72年前に描かれた手描きの蝶画

5月末に、カミさんの実家の千々石町でご法事があり、一緒に出かけた。
席上、ご法事の主催者である、カミさんの従兄・京都て手描き友禅の仕事をされている川崎さんから、数枚のコピーを手渡された。

私が虫をやっていることをご存じで、わざわざ土産代わりに持参されたものらしい。

渡されたのは次の5枚である。

思いがけなく、すばらしいチョウの細密画を見せて頂き、話を伺うと、彼やカミさんの伯父に当たる川崎敏朗さんが描いたものだという。
仕事柄、図案や絵画に興味のある彼が保管しているノートの一部を、コピーして下さったようだ。

改めて、1葉ずつ見ていく。

最初のはナガサキアゲハ♀で、昭和13年7月6日の書き込みがある。多分、採集日か、あるいは描かれた日か?
今から、ほぼ72年前に当たる。

ナガサキアゲハ
                             ナガサキアゲハ

クロアゲハ

                               クロアゲハ

次のはクロアゲハ♀で、先のナガサキアゲハにも、この絵にも種についての説明はない。

敏朗伯父は、カミさんの父の、10人ほどの兄弟のうちの2〜3番目で、学校の先生をされていて、絵が得意だったと言うことくらいしか、情報がない。
それでも、この絵からすると、相当、細密画もうまい人であったことが解る。

僭越ながら、1976年2月25日発行の平凡社の雑誌、季刊アニマ4 蝶の特別付録につけられていた円山応挙写生帖「蝶の部」より、アゲハの絵を次に紹介したい。

この絵については、解説の小西氏が「きわめて忠実に写生しているから、種名だけではなく、季節型や性別まで識別できる。江戸時代の昆虫画”虫譜”の代表作の1つである。」と書かれている。

(円山応挙写生帖「蝶の部」より、アゲハ、上:表面、下:裏面)

多分、どちらも、採集してきたチョウをそのまま眼前において写生したものと思われ、不自然な展翅形になっていないところが、共通している。

上のナガサキアゲハやクロアゲハも、翅脈や斑紋の表現の細やかさなど、応挙のものにも遜色ないと思うのは、血縁の身びいきか・・・。

戦後すぐ亡くなっているということで、当然、会ったこともない親戚だが、身内に虫に繋がる人がいたことを発見したのは、非常に喜ばしいことであった。

次に、ツマベニチョウである。

ツマベニチョウ

                             ツマベニチョウ

この種はちゃんと展翅してあり、
「ツマベニテフ(オオツマキテフ) (雄) フンテフ科 後翅裏面ハ枯葉色ヲ呈ス 幼虫ハふうてふぼくの葉ヲ食ス 七月ヨリ八月ニ山地に産ス」との説明がある。

この後に出てくる種が、大半、台湾産であることから、この説明も、台湾産のチョウの図鑑などから引き写したものであろう。
描いた図は翅脈など、かなり精巧であるので、図鑑の絵を丸写ししたのではなく、台湾みやげなどで売られている展翅標本を入手し、それを見ながら描かれたのではないかという気がする。

マダラシロチョウ

                             マダラシロチョウ

本種の説明には、「マダラシロテフ (雄)(冬型) フンテフ科 夏型ハ稍々大型、翅端ヘ突出ス 牛馬ノ糞尿ニ集ル」と書かれている。
それにしても、現在シロチョウ科に含まれる2種がフンテフ科となっているのが面白い。

説明に、「牛馬ノ糞尿ニ集ル」とあるので、このことから名付けられたと思われるが、このような名前が使用されていたのは、いつ頃のことであろうか?

次は、ワタナベアゲハ

ワタナベアゲハ

                             ワタナベアゲハ

「ワタナベアゲハ (雄) アゲハテフ科 雌雄全ク色彩ヲ異ニス 雌ハ前翅灰黒色 後翅ハ白斑円紋ヲ装ス」とある。

シロオビアゲハ

                              シロオビアゲハ

「シロオビアゲハ (雄) アゲハテフ科(鳳蝶科) 翅ノ斑紋変化多シ 雌ハ二型アリ 幼虫ハ柑橘類ノ葉ヲ食ス」とある。

相変わらず、翅脈や斑紋は丁寧に書かれているのに、胴体は下手な作り物の紙片でもくっつけたように描かれている。
台湾で見た土産物の蝶の額は、胴体をはずして、印刷した紙の胴体を貼り付けた物があったので、多分、その様な標本を写生されたのであろう。

図鑑にあるような説明が、1種ごとに付けられているところを見ると、学生の指導用に、手製の図鑑を作られていたのではないかという気がする。
昭和10年代前半のこの時期、カラーの図鑑は相当高価な物であったはずで、そのこともあり、得意な絵の技術を生かされたのであろうと思う。

アオスジアゲハ

                              アオスジアゲハ

説明は、「クロタイマイ(アオスジアゲハ) (雄) アゲハテフ科 斑紋ハ雌雄同様 雌ハ稍大型ナリ 暖地ニ多シ 幼虫ハにくけい、いぬぐす等ノ葉ヲ食ス 台湾ニ産ス 六月−八月」となっており、本種が、日本産としても、ごく普通のチョウであることは、ご存じなかったのではあるまいか?

ということは、自身でチョウを採集したり、標本を作ったり、調べたりということをやられていたわけではなさそうで、あるいは、そういう先生か生徒の求めに応じて、手作り図鑑を作られたのかも知れない。

コノハチョウ

                             コノハチョウ

コノハチョウについては、雄の表と裏が描かれているだけで、説明はない。胴体の部分が不自然である。

次は、ミカドアゲハであるが、

ミカドアゲハ

                              ミカドアゲハ

説明は、「タイワンミカドアゲハ (雄) アゲハテフ科 雄は後翅ノ内縁ニ黄褐色ノ毛塊ヲ装ヒ雌ハ之ヲ缺ク 雌は斑紋淡色 三重、高知、九州、琉球、台湾ニ産ス」とある。

絵はあまり、日本産には似ていないので、これも台湾産を写されたのであろう。

最後のコピーは、一部、欠けているので、2種だけ紹介したい。

まずは、

ホソチョウ

                               ホソチョウ

説明は、「ホソテフ Pareda vesta (雄) タテハテフ科 雄雌ニヨリ色彩斑紋ヲ異ニス 又個体的変化ニ富ム種類ナリ 雌ハ雄ニ比シ大形ニシテ暗色紋ヲ装モノ多シ (台湾埔理社産)」とあり、学名があり図もかなり簡便なので、この部分は図鑑を写したのかも知れない。

最後に、

ムモンウスキチョウ

                            ムモンウスキチョウ

説明は、「ウスキテフ Catopsilia crocale (雄) フンテフ科 (粉蝶) 雌雄共に個体ニヨリ色彩斑紋ノ変化多キ種類ナリ ウスキシロテフに酷似スルモ裏面ニ銀色ノ眼状紋ナキ為区別スルコト容易ナリ」とある。

ツマベニチョウとマダラシロチョウでも記載してあった、フンテフは、糞蝶ではなく、粉蝶だったことが解った。シロチョウ科はこう呼ばれていたものらしい。

上記の説明を見て、あるいは、古い大正〜昭和期の図鑑をお持ちの方には、どの図鑑からの抜粋か、見当が付くかも知れない。
もしお解りの方かあれば、ご教示頂ければ幸いである。

以上、6ページ分を紹介したが、この他にもノート一冊に、ぎっしり描いてあると言うことなので、機会があったら、実物を見せて頂こうと思っている。