最新ハムシ事情図説8 ヒメカバノキハムシの紹介

この30年来、大阪在住のハナノミ研究家で、保育社の甲虫図鑑IIIのハナノミの部分を分担執筆された畑山氏より、彼のベースグラウンドである奈良県伯母子岳で採集されたハムシを頂いていました。

そのタトウの一部を眺めていたところ、見たことのないハムシを発見したので、紹介したいと思います。

標高1300m以上の山頂部で、5月末に採集されているようです。

下の写真をご覧下さい。

左側が、問題のハムシで、ヒメカバノキハムシ Syneta brevitibialis Kimotoの♂です。

このハムシは、木元・日浦(1971)の中で、大阪市立自然史博物館の所蔵標本を基に、木元博士単独で記載された種です。基産地は奈良県上北山村の笙の窟(しょうのいわや)〜大普賢岳で、他にパラタイプとして同じく奈良県の護摩壇山産が記録されています。伯母子岳は後者の東北東10km足らずの位置にありますので、いて当然の分布でしょう。

右側は、
各地に広く産するカバノキハムシ Syneta adamsi Balyの♂です。

ヒメカバノキの方は、一見して、後脛節の先端が異常に広がっていることに気が付かれると思います。
原記載でも、カバノキハムシとの区別点として、このことを上げてあり、付図も添えられています(この付図は、木元・滝沢のハムシ図鑑にも再録してあります)。
以下、全ての写真で、ヒメカバノキを左側に、カバノキを右側に配置しています。

(♂後肢脛節)

脛節先端の矢印で示した部分は、相同と思われます。
つまり、ヒメカバノキでは、本来、外側を向くべき一対の肢端隆起のうちの、内方のものが、内側に展開しているわけで、この構造にどんな意味があるのか、今のところ不明です。

♀では、カバノキ同様、通常の形をしているので、交尾行動に関係があるのかも知れません。

次に、前胸側縁は、ヒメカバノキでは、ほぼ中央に山形の3つの突起が並び、その後方にやや尖った4つめの突起があります。
カバノキでは、1つずつ離れた、やや尖った突起が3つあり、形状が違っています。

(♂前胸側縁の突起)

さらに上翅には、ヒメカバノキでは、3本の強い縦の隆起線があり、特に側方の2本は顕著です。
カバノキの方は、側縁に沿った1本は顕著ですが、他は弱くほとんど目立ちません。
上翅と前胸には、カバノキは、長くて太い剛毛を比較的密に装いますが、ヒメカバノキでは短く細く、かなり疎なので、ほとんど目立ちません。

(♂上翅)

♂交尾器は、ヒメカバノキでは、先端腹面にある突起が細く長いのが顕著です。
カバノキも基本形は同じですが、先端突起は極端に短いようです。
側面からのプロポーションも相当違いますね。

なお、この2種の♂交尾器が図示されるのは初めてではないかと思います。

(♂交尾器側面)

(♂交尾器先端部、2種ともに、左が背面、右が腹面です)

最後に、♀では、♂ほどは2種の違いは明確ではありません。
一見したところでは、やや毛深く点刻が粗いカバノキ、つるっと毛も点刻も目立たないヒメカバノキ、という区別はできるでしょう。
上翅の縦隆起線、前胸側縁の突起の傾向も、♂に準じますが、特徴が薄まって、互いに似てくる傾向があります。
ヒメカバノキの分布範囲においては、♀での同定は、慎重にした方が良いでしょう。

(♀の背面)

また、これは2種共通で、ほとんど差がありませんが、♀の腹節末端は、半球形に抉れた窪みを持ち、前縁には長い毛を持っています。
この、ハムシとしても特別な構造は、交尾の時にどのような役割があるのでしょうね。

(♀の腹節末端)

ヒメカバノキハムシは、記載時の奈良県以外に、滝沢(2006)によると静岡県の記録があるようです。また、インターネットで検索してみると、愛知県のRDBに、愛知県豊田市面ノ木峠産の記録が掲載されていて、♂の写真も載っています。
あわせて長野県下伊那郡蛇峠山で採集されていることも、紹介されています。

その他、東京都でも本土部の記録があり、東京都RDBに掲載されているようです。しかし、滝沢(2006)はこの記録を疑問視しています。
(補足:
この件について、著者の滝沢さんから私信があり、同定者からは、間違いないというコメントを得ていると言うことで、上の意見を撤回されています。)

また、吉田ほか(2008)は、徳島県美馬市の山岳地帯から甲虫1424種を記録していますが、このリストの中に、本種の名前が含まれています。
同時に、カバノキハムシも記録されていますので、本種の分布の可能性はかなり高いかも知れません。
この報告は種名だけで、四国初と言うことも含めてコメントがないので、可能なら再確認をしていただいて、採集データと共に改めて記録して頂きたいと思います。

(補足:
その後、記録された吉田さんに確認したところ、確かに本種のようです。

さらに、ハムシ仲間の南さんから、福井県甲虫目録に、大野市:池ケ原(高井,1989)、和泉村:朝日前坂(斎藤,1991).今庄町:湯尾(1ex.,30.?.1993,井上採集)の3ヶ所の記録があることを教えていただきました。そして、これらの記録については、福井の斉藤さんに確認が取れました。

また、先年、基産地の大普賢岳の隣の山塊である和佐又山の甲虫の記録をまとめられた水野さんから、和佐又山のリストにも、本種が掲載されていることを教えていただきました。

以上、様々な情報を教えていただいた吉田・南・斉藤・水野の各氏にお礼申し上げます。)

以上をまとめると、ヒメカバノキハムシの確実な分布範囲は、紀伊半島中部以南の、西部〜南部の山岳地帯、愛知県・長野県南部・静岡県・東京都の山岳地帯、福井県の白山山塊、四国徳島県剣山ということになるでしょうか?
いまのところ、ホストは判明していないようです。

伯母子岳をベースグラウンドにされている畑山氏をはじめ、紀伊半島や、愛知〜長野〜静岡の山岳地帯によく行かれる方は、是非、気をつけて頂いて、その生態を解明して頂きたいと思います。

一方、カバノキハムシは北海道、本州、四国、九州、利尻島、対馬から記録されており、ホストとして、サクラ・コナラ・カバノキ・ブナ・シデ・トチノキなどが知られています。

日本産ホソハムシ亜科 Synetinaeのメンバーは、上記、Syneta属に含まれる2種のみです。
先に紹介した前胸側縁の突起が亜科の特徴の1つです。

過去に、日本産 Synetaには、さらにもう1種、オオカバハムシ Syneta major Nakaneという種が上高地と日光から記載されています。
現在は、木元・滝沢(1994)によると、カバノキハムシのシノニムとして扱われているようです。

この種は、Nakane(1963)により記載され、北海道大学の電子博物館・中根コレクションのサイトで、ホロタイプ画像を見ることが出来ます。
また、北隆館の原色昆虫大図鑑II甲虫編の第167図版の14番にも掲載されています(2007年に出た新訂版では、種ナンバー3596で、170図版、385ページに掲載)。
少し大型のタイプのようですが、原記載も♀だけの記載ですから、種の特徴がハッキリ示されているとは思えません。

ヒメカバノキハムシが長野県でも採れていますので、この種かもしれませんし、第三の種がいないとも限りませんので、タイプ標本と、タイプ産地での♂の確認が必要と思われます。
なお、上記、中根コレクション・サイトの、本種の記載論文タイトルの一連番号・XVIIは、XVIの誤りです。

引用文献
木元新作・日浦 勇, 1971. 大阪市立自然科学博物館に所蔵されるハムシ類標本(大三報). Bull. Osaka Mus. Nat. Hist., (25): 1-26.
Nakane, T., 1963. New or little-known Coleoptera from Japan and its adjacent region, XVI. Frag. Coleopt., (5): 19-20.
日本甲虫学会編, 2007. 和佐又山産甲虫類目録. 地域甲虫自然史第3号,114pp.
斎藤昌弘.1991a.福井県甲虫類の分布資料(6).福井虫報,(8):43−45.
高井 泰.1989.大野市池ケ原で採集した甲虫類.福井虫報,(5):35−39.
滝沢春雄, 2006. 日本産ハムシ科生態覚書 (1). 神奈川虫報, (156): 1-8.
吉田正隆・黒田祐次・田中光治・櫻木大介, 2008. 美馬市木屋平地域の甲虫. 阿波学会紀要, (54): 65-75.