佐賀県の甲虫探索1 -みやき町の春-

佐賀昆虫同好会は2012年に40周年を迎えます。
その記念行事として、佐賀県産昆虫リストを作成することが、昨年(2008年)の総会で決議されました。
会員それぞれが、そのリスト作成に向けて、活動を始めているところです。

そんなわけで、4月7日、近場で採集するなら、筑後川を渡ってすぐの、みやき町(旧中原町、北茂安町、三根町)にしようと出かけてきました。
良い天気に誘われて朝一に出かけて来たので、まだ、気温も10度以下と低く、野山の新緑が目にしみるものの、水の冷たさも手にしみました。


(上:寒水川の新緑、下:寒水川の流れ)

旧中原町の山間、寒水川は、昨年、「バケツを使った水没採集 その1-渓流性ハネカクシの採集法-」において紹介したように、最初に、流れ落葉からヨツメハネカクシ類を採集したなつかしい場所です。

あの時は、5月4日の連休中で、渓流の石の間には落ちたシイの花や葉が、そこかしこにびっしり溜まっていました。

その一ヶ月前にあたるこの日は、葉がパラパラくらいには落ちていましたが、まだ、ほとんど川の中や岸辺に溜まるほどではありません。


(上:葉の散った岸辺、下:唯一得られたLesteva)

1時間ほど動き回って、石の間に溜まっている数少ない落葉をバケツに浸け、やっとLestevaを1個体だけ見つけました。

♀なので種が確定できませんが、今までで一番多く採集しているムモンヨツメハネカクシの近似種ではないかと思います。

寒水川のような、標高300mに満たない九州の常緑樹を主とする低地では、春の連休中というのは、どうも、ベストシーズンのようです。
バケツ採集を始めたしょっぱなに、偶然、ベストシーズンに当たったものでしょう。道理で、しょぼい川の割に、いろいろ採れたわけです。

同じと思われる種が、ブナ帯では、秋の落葉シーズンに見られ、今日も、1個体ながら、いることはいたので、これらのヨツメハネカクシ類は、流れ落葉が有る限り、年中、いるのでしょう。

しかし、落葉のない時は、どうしているのでしょうか?

ここには、また、連休の頃に足を運ぶことにして、文字通り、春の虫を探しに、里へ下って行きました。

全山桜で被われた日当たりの良い山里が見えたので行ってみると、綾部神社の境内で、花見のために開放してあるようです。


(上:綾部神社駐車場、下:境内)

わざわざ、そのための駐車場があり、境内も広々として、大きな名木などもあり、由緒のある社のようです。
大木のムクノキの樹皮を剥くとナミガタチビタマムシがまだ越冬していましたが、境内にはハンミョウが走り回っていました。


(上:ナミガタチビタマムシ、下:ハンミョウ)

ツマキチョウやスジグロシロチョウも飛び回っています。
赤いのが飛び出したと思ったらタテハモドキでした。
かつて、このチョウは、佐賀や長崎の虫屋にとっても南のチョウで、時折迷チョウとして秋には見られても、土着はして無く、鹿児島や宮崎では越冬している、と言われていました。
しかし、近年、桜の時期でも見られるようになったと言うことは、確実に、ここで越冬しているのでしょう。


(タテハモドキ)

まだ、多少寒いのか、日の光を全身に浴びて静止しています。

一方、境内に植えられていたカエデの花が可憐な花を咲かせています。
昔のカミキリ屋にとっては、春のシーズン到来を告げる象徴的な花で、春日山や大原、杉峠、芦生など、京阪のカエデ掬いにせっせと通ったものです。
しかし、やはりまだ、春も浅く山も浅いためか、少しの虫たちがいた程度で、カミキリも含めて面白そうな虫は見られませんでした。


(上:満開のカエデの花、下:綾部神社の甲虫)

この境内で得られた甲虫のうち、これはという虫はエグリクロヒメテントウ Stethorus (Parastethorus) emarginatus Miyatakeです。
1.4mmほどの微小なヒメテントウですが、これまで足の黒いキアシクロヒメテントウくらいに認識していました。
エグリというのは♂の腹節末端中央が抉れているためついた名のようですが、今回のは♀のようで、その特徴は見られません。しかし、体形や幅と長さの比、体長、色彩から、この種に間違いないようです。


(エグリクロヒメテントウ)

従来、本州・四国の分布が知られているだけで、九州からは未知のようですが、ササの葉から何度か採集したことがあります。ここでも、ササから落ちてきました。

境内の草地には、あちこちにオドリコソウが群落を作って咲き誇っていましたが、オドリコソウの花には必ず黒くて小さなその名もずばりオドリコソウチビケシキスイ Meligethes morosus Erichsonがいます。カンカン照りのところも、日陰でもなく、チラチラと程よく陽が当たる花に多いようです。丹念に見ていましたら、近似の別種トゲアシチビケシキスイ Meligethes schenklingi Reitterが2個体だけ見つかりました。左の上翅の点刻が密に混んでいるのがオドリコソウで、右の点刻の間が少し空いてツヤが有るように見えるのが、トゲアシです。
後者の佐賀県の記録は無いようです。


(上:オドリコソウチビケシキスイ、下:トゲアシチビケシキスイ)

また、1.1mm前後の微小な黄褐色のヒラタケシキスイの一種も落ちてきましたが、上翅や前胸に印刻があってツヤ消しになるこの種の名前は不明です。ヒラタケシキスイ類は苦手なものの一つで、良く解りません。
どなたか、解る方、教えて下さい。
畑脇のイヌホウヅキには、小型で頭に点刻のないナスナガスネトビハムシが見られましたが、この種は普通種であるものの佐賀県では記録されていないようです。


(上:不明のヒラタケシキスイの一種、下:ナスナガスネトビハムシ)

気分を変えて、次に、近くの白石神社の境内に向かいました。ここは、佐賀の殿様・鍋島さんの支藩・白石邑の殿様をお祭りした神社だそうです。周囲に白石焼きの窯元が軒を並べています。
社殿の後にこんもりした社叢が見られましたが、手前は広いグラウンドで、その横に桜並木と駐車場がありました。林の中は乾燥気味で、春先のこの時期はもっぱら陽光溢れる林縁や草地に虫は集まっているようです。


(上:白石神社の社叢、下:グラウンドわきの竹林)

竹林のへりを叩いていくと、タケトゲトゲやここでもエグリクロヒメテントウの♀が見られました。
また、クロテントウに混じって、前からヒメテントウの不明種としてタケヒメテントウなどと仮称していた赤い斑紋のある種も多く落ちてきました。


(上:白石神社の甲虫、下:タケヒメテントウ)

先日、城戸さんから、このテントウが記載されたというニュースを聞いていたので、帰宅してから、日本昆虫分類学会会報の14(2), 2008を開いてみると、Kitano(2008)により、シコクフタホシヒメテントウ Nephus (Geminoshipho) shikokensis として新種記載されていました。


(上:論文タイトル下下:付図)

本種は、相当前から近畿以西の各地でマダケ・メダケ・ササ・クマザサなどから採集され、雌雄で色彩が異なり(♂の前胸は赤褐色地に黒紋、♀は全体黒色)、翅端の赤紋も2紋になったり、くっついてハート型になったりと、変異が多いために、何種が混在しているのか、テントウムシの権威の佐々治先生自体もクビをひねられていた種です。

数年前に本州・九州の複数の場所で、100個体以上採集できたので、まとめてお送りして、佐々治先生もようやく1種の変異であることを確認され、これから記載を、と言われていた矢先に亡くなられたので、大変残念に思っていました。

各地でタケ類には普通に見られるのに、名前がないのはいかにも不便でしたが、佐々治先生亡き後、テントウムシの新種記載を手がける方が国内にいらっしゃらないことになってしまいました。
常々、テントウムシのことで教えて頂く松原さんに、なんとか記載にもチャレンジしていただくようお願いしていたのですが、今回の論文の出現で、とにもかくにも、そういう人が現れたと言うことが解ったことは、非常に喜ばしいことです。

ただ、記載文を見てみますと、上記のような国内の分布や、ホストについての情報をお持ちでないまま記載されたようなので、その点が多少残念です。
シコクフタホシヒメテントウという和名も、四国特産ではないし、斑紋変異が多い種なので、少しそぐわないような気がします。

エグリクロヒメテントウと言い、本種と言い、タケ類についているテントウはまだあまり調査が進んでいないようです。
以上のような理由で、この種も佐賀県の記録は有りません。

参道周辺は、整備をする目的で立木を伐採したりして、立ち枯れや朽ち木なども散乱していたのですが、そこの樹皮下やキノコから、ホソガタナガハネカクシ Hypnogyra tubulus (Sharp)と、クロゲヒメキノコハネカクシ Sepedophilus armatus (Sharp)などが採れました。この2種も佐賀県の記録は無いようです。


(左:ホソガタナガハネカクシ、右中:クロゲヒメキノコハネカクシ、右下:ヒメキノコハネカクシの一種)

また、県内の記録はありますが、樹皮下からツマグロアカバハネカクシ Hesperus tiro (Sharp)が採れました。腹部末端が黄金色をしていて、ハネカクシとしてはなかなか綺麗な奴です。

(ツマグロアカバハネカクシ)

まだ、陽も高いし良い天気なので、あと2~3ヵ所ブラつくつもりだったのですが、仕事の電話が入ったので、晴天の空を眺めつつ帰宅しました。