甑島のアオハムシダマシは何もの? その1

九州南部、鹿児島県薩摩川内市の沖、約30kmの位置に有る甑島列島の下甑島からは、2種のアオハムシダマシ属(Arthromacra)、アオハムシダマシ Arthromacra viridissima Lewis (分布: 本州,四国,九州,甑)とヤクアオハムシダマシ Arthromacra yakushimana Imasaka (分布: 甑,屋)が記録されています。

アオハムシダマシ

アオハムシダマシは、私が日本産アオハムシダマシ属の総説(今坂, 2005)を書いたとき、下甑島の尾岳で採集した1♂を記録したものです。

今坂正一, 2005. 日本産アオハムシダマシ属の再検討. 比和科学博物館研究報告, (44): 61-162.

これはもう41年も前の1982年に、6月15日から22日までの8日間下甑島で採集した際、最終日の尾岳で、ようやく1個体だけ花上から採集した個体です。

背面は金緑色で、腿節基部は黄褐色、先端半は黒色で弱いながら緑色光沢があり、♂交尾器も個体変異が大きいアオハムシダマシの範疇と考えて、アオハムシダマシとして記録しました。

九州本土ではほぼブナ帯まで上がらないといない本種が、こんな南の、最高地点がせいぜい600mしかない島に分布することに、驚きを禁じ得ませんでした。

(尾岳産アオハムシダマシ、左から、♂背面、♂交尾器背面、同側面、右前腿節)

尾岳産アオハムシダマシ、左から、♂背面、♂交尾器背面、同側面、右前腿節

ヤクアオハムシダマシ

また、ヤクアオハムシダマシは、内藤準哉さんが採集された個体を私が同定して、内藤(2019)として記録されたものです。

内藤さんは2014年から2019年まで、5回にわたって甲虫類採集に下甑島に出かけられています。そのリストを纏めるにあたって、確認のため私に同定を依頼されて、記録されたわけです。

内藤さんは下甑島東部2号線入口と青瀬林道で採集された赤い2個体を私に託されました。
一見して、私が記録したアオハムシダマシとは別の種と思いましたが、残念ながら2頭共に♀でしたので、簡単には結論が出せませんでした。
内藤さんは同時に、尾岳で採集されたアオハムシダマシ2個体も記録されています。

内藤準哉, 2019. 2014年~2019年に下甑島で採集した甲虫類. KORASANA, (92): 163-176.

内藤さんから見せていただいた2♀は、故・平野幸彦氏によるアカハムシダマシ Arthromacra sumptuosa Lewis (分布: 本州,四国,九州)の同定ラベルが付いていました。

しかし、足は長く、腿節基部には狭い黄褐色部があり、上翅はより細長く、全体の体型の印象もアカハムシダマシとは違っているように思えました。
結局、背面から見る限り、足全体が黒く見えるアカハムシダマシではないと結論づけました。

(内藤さん採集のヤクアオハムシダマシ、左から、東部2号線入口産♀背面、同右中腿節、青瀬林道産♀背面、同右前腿節)

内藤さん採集のヤクアオハムシダマシ、左から、東部2号線入口産♀背面、同右中腿節、青瀬林道産♀背面、同右前腿節

では、何なのかと色々考えました。
♂交尾器も確認できていないので多少心許なかったのですが、細長い体型や、足が長く、その色も基本的には褐色ながら、時に黒ずむ事もあるヤクアオハムシダマシだろうと結論づけて内藤さんに伝え、内藤さんが記録されたわけです。

甑島から、いくつかの種で、屋久島固有と思われた種が見つかっていたことも、屋久島固有種であるヤクアオハムシダマシである可能性を考える元になりました。

築島基樹さんの2色同時採集

2022年5月の連休に、築島さんが、甑島に採集に出かけました。
そして、彼が採ってきた採集品を見せていただくと、なんと、これら緑・赤2色のアオハムシダマシ属が一緒に含まれていました。
築島さんは、下甑島片野浦で、緑型を3♂1♀と、赤型を1♂1♀採集されていたのです。

これらを見渡したところ、一見して、ヤクアオハムシダマシではなさそうです。
また、緑型と赤型がほぼ同時に採れていて、体型も余り変わらず、「これって本当に2種なのか?」という疑問が湧いてきました。

自身での探索

これはいかんと、自身でも採集すべく、國分さんを誘って、直後の、2022年5月17日から24日まで甑島に出かけました。

17日から築島さんの採集地の片野浦を始め、内藤さんの東部2号線や青瀬林道を片っ端から見て回りましたが、ポイントであるシイの花はほぼ終わっていて、掬えそうな花はどこにも咲いていません。

尾岳を含めてあちこち見て回り、やっと3日目の19日に、瀬々野浦の上の林道沿いで、1本だけ遅れ咲きのシイの花を見つけました。ここには、19日、22日、24日と3回通って、緑型3♂と赤型4♂1♀を採集できました。

(アオハムシダマシ類を採集した唯一のシイの花)

アオハムシダマシ類を採集した唯一のシイの花

下甑島産を一堂に集めてみました

帰宅してから、築島さんにお願いして、♂交尾器を摘出していただき、マウント標本を作っていただきました。
忙しい中、標本製作を快諾いただいた築島基樹さんにお礼申し上げます。

さて、次の写真を見て下さい。内藤さんにもお願いして、下甑島産を一堂に集めたものです。標本を拝借いただいた内藤さんにお礼申し上げます。

全体を見渡して、下甑島産アオハムシダマシ属は一体、1種なのか、2種なのか、どの種に該当するのか、考えてみたいと思います。

(下甑島産アオハムシダマシ類)

下甑島産アオハムシダマシ類

(緑型7♂1♀)

緑型7♂1♀

(赤型5♂4♀)

赤型5♂4♀

西日本産アオハムシダマシ類の分布図

下甑島産のアオハムシダマシ類の正体を突き止めるために、まず、既知種の分布を押さえておきましょう。全て、今坂(2005)の分布図から紹介します。

九州とその近傍から記録のある種は、次の6種です。

アオハムシダマシ Arthromacra viridissima Lewis
アカハムシダマシ Arthromacra sumptuosa Lewis
ミヤマアオハムシダマシ Arthromacra kinodai Nakane
ニシアオハムシダマシ Arthromacra kyushuensis Nakane
アカガネハムシダマシArthromacra decora (Marseul)
ヤクアオハムシダマシ Arthromacra yakushimana Imasaka

分布概念図は以下の通りです。

(アオハムシダマシとミヤマアオハムシダマシ)

アオハムシダマシとミヤマアオハムシダマシ

(アカハムシダマシ)

アカハムシダマシ

(ニシアオハムシダマシ)

ニシアオハムシダマシ

以上の4種が九州では普遍的で、アカガネハムシダマシは福岡・佐賀両県の一部のみ、ヤクアオハムシダマシは屋久島と下甑島から記録されていますが、上記のように、とりあえず、下甑島は省きます。

(アカガネハムシダマシ)

アカガネハムシダマシ

(ヤクアオハムシダマシ)

ヤクアオハムシダマシ

既知種の分布からすると、下甑島は、アカガネハムシダマシと、ヤクアオハムシダマシの分布域からは離れた位置に有り、本来なら少し考えにくいところです。

また、アオハムシダマシとミヤマアオハムシダマシはブナ帯の虫であり、普通なら島に産するとは考えません。

そうすると、いても良い種は、アカハムシダマシとニシアオハムシダマシということになります。

日本産アオハムシダマシ属の絵解き検索

以上の分布域を頭に入れた上で、今坂(2005)で示された日本産の絵解き検索を引いてみましょう。

(日本産の絵解き検索)

日本産の絵解き検索

この全体図は小さくて見にくいでしょうから、部分ごとに拡大して話を進めたいと思います。
まず最初は、上翅の肩から側縁を見て下さい。

(検索1)

検索1

日本産は、この肩部に縦陵があるニシアオハムシダマシ種群と、縦陵は無く、一様に丸まるそれ以外の種群に分かれます。

下甑島産は緑・赤2型とも縦陵は無いので、この時点で、ニシアオハムシダマシ種群のニシアオハムシダマシ、キアシアオハムシダマシ、オオダイアオハムシダマシ、タカハシアオハムシダマシの4種は除かれます。

分布可能種のニシアオハムシダマシは、最初から除かれてしまいました。

(検索2)

検索2

次に、♂交尾器の先端が丸まる琉球産のアマミアオハムシダマシ種群と、先端が尖り、小さく2裂するアカガネハムシダマシ種群に分かれます。先に示した緑型の♂交尾器は後者です。赤型の♂交尾器もまだ示していませんが後者で、前者は省かれます。

(検索3)

検索3

次いで、腿節に黒色部が有るか無いかで分けていまして、無い方に、ヤクアオハムシダマシとキイアオハムシダマシが来ます。

下甑島産は黒色部が有り、キイアオハムシダマシは除かれます。

ヤクアオハムシダマシは基本、褐色部一色で、黒色部はありませんが、個体変異として、ぼんやりと黒くなる個体があります。
再度、手持ちのヤクアオハムシダマシ標本を見直してみたところ、腿節がぼんやり黒ずむ個体はあっても、基部が黄褐色になって、ツートンになる個体はありませんでした。

♂交尾器も、下甑島産赤型はパラメラがかなり長く、この部分が短いヤクアオハムシダマシの♂交尾器とも一致しませんでした。

(♂交尾器、左から、ヤクアオハムシダマシ背面、同側面、赤型背面、側面)

♂交尾器、左から、ヤクアオハムシダマシ背面、同側面、赤型背面、側面

結局、下甑島産赤型をヤクアオハムシダマシと同定したのは誤りのようです。

(検索4)

検索4

ここでは、足のほぼ全体が黒くなるか、腿節基部は黄褐色になるかで区別します。前者はアカハムシダマシです。アカは個体によって、腿節基部が多少黄色くなる個体もありますが、少なくとも背面から見て、腿節基部まで黒い部分しか見えません。

下甑島産の腿節基部には、背面から見て黄褐色部が見えるので、アカハムシダマシも除かれます。
残念ながら、ニシアオハムシダマシに次いで、分布している可能性の高い2種共に下甑島産から除外されてしまいました。

(検索5)

検索5

腿節基部は黄褐色で、先端部は黒色になる種のうち、2色の境目がクッキリと違い、黒色部に強い緑色の金属光沢を持つ種群と、2色の境目がぼんやりとし、黒色部にほとんど緑色の金属光沢を持たない種群に分かれます。

この緑色光沢は、光の当て方でもかなり違ってくるし、境目のクッキリ度も程度の問題なので、実例を並べてみましょう。

(アオハムシダマシ類の右前腿節、左から、アオ、アカ、アカガネ、オキ、下甑島産緑型、下甑島産赤型)

アオハムシダマシ類の右前腿節、左から、アオ、アカ、アカガネ、オキ、下甑島産緑型、下甑島産赤型

下甑島産緑型はうっすら緑光沢が見えますが、赤型はまったく緑光沢は見えません。他の赤型個体ではうっすら見えるものもあります。

アオハムシダマシの緑光沢は際立っていて、他の全ての種と段違いです。
強い緑色の金属光沢を持つ種群は、明らかに、それ以外と区別できます。

下甑島産緑型・赤型共に、腿節の黒色部は緑光沢を殆ど持たないと判断できるので、アオハムシダマシ以下、足に強い緑光沢を持つ、ミヤマアオハムシダマシ、オオアオハムシダマシ、シコクオオアオハムシダマシなどは全て下甑島産から除かれます。

アカガネとオキは多少緑光沢が見えますが、アオと比較すると、この2種も緑光沢を殆ど持たない方に入れて良いでしょう。

写真のアカガネの個体は、予想より緑光沢が強いようです。この種は地域変異・個体変異が激しく、かなり緑光沢の強いものから殆ど無いものまで、さらに、黒色部すら消える個体もあり、様々です。

ただ、写真で解るように、アカガネの腿節は先端1/3付近で強く膨張し、基部は強く細まり、他の全ての種とも腿節の全体の形が似ていません。この点で、アカガネも下甑島産とは違います。

一方、微弱な緑色光沢が、下甑島産緑型と似ている種としてオキアオハムシダマシがあります。
甑島列島と隠岐は、互いにかなり離れていますが、同じ対馬海流沿い(と言えるかどうか微妙ですが)なので、一応確認する必要があると思います。

2種の♂交尾器を並べてみましょう。

(♂交尾器、左から、下甑島産緑型背面、同側面、オキ側面、同背面)

♂交尾器、左から、下甑島産緑型背面、同側面、オキ側面、同背面

一見して、オキのパラメラは随分短いようです。また、わずかにですが腹側に湾曲しています。♂交尾器を見る限り、下甑島産緑型とオキは別物です。オキは緑型しか出ないので、下甑島産赤型とも別ということになります。

以上、日本産既知種の全ての種が下甑島産と違うとの結論が出たので、この後の絵解き検索は必要無くなりました。

因みに、日本産アオハムシダマシ属には、今坂(2005)以降に、以下の4種が新種記載されています。

〇オオミネオオアオハムシダマシ Arthromacra arimotoi Akita et Masumoto
Akita, K. & K. Masumoto, 2009. New or little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (9). Two new species and new distribution record from Japan. Ent. Rev. Japan, 64(2): 247-253.

〇カメガモリアオハムシダマシ Arthromacra ishizuchiensis Akita
Akita, K., 2011. New or little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (10). Four new species and a new distribution record from Japan.Spec. Publ. Jpn. Soc. Scarabaeoidology, Tokyo, (1): 271-284.

Akita, K. & K. Masumoto, 2012. New or little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (13). Three new Tenebrionid species from Japan and a replacement of a preoccupied name. Elytra, Tokyo, New Series, 2(2): 207-216.

〇チチブアオハムシダマシ Arthromacra tsurumakii Akita et Masumoto
Akita, K. & K. Masumoto, 2019. New or little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (20). Descriptions of Two new species and new distribution records of Tetragonomenes palpaloides (Nakane, 1963). Elytra, Tokyo, New Series, 9(1): 89-97.

〇セスジアオハムシダマシ Arthromacra kasuga Ando
Ando, K. 2010. A remarkable new species of the genus Arthromacra from Japan (Coleoptera: Tenebrionidae: Lagriinae). Ent. Rev. Japan, 65(2): 241-244.

オオミネとカメガモリは、今坂(2005)において、検視標本が少なくて、不明種として保留した種です。
オオミネは紀伊半島中央部、カメガモリは四国石鎚山系の、それぞれ高地の固有種です。
どちらも、オオアオハムシダマシの近似種なので、分布からも、オオミネは緑光沢のある足から、カメガモリは足全体が黄褐色になることからも、下甑島産の検討からは除外して良いと思われます。

さらに、チチブは暗い紫銅色のハムシダマシで、青~紫~赤~緑と多様な色彩変異を持つアカガネの色彩変異型のようにも思える種です。足の黒色部に緑光沢が無いことも、アカガネと共通です。しかし、示されている♂交尾器の付図のパラメラはごく短く、アカガネの長いパラメラとも、下甑島産緑型・赤型の比較的長いパラメラとも違っています。

最後に、奈良春日山から1♀で記載されたセスジは、上翅の両側に溝を含む顕著な縦陵があり、特異な形態をしています。このような特徴は世界のArthromacra属、あるいは、その近縁属からも知られて無く、その部分を除くと、同時に春日山に多産するアカガネと変わる所は無いので、私はアカガネの極端な奇形と考えています。

以上のように、下甑島産は緑型・赤型共に、日本産既知種全てと異なっていることが明らかになりました。私が下甑島から記録したアオハムシダマシ、ヤクアオハムシダマシ(同定者として)の両方とも誤りと言うことが明らかになったわけです。

つづく