最新ハムシ事情図説2

-イノコヅチカメノコハムシ-

今回より、新顔や問題のあるハムシを取り上げて、注意を喚起したいと思っています。

まず、第一に、一昨年、
南 雅之・滝沢春雄(2005)東京都本土部のハムシ. 神奈川虫報, (149): 1-21.
によって国内の分布が復活・紹介されたイノコヅチカメノコハムシを取り上げます。

イノコヅチカメノコハムシ Cassida japana Balyは、木元・滝沢(1994)では、ヒメカメノコハムシ Cassida piperata Hopeのシノニムとして扱われていました。

木元新作・滝沢春雄(1994)日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説. 539pp. 東海大学出版会, 東京.

アマチュアが、普通、同定するために使用している図鑑類では、保育社の原色日本甲虫図鑑(IV)(1984)、原色日本昆虫図鑑上甲虫編(増補改訂版)(1980)、学研中高生図鑑(1975)、北隆館の原色昆虫大図鑑II甲虫篇でも、同様の扱いです。

原色昆虫大図鑑IIや原色日本昆虫図鑑上では、ヒメカメノコハムシ Cassida piperata Hopeには、上翅側縁後方に黒紋が出現しない型と出現する型の2タイプが有ることが図示してあり、前者では黒紋が出現する型を異常型 ab. japana Balyとして解説してあります。

長い間、日本産昆虫の標準的な目録として使用されて来た、九州大学農学部昆虫学教室と日本野生生物研究センター共同編集の日本産昆虫総目録(1989)でも、この取り扱いが踏襲され、Cassida japana Balyという種はこの四半世紀以上、まったく存在しない種として忘れ去られていました。

しかし、冒頭に書きましたように、南・滝沢(2005)は、Borowiec(1999)がイノコヅチカメノコハムシ Cassida japana Balyを独立種として認めたことを引用して、東京都から本種を記録しました。
同時に、ヒメカメノコハムシ Cassida piperata Hopeも同じく東京都から記録しています。

Borowiec, L., 1999. A World catalogue of the Cassidinae (Coleoptera: Chrysomelidae). 476pp. Biol. Silesiae, Wroclaw.

南・滝沢(2005)によると、上記の原色昆虫大図鑑IIとは扱いが逆で、黒紋が出現しない型がイノコヅチカメノコハムシ Cassida japana Balyで、ホストはイノコヅチ、
出現する型がヒメカメノコハムシ Cassida piperata Hopeでホストはアカザ・シロザということになります。

私も野外で確認していますが、この黒紋の有無とホストの組み合わせは確実で、イノコヅチの葉上には黒紋の無い型が、アカザ・シロザには黒紋の有る型がいて、その逆は見られません。

南・滝沢(2005)は園部氏による飼育試験や幼虫の形態の差も述べて、別種説を補強しています。
また、昨年改訂版として出された新訂原色昆虫大図鑑II(北隆館:2007)では、同じく滝沢さんの解説で、「両型は別種の可能性が高い。」とし、「今後の詳細な検討が必要である。」と、慎重な態度を取られているようです。

上記の別種説の根拠は上翅側縁後方の黒紋の有無ですが、問題になるのは、カメノコハムシの仲間ではこのように黒紋が出る種も、出ない種もそれぞれ存在して、黒紋の有無が種の特徴として有効なのかどうか、決め手がないところにあります。
食草の問題も同様で、食べているホストが違えば別種、と単純に言い難いのはご存じの通りです。

そういうわけで、他に明確な両種の区別点が有るのかどうかを、調べてみました。
ここで述べる結果の一部は、先頃、今坂・三宅(2008)として図版を伴って報告しました。

今坂正一・三宅 武, 2008. 2007年に大分県で採集した興味深い甲虫. 二豊のむし, (46): 17-29.

以下に部分図を示して、両種の特徴をお知らせします。
全て、左側にイノコヅチカメノコハムシ Cassida japana Baly、
右側にヒメカメノコハムシ Cassida piperata Hopeを配置します。

a.上翅側縁後方の黒紋
イノコヅチカメノコハムシには無く、ヒメカメノコハムシには出現する。

上翅側縁後方の黒紋

b.腿節基部の色彩
イノコヅチカメノコハムシは基節と、隣接する腿節基部は黒づむ。
ヒメカメノコハムシは基節のみが黒づみ、腿節基部は淡色。

腿節基部の色彩

c.中胸側板の点刻
イノコヅチカメノコハムシは点刻が大きく、となりあった点刻が繋がって横シワ状。
ヒメカメノコハムシは点刻が小さく、それぞれ独立していて、横シワ状にはならない。

中胸側板の点刻

d.後胸腹板の点刻
イノコヅチカメノコハムシは点刻が大きい。
ヒメカメノコハムシは点刻が小さい。

後胸腹板の点刻

e.♂交尾器背面
イノコヅチカメノコハムシは前縁が縁付けられ背面へ反る。側縁はほぼ平行。膜質開口部の縦幅は広く開く。
ヒメカメノコハムシは前縁が縁付けられずに背面へ反る。側縁は開口部で最大幅、基部へ急に細くなる。膜質開口部の縦幅は狭い。

♂交尾器背面

f.♂交尾器側面
イノコヅチカメノコハムシは中央で弱く曲がる。横幅は狭い。
ヒメカメノコハムシは中央で強く曲がる。横幅はより広い。

♂交尾器側面

以上の点から考えて、特に♂交尾器の形態差からは、明らかに別種と考えて良いと思います。
両種共に平地から山地まで広く分布しますが、ホストのイノコヅチが各地に普遍的に分布するのに対して、アカザとシロザの分布はやや局地的で、草原・荒れ地・耕作地・河川敷など、やや草丈が低いオープンな場所のみに見られます。九州では、イノコヅチカメノコハムシはどこにでもいる普通種であるのに対して、ヒメカメノコハムシはやや局所的で少ないように思えます。

従来の、2種を混同したヒメカメノコハムシの分布は、北海道,本州,四国,高知沖の島,九州,粟島,佐渡,冠島,三宅島,対馬,壱岐,男女群島,甑島,屋久島,奄美大島,沖縄,石垣島,西表島,与那国島と、ほぼ、日本全土から記録されていました。

現在の所、2種の区別を意識した上で記録されているのは、東京都と九州だけで、どちらも2種共に見つかっています。あるいは、どちらも日本全土に分布しているかもしれませんが、改めて確認する必要がありそうです。
あなたの地元では1種か2種かどちらですか?
ぜひ確認して、そして記録して下さい。