−光りの輪が示す水面歩行の能力調べ−
6月以降、仕事が忙しくなって、ほとんど、プライベートな採集が出来なくなった。
それでも、ちょこちょこと、バケツ採集を試したが、梅雨時期は、特に昨今の降れば豪雨になるという土砂降りの雨では、岩の間の落葉などきれいさっぱり流されてしまって、まったく、ムシの姿を見ることが出来なかった。
梅雨明け後は、こんどは打って変わってカンカン照りの猛暑で、連日35℃を越す日中に、胴長を着けて流れに入るのは自殺するようなものと、これまた、意欲が湧かなかった。
「多分、流れのハネカクシの活動期は春と秋」と見当を付けていたこともあり、9月の声を聞き、気温も落ち着いてきたので、9月4日九重黒岳まで出かけてみた。
男池の脇を流れている谷川には、相変わらず冷たくて清冽な水がゆったりと流れていた。
しかし、河原の石の間には、流れのハネカクシが好みそうな落葉は殆ど見られなかった。
岸辺や流れの岩の間に引っかかっているのは、たった今、梢を離れて落ちてきたばかりのような、黄色く色づいた新しい落葉であり、古い落葉は水辺から相当離れた岸辺の高いところや、水面から2-30cm上の木の間などに引っかかっているものしかなかった。
仕様がないので、これらの落葉を水を張ったバケツに投げ入れたり、岸辺に水をぶちまけて、流れ出した虫をすくい上げたりしてみたが、流れのハネカクシとして総称しているLestevaなどは、まったく得られなかった。
やはり、時期尚早のようで、ブナ帯では、落葉が増加し始める10月始め頃からではないかと考えている。
一瞬閃いたので、採集できたミズギワゴミムシやコガシラハネカクシなどの一部を、生かしたまま持ち帰ることにした。
このシリーズの第一回目に、水面を走り、水上スケートをする「流れのハネカクシ」の、水面に四肢のみで浮かぶ写真を紹介した。
それで改めて、他のグループではどのような能力を持っているのか、確認してみたいと思ったのだ。
以下に紹介するのは、全て、水辺の近く2-3m以内で採集した種であるので、通常的に、水を被ることにさらされている種ばかりだと思われる。
帰宅して、顕微鏡の下で、水を張った容器の中に虫を放すと、色んな能力をかいま見ることが出来た。なお、ハネカクシの種名は伊藤建夫さんに教えていただいた。
1.マルクビハネカクシの一種 Tachinus kobensis Cameron
まず、マルクビハネカクシの一種である。
甲虫の大部分は、体の表面にワックス様の鑞物質を分泌していると考えられていて、大部分の種はしばらくは水面に浮かんでいることができる。
写真でも確認できるが、この種は水面に体全体でなんとか浮かんでいるだけで、肢の大部分は水面下に沈んでいるようである。
しばらく観察していたが、水面では浮かんだままもがくだけで、水面歩行は到底無理のようである。
なお、撮影は、LEDの多くの電球をリング状に並べた光源を使用しているので、水面のゆがみを光源の軌跡として、見ることが出来る。この光りの輪の中心に水面への接点があると判断できる。光りの輪が大きいほど、接点が大きく沈んでいるということになる。
2.コゲチャホソコガシラハネカクシ Gabrius unzenensis
この種も、頭、体の大部分、腹端、肢を含めて、ほぼ全体が水面に接しているようで、体中で水面に浮いているだけのようである。
手足をばたばたさせるだけで、あまり移動できなかった。
3. ジョウカイボン科の幼虫
水辺には、ジョウカイボン科の幼虫も多い。しかし、まったく分類学的な研究は進んでいないので、種は不明である。
水面の光りの波紋から想像すると、6本の肢、腹節の一部、腹端の擬肢で水面に浮いているようである。
ジョウカイボン科の幼虫は、体表に細かい毛が密生していて、水をはじくと考えられるが、肢や腹端のみで、水面上に浮いていられるとしたら、かなり、水には適応していると考えられる。しかし、動きはやや緩慢で、急いで移動することはできないようであった。
4. ヒラタアオミズギワゴミムシ Bembidion pseudolucillum Netolitzky
本種は、渓流沿いの水際に多い種である。
光りの波紋を見て解るように、完全に6肢のフ節だけで、水面に浮いている。見ていると、結構早く、水面を歩行し、浮いたままオールで漕ぐようなしぐさを見せる。
しかし、陸上でのすばしっこい歩行に比べると、やや緩慢である。
しばらく、放置しておいたら、光りの波紋がやや崩れてきた。フ節だけではなく、腿節や脛節も使って水面に浮いている。
その後、さらには、体全体の下面が、水面に接してしまった。水面に長くは浮いていられないようである。
水面に見事に浮いている写真も紹介しよう。これは、顕微鏡写真でなく、側方からカメラで直接狙ったので、光りの輪が、水面に接した部分から後方にずれて見える。頭の前にある光りの輪は、何が接しているのであろうか?
5. キアシナガハネカクシ Tetartopeus pallipes (Sharp)
本種は水面を地表と全く変わらないように歩く。
頭や触覚、尾端が水面から離れているのが解ると思う。接しているはずの、フ節の下の水面にも、ほとんど光りの波紋は現れていない。ほとんど水面は沈んでないもよう。
別の2つの写真では、前者は中肢の下に、後者では、左中肢と右後肢の下に光点が見えると思う。
どうも、前肢は水面に接していないようで、大あごや別の肢の掃除をしているように見える。
次の写真では、前・中肢の4つで水面に立ち止まり、尾端を上げて後肢で後翅を掻き出すようなしぐさをして、おもむろに上翅を開き始め、あっと言う間に飛翔して視界から消え去ってしまった。
以上、5種を紹介したが、水辺で暮らす甲虫類は、多少とも水面に対処する方法を身につけていることが解った。
この第一回目で、Lestevaが、アメンボのように水面に立つ姿を見て、ひどく感動したが、Lestevaばかりではなく、水辺の虫には同様の能力を持つものが、少なくないようである。
今回確認できたのは、キアシナガハネカクシ 1種であったが、ヤマトニセユミセミゾハネカクシ Thinodromus japonicusや、ニセユミセミゾハネカクシ Carpelimus vagusなどが、水面を走り、直接、飛翔する姿も目撃している。ミズギワゴミムシ類にしても、水面から直接飛翔して逃げられる経験も多いので、水辺の虫の水対策は、かなり進歩しているようだ。
秋になり、本格的にLestevaが採れるようになったら、また、その能力を試してみたいと思う。