壱岐の調査 その3 山地編

最後に、壱岐の数少ない山地での採集の様子をお知らせします。
また、今までの総括として、採集場所の概念図を示しておきます。

(採集地地図)

その1, 2で説明した順にナンバーを付けています。

その1 海岸編
①錦浜
②筒城浜
③清石浜
④串山海水浴場
⑤猿岩

その2 湿地編
⑥神通の辻
⑦梅の木ダム
⑧大清水
⑨立石触ヨシ原

その3 山地編
⑩岳の辻
⑪男岳

壱岐最高峰の岳の辻(標高204m)山頂周辺では16日の午後と17日の夕方に、男岳周辺では17日午前中に採集しました。

<岳の辻>

再三お知らせしたように、壱岐は平べったい島で、地図で確認した限り、壱岐最高地点は、岳の辻(標高212m)のようです。

岳の辻は、壱岐南端の印通寺港から、国道32号線を西へ郷ノ浦港に向かって2/3くらい走った所から、左折し、1kmほど登ったところです。
山頂周辺は、テレビ塔が立ち並び、樹林の中を遊歩道が整備され、公園化されています。

(山頂から西北、北、東北方向の眺め、壱岐はほぼこの範囲)

(遊歩道)

展望台のある駐車場に車を止めて、遊歩道にはいると、尾根沿いに樹林が残っています。
道沿いにタブの細い樹幹から樹液が出ているのを見つけると、コクワガタが這っていました。

(樹液に来ているコクワガタ)

あたりを見渡すと、地面にヒラタクワガタ♂もいました。
さすがに、「もういないよな」と思って探していると、となりの樹幹にもう一匹ヒラタ♂がいます。
さっそく、1♂は毒瓶へ、そして、1♂は生かしたまま、細谷君へのおみやげにします。

(壱岐のヒラタクワガタ♂)

対馬産ほどではありませんが、壱岐産もなかなか大あごが長く、一見して、九州中南部や本州のものとは違います。
壱岐のヒラタクワガタには、壱岐亜種 ssp. tatsutai Shiokawaという名前が付けられています。

今のところ、壱岐産甲虫としては特産種は知られておらず、ヒメオサムシ壱岐亜種 Ohomopterus japonicus ikiensis (Nakane)と、本亜種の2つの固有亜種が知られているだけです。

調査不足もあり、「そんなことはないだろう。もっと、他に固有の虫がいるに違いない。」と、勢い込んで出かけてきたのでした。
しかし、島内を駆け足で巡ってみて、島の狭さ、標高の低さ、まとまった森林の少なさなどを見るにつけ、固有種の存在には否定的な感じがしてきました。

しかも、ヒラタクワガタ壱岐亜種についても問題があり、大方の人は亜種とは考えていないようです。

長崎県内のヒラタクワガタの変異については、今坂ほか(1999)でとりまとめ、壱岐産は従来の扱いに従い本土産と同じ亜種 ssp. pilifer Snellen van Vollenhovenに含めながら、対馬亜種?として扱っています。
壱岐亜種が記載されたのは、この報文より後の2001年のことです。

今坂ほか(1999)長崎県産コガネムシ主科目録. こがねむし, (62), 1-60.

(上記報文図版での各地のヒラタクワガタ、大あご全体の長さと、基部の内向きのトゲの位置に注意
左より、対馬産、壱岐産、五島小値賀島産)

(同、左より五島嵯峨島産短角型、長崎市産、和歌山県産)

(♂交尾器、左より、♂全形図と同じ配列)

また、五島産については、対馬亜種 ssp. castanicolor (Motschulsky)に含めた上で、本土と同じく短い大あごを持つ個体も混在することを述べ、福江島亜種 ssp. karasuyamai M. Babaの使用は保留しています。

長崎県本土のヒラタクワガタも、南部の長崎あたりのものと、北部の平戸あたりのものとを比べると、平戸のものは相当大あごが長く、基部内側のトゲもより基部に近く、この傾向は本土では北部にいくほど強くなるような感じがします。
このことは、♂交尾器のパラメラに現れるいくつかのトゲの位置にも相関があるようで、前記報文に交尾器の写真も掲載しています。

これらの変異は、五島では単純な南北の地域的な傾斜(クライン)とも言えないようで、各地で、唐突に長いものや、短いものが見られます。

以上をまとめると、対馬と、九州中・南部を比較すると、安定的に、それぞれ別亜種と呼べる特徴がありますが、その中間の地域では、大局的にはクラインをなしているように見えます。
しかし、個別に見ると、短いものと長いのが混在していたり、南北が逆転していたりということがあり、地域によりこの2者がいろいろな割合で、混在、または、ハイブリッドが見られるのではないかという感じがします。

それらをDNAの面から解明しようと言うのが、前述の、九大の細谷助教のプロジェクトで、九州北部地方から周辺離島のサンプルを盛んに集めて、分析を進められているところです。

興味のある方、サンプルを提供して下さる方は、今坂まで連絡下さい。
なるべく♂の生きたものか、アルコール液浸の標本を希望されています。

遊歩道脇に窪地があり、ガマが生えていました。
さっそく、穂を掬ってみると、ネットが花粉だらけになりましたが、狙ったガマキスイが1個体だけ入っていました。
もう少しと思って、なおも掬うと、アミの底に小さなカミキリが触角を振り振り歩いているのが見えます。

目を凝らしてよく見ると、キリシマチビカミキリ Sybra sakamotoi (Hayashi)でした。
この種はシイの細い枯れ枝などに見られる種ですが、その後島原半島では採れなくなって、かなり長く採集していません。
長崎県のRDBにも入っています。

(キリシマチビカミキリ)

「ヘーッ、こんなものが、それもガマの穂にいるんだ。」と、思いながら山頂まで来て、シイの林縁を叩いていくと、また、1個体落ちてきました。

(山頂にある草地・林縁)

その後は、叩いても叩いても落ちなかったのですが、林縁の日陰のツワブキを、アカアシナガトビハムシ Longitarsus cervinus Balyを狙ってスウィーピングを繰り返していると、1つ、また1つと入りました。

先日からの強風と乾燥で、林内も乾いているらしく、湿気のある地表に降りているのでしょうか。
シイの枯れ枝を探すより、シイ林縁の草のスウィーピングが効果的とは、また、1つ、本種の採集法が解った気がします。

そのことを証明するように、林縁にFITを設置したところ、翌日、その中にも1個体落ち込んでいました。
地表を低く飛んで、あるいは、湿気のある枯れ枝を探すのかも知れません。

この草地は、ちょうど、蝶道にもあたっているらしく、アオスジアゲハやモンキアゲハ、アゲハ、キアゲハなどが次々飛来し、アザミで吸蜜していました。メスグロヒョウモンも結構飛んできます。

日当たりの良い草地をスウィープしてみましたが、カメムシ類や、ケナガサルゾウムシ Trichocoeliodes excavatus (Hustache)が見られただけです。

やはり、林縁は日陰に限るとばかりスウィープを続けると、アミの中にはアカアシナガトビハムシ以外にも、アラゲサルハムシ、ツヤキバネサルハムシ、マルキバネサルハムシ、キバラヒメハムシ、ツブノミハムシ、ヒメドウガネトビハムシ、ヒゲナガルリマルノミハムシ、ヒメトビハムシ、ナスナガスネトビハムシ、シロモンチビゾウムシ、オオミスジマルゾウムシ、タデサルゾウムシなど、色々なハムシやゾウムシなどが入っています。

やはり、林縁の丈の低い湿り気のある草地は良いようです。

帰宅して検鏡してみると余り馴染みのないムラサキアシナガトビハムシ Longitarsus boraginicolus Ohnoが1個体と、コクロアシナガトビハムシ Longitarsus morrisonus Chujoが2個体入っていました。

(コクロアシナガトビハムシ)

(ムラサキアシナガトビハムシ、左:背面、左中:♂交尾器背面、右中:同腹面、右:同側面)

ムラサキアシナガトビハムシは、本州、四国、九州、佐渡、粟島、飛島、隠岐、伊豆諸島、淡路島などから記録されていますが、むしろ島に多い種かも知れません。

1.8mmほどの微小なトビハムシで、ハナイバナ、オオルリソウ、ヤマルリソウ、キュウリグサなどムラサキ科の植物をホストとするようですが、私は初めて採集しました。

また、さらにスウィーピングを続けていたところ、マドボタルの一種の♂も入りました。

マドボタルの♀は幼虫型で後翅が無く、林内を夜間這い回るだけですが、♂は飛べる後翅があり、時に林縁を飛翔します。
基本的には夜行性と思われるので、林縁の、涼しい葉上か葉裏に休んでいたのでしょう。

見ると10mm前後と小型で、前胸にはアイマスク型の小さな赤紋があります。
明らかに、オオマドボタルとは異なり、当然、対馬のアキマドボタルとも違います。

(壱岐産マドボタルの一種、上:背面、中:♂交尾器背面、下:同側面)

長崎・佐賀の県境の多良山系で、大型のオオマドボタルと、小型のヒメマドボタル(仮称)を同時に採集していることを報告したのは、まだ、昨年のことです。

今坂正一, 2008i. マドボタル属幼虫の検討(予報). 2007年度調査研究年報(陸生ホタル生態研究会), : 29-31.

この報告は、ホームページにも掲載していますが、

http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=75

参考に、この報文の図版からヒメマドボタルも紹介しておきましょう。

(多良山系のヒメマドボタルとオオマドボタル)

上:ヒメマドボタル前胸背面、下左:同♂交尾器背面、下右:同側面)

採集できたマドボタルは、体長などヒメマドボタルとほぼ同じですが、前胸の赤紋の形が違い、♂交尾器も側方から見て、明らかにパラメラの基部が太く、少し違った印象を受けます。
壱岐は離島でもあるし、特化しているかどうか気になります。
またまた、必死でスウィーピングを繰り返し、さらに、1♂追加できました。

林内に入り、倒木や朽ち木を崩し、キノコのついた枯れ木の樹皮を剥がしてみましたが、ヒメオビオオキノコムシ Episcapha fortunei Crotch (長崎県RDB種)、ユミアシゴミムシダマシ、コマルキマワリが出てきたくらいで、大したことはありませんでした。

(ヒメオビオオキノコムシ)

午後いっぱい、山頂付近をさすらって虫を探しましたが、そろそろ時間もなくなり、ヒメオサムシ壱岐亜種狙いで、いくつかベイトトラップを設置して、岳の辻を後にしました。

<男岳周辺>

宿のおばさんに、壱岐で最も山深い所を聞くと、「北部の男岳が、壱岐のチベットと言われている。」とのことで、17日朝からまず男岳を目指しました。

何度が道を間違え、引き返したり、回り道をしながら、なんとかそれらしいところまでたどり着きました。
道路沿いに、シイ林に囲まれた採草地のような場所があります。

(採草地)

少し、伐採したソダなども積んであり、叩いてみるとキリシマチビカミキリが落ちてきます。
湿気ていれば、普通に伐採枝にも付いているようです。

林縁をしばらく叩いてみましたが、たいして虫が落ちてこないので、初期目標の男岳山頂を目指します。
地図で確認し、周囲を見渡すと、どうも、その先の林道を入ったところのようです。

入り口から、数百メートルで山頂の男岳神社に到着で、ここの標高が168mです。

(男岳神社)

太いシイなどもありますが、片側はスギなどの植林で、特に虫の姿もありません。
林道を戻りながら、林縁を叩いてみます。
ポロッと、ツシママダラテントウが落ちてきました。どうも、このツルに付いていたようです。

(上:ツシママダラテントウ、下:ホストのツル・食痕が見える)

ツシママダラテントウは、主として海岸に多い種かと思っていたのですが、そんなこともなさそうです。

後日、その1で紹介した筒城浜のホスト、そして、その2の猿岩で見つけたホストともに、いつも植物の名前を教えて頂く小原さんに写真を見て頂いたところ、すべて、アカネ科のヘクソカヅラで、筒城浜ではやはりアカネ科のアカネにも食痕が見られたようです。

(筒城浜のツシママダラテントウの食痕がついていたツル、上:ヘクソカヅラ、下:アカネ)

ツシママダラテントウの食草としては、図鑑類ではウリ科が上げられています。

また、片倉(1988)による同じEpilachna属のオオニジュウヤホシテントウ(現在は、亜属が属に昇格されてHenosepilachna属とされる)の総説を見ると、この両種を含む世界の広義のEpilachna属の食草としては、ナス科が最も一般的で、ついでウリ科、アオイ科、マメ科、キク科、イネ科が知られているようです。

片倉晴雄(1988)日本の昆虫⑩オオニジュウヤホシテントウ. 文一総合出版, 160pp.

ということは、アカネ科は知られていないようなので、Epilachna属の食草として1科付け足したことになります。
本種は大陸から、日本では対馬と壱岐だけに知られる種で、あるいは、ホストの観察例が少ないのかも知れません。

しかし、新しいホストとして記録するには、写真だけで植物標本がないのが難点です。
小原さんからは、托葉標本を採ってくるよう叱られてしまいました。確かにそのとおりなので、次回から、そうしようと思っています。
ご教示いただいた小原さんにお礼申し上げます。

林道沿いに、樹林を切り開いて作った畑がありましたが、まだ、何も作付けされていないようで、虫がいそうです。
叩いていくと、林縁の葉上に前胸に縦縞がある大きなアブのような虫が制止していました。
見慣れない虫なので、思わずあわてて採集しました。

帰宅後、双翅が専門の祝さんに見て貰うと、シマクサアブ Odontosabula gloriosa Matsumuraだそうです。
そうすると国・県ともにレッド種ということになります。

本種は多良山系で2ヵ所の記録がある以外、離島を含めて、他に県内の記録は無いようです。樹林の周辺で見られる以外、まったく生態が知られていない種のようです。教えていただいた祝さんに感謝します。

(シマクサアブ)

山頂部は乾いていて虫が少ないので、谷間に入っている道を探すことにして、感じの良い山里の林縁を探していると農業用の男女ダムに出ました。
谷間に、クマノミズキが咲いていて、モンキアゲハやメスグロヒョウモンが盛んに飛来します。
林縁をウラナミジャノメも飛んでいます。

(男女ダム)

期待しながらクマノミズキの花を掬ってみましたが、チャオビヒメハナノミ、オビモンニセクビボソムシ、クロウリハムシ、キバラヒメハムシくらいで、虫は殆どいませんでした。

(男女ダム近くの林縁)

もう少し何か、と探しながら、林縁にあるガケで草掃き採集をやっていると、サメハダツブノミハムシ、キイチゴトビハムシ、クビアカトビハムシ、クビボソトビハムシ、ヒゲナガアラハダトビハムシ、イノコヅチカメノコハムシ、ガロアノミゾウムシ、マダラヒメゾウムシ、タデサルゾウムシなどが落ちてきました。

フタイロチビジョウカイ Malthinellus bicolor Kiesenwetterも結構数がいて、ちょっと楽しめました。

(フタイロチビジョウカイ)

本種は北松浦で採ったことがありますが、まだ、長崎県産としては記録されていません。

また、この林縁では、岳の辻と同じ不明のマドボタルの一種も1♂見つかりました。

おばさんの話の「壱岐のチベット」はまったく当たって無く、たぶん、何十年も前の言いぐさだったのでしょう。
島の、他の地域と同程度に開けていて、舗装道路が縦横に走り、期待したような発達した樹林は有りませんでした。

<再び岳の辻>

17日夕刻に、FITの回収と、ベイトの回収、そして、灯火の夜間採集のために、岳の辻に出かけました。
前日同様、夕方からはグッと気温が下がり、風も強くて、あまり期待出来そうにありません。

ともあれ、期待したベイトには、ヒメオサムシ壱岐亜種は入っていませんでした。
中には、オオクロツヤヒラタゴミムシ、オオアトボシアオゴミムシ、アトボシアオゴミムシ、フタホシスジバネゴミムシ、センチコガネなどが入っていた程度で、もう少し、湿気のある谷間に仕掛けるべきだったようです。

FITも、先にお知らせしたキリシマチビカミキリ1個体以外は、大きなクロバエの仲間、ヒメバチ類、ハナバチ類くらい。

そして、白幕を張って、暗くなるのを待ちます。

(灯火採集セットの前で)

展望台から、郷ノ浦町の向こうに沈む太陽が見えます。

(夕暮れ)

「今度、何時また壱岐に来ることがあるかな」、などと考えながら、1人暗くなるのを待っていました。

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結局、岳の辻のナイターもほとんどダメ。

3日間の合計で、壱岐で232種の甲虫を採集することが出来ました(同定済み分のみ)。

個人的に、図鑑やリストから集計した壱岐の既記録種は227種で、今回、そのうち66種を採集していました。
それで、記録種と今回の採集品を合計すると、壱岐産甲虫は393種になりそうです。

しかし、同じ長崎県内の離島である対馬や五島、さらに、平戸島に比較しても、まだまだ、生息が確認された種数はかなり少ないようです。

今回、ほぼ全島を走り回って、やっと、土地勘が出来たこともあります。

記録のある種の中にも、今回採れなかったヒメオサムシ壱岐亜種を始めとして、多くのハンミョウ類、ゲンゴロウを始めとした水生甲虫、ダイコクコガネやヒメキイロマグソコガネなどの糞虫類、どの亜種に含まれるか解らないセダカコブヤハズカミキリなど、気になる種が沢山残っています。

また、機会をとらえて、壱岐の調査をしたいと考えています。

(おわり)