いよいよ瀬の本へ

昨年一年、大野原の草原に通って、すっかり草原の虜になってしまいました。
大野原では数々の出会いと発見があり、今年も引き続き通っていることは、先にもお知らせしたとおりです。

昨年末頃から、次は阿蘇・九重の草原をと、考えていました。
それで、2〜3回に渡って下見に出かけましたが、なかなか適当な場所がありません。
草原とおぼしき場所は、大部分が、牧場か定期的に収穫する牧草地、あるいは個人営業の施設になっていまして、柵や鉄条網で被われ、自由に立ち入れそうなところはほとんどありません。

地元の人や友人にもいろいろ意見を求め、とりあえず、熊本県南小国町の、瀬の本高原一帯で調べてみることにしました。

採集には十分注意して、柵などで被われておらず、立ち入り禁止などの立て札が無く、立ち入っても叱られる恐れの少なそうな場所を選びましたが、実際はどうなのか、今のところはまだ解りませんので、事情がはっきりするまで、場所が特定できるような表現は差し控えます。

場所の選定に当たっては、上記のこと以外に、大野原の例から次のことを念頭に置きました。

1. 毎年、定期的に野焼きが行われていること。
2. できれば途中でも何回か、草刈りが行われていること。
3. 家畜の放牧地ではないこと。
4. 牧草を植え付けた場所ではないこと。
5. 湿地か細流があって、地面が十分に湿気ていること。

これだけの条件を満たす草地は、本当に少ないようで、国道クラスの道路をただ走り回っているだけでは、ほとんど見つかりません。

前から何度と無く訪れている飯田高原〜吉部にかけての大分県九重高原一帯では、とうとう、こうした場所は見いだせませんでした。

それで、牧ノ戸峠と県境を越えて、熊本県側の瀬の本高原を探すことにしました。
しかし、頭に大野原の印象が焼き付いているためか、良さそうに思われる場所はなかなか見つかりません。

当然、地形はそこここで違うわけですが、通常、草原として草地が広く維持されている場所は、尾根部か、斜面、台地、平坦地で、大野原のように、広い盆地状の湿気た草地が広がっている場所というのは、本来、望むべくもないもののようです。

湿気を保つためには、細流や溜め池、湿地などが必要ですが、そうして湿気がある場所は、立地としては、草地ではなく、樹林で覆われてしまいます。
さらに湿潤な場所は、人が田圃などに利用してしまっているわけで、自然状態の広い湿気た草地など、ほとんど残っていないわけです。

結局、なんとか湿気のある草地を探すためには、小規模でも良いから、凸凹した草地の谷底を探すしかないとの結論に到達しました。
そのような方針で見つめ直して、なんとか以下のように、思った感じの場所を見つけたので、今後、何度か通って調べてみるつもりです。

とりあえず、仮にこの場所を、瀬の本の草窪地(そうわち)と呼ぶことにしようと思います。
なお、「窪」の字の意味を調べてみますと、土のくぼみに水が溜まっていることを示しており、「わ」という読みは中国語に基づくようです。

さて、6月3日、晴天に誘われて、草窪地に出かけてみました。

6月3日の草窪地
6月3日の草窪地

先週の大野原の様子で、まだ、草地にハムシ類は少ないことが解っていましたし、瀬の本の草窪地は大野原よりさらに標高が高いので、今回はそれほど期待はしていませんでした。

それでも、もう出ているはずの阿蘇のクロカメノコハムシは、学名が問題になり始めたこともあり、なんとか採集してみたいと思って、出てきたわけです。

草窪地のはしっこには、林も接していて、まずは林縁を叩いてみました。

草窪地の林縁
                            草窪地の林縁

ホオノキを見つけ、昨年新属で記載されたYoshiakia iwatensis Takizawaがいないか探してみました。
この種は、記載時に和名が付けられていません。
その様子から、ホオノキアラハダトビハムシではどうかと考えています。
本州と四国にいることは解っていますが、九州の分布は未だ不明です。

ホオノキの葉には食痕があり、すぐに、ホオノキセダカトビハムシ Lanka magnoliae (Chujo et Ohno)は見つかりました。
しかし、問題の種は見つけることが出来ませんでした。

ホオノキセダカトビハムシ
                           ホオノキセダカトビハムシ

また、林縁に、アキイチゴを見つけて探してみましたが、こちらもチビカミナリハムシだけで、正体不明のZipanginiaは見つかりませんでした。

林縁を諦めて、本来の草地に移ります。
ススキを叩くとミズギワアトキリゴミムシとズグロメダカハネカクシが落ちてきました。

(上:ミズギワアトキリゴミムシ、下:ズグロメダカハネカクシ)

前者は、本州では河川敷で比較的普通に見つかりますが、九州ではなぜか九重の高原の湿地周辺でしか見つかっていません。

後者は、先日、九酔渓の水際の草掃き採集で採って、大分県初として紹介したばかりです。
琉球に亜種が分布し、てっきり南方系と考えていた本種が、こんな高原の草地にもいるとは思いませんでした。

ススキの回りにはツル性のマメ科がびっしりと生えています。
あるいは、クサフジかもしれませんが、マメ科は似たようなものが多く、十分に成長して花が出る秋にならないと、種はよく解りません。

そのマメ科には、キアシノミハムシが群れていて、クロマメゾウムシ Bruchus loti Paykullと、トゲサルゾウムシの一種も見つかりました。

キアシノミハムシは普通、林縁に這い上っているフジに見られることが多く、地表の草から採れたのは初めての経験です。
別の種かとも思ったのですが、検鏡したら同じでした。

クロマメゾウムシ
                            クロマメゾウムシ

クロマメゾウムシは、今坂(2005)により大分県日出生台から、九州初記録として報告した種ですが、高原のマメ科に見られるようです。

トゲサルゾウムシの一種
                           トゲサルゾウムシの一種

トゲサルゾウムシの方は、口吻は結構長く、黒褐色で小楯板の後ろと、上翅肩部後方に真っ白い小斑を持ち、かなり特徴的な種ですが、同定できませんでした。
ご存じの方はご教示下さい。

また、クサフジ?からは、ホソクチゾウムシの一種も見つかりました。
フジマメホソクチゾウムシ Oxystoma abruptum (Sharp)にちょっと似ていますが、良く解りません。
ホソクチゾウムシの仲間には、まだ、未記載種や未記録種が多くあるということなので、簡単には同定できないようです。

ホソクチゾウムシの一種
                            ホソクチゾウムシの一種

今回は、アザミが主たるターゲットで、クロカメノコハムシを見つけたいと思ってやってきたのですが、草窪地ではアザミはほんの少し見られただけで、あまり生えていません。

草窪地の上手へ上っていくと、ヤマハギが芽吹いていて、金緑に光る大量のアオヒゲナガクチブトゾウムシ Eumyllocerus gratiosus Sharpが群れていました。
時折、バラルリツツハムシとハギルリオトシブミ、マルキバネサルハムシも見られます。

バラルリと思った中には、よく見てみると、ルリツツハムシ Cryptocephalus aeneoblitus Takizawaも混じっていました。
色や形はほとんど同じですが、尾節版が丸いので区別できます。
この種はなぜか、今まで、私には大分県の高原でしか採れていません。

草窪地の縁を歩きながら、シダや雑草をめくらめっぽうに掃いていくと、ハラグロヒメハムシ Calomicrus cyaneus (Jacoby)と、コバンゾウの一種が落ちてきました。

ハラグロヒメハムシ
                             ハラグロヒメハムシ

前者はボタンヅルとセンニンソウがホストとして知られていますが、ここにはそんなものは無かったように思います。比較的個体数はいたので、次回にはホストを探してみようと思っています。

コバンゾウの一種
                            コバンゾウの一種

後者は、検索表から、オオコバンゾウムシ Miarus kobanzo Konoではないかと思うのですが、この属はほとんど九州の記録がなく、自信がありません。

大野原で見つけた良く似た種は、チビコバンゾウムシ Miarus vestitus Roelofsであることを、和歌山県立博物館の的場さんに同定して頂きました。

こちらも、記録する際は的場さんにお願いして、確認するつもりです。
どちらにしても、こうしてみると、コバンゾウムシの仲間も草原と関わりがありそうです。

昼食をとってしばらくゆっくりしてから、今度は、草窪地の下の方へ行ってみました。
ずんずん歩いていくと、どこかで見たことのある大型のマメ科が生えています。

クララ
                              クララ

これが確か・・・・そう、クララのはずです。

クララがあるとすると、例のチョウがいるかもしれず、阿蘇では保護活動も行われていると聞いているので、いよいよ慎重にならざるをえません。

軽く叩いてみると、無数の黒いトビハムシが、ゴマ粒を散らしたようにビーティングネットの上に広がっています。クワノミハムシです。
見ると、クララには無数に付いています。

クララ葉上のクワノミハムシ
                          クララ葉上のクワノミハムシ

本種はマメ類も食べることになっていますが、クララに付くことは知りませんでした。

他にもいないかと、舐めるように葉上を探してみましたが、何も見つかりませんでした。
クワノミハムシが多すぎて、他の虫が付く余裕がないのでしょう。
この種がいない時期にまた探すしかありません。

草窪地をずんずん降りて行くと、水が滲み出し、足もとが井掘るようになりました。付近に細流も流れています。

草窪地の細流
                             草窪地の細流

しかし、湿地というほどではなく、潜るのはせいぜい数センチで、山靴のままでも平気でした。

湿気た草窪地の下部
                            湿気た草窪地の下部

ここで草掃き採集をしたところ、黄褐色で合わせ目が黒い小さなトビハムシが入りました。
まだ採ったことがない種と、直感的に確信したので、それから、かなりしつこく探してみましたが、追加はできませんでした。

帰宅して調べてみると、まだ、♂交尾器は確認していませんが、どうも、アヤメツブノミハムシ Aphthona interstitialis Weiseの様な感じです。
もちろん自身で初めての採集です。
そのうち、数がとれたら、♂交尾器を確認し、確定させることが出来るでしょう。

この種のホストはアヤメということになっていますが、周囲にそれらしい植物は見あたりませんでした。
水際に何か近縁の種が生えていないか、今後探してみるつもりです。

アヤメツブノミハムシ
                            アヤメツブノミハムシ

今回、瀬の本の草窪地では、本命のクロカメノコハムシを始めとして、ハムシ類はあまり採れませんでした。
それでも、いくつか初めて見るものもあり、結構楽しめました。

草原は、6月以降のこれからがいよいよ本番なので、何が出てくるか楽しみです。

引用文献
今坂正一(2005) 日出生台で採集した甲虫類. 二豊のむし, (42): 1-11.