甑島のアオハムシダマシは何もの? その2

前回は、甑島のアオハムシダマシの緑型、赤型、共に、日本産アオハムシダマシ属 Arthromacraに、該当種が無いというところまででした。

日本産のうち、特に、♂交尾器の先端が2裂して尖る、アカガネハムシダマシ種群に含まれる種は、今のところ、海外では知られていません。
そもそも、種群レベルではなくとも、日本産の種レベルで、海外に分布する種は1種も知られていません。
日本産のアオハムシダマシ属においては、非常に地域分化の激しい種ばかりを含んでいるので、現在の所、海外の種と比較する必要を感じないのです。

と言うことになると、いきおい、甑島産アオハムシダマシの緑型、赤型は新種か!!となるかもしれません。

下甑島産で、一度に緑型と赤型の2新種??・・・となると、今まで2種共に同定間違いをしていたことを割り引いたにしても、これはなかなか、喜ばしいことです。

1種か2種か?

下甑島産が新種であるとしても、緑型と赤型が同1種か、はたまた互いに別種で2種か、まず、その点を明らかにする必要があると思います。

とりあえず、手元にある下甑島産の写真を並べてみましょう。各個体を種ナンバーで区別することにします。

まず緑型の背面画像から。採集データのうち、下甑島は省略し、今坂正一採集→SI、築島基樹採集→MT、内藤準哉採集→JNとします。

(緑型、左から、種No.1, 2, 3, 4)

緑型、左から、種No.1, 2, 3, 4
  1. ♂. 尾岳, 22. VI. 1982, SI.
  2. ♂. 片野浦, 2. V.2022. MT.
  3. ♂. 片野浦, 2. V.2022. MT.
  4. ♀. 片野浦, 2. V.2022. MT.

(緑型、左から、種No.5, 6, 7, 8)

緑型、左から、種No.5, 6, 7, 8
  1. ♀. 片野浦, 2. V.2022. MT.
  2. ♂. 瀬々野浦, 19.V.2022. SI.
  3. ♂. 瀬々野浦, 22.V.2022. SI.
  4. ♂. 瀬々野浦, 22.V.2022. SI.

次いで、赤型。

(赤型、左から、種No.9, 10, 11, 12)

赤型、左から、種No.9, 10, 11, 12
  1. ♂. 片野浦, 2. V.2022. MT.
  2. ♀. 片野浦, 2. V.2022. MT.
  3. ♂. 瀬々野浦, 19.V.2022. SI.
  4. ♂. 瀬々野浦, 22.V.2022. SI.

(赤型、左から、種No.13, 14, 15)

赤型、左から、種No.13, 14, 15
  1. ♂. 瀬々野浦, 22.V.2022. SI.
  2. ♂. 瀬々野浦, 24.V.2022. SI.
  3. ♀. 瀬々野浦, 22.V.2022. SI.

(赤型、左から、種No.16, 17)

  1. ♀. 東部2号線入口, 14.V.2016. JN.
  2. ♀. 青瀬林道, 13.V.2016. JN.
赤型、左から、種No.16, 17

以下の部分図でも同じ種No.を使用します。

まずは、♂交尾器の背面図です。緑型の背面図を並べてみましょう。

(緑型♂交尾器の背面図、左から、種No.1, 2, 3, 6, 7, 8)

緑型♂交尾器の背面図、左から、種No.1, 2, 3, 6, 7, 8

同様に赤型の背面図です。

(赤型♂交尾器の背面図、左から、種No.9, 11, 12, 13, 14)

赤型♂交尾器の背面図、左から、種No.9, 11, 12, 13, 14

このうち、右端のNo.14の♂交尾器は、前半部分が破損しています。

緑型、赤型共に、全体的にはパラメラは細長いタイプですが、かなり個体変異があります。

パッと見た感じでは、赤型の方が、緑型より、細長い個体が多いように思えますが、緑型の中にも特に細長い個体もあり、また、赤型の中にも太短い個体もあり、パラメラ背面の形では、緑型と赤型を区別することは難しいようです。

次いで、♂交尾器の側面図です。緑型の側面図を並べてみましょう。

(緑型♂交尾器の側面図、左から、種No.1, 2, 3, 6, 7, 8)

緑型♂交尾器の側面図、左から、種No.1, 2, 3, 6, 7, 8

同様に赤型の側面図です。

(赤型♂交尾器の側面図、左から、種No.9, 11, 12, 13, 14)

赤型♂交尾器の側面図、左から、種No.9, 11, 12, 13, 14

No.14は、前半部分が破損している個体です。

パラメラの長さについては、緑型・赤型共に結構バラツキがあり、先端の曲がりや突出具合についても、どちらも個体変異が見られます。
また、パラメラはほぼ真っ直ぐに伸張していますが、個体によっては、やや、腹側に湾曲しているようです。
以上の点を総合すると、緑型と赤型を区別できる要素は見いだせません。

さらに、腿節の色を見てみましょう。

(緑型後腿節、左から、種No.1-8)

緑型後腿節、左から、種No.1-8

(赤型後腿節、左から、種No.9-17、ただし、No. 11は左後腿節)

赤型後腿節、左から、種No.9-17、ただし、No. 11は左後腿節

個体により、黒色部と黄褐色部の割合は様々で、黄褐色部が1/3前後、どちらかというと、赤型に黒色部の割合が多い個体が多いようです。

黒色部の緑光沢も殆ど無いものから、僅かに見られるものまで、緑型・赤型共に見られ、腿節の黒色部と黄褐色部の割合、および、緑光沢の状態で緑型と赤型を分けることは出来ないようです。

最後に、上翅にある立った長い白毛について見てみましょう。

この毛は、シコクオオアオハムシダマシ Arthromacra shiraishii Imasaka (四国石鎚山系)では顕著に多く密生しており、オオアオハムシダマシ Arthromacra majuscula Nakane(本州関東-中部)でも比較的多く見られる特徴です。

また、アオハムシダマシやアカガネハムシダマシでは、殆ど存在せず、稀に♀の翅端部に僅かに見られる程度です。

まず、緑型から。

(緑型上翅立毛、上段、左から、種No.1-4、下段、左から、種No.5-8)

緑型上翅立毛、上段、左から、種No.1-4、下段、左から、種No.5-8

このうち、種No.4, 5が♀で、その他は♂です。
立毛は写真では見えにくいので、白矢印を付けてみました。

写真に写っている範囲で判断すると、
一般に♂では立毛の数は少なく(No.1:1個、2:4個、3:3個、6:2個、7:6個、8;10個)、♀でやや多い(No.4:4個、5:9個)傾向がありますが、♂でも種No.7, 8のように多い個体もあり、単に個体変異の範囲でしょうか。

次いで赤型です。

(赤型上翅立毛、上段、左から、種No.9-12、中段、左から、種No.13-16、下段、種No.17)

赤型上翅立毛、上段、左から、種No.9-12、中段、左から、種No.13-16、下段、種No.17

このうち、種No.10, 15, 16, 17が♀で、種No.9, 11, 12, 13, 14が♂です。
白矢印を数えてみると、♂で種No.9(7個)、11(5個)、12(5個)、13(20個)、14(3個)と、緑型よりかなり多いものの、バラツキが非常に大きいようです。
さらに、♀では種No.10(11個)、15(14個)、16(8個)、17(7個)と、平均して、♂より多い傾向があります。

この結果から判断すると、緑型よりは赤型の方がかなり毛深い傾向がありますが、変異は連続しており、立毛の多少で、緑型と赤型を区別することは出来ないようです。

以上、
1.♂交尾器背面
2.♂交尾器背面
3.腿節の配色
4.上翅の立毛の数

の4点を見てきましたが、緑型と赤型を区別できる特徴を見つけることは出来ませんでした。と言うことは、下甑島産アオハムシダマシは2種ではなく、1種と判断した方が良さそうです。

下甑島産アオハムシダマシの分類学的位置

下甑島産アオハムシダマシは緑型と赤型を含めて1種という結論に至りました。
仮にこの種をコシキアオハムシダマシと呼ぶことにします。

改めて、この種の緑型と赤型の♂を並べて示してみましょう。

(緑型)

緑型

(赤型)

赤型

この2型が同一種として、日本産のどの種と最も近いと考えることが出来るでしょうか?

コシキアオハムシダマシは上翅の肩部に縦の角陵が無く、♂交尾器の先端が2裂し、それぞれが鋭く尖ることから、アカガネハムシダマシ種群に含まれます。

当然、日本産のその他の2つの種群、アマミアオハムシダマシ種群のアマミアオハムシダマシ、ニシアオハムシダマシ種群のニシアオハムシダマシ、キアシアオハムシダマシ、オオダイアオハムシダマシ、タカハシアオハムシダマシとは、近縁ではありません。

アカガネハムシダマシ種群のメンバーの中でも、♂交尾器のパラメラが短いヤクアオハムシダマシ、オキアオハムシダマシ、キイアオハムシダマシの3種、そして、原記載の図を見る限り、チチブアオハムシダマシも短く、これらの種は、コシキアオハムシダマシに近縁ではないと思います。前に述べたように、セスジアオハムシダマシはアカガネハムシダマシの奇形と考えているので除外します。

残る♂交尾器のパラメラがより長い種のうち、♂触角先端節が長いオオアオハムシダマシ亜種群に含まれるオオアオハムシダマシ、オオミネアオハムシダマシ、シコクアオハムシダマシも近縁では無いと考えて良いと思います。これらの種はシコクアオハムシダマシを筆頭に、コシキより上翅の立毛が密に生えているという特徴も有ります。

近縁種の可能性が残ったのは、アカガネ、アカ、アオ、ミヤマ、カメガモリの5種です。この5種について、形質比較表を作ってみましょう。

アカガネハムシダマシArthromacra decora (Marseul)
アカハムシダマシ Arthromacra sumptuosa Lewis
アオハムシダマシ Arthromacra viridissima Lewis
ミヤマアオハムシダマシ Arthromacra kinodai Nakane
カメガモリアオハムシダマシ Arthromacra ishizuchiensis Akita

(6種の形質比較表)

6種の形質比較表

縷々述べてきた背面の体色、腿節の色、♂交尾器の背面の形、側面の形、上翅の立毛の状態などの他に、体長と、触角の体長比などを加えて、形質比較表を作ってみました。
この表の元になる数値等は、多くは今坂(2005)から引用しています。

今坂正一, 2005. 日本産アオハムシダマシ属の再検討. 比和科学博物館研究報告, (44): 61-162.

この表の結果として、コシキアオハムシダマシはアカハムシダマシに最も近いことが読み取れます。

と言うより、腿節基部に黄褐色部を持つことを除けば、他の全ての点でアカハムシダマシそのものと言えるかもしれません。

(アカハムシダマシ緑型{higoniae}と赤型)

アカハムシダマシ緑型{higoniae}と赤型

アカハムシダマシは、九州西岸では低地からブナ帯まで広く分布し、島嶼でも五島列島に分布しています。
また、アカハムシダマシは全国的にはほぼ全てが赤型であるにも関わらず、九州西岸ではほぼ半数が緑型(かつてA. higoniaeとされたタイプ)です。
この点でも、コシキアオハムシダマシの緑・赤型がほぼ半数ずつであることと合致します。

(長崎県雲仙岳産アカハムシダマシ緑型と赤型の交尾2例)

長崎県雲仙岳産アカハムシダマシ緑型と赤型の交尾2例

コシキアオハムシダマシは全く、アカハムシダマシの西九州の個体群の延長上にある種と考えた方が良く、その意味では、私は独立種と言うより、アカハムシダマシ甑島亜種と考えた方が良いと思います。
将来、DNA解析などを通じて、西九州本土のアカハムシダマシ個体群との遺伝的距離が判明すれば、この点がより明らかになると思います。

ここまで考えてきて、その1の冒頭で述べた、内藤さん採集の2♀に付いていた同定ラベルを思い出しました。
故・平野幸彦さんは、アカハムシダマシと付けられていたのです。まさしく慧眼で、恐れ入りました。

当初、下甑島のアオハムシダマシを記録したときは1♂のみの記録でした。そして、ヤクアオハムシダマシとの同定結果を内藤さんにお知らせしたときは2♀で、先のアオハムシダマシと、見かけ上全然違って見え、♂交尾器等を確認して比較することも出来ませんでした。

2022年に緑型・赤型それぞれ10頭近くが入手できて、初めて、比較研究が可能になったわけです。

前回、当ホームページのトピックとして掲載した故・青木淳一先生の言葉に、
「のちに見つかった新しい事実によって、前の処置を訂正することは、一向に構わないと考えます。」
というのがあります。

今回は私自身、この言葉を実行することになりました。

分類のイロハですが、やはり、1-2頭の情報では種を認識するのは無理があるようです。