青木淳一先生追悼
青木淳一先生とEメールで語りあった日々 2

2009年2月15日の青木先生のメール。

「 ホソカタムシの別刷り見てくださたそうで、嬉しく存じます。「図鑑に載っていない…..」という表題は、よかったようです。この原稿を出した直後に新種や新記録種がボツボツ見つかり、ちょっと早まったかなとの思いもありました。でも、多くの方のお役に立てば、嬉しいことです。言われる通り、日本産全種についてもまとめたいと考えてはいますが、いつになりますか。

ホソカタムシに関する図鑑、モノグラフ、エッセイを一緒こたにしたような書物はだめかいな、と親しい出版社の編集者に話したところ、「やりましょう!」と言ってくれていますが、二人で飲んで酔っ払っているときの話なので、二人ともどこまで本気かわかりません。

(以上の結果出来上がった「ホソカタムシの誘惑」の表紙)

Teredolaemusの♂交尾器については、先日も申し上げた通り、guttatus guttatusと guttatus yambarensisとの間で差はありませんでした。しかし, politusについては手元には♀ばかりしかありません。交尾器以外の形態で十分区別できるので、今回は交尾器については図示しませんでした。

昆虫界ではどこに論文を出しても、「交尾器の図を入れろ、スケールバーを入れろ」と厳しく言ってくるのには閉口します。ホソカタムシでは交尾器の差はどうもあまり使えないような気もしています。スケールバーについては、個体変異があって大きさにも大いに差があるのに、1本のスケールバーを入れてもあまり意味がないと思うのです(微生物の電子顕微鏡写真などでは、あったほうがいいとは思いますが)。余計な事を書きました。

とてもお恥ずかしい話なのですが、私はパソコンが苦手です(というより、憎んでいます)。「これは人間性をダメにする機械だ」などと言ってはおれず、勉強しないと世の中についていけないことは十分わかっているのですが、頭が悪いんでしょうね。いまだに原稿用紙の升目に万年筆で書きたい人もいるのに、あたりまえのように送り方に難しい注文をつけてくる学会誌のやりかたには、少々腹が立つのです。

そんなわけで、今坂さんのご希望にも、なかなか添えないことがありますが、ご勘弁ください。でも、メール(これしかできません)のおかげで今坂さんと有益な通信ができているのですから、感謝します。

今は、小笠原の母島で採集してきた新種の記載に取り掛かっています。サシゲホソカタムシ属の恰好いいやつです。」

(ヘコムネホソカタムシ、Aoki, 2009の付図を引用)

Aoki, J., 2009. A Third Species of Neotrichus (Coleoptera, Zopheridae) from Japan. Elytra, Tokyo, 37(1): 143-147.

その日の今坂の返事。

[ホソカタムシの本は、是非、もう一度飲んで盛り上がったときに、契約まで済ましてしまって下さい、お待ちしています。]

どちらにしても、♂交尾器では、あまり差がないと言うことですね。

分類群ごとにやはり、書き方にはクセがあるんですね。
甲虫などをやっている人は、他の分類群のことは知らないので、自分達の常識が万能と思っている部分もあるかもしれません。

ダニのお話しを読ませて頂くまで、交尾もせず、交尾器も持たない虫がいるとは知りませんでした。

今後、いろんな種の♂交尾器を検鏡されたら解りますが、体長が倍ほど違っても、♂交尾器の大きさは余り変わりません。

チビは、デカチンで、うどの大木は、小チンになっています。
♂交尾器は種の中で平均化しておかないと、どんな♀と出会うか解りませんので・・・。そういう意味もあり、スケールバーを入れる習慣があるのです。

体長に極端に大小の差がないような種は、普通は、体長と♂交尾器長の比率は一定範囲にあり、近縁種でも、別の種では大分、比率が違ったりします。

私がやったものとしては、ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシと、ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシは、後者の♂交尾器が相当小さく、形はよく似ていますが、比率は大分違います。

(左2個体: ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシ、右3個体: ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシ、下段は♂交尾器:今坂・中條, 1983より引用)

今坂正一・中條道崇, 1983. ヒサゴゴミムシダマシ属の系統と進化(6). 月刊むし, (153): 23-26.

私なども同様の世代に属するので、パソコンは得意ではありません。
ちょっと前まで、勤めで、パソコンによる報告書を作成させられていたので、文章作りと、作表くらいはできます。

メールのやりとりが可能なだけでも、お歳からすると、できる人の部類に入るのではないかと思います。

次々に新種があるんですね。楽しみにしています。]

その後しばらく間が空きましたが、3月15日に久しぶりにメールを書きました。
[ご無沙汰しています。春めいて参りましたが、その後いかがお過ごしでしょうか?

ところで、古いタトウの中から、昔、同定できず、そのままになっていた標本を発見しました。添付した写真を見て下さい。

1982年に、かつての実家、長崎県島原市で、灯火に来た標本です。
体長2.8mmほど、図鑑では最もハヤシヒメヒラタホソカタムシ Synchita
hayashii (Sasaji)に似ているように思いますが、ちょっと、感じが違う気がします。

それで、先日頂いた図鑑に載っていないホソカタの解説の最初に書いてあるチビヒメヒラタホソカタムシが、前記種と同じSynchita属ということを発見し、あるいは、昨年から探されていた種がこれではないかと思い、画像を送ってみた次第です。

明らかに別物ということならしようがありませんが、ちょっとでもその可能性があるようなら、お送りして、実物を確認して頂きたいと考えております。]

(島原産不明ヒラタホソカタムシ、背面、腹面)

同日の青木先生の返事。

「こちらこそ、ご無沙汰しています。
大変興味深いホソカタムシの画像を、ありがとうございました。私も、まずハヤシヒメヒラタホソカタムシに似ているなと思いました。しかし、画像では上翅のヘリが黄色くなっているところに気づきました。体つきもちょっとずんぐりしているようです。また、ハヤシでは黒っぽい上翅に比べて頭部と前胸背板が赤みを帯びる傾向がありますが、それも見られません。

ぜひ、標本を拝見したいものです。ただ、図のないSharpの原記載を読んで、「これだ!」と断定できる自信はありません。それでも、やはり、拝見させてください。

前のメールで、「図鑑に出ているものも、すべて図を描くべし」と今坂さんにハッパをかけられたので、今、わが尻をたたきながら、一種ずつ一所懸命に描き始めたところです。」

(日本産ホソカタムシ図集の一部:青木, 2010より引用)

青木淳一, 2010. 日本産ホソカタムシ図集. 3pp. 自刊.

3月17日の今坂メール。

[ご返事ありがとうございました。

やった!!。
脈がありそうですね。

明日にでも、さっそく送らせて頂きます。

「図鑑に出ているものも、すべて図を描くべし」などと、そんな失礼なこと、言いましたっけ?
全部の検索表は、作って下さいと、お願いしましたが・・・。

全種の図と、検索表が出来ましたら、冊子にして、販売されて良いですね。

2~3日中には、標本が届くと思いますので、乞うご期待。
結果を楽しみにしています。]

それに対して、3月18日の青木先生のメール。

「標本を送ってくださるそうで、ありがとうございます。楽しみにしています。
日本のホソカタムシ全種をまとめたものはぜひ出したいと思っており、東海大学出版会と交渉中です。しかし、ちょっと気になるのは岡田圭司さんです。この人は卒業論文で日本のホソカタムシをまとめ、それらのすべては印刷公表されてはいませんが、最後のまとめは自分がやりたいようなことらしいのです。

(岡田圭司さん: 青木, 2009より引用)

青木淳一, 2009. ホソカタムシの誘惑. 194pp. 東海大学出版会.

研究成果の発表は、ほかのだれがどんなことをやろうとしていようと、それとは関係なしに独立に発表して良いというのが私の考えですが、とは言うものの、やはり気になります。近いうちに新里達也さんが紹介してくれて、3人で一緒に食事でもしようということになっているので、その結果次第です。

一つの科を専門にやっていても、なかなか自分一人では十分な成果が得られないものです。多くの方々のお力添えで、貴重な標本も見ることができ、研究も進歩するものだと痛感しています。特に今坂さんには感謝しています。」

謎のホソカタムシを送って、今坂のメール。

[本日、発送させて頂きました。
明日か明後日には着くと思います。
当たっていれば大変嬉しいのですが。

まあ、岡田さんの件、お気持ちは解ります。
だからといって、人を出し抜く形になると、誰でも嫌ですよね。
その岡田さんにも、自分が出したい何らかの部分があるのだと思います。

貴兄が出そうとされているものと、多分、まったく同じではないと思いますので、そのあたりを相談されたらと思います。
その科全ては、早くにやっていた自分の占有、というのを主張するのもどうかと思います。

しかし、それしかやっていない者は、せめて、そのオリジナル部分を出したいと思うのが、正直なところだと思います。

私の方は、標本を2種ばかりお見せするだけなので、感謝の言葉に恐縮します。
共著者にも加えて頂きましたし。

やっている過程が面白くて、納得できるものができれば、それ以上のことはないですね。
おかげさまで、ホソカタムシも面白くなりました。]

送った標本が着いたということで、翌3月19日の青木先生のメール。

「楽しみにしていたホソカタムシの標本、本日到着しました。早速顕微鏡で見ています。まず、最も似ているハヤシヒメヒラタと比べてみましたが、

(ハヤシヒメヒラタホソカタムシ:青木, 2012より引用)

青木淳一, 2012. 日本産ホソカタムシ類図説. 92pp. 昆虫文献 六本脚.

島原のものは
(1)体がずっと大きい
(2)上翅に黄色いヘリがある
(3)前胸背板も上翅も長さに対して幅が広い
(4)前胸背板と上翅が同じ色彩である
(5)体毛目立ち、密に生じている
などの点で異なり、別種と判断されます。

(島原産不明ホソカタムシ)

さて、それではチビヒメヒラタかどうか。Sharp(1885)の原記載を読んでみると、島原のものと比べてチビヒメヒラタは、
(1)体がずっと小さい(1.5 mm)
(2)前胸背の前角が目立たない
(3)上翅にはそれぞれ3個の不明瞭な赤い斑紋が縦に並ぶ
(4)上翅の毛は2色(白黒)の色の違う毛からなる
などの点で、やはり明らかに別種と考えられます。

(チビヒメヒラタナガカメムシ:青木, 2012より引用)

青木淳一, 2012. チビヒメヒラタホソカタムシ,130 年ぶり再発見の顛末記. さやばねニューシリーズ, (8): 7-10.

そうなると、果して、何者か。正直言って、今のところ、わかりません。またしても、今坂さんによって、私のぼんやり過ごす時間を奪われました。

ありがたく、嬉しいことです。と同時に、島原へ行かなくては!という気が湧き起こってきます。今まで、ホソカタの灯火採集はやったことがありませんでしたが、試みる必要がありそうですね。

今日はタマムシの大桃さんが来宅され、ホソカタムシの標本を1箱私に預けていかれました。また、なにか「掘り出し物」が見つかると、さらに忙しくなりましょう。」

それに対する今坂の返事。

[あら-!、チビヒメヒラタとは別物ですか。
少なくとも日本未記録ということですよね。どうしましょう。
すぐすぐは無理ですが、そのうち、また、タトウをひっくり返してみます。ひょっとすると、ヤナギの下の二匹目のドジョウがいるかもしれませんので。

お騒がせですみませんねぇ。

島原は、まったく、住宅街の中ですよ。
へたにナイターをやってると警察にでも通報されるかもしれません。
場合によっては、ご一緒することになるかもしれませんが・・・。
ナイター道具もありますし。

あれだけ、ホソカタムシの宣伝されていますから、これからも、ぞくぞく届くのではないですか?]

その後、しばらくメールは無く、お手紙をいただいているのですが、文面は手元にありません。
4月27日の今坂によるお礼メール。

[お手紙拝受しました。
ホソカタムシの学名について、さっそく、ご丁寧にご教示いただきありがとうございました。

私の方、春の現地調査が始まっておりまして、4日ほど佐賀の有田町の方に出かけておりまして、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。

3月はえらく暖かかったのですが、このところ寒くて、虫もあまり出ていません。それなりにボツボツと調査をしているところです。

ホソカタムシの方は、ご教示いただいたものを整理した上で、また、疑問点等出てきましたら、連絡させていただきます。]

即座に青木先生の返事メール。

「メール拝見しました。いろいろとお忙しそうですね。

私は昨日八丈島から帰りました。4月も終わりに近いというのに、うすら寒い日が多く、虫の姿はとても少なかったです。八丈島は小笠原にもやや近いので期待していましたが、ツヤナガヒラタとナガセスジの2種しか採れませんでした。民宿でうまい魚をたらふく食べられたのが良かっただけです。

それに帰りの便は猛烈な雨と風で飛ばず、一日遅れで搭乗できましたが、揺れに揺れ、着陸時はヒヤヒヤしました。片方の翼を地面にこすって燃え上がる映像を最近テレビで見ていましたので。

6日からは台湾です。久しぶりの海外での採集にワクワクしています。」

折り返し、4月29日の今坂メール。

[各地に出かけられているようで何よりです。
台湾へは1975年から5年ほどほぼ毎年通い、のべ、100日ほど採集しましたが、その後、まったく変わってしまったでしょうね。

当時はものすごく虫の密度が濃かったように記憶しておりますが、現在はどうなのでしょう。入れるところもかなり制限されていると聞きますし。

おもしろいモノが採れましたら、お知らせください。]

ここで、少し時間が空いて、
2009年5月12日の今坂メール。

[本日、ホソカタ記載文の査読の結果を受け取りました。
わざわざお送り頂き、たいへん有難うございます。

これを見ますと、前回頂いたときに、スペルチェックなどちゃんとやっていないことが解りました。せっかく共著者に加えて頂いたにもかかわらず、ちゃんと仕事をしてなくて、まことに申し訳ありません。

さて、必要なことから書きます。
別刷りは30部お願いします。

私の名前のShoichiのoは、上に長く延ばす山形を付けたものを使用しています。
fronsはそれで良いはずです。

aedeagusも、別に、Male genitaliaに変えなくても、意味は通じます。
時に、aedeagusを♂交尾器の中央部分のPenis(Median lobe)の意味で使用する場合もありますが、どちらでも良いはずです。これはご判断にお任せします。

Referencesの1つめ、Champion, G.C.のG.C.の間を半角空ける。

Lewis, G.のタイトルの2行目Mggazineの最初のgを取って、その代わりにaを入れる。

Sharp, D. 1885bのタイトルの1行目Mr. LewisはMr. G. Lewisにしなくて良いのですか?
その2行目Linnean→Linnaean

査読された人は、フランス語の変則アルファベットをご存じないようですね。

気が付いたのは、以上です。よろしくお願いします。

台湾はいかがだったでしょうか?
思ったより短期間だったですね。

私の方、明日から、3日ほど調査に出かけますが、その後、先日見て頂いたチェックリストのご相談をさせて頂きます。
平野さんのチェックリストを見た方がよいのでしょうが・・・。]

さらに、5月20日の今坂メール。

[標本拝受しました。

台湾の埔理に、かつての70年代のカミキリ屋が集結したような案配ですね。
その頃は、私も同様にウロウロしておりました。
高桑さんのご苦労さん会の続きでしょうか?

さて、お送りいただいた標本には、ハムシダマシ以外に、ゴミダマとカミキリモドキが各1種含まれていました。

緑のハムシダマシは、♀数頭と♂1頭しか持っていないArthromacra minuta Masomotoの♂だったので、大変助かります。わざわざお送りいただき、ありがとうございました。

台湾には30年近く出かけておりませんが、ひさびさに、多少その香りを嗅いだ気がします。

ところで、台湾に出かけられる前に、ご教示いただいたホソカタムシのチェックリストですが、平野さんにお願いして、平野さんのチェックリストを送っていただいたので、その内容についても含めておきました。
新たに、インターネットにアップする体裁に作り替えましたので、チェックをお願いします。

一応、私が作ったことにしておりますが、大部分は平野さんと貴兄からの切り貼りなので、本来は3人連名の方がよいのかもしれません。

私のホームページに載せるので、このような形にしましたが、許可がいただけようなら今坂・青木の連名の制作にします。

訂正やご要望、必要な文献の追加などがありましたら、お知らせ下さい。

チェックリストはワードで作って添付しましたが、読めないときの用心に、この後にも、貼り付けておきます。

日本産ホソカタムシ類のチェックリスト
(ムキヒゲホソカタムシ科とコブゴミムシダマシ科)]

以下は今坂のホームページに掲載しているので省略。

すぐに、青木先生から返事が来ました。

「台湾の標本、ハムシダマシで少しはお役にたつものが入っていたっようで、嬉しく存じます。まことに申し訳ありませんが、カミキリモドキが混じっていいたとのこと、できましたら、いつでも結構ですから、ついでのときにカミキリモドキだけ送り返していただけませんか。

というのは台湾に同行したカミキリモドキの専門家の秋山秀雄君がカミキリモドキがさっぱり採れないと嘆いていましたので、1匹でもあげたいと思うのです。お手数けて申し訳ありません。
ホソカタムシのチェックリストは、どうぞ単独名で出してください。私に気遣いすることはありません。今、小笠原の種を記載中ですが、とくに追加すべきことはありません。私自身は今年中に日本産の種をまとめたものを1冊の本にしたいと考えています。

そこには「図鑑にでている種」もすべてスケッチしたものを出す予定です。ほとんど作図を終えていますが、残るはチビヒメヒラタホソカタムシ、ヒラタホソカタムシの2種だけです。チビヒメヒラタは今月28日に福井の井上さんに案内してもらい、採集に行くつもりです。そこで採れなかったら、もう諦めましょう。

ダニ屋が突然ホソカタムシに狂い始め、皆さん呆れていることでしょう。しかし、老後の楽しみとして、これ以上のことはありません。」

多分、このあと、「ホソカタムシの誘惑」の出版で大忙しだったのでしょう。2009年11月20日にこの本は出版されています。

さっそく、ご恵送いただき、謝辞にも平野幸彦さんに次いで、2番目に私の名前を入れていただいています(abc順)。
青木先生も大満足、と言ったところでしたが、丁度その頃、一大事が勃発です。

2009年11月14日の青木先生のメール。

「ご無沙汰していますが、お元気にご活躍のことと拝察します。

拙著「ホソカタムシの誘惑」というへんな本がお手元に届いたことと思います。ご笑覧にただければ、うれしいです。

さて、昨日沖縄の杉野さんからメールが入り、「沖縄産のアトキツツ、その後もう1頭マレーズトラップに掛かりました。今坂氏からそちらに届いているでしょうか?

こいつは、上翅先端部の黄紋がうっすら出ているので、亜種が成立するか気になっているところです」とありました。ちょっと困ったことになりましたね。

(翅端に黄色紋の出た沖縄産アトキツツホソカタムシ)

たしかに、沖縄のものは、黒っぽくなる傾向があるのでしょうが、同じ沖縄産のもので、うっすらでも黄色の紋があるものが生息しているとなると、亜種として区別するのが、どうかと思われます。

今さら? という感もありますが、今坂さんも同じ考えであるならば、急きょ原稿を撤回することも考えられますが、いかがでしょうか。

印刷が幸か不幸か来年の初めになるということなので、今回の本には亜種として採りいれてありません。
沖縄生物学会誌に公表してしまってから、亜種を取り消す手もありますが、かなりみっともない話になります。

物事すべて、慎重にしなければいけないと、反省しきりです。杉野さんからの標本をご覧になったうえで、今坂さんの、ご意見をお聞かせください。」

これはちょっと大変ですね。
11月16日の今坂の返事。

[私の方、11/8-13と、和歌山県の串本まで調査に出かけていまして、13日は深夜に戻ってきました。

さらに、14日午後から昨日いっぱい所用で出かけておりまして、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。

ご高著「ホソカタムシの誘惑」も確かに届いていましたが、そんなわけでまだ拝見していません。なかなか楽しそうで、全種載っているということなので、楽しみにしているところです。

私の場合、アトキツツを持っていなかったので、沖縄産と並べて見ていないので、何とも言えませんが、アトキツツでは、無紋のようになる個体もあったのでしょうか?

サイズや体型など、一定の差があれば、亜種なら問題はないようにも思います。

私の方、夏から秋にかけて、結構調査が立て込んでいたこともあって、杉野氏からモニタリング標本と、同様のメールはいただいたのですが、標本チェックがまだで、実物を確認するところまでの作業ができていません。

今日は、やっと時間が取れますので、標本を探して、見てみます。

その後、私の見た感じのご報告をメールし、必要であれば、転送して標本を見ていただこうかと思っています。

沖縄生物学会の方の発行が、来年初頭ということなので、標本を確認されてからでも、それならまだ、間に合うかなと考えているところです。]

2時間後の再メール。

[標本を確認したところ、杉野廣一氏が、タトウに表書きしてくれていたので、さっそく見つかりました。

写真を添付します。
体長は2mm足らず、斑紋は、アトキツツの図鑑にあるパターンと似ていますが、やや不明瞭。
写真はちょっと加工して、斑紋を強調して見やすくしています。

(問題の斑紋有の沖縄産アトキツツホソカタムシ)

さて、これを見て、どうお考えでしょうか?
亜種の根拠は、斑紋の有無だったでしょうか?

もしそうなら、撤回した方が良さそうですね。

標本を転送して、見ていただく必要があると思いますので、その由ご連絡下さい。]

それに対する青木先生のメール。

「添付された写真も拝見しました。確かに、黄色い紋がありますね。
本土産のものは、例外なく黄色い紋がありますが、明瞭なものも、ややぼやけたものもあります。沖縄産のものと同程度のものもあります。

こうなると、斑紋の違いは亜種の区別点にはならなくなってしまいそうです。残るは体形と上翅の彫刻です。もし、杉野さんからの標本を送っていただき、上翅を1枚はがすことをお許しいただければ、その点を確かめてみたいと思います、そのうえで、結論を出します。どうかよろしくお願いします。」

11月18日の青木先生のメール。

「ホソカタムシの標本、本日無事到着しました。少し時間をください。上翅の彫刻を調べてみます。

その結果、亜種でないことが分かったとしても、今回のペーパーは一度出しておく手もあるかと思うようになりました。
真っ黒なTeredolaemusはすべてクロツヤツツホソカタムシだと一般には信じられているので、そうとも限らないことを一度知らせておくために。いずれにせよ、調べた結果をお待ちください」

今坂の返事。

[私の方は、貴兄の判断に同意しますので、お心のままにお願いします。]

翌19日の青木先生のメール。

「お送りいただいた標本の上翅を1枚はがしてプレパラート標本にして顕鏡してみました。結果は原稿につけた付図のFとIの中間のような彫刻でした。上翅の先端付近には確かにうっすらと黄色い紋があります。

(アトキツツホソカタムシ沖縄亜種の付図)

手持ちの本土産アトキツツを再度見ましたが、この黄色い紋は明瞭なものからぼんやりしたものまでいろいろな段階があります。つまり、黄色い紋の様子からも、上翅の彫刻からも、頭部の形からも、基亜種と沖縄産亜種ははっきりと区別できないことになります。体の長短も頭の向きや個体間で変異があるようです。

それではクロツヤツツとアトキツツの種の区別点は何かと言うと、「黄色い紋の有無」は使えないことになり、「頭部後方の形、触角末節の横溝の本数、上翅の彫刻」の3点が頼りになることになります。この区別点を明瞭に示したのが、今回原稿につけた付図(A~I)です。

したがって、この図を印刷公表しておくことは、大いに意義があると考えました。
少しみっともない話ですが、この論文が出たのちに、どこかの雑誌に短い記事を書いて、沖縄産亜種のシノニム化の提案をしたいと思います。

のちに見つかった新しい事実によって、前の処置を訂正することは、一向に構わないと考えます。ただ、今回はその[新しい事実]があまりに早く、原稿を出した後という時期に見つかってしまったわけです。」

青木先生は、丁寧に、疑問点を指摘された杉野さんにも、同じメールを送られていました。

今坂の返事。

[上翅の彫刻や、頭部の形も、それほど違わないと言うことですね。良く解りました。
琉球産が、もっと島ごとに数多くの個体が得られれば、よりはっきりするでしょう。

意義のあることは、やらないより、やったほうがよいでしょう。
格好を気にせず、やるべきことをやる、というのはさすがですね。私の方は、貴兄さえそれでよければ、上記の処置に大賛成です。

分類も含めて、科学は、どこから見ても正しいこと、というのはあり得ないと思います。
アプローチも含めて、その時点で、もっとも正しそうなことを提示すること、と考えています。

時間が経って、科学が進歩すれば、より正しそうな方へと、刻々変化していくだけのことです。]

青木先生のメール。

「まことに有難いご回答をいただき、ありがとうございました。さすが今坂先生です。ご理解いただけたことに、深く感謝いたします。」

結局、青木先生との唯一の共著論文、アトキツツホソカタムシ沖縄亜種の記載は、2010年9月15日発行の沖縄生物学会誌に掲載されました。

(アトキツツホソカタムシ沖縄亜種の記載・表題)

(付図)

つづく