−ヨツメハネカクシ類の同定−
<属名調べ>
「バケツを使った水没採集」の第一回目、佐賀県脊振山系の寒水川で採ってきたヨツメハネカクシ類を、改めて調べてみることにした。
これらの大部分は、流れの中に引っかかった落葉の塊から採集したもので、岸辺の落葉の下には少なく、渓流の水面にかなり適応した種のようである。
(上:渓流の石の間に溜まった落葉、下:水に浮くハネカクシ)
しかし、図鑑類で調べてみても、似たものとしてヨツメハネカクシ Lesteva、ミズギワヨツメハネカクシ Psephidonus、カタホソハネカクシ Philydrodesなど多くの属が掲載されていて、どれも同じに見えて良く解らなかった。
それではと、この類の総説である、Watanabe(1990)を紐解いてみた。
Watanabe, Y., 1990. A taxonomic study on the subfamily Omaliinae from Japan (Coleoptera, Staphylinidae). Mem. Tokyo Univ. Agr. 31: 57-391.
この総説によると、大あごや小顎髭などの形が、属ごとに異なっているようで、属分けは比較的簡単なようだ。
特に、小顎髭の形は属ごとにはっきり違っていて、解りやすいようである。
確認してみると、採集してきたものは、1種を除いて、小顎髭の第一節はごく短く、二節は長くて肘状、三節はごく短く、四(先端)節は細長くて棍棒状で先が尖っている。
この特徴から、今回採集した大部分の流れ落葉にいるヨツメハネカクシは、Lestevaで間違いなさそうである。
<種名調べ>
次に、雌雄を確認する。
雄の腹節末端は円錐形に厚みがあり、先が尖っている。腹面には縦に長い毛の列が見える。
一方、雌の腹部はやや扁平で、先端が少し突出する程度。
乾燥標本なら、すぐに見分けが付くが、生時は、雌の腹部末端もやや膨らみがある。種が確認できているフタモンヨツメハネカクシの雌雄を示す。
(左:♂、右:♀)
採集の際は、バケツの水面を、ジェットホイルのように水に浮いたまま、凄い勢いで滑って移動した黒いヨツメハネカクシを、普通に1種と思っていた。
改めて見直してみると、大型と小型の2タイプあり、しかも、上翅基部後方に赤い小さな紋を持つものもあることが判明した。
さらに、♂交尾器の検鏡の結果、なんと、4タイプが確認でき、しかも、Watanabe(1990)の掲載種と完全に一致するものは、見られなかった。
これらの黒いLestevaには、図鑑に掲載されているムモンヨツメハネカクシ Lesteva crassipes Sharp以外には和名が無く、渓流に適応したグループと思われるので、流れに関係のある和名が付けられれば良いと思う。
以下に体長が大きいものの順に、全形(左)と♂交尾器(右)を示す。
1. Lesteva sp. 1
最も大型で、黒っぽい。腿節の基部がやや赤みがある程度。フ節も赤い。上翅はまったく黒く、赤紋の痕跡は無い。♂交尾器の側片は長く、先端部がナイフ状に広がり、中央片は細型。Watanabe(1990)によるムモンヨツメハネカクシの♂交尾器に似るが、側片はより長い。
2. Lesteva sp. 2
次いで大型、腿節基部とフ節が赤っぽい。上翅中央に、小さいが明らかな赤紋。♂交尾器の側片は細長くて、先端のみが強く内側に曲がり、中央片はより太く、先端のみ細くて強く曲がる。Watanabe(1990)によるL. hammondiの♂交尾器が似るが、先端部の形が違う。
3. Lesteva sp. 3
より小型、先端を除く腿節とフ節が赤っぽい。上翅はまったく黒い。♂交尾器の側片は太短く、先端1/3程度が内側に曲がり、中央片はかなり太い。Watanabe(1990)によるL. fenestrataの♂交尾器が似るが、側片は太短く、より強く先端部が内側に曲がり、上翅にハッキリした赤紋が無いので区別できる。
4. Lesteva sp. 4
3と同程度に小型で、先端を除く腿節は黄褐色、脛節、フ節もより淡色。上翅中央に、小さいが明らかな赤紋がある。♂交尾器の側片は細長く、先端部がカミソリの刃のような形に広がり、基部内側には尖ったフックを持つ。Watanabe(1990)のL. nipponicaの♂交尾器に似るが、側片はより長く、フックも鋭い。L. nipponicaはさらにハッキリした赤紋を持つ種のようである。
<lestevaではない黒い1種></lestevaではない黒い1種>
一方、黒いヨツメハネカクシのうち、残る1種は、体が細長く、前胸側縁の中央前で角張っていて、素人目にもLestevaではないことが感じられた。
小顎髭の第一節はごく短く、二節は長くて肘状、三節は棍棒状で先端が太く、四(先端)節はごく短く細い。
大あごも細長く、中央にトゲ状の分歯を持つ。
これらの特徴から、検索表では容易にBoreaphilus属にたどり着いた。
このうち、黄褐色で前胸が著しく細長の1種は、図鑑にも載っていて、島原半島からも記録したことのあるムネボソヨツメハネカクシ Boreaphilus japonicus Sharpである。
件の種は黒くて、体形もより太いことから、この種でないことは明らかである。
Watanabe(1990)には、この属の種として、他にB. lewisianusが本州から記録されているだけで、これで決まりかと一瞬思った。
しかし、ハネカクシ研究家の柴田さんが、毎年、個人的に編集されている「日本産ハネカクシ科目録」では、graciliformis, hokkaidensis, temporalisの3種が追加されていて、この属には現在、国内から5種が知られているようである。
柴田泰利(2007)日本産ハネカクシ科目録, 68pp. 自刊.
しかも、この個体は♀であるので、Boreaphilus属の1種であること以上には、私が持っている資料では確認しようがない。
Lestevaに次いで、こちらも種名の決定ができないという結果になった。
この個体は、落葉のある岸辺に水をかけて、流されて浮いてきたものである。
(補足)
ホームページ掲載後、念のために伊藤さんに標本を確認していただいたところ、Boreaphilusではなく、Archaeoboreaphilus sp. ということです。
伊藤さんより、「この属は最近書かれたもので、Watanabe,1990では、Coryphiumとして扱かわれています。この属もまだまだ未記載種が多いようです。
また近縁に、Planeboreaphilusもあり、ややこしいところです。
なお、Archaeobreaphilusは、水際の石にとまっていたり、渓流の中の岩の水と接するあたりにいたり、涸れ沢でまだ湿り気のある石の下で観たりしています。
Boreaphilusはたいていのの場合、落葉下のリターからの採集です(つまり、渓流性ではないということ)。」と、ご教示いただきました。
<赤っぽいLesteva>
岸辺に水をかけて採集したLestevaは、大部分が、上に雌雄の写真を示したように、上翅に明らかな褐色紋を持つ種で、♂交尾器も含めてフタモンヨツメハネカクシ Lesteva fenestrata Sharpであろうと確信できた。
岸辺から採集した中には、さらに小型で、ほぼ全体が赤っぽい個体が含まれていた。
最初、どの種かの未熟個体と思っていたが、♂交尾器を取り出してみると、側片はLesteva sp. 3よりさらに太短く、L. distinctaにも似ているが、先端の曲がり具合は異なっていて、別の種であるように思えた。本種も種は決定できなかったのである。
結局、流れの落葉にいた黒いヨツメハネカクシは、4種共に種を決定できず、岸辺の落葉にいた種も、3種中、フタモンヨツメハネカクシを除いては解らなかった。
「バケツを使った水没採集」で得た7種中、6種が未同定と言う結果になったわけである。
せっかく、バケツを使った水没採集の有効性を確認し、さらに、渓流性の特殊な種群を発見し、その中に複数種が混棲していることまで確認して、がぜん面白みが湧いてきたのであるが、ほとんど種名決定できないとなると、ちょっと、腰が引けてしまう。
種名無しには、記録することも、生態を発表することも難しいではないか・・・。
この件について、伊藤さんに質問したところ、渡辺さんの総説の材料は、本州中央部の材料が主力なので、九州産にはまだかなりの新種が含まれているのではないかという、返事だった。
総説では、Lesteva属は16種が掲載されており、柴田さんの目録でも19種である。
今のところ、分布記録があるのは、本州で14種、四国で7種、九州で5種、北海道で3種、あと、離島からは、佐渡(2種)、隠岐(2種)、対馬(1種)、小豆島(1種)の記録がある。
この調子なら、まだまだ、各地に多くの種が隠れている可能性が強い。
改めて、一旦引けた腰を、ぐっと、前に突き出して、思い直すことにした。
解らないことは、みんなで調べる必要がある。
新種だらけの群は、それなりに調べがいもあるというものだ。
この群を今から多くの人に採集していただいて、材料を集め、何人かの研究者には解明に向けて頑張ってもらいたい。
あるいは、地域ごと、水系ごとに、別の種が生息するといったような生物地理的な面白さも、内在しているかも知れないのだ。
あえて、注目し、解明していただきたい種群であることを伝えるために、ここに掲載することにした。
生態的に特に面白く、分類は未完成で、生物地理的にも興味深い種群である可能性が高い。
皆さん、渓流性のこの面白い種群を、バケツを使って、採集してみませんか?