春の小石原 1

2023年春はコロナが落ち着いてきて、と言うか、致死率が低下したことで、「そろそろ、もう良いか」という気分が世間に充満しているような感じがします。

5月の連休前には感染症法上の扱いが5類に変更され、規制が大幅に変更されるそうです。
私はコロナ下でも、人に会わない屋外の虫採りには関係ないとばかり、機会あるごとに虫採りに出かけていたので、規制が緩和されても、特に変わることはありません。

それでも、コンビニなど人の多い場所に立ち寄る際は、相変わらず、マスクは着用しています。
万一でも、やはり、罹りたくは無いもので・・・。

さて、今年の春は何処へ行こうか考えていたのですが、岡山の末長君からムツボシトビハムシの生き虫とホストのコケを頼まれていたので、とりあえず、英彦山に行くことしました。
例によって、國分さんを誘って4月10日に出かけました。

久留米から筑後川沿いに小一時間走り、恵蘇宿橋で左折して角にあるコンビニへ。
英彦山に行くときは、ここでトイレ休憩・コーヒータイムにするのがお決まりです。
ここから山手には、コンビニ等、立ち寄り可能な施設がないからです。

コーヒーを飲みながら雑談して、さて運転再開、杷木の高速入り口を過ぎてから山道に入ります。

今年は桜の季節から10日から2週間ほど春が早く、途中で立ち寄った、朝倉市杷木松末の赤谷(標高300m)では、既にカエデの花が満開になっており、「早っ!!」という感じでした。

そこから、峠を越え、塔の元の交差点を左折すると小石原の入り口です。

(小石原周辺地図)

小石原周辺地図

久留米から英彦山へのルートは、この筑後川沿い→杷木→小石原→英彦山と辿るのが最短で約1時間半。
このコースは久留米の虫の指南役、故・荒巻健二さんに教えて貰いました。

それまでは、日田市→大石峠→野峠と、大回りに廻って、2時間以上掛かって出かけていたのです。
この小石原経由を教えて頂いて、相当近道になったような気がした物です。

小石原は小石原焼きの陶芸の里として有名で、かつて、連休など催し物をやっている時期には渋滞して、通り抜けるのに苦労したものです。

4月10日は春休み直後の月曜日とあって、車は多くありませんが、それでも、途中、道沿いのカエデの花を叩いていると、ワキを何台も車が通り抜けていきます。

小石原のメイン通りの直前、右手にカエデの花を見つけたので、脇道の広場に車を駐め、掬ってみました。
この地はさすがに標高466mあるので、赤谷とは違ってまだ芽吹いたばかり、カエデの1-2本が5部咲き程度で、咲いてない木もチラホラ。

(芽吹いたばかりのカエデなど)

芽吹いたばかりのカエデなど

杷木から国道を走ってきて、両側はずっとスギ・ヒノキの植林なので、この周辺でまともに木があるところは無いと思っていましたが、ここは、狭い範囲ながら多少雑木があるようです。ちょっと探索してみましょう。

右手の奥には、深い谷が入っていて、底には川が流れているようです。

(小石原手前の雑木林)

小石原手前の雑木林

カエデを叩くと、ニンフジョウカイが落ちてきます。春を実感する虫です。
中村君からジョウカイボンのDNA用サンプルを頼まれているので、手の届くところは大抵叩いていきます。
数は少ないながら、それでも叩くと春物の虫がいくらか落ちてきます。

落ちて来たのはウエダニンフジョウカイとホソニセヒメジョウカイ、そして、フタホシアトキリゴミムシ、ヒラタハナムグリ、ヒメクロトラカミキリ、コマルノミハムシ、ムネアカオオホソトビハムシなどの常連がパラパラ。数が少ないのは、どうも、早咲きの花に虫の発生が追いついていないようです。

(左から、ウエダニンフジョウカイ、ホソニセヒメジョウカイ)

左から、ウエダニンフジョウカイ、ホソニセヒメジョウカイ

(ムネアカオオホソトビハムシ)

ムネアカオオホソトビハムシ

他の木々もまだ芽が出たばかりといったところ、太陽の光を浴びて輝いていますが、虫はあまりいません。

谷の奥の方に向かって、登山道の跡のようなものがあるので少し歩いてみました。

谷間に水気があるせいか、葉上に幼虫が水棲のウスチャチビマルハナノミ Herthania sasagawai (Yoshitomi et Klausnitzer)がいました。

チビマルハナノミ類は同定が難しく、Yoshitomi (2005)のまとめ以前の記録は採用できません。
この報告では本種の九州の記録はありませんが、大分県の九重の山地や、福岡県では英彦山山系犬が岳、県南部の釈迦岳などで記録されています。

Yoshitomi, H., 2005. Systematic revision of the Family Scirtidae of Japan, with phylogeny, morphology and bionomics (Insecta: Coleoptera, Scirtoidea). Jap. J. Syst. Ent. Monographic Ser. 3, 212pp.

(ウスチャチビマルハナノミ)

ウスチャチビマルハナノミ

山道はだいぶ土砂崩れ等で崩れていますが、かつては、散策用の道があった様子。
この道は丘の中腹を巻いて小石原小学校の跡地(現在はホテル・キャンプ場)まで続いているようです。
そのため雑木林が残っているのでしょう。

(ここで採れた甲虫類)

ここで採れた甲虫類

谷底の川沿いにFITをしかけたら面白いかもしれないと思いつつ、今日は英彦山の探索が主なので、下見としておきました。
なお、英彦山の採集行は別に稿を改めて紹介するつもりです。

連休前の4月27日になって、再び國分さんと英彦山に出かけました。
間が空いたのは、1週間まるまる本業のアセスメント調査で走り回っていたからで、まがりなりにも私もまだ現職、毎日が日曜日というわけではないのです。

今回は、帰りに小石原の探索です。

前回、國分さんから「小石原にはかつて湿地が知られていた」との話を聞いていました。
國分さんは、ウラゴマダラシジミのホストであるイボタが湿地周りに多いと聞いて、随分前に探索されたそうです。

福岡県では、北九州近辺の低地に溜め池が多いものの、高層湿原は殆ど知られてないので、湿地の探索をしてみようと思いました。
國分さんはうろ覚えながら、小石原には3カ所くらいに湿地があったと記憶されていました。

英彦山からの戻り、小石原の入り口、右手に入ってすぐの所に、確かに小さな湿地がありました。
木々の根元あたりに水が溜まっているのが見えます。

(湿地の水溜まり)

湿地の水溜まり

道の反対側にヤナギが見えたので分け入ってみると、広くはありませんが、家の庭ほどの水溜まりが2カ所あります。
水深はごく浅く、泥がかなり深く溜まっている感じですが、確かに湿地です。
この湿地は、國分さんが探索したことのある3つのうちのメインの湿地とは違うようです。

湿地の周りに、ちょうど白い花が咲いていて掬ってみると、トゲヒゲトラカミキリ、キバネニセハムシハナカミキリ、セダカシギゾウムシ、ジュウジアトキリゴミムシ、アカハラクロコメツキ、ニホンベニコメツキ、クビボソジョウカイ、ナガハムシダマシ、イクビゴミムシダマシ、キイロフナガタハナノミ、キアシクビボソハムシなどがいました。

(採集できた甲虫類)

採集できた甲虫類

周辺の葉も叩いて、ヒゲナガオトシブミ、キュウシュウヒゲボソゾウムシ、ケブカクチブトゾウムシ、シロコブゾウムシを落としました。
ビーティングネットには、他に小さな黒い点々がいくつも見られ、よく見ると、チビマルハナノミでした。

前回見たウスチャチビマルハナノミに加えて、さらに細長い種が見つかりました。
帰宅して調べてみると、キュウシュウホソチビマルハナノミ Nyholmia kyushuanus (Yoshitomi)のようです。
この種は、私が九重黒岳で採集した♂をホロタイプとして、吉富博之博士が新種記載した種で(Yoshitomi, 2005)、他に、岡山県と広島県の山陰側、福岡県釈迦岳で見つかっています。

(キュウシュウホソチビマルハナノミ)

キュウシュウホソチビマルハナノミ)

生態についての情報はないようですが、湿地周りで多くいたこと、釈迦岳では山頂直下のやはりかなり湿気の多いところで得られたことから、河川というよりは、ジュクジュクした土壌か浅い湿地にいるような気がします。

せっかくなので、花の周辺にFITを吊しておくことにしました。

(湿地の花の近くに掛けたFIT)

湿地の花の近くに掛けたFIT

ついでに、湿地脇の立ち枯れにも吊します。

(立ち枯れに吊したFIT)

立ち枯れに吊したFIT

それから、さらに國分さんの言う湿地を探しに、小石原の盆地内を走り回りました。
周囲を低い山に囲まれた盆地と言うこともあって、あちこちで、谷間から水が流れ出しています。
谷間はほとんど水田になっていますが、水田ができるまえは、いたるところが湿地だったかもしれません。

あちこち小流はあるのですが、結局、湿地と言えそうなものは見つかりませんでした。

陣屋ダムへの国道ぞいで、スギ植林の林縁に真っ白いハイノキの花を見つけました。
掬ってみるとPidonia類がいて、セスジ、トサ、チャイロ、フタオビチビと普通種一通りがいました。
ハイノキの葉の潜葉虫であるツマキヒラタチビタマムシもいました。

(Pidonia類各種)

Pidonia類各種

(ツマキヒラタチビタマムシ)

ツマキヒラタチビタマムシ

また、車の上にはカーネットを取り付けて走り回っていたので、帰宅後確認すると次のような種が採れていました。

(カーネットで採れた甲虫)

カーネットで採れた甲虫

飛翔昆虫で普遍的に多いヒゲナガハネカクシ類を筆頭に、右側から、ヒシモンナガタマムシ、オオクロチビシデムシ、アカバツヤクビナガハネカクシ、ヒラタコガシラハネカクシ、ズグロキスイモドキ、ルイスセスジハネカクシ、ミカドヒゲブトコメツキなどが含まれていました。

5月1日、FIT回収の間隔としては短かったのですが、リベンジで再度湿地を見つけに出かけました。
今回は、國分さんが湿地の位置を記した地図を用意してくださいました。

それに、鳥栖の大塚君も同行しました。
彼は元々鳥栖出身ですが、20年余り広島で仕事をしていました。
ようやく転勤で戻ってきたので、忙しくてストレスが溜まってそうな彼を誘ったわけです。

と言いつつ、彼の車で、運転手も彼です。
虫採り機材を一杯積んで、おまけに3人乗りでは私の車は手狭で、でかい彼の車をお願いしたわけです。

20数年も福岡・佐賀を留守にしていた彼は、道もうろ覚えらしく、私が助手席でナビ担当です。

今回も採集は英彦山主体で、小石原は帰りがけに寄ることにしました。

小石原では件の湿地の、FITの回収からです。

ただ、据え置き4日間の採集品なので、入っていたのはごく僅かでした。

(FITの成果)

FITの成果

左から、逆さまになっているホソタケナガシンクイ、アカバツヤクビナガハネカクシ。
次のオオタマキノコとチビシデムシ、キクイムシ、アリヅカムシは未同定です。
下で羽が開いているのはキュウシュウホソチビマルハナノミ、ツブノミハムシ2個体、その下は、オビモンニセクビボソムシで、上がセグロチビオオキノコ。
そして右端はコガタクシコメツキです。

その後、國分さんが調べてきた地図を頼りに、盆地の北東にあるという湿地を探しに行きました。
地図では民家の裏あたりに小さいのが3つ、道の反対側にある溜池の付近に1つあったはずです。
車から降りて少し歩いてみましたが、ちょろちょろ流れはあったものの湿地は見つかりません。

次に今度は盆地の西北端の印を見に行きます。

舗装道路から地道に入ると、細流が道を横切っていました。
車をここで降りて林道を歩いてみます。

奥は斜面全てが最近切った伐採跡で、元々はこの谷に湿地があった感じがします。

(林道の奥)

林道の奥

道路の左手には水溜まりがあり、藺草が生えています。
と言うことは、継続的に水が溜まっていると言うことです。

(藺草が生えている水溜まり)

藺草が生えている水溜まり

林道を歩いて戻りながら右手の植林地を見ると、所々に水溜まりが陽光で光っています。

(植林地の水溜まり)

植林地の水溜まり

植林されたスギもあちこちで枯れています。

(水溜まりが目立つ植林地)

水溜まりが目立つ植林地

多分、ここが湿地で、一度水を抜いてスギを植林したものの、何年か経って、やはり湿地に戻っている途中と思われます。

(湿地状態)

湿地状態

いずれ、スギは枯れてしまいそうで、手入れもされず放置されているのでしょう。
今日は時間がありませんが、日を改めてここはちゃんと調査する必要があります。

國分さんが覚えていた湿地が見つかったので、安心して、車に戻って帰ることにします。

少し戻りかけた所で、左に草地が見えました。
その脇には小流が流れ、ヤナギも生えています。
大塚君が車を止めて「ちょっとスウィーピングをしてきます」と言ったので、しばらく待っていました。

大塚君はネットを抱えてきて、「ボツボツ虫がいますよ」と虫を見せてくれました。
それを見ながら、「では私もスウィーピングしようかな」と言う気になりました。

草地に降り立つと、そこは放棄水田で、奥の方には水面がチラチラ見え、これこそ湿地状になっています。
生えているヤナギも4-5mに達しているので、放棄されてから5-10年くらいは経っているでしょう。

スウィーピングで入ったのは、左から、バラルリツツハムシ、ヒメカミナリハムシ、キアシツブノミハムシ、キアシノミハムシ、キイロアシナガヒメハナムシ、オオキバチビヒラタムシくらいで特筆するものはありません。

(放棄水田の草地で採れた甲虫)

放棄水田の草地で採れた甲虫

下のマルハナノミはキュウシュウホソチビマルハナノミとニッポンチビマルハナノミ Contacyphon nipponicus (Yoshitomi)です。
この2種がここで得られた、せめて湿地っぽい虫です。
ニッポンチビマルハナノミは本州以南から琉球まで広く分布する種ですが、福岡県の記録はなさそうです。

帰りの車の中で、大塚君が「特に面白い物はいませんでしたが、ババスゲヒメゾウムシが沢山いました」と言ったのでビックリ!!。

「おいおい、ババスゲヒメゾウムシは九重で採ったことはあるけど、確か福岡県の記録はないよ」
それを聞いて大塚君も逆に呆れ、「広島県では高層湿原によくいたので、湿地にいて当然と思いました」との返事。福岡県産は持っていないので、2個体だけ分けて貰いました。

帰宅してから、福岡県のゾウムシの記録をまとめている城戸さんに確認すると、思った通り、「福岡県の記録はありません」と言う返事。
福岡県初記録を伝えようと思っていたら、そのうち、大塚君から電話があって、「ババスゲヒメゾウムシと言ったのは間違いで、検鏡したらスゲヒメゾウムシ Limnobaris albosparsa Ritter 分布: 本州(栃木・群馬・岡山); 韓国,中国,シベリア のようです」とのこと。

調べてみると、ババスゲヒメゾウムシはツヤツヤで上翅に白い鱗毛は無く、件のヒメゾウムシは細長くて、各間室に一列に白い鱗毛が生えているので、確かに、スゲヒメゾウムシの方です。


(スゲヒメゾウムシ)

スゲヒメゾウムシ

山口県では宇部市上宇部の記録(田中ほか, 2014)がありますが、広島県の記録はありません。

大塚君が広島県の高層湿原で見たことがあると言ったのはババスゲヒメゾウムシの方で、こちらは、呉市野呂山の記録があり(小阪,2019)、九州でも大分県の記録があります。

この2種は名前の上からは混同しやすいですが、写真を見れば一見して区別が出来ます。スゲヒメゾウムシの方は九州の記録はありません。

吉原一美, 2016. 日本の昆虫6ゾウムシ科 ヒメゾウムシ亜科. 171pp. 櫂歌書房
小阪敏和, 2019. 野呂山山頂付近(呉市)の甲虫 (3), 広島虫の会会報,(58):53-63.
田中伸一・椋木博昭・川野敬介, 2014. 山口県産ゾウムシ上科の分布記録. 豊田ホタルの里ミュージアム研究報告書, (6): 31-103.

福岡県初記録どころか、九州初記録になるわけです。
結局、大塚君のスゲヒメゾウムシがその日1番の成果となりました。

スゲヒメゾウムシのホストは高層湿原に生えるオニスゲ、カサスゲ、アゼスゲとされていますが、確かにあの草地には細長い葉が立ったスゲが生えていました。

大塚君は帰郷第一作の短報として、張り切って短報を書くことにしたようです。

仕事の忙しい彼の代わりに、近日中に、再度あの放棄水田に出かけて、その景観とホストの写真を撮り、彼の短報に掲載してもらうつもりです。

(追記)

5月8日にさっそく出かけて、採集地の様子を撮ってきたので、紹介します。

(放棄水田)

放棄水田

(直ぐ横には用水路が流れています)

直ぐ横には用水路が流れています

(ホストのカサスゲ Carex dispalata)

ホストのスゲ

追記・仕事仲間の井野 静さん((株)footpath代表)に写真同定していただいたところ、このスゲはカサスゲ(Carex dispalata)だそうです。「カサスゲはかつては水田やその間に走る水路、あるいは溜め池の周辺などにごく普通に生え、様々な民具などに利用された。菅笠や簔、特に笠はこの種で作られた場合が多く、カサスゲ(笠菅)の名もそこに由来する。近年はこのような民具が使われる機会が少なく、需要が少なくなり、また、水路や水田の改修によって生息環境も減少し、少なくなっている」とありました。同定いただいた井野さんにお礼申し上げます。

(スゲヒメゾウムシを生かしたままホストと一緒に入れて置いたところ、葉柄の隙間に静止していました)

葉柄の隙間に静止するスゲヒメゾウムシ

そのまま2-3日放置していたら、静止した付近の茎をいっぱい囓っていました(茶色くなっている)。左の黄色くて丸い玉が糞のようです。

(スゲヒメゾウムシの囓った跡と糞)

スゲヒメゾウムシの囓った跡と糞

花もひどく囓られたようで糞まみれになっています。

(糞まみれの花)

糞まみれの花

しかし、葉にはあまり噛み跡が無かったので、本種は主として、新芽や花、そして、茎を食べるものと考えられます。