壱岐の調査 その1 海岸編

6月16日から18日までの3日間、長崎県のRDBのみなおし調査の一環として、壱岐に出かけてきました。

私は、長らく長崎県に住んでおりましたが、壱岐は初めてで、平坦で小さく、イキオサムシ以外にほとんど特産種が知られていないにもかかわらず、いやがおうにも期待が高まりました。

私の住んでいる久留米から壱岐に出かけるには、幾つかの方法がありますが、具体的には何も知りませんでした。

それで、近年、壱岐で珍しいハンミョウ類や、対馬亜種と本土亜種の混生?とみられるシラホシハナムグリの報告をされている佐賀の溝上さんに情報提供をお願いしました。

溝上さんは、採集地案内を含めた地図、観光案内、路線図などもお送り頂き、懇切丁寧にお知らせ頂きました。
また、RDB甲虫班の松尾さんからも採集地等の情報を含めて調査に便宜を図って頂きました。
さらに、和歌山県立博物館の的場さんには、ツメクサタネコバンゾウムシを写真で同定して頂きました。
三人の方に、それぞれ、お礼を申し上げます。

ということで、ナイター道具やベイトトラップなども積み込み、多久を経て、唐津東港より、壱岐南端の印通寺(いんどうじ)港まで、6月16日午前8時50分発のフェリーに乗船しました。

所要時間は1時間40分、便数が多いのと、所要時間が短い(料金が安い)のとで、福岡-芦辺(郷ノ浦)航路より、お得のようです。

(壱岐)

壱岐での調査は、初日(16日)は、南部石田町の海岸、錦浜、筒城(つつき)浜、島内で最も標高のある南部の岳の辻(標高212m)で採集し、錦浜と岳の辻にベイトトラップ設置。夕方、東部の清石(くいし)海岸で灯火採集(ナイター)。

翌17日は、朝から北部の最も山林が多いと思われる男岳周辺で採集して、勝本町に向かい、離島の辰の島への船を確認しました。
しかし、頻繁に出ているのは夏休みだけのようで、環境が似てると思われるさらに北部の串山海水浴場へ。

それから壱岐の中央幹線と言える382号線を南下しつつ、神通の辻の溜め池周辺で採集、そして、錦浜と岳の辻のベイトを回収してから、岳の辻で郷ノ浦の夜景を眺めながらナイター。

壱岐では、どの場所からも反対の海岸まで、だいたい、30分もあれば到着する近さで、道も縦横に走っているので、非常に便利です。

最終日18日は、中央部の横断道路沿いに、梅の木ダム、大清水周辺の湿地、勝本町立石触のヨシ原、猿岩周辺の草地で採集して調査終了。
印通寺港発2時50分のフェリー唐津へ。

まあ、採集コースは、このとおりですが、行ったとおりに話しを進めると、あっちこっちに話が飛び、煩雑になるので、同じような採集地ごとに、見られた虫たちを紹介します。

今回は海岸編ということで、錦浜、筒城浜、清石海岸、串山海水浴場、猿岩を紹介します。

<錦浜>

印通寺港から、東へ、壱岐空港へ向かって10分程度走り、手前で右折してちょっと走った海岸です。

それほど広くありませんが、目の細かい白い砂は綺麗でした。
西側(写真左)は山付きで、主にこちらで採集しました。

海浜植物の間に、オオマルスナゴミムシダマシ Phelopatrum scaphoides (Marseul)がぼつぼつ死んでいて、砂を掘ると生きたのも見つかりました。

(上:オオマルスナゴミムシダマシ、下:スナサビキコリ)

この種は、本州、四国、九州の分布が知られていて、九州では、唐津から福岡北部の玄界灘沿いの砂浜には普通に見られますが、永年暮らした長崎県本土では、ついぞ、見かけませんでした。
五島では幾つかの島に分布し、今回の壱岐と玄界灘沿いの北九州、そして、山口県でも採集しています。

日本海側はずいぶん北まで分布しているようですが、太平洋側の関東以東では見られないようです。
広島や岡山、そして、四国でも記録がありますので、暖流に洗われる地域には分布するのでしょうか?
ということになると、どうして長崎県本土で採れないのが不思議です。
熊本や鹿児島、宮崎の本土の記録があったかどうか、ご存じの方はお知らせ下さい。

さらに、草の根際から、スナサビキコリ Meristhus niponensis Lewisが見つかりましたが、この種は長崎県のレッド種で、県内では佐世保地方、平戸、五島、対馬で知られています。
ごつごつした、表面の彫刻が良いですね。

海岸のすぐ裏の林で、メスグロヒョウモンが飛ぶのを見ましたが、こんな海岸でもいるんですね。

草の根際に、ベイトトラップを設置してみましたが、入ったのは、ハマヒョウタンゴミムシダマシが沢山と、アカアシコハナコメツキ、ヒゲブトホソアリモドキくらいで、たいしたものは採れませんでした。
それにしても、砂が白いせいか、ハマヒョウタンゴミムシダマシが真っ白です。

(上:ハマヒョウタンゴミムシダマシ、中:アカアシコハナコメツキ、下:ヒゲブトホソアリモドキ)

<筒城浜>

(上:筒城浜、下:ホスト葉上のツシママダラテントウ)

続いて、空港の周囲を巡って、その北側にある筒城(つつき)浜にでかけました。
ここは、砂浜の背後に低い松林がありましたが、植栽して長くないようで、木も小さく、少し叩いてみましたが、ほとんど何も見られませんでした。

駐車スペースの山側の林縁を叩いていましたら、食痕のあるツルを発見し、注意深く探すと、ツシママダラテントウ Epilachna chinensis tsushimana (Nakane et M. Araki)が見られました。

大陸と、国内では対馬と壱岐の分布が知られています。壱岐では全島に広く見られるようです。

<清石海岸>

夕食を早くすましてから、宿からほど近い清石(くいし)海岸に灯火採集(ナイター)に出かけました。

砂浜の長さは、錦浜や筒城浜よりずっと広いのですが、背後の草地との間を舗装道路が通っていて、砂浜と植生が断ち切られ、あまりよくありませんでした。

波が荒くて、波乗りをしている人が何人も見られ、砂浜には打ち上げられた海藻が多く、その大部分は一ヵ所に積んで片づけてありました。

海藻の中には、海浜性のガムシが2種(フチトリケシガムシとコケシガムシ)、そして、ハネカクシが5種(ウミベアカバハネカクシ、アバタウミベハネカクシ、アカウミベハネカクシ、フトツヤケシヒゲブトハネカクシ、ツヤケシヒゲブトハネカクシ)見られました。

(上:フトツヤケシヒゲブトハネカクシ、下:ツヤケシヒゲブトハネカクシ)

このうち、フトツヤケシヒゲブトハネカクシ Aleochara squalithorax Sharpは、ツヤケシヒゲブトハネカクシの前胸を太くして、上翅をサメ肌状にザラザラさせたような種ですが、北海道と本州で知られていて、九州の記録は無いようです。

山口県の日本海側で採集していますから、あるいは、前記のオオマルスナゴミムシダマシのように、北九州の玄界灘沿いでは見つかるかも知れません。

道路を越えたところの草の根際を掘ると、ハマヒョウタンゴミムシダマシとオオスナゴミムシダマシ Gonocephalum pubens Marseulが出てきましたが、オオマルスナゴミムシダマシは見られませんでした。

梅雨前線が沖縄まで南下したおかげで、昼間もカラッとした晴天でしたが、夜は風が出て、おまけに寒く、ナイターには少しの昆虫が飛来しただけでした。

<串山海水浴場>

海浜植物が豊富に見られる辰の島の海水浴場は、ハンミョウ類が豊富なことで知られていて、ちょっと出かけてみたいと思いましたが、夏休みにならないと船が出ないということで、仕方なく、勝本港の北側にある串山海水浴場を見に行ってみました。

辰の島は、ハイビャクシンという岸壁に這うように生える針葉樹でも有名ですが、来てみると、串山海水浴場の周囲の岩場もすべてこのハイビャクシンでした。

(ハイビャクシン)

ほとんど見たことのない絨毯のような樹木なので、何か特殊な虫でもいないかと思ってしばらく叩いてみましたが、ほとんど、何もいませんでした。

ちょうどお昼になったので、砂浜に腰を下ろして、宿で作ってもらった弁当を広げました。
食べながらあたりを見回していると、ハエのような小さな虫が飛んできて、砂浜に着地します。
よくよく目をこらすと、甲虫で、ハマベエンマムシのようです。

日中の砂浜をスーッと飛び回り、よく見ると、あっちにもこっちにも、沢山飛んでいます。
思いついて、弁当のおかずの鯖の塩焼きの一片を砂の上に投げ出すと、面白いように、次々と身の上に着地し、モソモソ潜り込んで、身を食べているようです。

(鯖の身に集まってきたハマベエンマムシ)

食事が済んで、改めて、草の根際を探してみました。
ハマヒョウタンゴミムシダマシ、アカアシコハナコメツキ、トビイロヒョウタンゾウムシ、オオマルスナゴミムシダマシ、ヒョウタンゴミムシと砂浜の常連がいます。

種構成は単純なようなので、砂浜から離れて、岸壁の下の草地に行ってみると、クローバの花が咲いていました。
スウィーピングをしてみると、オオタコゾウムシ Donus punctatus (Fabricius)が入りました。

(オオタコゾウムシ)

近年日本に侵入してきた外来種が、もう、壱岐までも侵入している、と思って、びっくりしました。

スウィーピングを続けていると、次いで、ルリ色の小さいツツハムシが入りました。

これは、もしかしたら・・・、と思って、懸命にすべてのクローバをスウィーピングして廻って、ようやく、さらに1個体を追加採集できました。

帰宅して、顕微鏡で検鏡してみて、予想したとおり、確かに、エジマツツハムシ Cryptocephalus egimai Takizawaであることを確認しました。

(エジマツツハムシ 上:♂、下:♀)

(エジマツツハムシ 上:♂交尾器側面、上中:同背面、下中:同腹面、下:♀腹面)

(エジマツツハムシ♀頭胸部)

本種は男女群島産を基に記載された種で、男女群島の固有種と思われていたのですが、その後、平戸でも見つかっています(松尾採集、未発表)。

今回、壱岐で発見されたことから、九州西岸~北岸の広い範囲で、海浸岸壁の発達する海岸を中心に、広く産するのではないかという気がします。

エジマツツハムシは、国内産では、チビルリツツハムシ Cryptocephalus confusus Suffrianに良く似ていますが、足全体が黄褐色になること、頭の一部と、前胸の前縁と側縁前半が黄褐色になることで区別できます。

♂交尾器も特徴的な形をしていて、区別は容易ですので、図示してみました。

本種がカラーで図示されたのは、今回が初めてです。

このクローバからは、同時に、ホソヒメジョウカイモドキ Attalus elongatulus Lewisに良く似ていて、上翅にルリ色光沢を持たず、ほぼ漆黒で腹が黄色い種が採れました。
採集できたのは2♀で、特徴がよく出る♂が採れず、今のところ、種が確定できていません。

(ホソヒメジョウカイモドキの近似種 Attalus sp. 上:背面、下:腹面)

<猿岩>

(猿岩 上:正面、下:裏側)

駐車場正面から見ると、目や鼻や口の細部から、頭や背中の感じまで、まさに、キングコングそのものです。

岩の左側には草地が広がっていて、草地を横切りすぐ傍まで近づいて撮った写真が、右側の写真です。
岩を構成する柱状節理がみごとです。

ここから山側を移したのが、次の写真です。
草地では、ウラナミジャノメやウラギンスジヒョウモンが飛び交っていました。共に、長崎県ではRDB種です。

(上:猿岩付近から眺めた草地と林、下:ウラナミジャノメ)

(上:ウラギンスジヒョウモン、下:同、裏側)

草地の窪みではツル性の植物が見られ、ここでも、ツシママダラテントウが付いていました。

(上:ツシママダラテントウが付いていたツル草、下:ツシママダラテントウ)

クローバーをスウィーピングしたら、見慣れないゾウムシが採れて、帰ってから的場さんに尋ねると、ツメクサタネコバンゾウムシ Tychius picirostris (Fabricius)と、教えて頂きました。

ツメクサタネコバンゾウムシは近年、ヨーロッパから侵入した種のようで、クローバー類がホスト。
本州各地で記録されていますが、まさか、壱岐まで侵入しているとは思いませんでした。

(上:ツメクサタネコバンゾウムシ、中:オオカンショコガネ、下:キイロアトキリゴミムシ)

草地を横切って、ハマビワなどの低い林に入ると、葉上から、オオカンショコガネ Apogonia major Waterhouseや、キイロアトキリゴミムシ Philorhizus optimus (Bates)が落ちてきました。

展望所に登って行くにつれて、ワーンと言う羽音が山全体から聞こえ、何だろうと不思議に思っていたところ、何千というツマグロキンバエの群飛の羽音でした。
樹木の合間の空間で、ちょうどハナアブのようにホバリングしながら、縄張りを張っているようです。
写真の、樹陰の手前のシミのような光の点が、ツマグロキンバエです。

双翅を専門にしている人に聞いてみたのですが、ツマグロキンバエの縄張り群飛は聞いたことがないそうです。

(ツマグロキンバエの群飛)

つづく