、下:ワモンマルタマキノコムシ)

タテスジヒメヒゲナガハナノミとムツモンヒメコキノコムシに至っては初めての採集で、大分県の記録も無いようです。
前者は水生の種、後者は枯れ木性と考えられますが、なぜこの場所で得られたのか、今のところ理由は不明です。

(上:タテスジヒメヒゲナガハナノミ、下:ムツモンヒメコキノコムシ)

いきなり採ったことのない種が含まれているのを見て、つくづく、FITは他の採集方法とは違うものが採れるものだと感心しました。

得られた41種95個体のうち、ハネカクシが半数近くの20種、個体数も半数以上の50個体含まれています。
さらに、そのうち11種は私に同定できそうにないヒゲブトハネカクシやキノコハネカクシで占められていました。

ヒゲブトハネカクシ2種
                           ヒゲブトハネカクシ2種

他にも、ケシガムシ2種、シリブトヒメコケムシの一種1、タマキノコ2種、

(上:ケシガムシの一種1、下:シリブトヒメコケムシの一種1)

ヒゲブトチビシデムシ2種、キクイムシ3種など、同定できない種群が多く含まれています。

キクイムシ2種
                             キクイムシ2種

また、クロコメツキの一種も結局同定できませんでした。

クロコメツキの一種1
                            クロコメツキの一種1

次いで、6月10日回収分には、71種155個体が含まれていました。
そのうち、追加種が53種に上り、ということは、5月31日と同じ種は18種しかいないと言うことです。
また、そのうち36種は1個体のみの回収です。

6月10日の採集品・一部はマウント済み
                        6月10日の採集品・一部はマウント済み

以上のことから、FITの採集品は非常に多様性が高いということが解ります。
しかし、もっとはっきり言うと、大部分が偶然の産物ということになるでしょう。

面白そうな種としては、ツヤムネマルゴミムシ、ミヤタケヒメタマキノコムシ、シラオビシデムシモドキ、クロモンシデムシモドキ、スジツヤチビハネカクシの近似種(Edaphus japonicus Sharp)、クロニセトガリハネカクシ、ヤマトクビボソハネカクシ、Carphacis paramerus Schulke、ニセヤマトマルクビハネカクシ、クロオビマグソコガネ、イチハシチビサビキコリ、フタモンマルケシキスイ、ヤマトネスイなど。

このうち、大分県からスジツヤチビハネカクシの近似種の記録はありません。

(訂正:ハネカクシが専門の伊藤さんに同定していただいたところ、スジツヤチビハネカクシではなく近縁で和名のないEdaphus japonicusということでしたので、この種に訂正しました。同定していただいた伊藤さんにお礼申し上げます。)

スジツヤチビハネカクシの近似種
                         スジツヤチビハネカクシの近似種

次のものは既に大分県から記録されてはいますが、結構珍しい種です。

(上:ヤマトクビボソハネカクシ、下:イチハシチビサビキコリ)

このうち、フタモンマルケシキスイは以前もこの倒木のキノコから普通に採集したことがあり、この後も多数FITに入りましたが、他ではほとんど見たことがない種です。

フタモンマルケシキスイ
                           フタモンマルケシキスイ

相変わらず、半数を超える36種72個体はハネカクシで、ヒゲブトハネカクシが9種と多く含まれ、おまけに1種を除く8種は前回採れていない追加種です。
平べったい特異な形をした次の種は、アリの巣に依存すると言われているヒラタアリヤドリの一種でしょうか?

ヒラタアリヤドリの一種13
                           ヒラタアリヤドリの一種13

上翅がほぼ全体褐色のやや小型のキノコハネカクシも、同定できていません。

(補足:伊藤さんによると、本種は未記載種ということです。)

キノコハネカクシの一種12
                           キノコハネカクシの一種12

数年前からハネカクシに編入されているアリヅカムシも4種含まれていました。
触角第一節の内側先端に顕著な突起を持つヒゲブトムネトゲアリヅカムシの一種を紹介しましょう。

ヒゲブトムネトゲアリヅカムシの一種
                        ヒゲブトムネトゲアリヅカムシの一種

ハネカクシを含む未同定の種は相変わらず27種75個体と多く、回収した種の1/3、個体数はほぼ半分になります。

ハネカクシ以外の未同定の種としては、キクイゾウムシ1種、キクイムシ4種など。追加種を紹介します。

キクイゾウムシの一種1
                            キクイゾウムシの一種1

(上:キクイムシの一種4、下:キクイムシの一種5)

引用文献
佐々木茂美, 1979. 鳴子川渓谷の甲虫採集目録. 二豊のむし, (4): 37-40.

この項 つづく