和名考 6

<ニセ・ダマシ・モドキ>

1982年にジョウカイボンそっくりで、♂交尾器と上翅の立った太い毛の色が異なる種を見つけて、ニセジョウカイボンという仮名で発表した(今坂, 1982)。
このことが、私のジョウカイボン研究の第一歩だったのだが、その時はてっきり新種だと早合点した。「まったく、なんと良く似ているものか。すっかり、騙された」と感じたので、ニセと付けたわけである。
しかし、発表した後で詳細に調べてみると、既に中根・矢島(1969)により記載されており、しかも、和名は指定されていなかった。
その後、九大総目録ではクロジョウカイの亜種と判断されて、ニシクロジョウカイの和名が提唱された。
さらに、最近、奥島(2005)は種に戻したが、和名はニシクロジョウカイをそのまま採用している。

実は、この項はニセ・ダマシ・モドキがまずいという意図で書き始めたのだが、出した例がまずかったかも知れない。

上記例では、ニシクロジョウカイもあまり良い和名とは思えないので、私は引き続きニセジョウカイボンを使用し、即座に引っ込めようとは考えていない。

まあ、命名の経緯を示したように、ニセという接頭語は、似て非なるものを示すのに、大変便利な言葉である。ダマシ、モドキも同様であるが、こちらは接尾語であるので、語幹を形成し、むしろ属や科の名称になってしまうので、種レベルの和名として新しく使用されることは殆ど無い。
実際に採用されているものは、ゴミムシダマシ、カミキリモドキなどと、科の和名になっているものがほとんどなので、良くないからと今から改名すると混乱が大きすぎて、収拾が付きそうにない。
モドキもダマシも、所詮は欺く意味で、良い意味ではないので、今後新しく付ける事がない方が望ましい。

問題はニセで、そう言った意味で、安易に続々と現在も付けられている。
またまたルリクワガタに戻ると、日本産は長らくルリクワガタ1種であった。
1969年に黒沢先生がコルリクワガタを追加され、市川・藤田(1982)がホソツヤルリクワガタを発見して、クワガタブームに火を付けた。
さらに、奥田・藤田(1987)はほとんど外形ではコルリクワガタと区別できないが、♂交尾器の骨片を初めて使用して種を区別し、ニセコルリクワガタを記載した。
藤田(1987)はそれを発展させて、コルリクワガタを3亜種に分割した。

ここでも、両氏がニセコルリクワガタという和名を採用した気持ちは、良く理解できる。
しかし、和名を扱う立場からすると、ニセというのはなんだか気持ちが良くない。
井村(2007)が、基産地のニセコルリクワガタをシコクルリクワガタに改名したのは、他の種を命名するついででもあったろうが、同様の気持ちが働いたためであろう。

九大総目録でニセを検索してみると、なんと216種の頭にニセが付いている。他にも、属和名や科和名などにニセが付いているものがあり、これがベースとなった種の和名もあって、結果的に、日本産には300前後のニセ者昆虫がいる勘定になる。

自身でも付けておいて恐縮だが、今後、ニセはやめましょう。そう思いませんか?

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