バケツを使った水没採集 その1

−渓流性ハネカクシの採集法−

3月初旬のまだ寒い頃、いつも、ハネカクシ類の採集方法を教えていただいたり、同定をお願いしたりしている京都のハネカクシ屋、伊藤さんに、

「ご高著(昆虫と自然, 42(2): 2007)を拝見して、湿地性のハネカクシの記事が眼に止まりました。昨年くらいから、渓流沿いとか、湿地のハネカクシを採りたいと思いながら、なかなか効果的な方法が無く、どうやって採ったら・・・と考えているところです。
先日も、渓流脇のグシャグシャの落ち葉などを篩ってみましたが、ほとんど、ハネカクシは得られませんでした。
どのようにして採集したら良いか、ご伝授下さい。」

とのメールを書いたところ、

伊藤さんから、
「渓流際は、石や岩の水に接する所や、滝の飛沫のおよぼすあたりを観察します。また、渓流際の小砂利を足などで蹴落として渓流に落とし込みますと、大量のハネカクシが水に浮き上がります。また渓流際の落葉・苔などを、渓流脇に人工的にプールを作り、そこに沈めます。すると隠れていたハネカクシその他が水面に浮いてきます。
池や湿地では長靴をはいて、アシや際の草を踏んで沈めますと、ハネカクシその他の昆虫が浮いてきますので、それを採集します。一番効率が良いのは胴ナガをはいて、そこら中の草やアシを沈めて採集するのが良いようです。
水に浮いた虫に草などの先を差し伸べますとそれにしがみつきますので、効率良く捕獲出来ます。これを称して「わらしべ採集法」と命名しました。
添付の写真は、先日、琵琶湖で雪のふる中、長靴で岸辺を踏んで採集した結果の一部です。」との返事をいただいた。

これが伊藤さんの採集品である。

 

雪の中でも、結構、沢山のハネカクシが水辺に生息しているものである。
ヤナギルリハムシやスジカミナリハムシも同時に得られているので、ヤナギの河畔林のあたりで採集されたのであろう。

<草踏み水没採集>
これにヒントを得て、水辺の虫を採集してみようと考えた。
伊藤さんの草を踏んで水没させる採集法は、だいぶ前に、当時、鳥栖に住んでいたゴミムシ屋の大塚君から教わったことがある。
わざわざ、脊振山の北山ダムまで連れて行って貰って、水辺の草を踏んづけて水に沈めて浮いた虫を拾った。

この時は、水が余り多くなく、十分に草を沈めることができず、虫も多くなかった。

しかし、別の放棄水田の湿地で試したときは、色んなものが浮いてきて結構楽しめた。時期にもよるかもしれないが、この時はハネカクシよりはむしろ、ゴミムシ類が多かった。
それにしても、浮いた虫を手ですくおうとすると、表面張力と水圧でスルッと抜け落ち、なかなかすくえないのだが、わらしべを差し伸べてしがみつかせるとは考えが到らなかった。
伊藤さんのご教示のように、多少は水深が深い方が良さそうで、せめて膝ぐらいは有った方がよい。
本当は腿くらいまであって、胴長を履いてやれるくらいが良さそうだ。
それも、低いイネ科や水草などより、丈の高いヨシとか、マコモとか、それらが複雑に混じり合ったものの方が、隠れる場所など虫の居場所が多くて、良さそうである。これはまた、今度試してみよう。

<蹴落とし水没採集>
伊藤さんは、「渓流際の小砂利を足などで蹴落として流れに落とし込みますと、大量のハネカクシが水に浮き上がります。」と書かれている。
わらしべ採集の装備のまま、川か渓流に移動し、草やヨシを沈めるのではなく、こんどは、水際の土砂や石を水中に落として採集するのだという。
「また渓流際の落葉・苔などを、渓流脇に人工的にプールを作り、そこに沈めます。」ともある。
草踏み採集同様に、ハネカクシが隠れていると思われる環境を水没させて、ハネカクシが溺れる状態を作れば良いわけである。

<バケツで水かけ 洪水採集>
ハネカクシの隠れ場所をそのまま水没させれば良いのなら、簡便には、容器に水を張って、その中に隠れ場所を投げ入れれば良い。
例えば、枯れ草でも、ヨシの塊でも、落葉でも、時には腐った果実などでも良い。
そう考えて、とりあえず安直に100円ショップでポリバケツを買った。ついでに、この内側にすっぽりはまる水切りバケツも買った。
投資はこの200円だけ、前から持っている胴長をはいて、5月4日の連休に、佐賀県脊振山系のみやき町中原町の寒水川に出かけた。標高は300mほど。
少し良さそうな渓流に降りていく。

実際の採集場所では、それほど多くの土砂は溜まっていなかったので、これでは水に蹴り落とすことはできない。
水辺の落葉を手で掴んで投げ入れてもたいしたことはない。

ちょっと、発想を転換することにした。
わざわざ、手にはバケツを持っていたのだった。それで、岸辺に水をかければ、その場所自体が洪水になる。
土砂を水に入れても、岸辺を洪水にしても、ハネカクシを溺れさす意味に於いては同じ結果だ。

ぶちまけた水は落葉やゴミも洗い流し、流れの淀みに流れ込んだ。思惑通りに、ゴミムシやハネカクシなども水面に浮かぶ。

ゴミと共に虫が本流に流れてしまわない内に、あわててすくい上げることを繰り返しながら、また、ピカッと閃いた。
水面のアク取りをする要領で、このゴミ共々、表面をバケツですくえば良い。
そうしたら、安心してあわてずにジッとバケツの水面を眺めながら、虫を探せば良い。

 

こうして、岸辺に水をかけたり、流れてきた水面のゴミをすくったり、バケツは何通りにも使えるが、1個では、両方の操作を一度にはできない。
次回はバケツを2個用意することにしよう。

この谷では、岸辺に水をぶちまけて採集できるハネカクシは、微小なヒゲブトハネカクシの一種が最も多く、次いで、フタモンヨツメハネカクシが多かった。

 

ツヤホソチビゴミムシ(佐賀県初記録)、Stenus sp. (ドウボソメダカハネカクシ?)、ヒメクビボソハネカクシ(佐賀県初記録)、ウスモンコミズギワゴミムシ、ヒラタルリミズギワゴミムシなども流されてきた。
(左:ツヤホソチビゴミムシ、右:ヒメクビボソハネカクシ)

なぜか、キクイムシの一種も落ち枝と共にいくつも得られ、そう思って持ち帰った中に、顕微鏡の下で確認すると、コケシマグソコガネ(佐賀県初記録)が1個体含まれていた。

 

この種は九州では最近まで記録の無かった種で、当然、佐賀県の記録もない。
ゴルフ場などで使用するシバについて全国に広がっているとかで、そう言えば、この上にゴルフ場があることに気が付いた。
そこから、流れてきたのであろう。

<バケツを使った流れ落葉採集>
岸辺に水をぶちまけ続けるのも、結構重労働なので、しばらく休憩して、こんどは、本来バケツを持参してやってみようと思った、落葉沈めを試してみる。

 

グシャグシャの落葉を水を張ったバケツに投入する。このままでは、浮いたゴミが多くて虫は見えない。
(左:バケツに落葉を投入、右:水切りバケツで沈める)

ここで、いよいよ、水切りバケツの登場である。その落葉を、水切りバケツで押さえて、大きなゴミを沈め、小さいゴミと虫だけ浮かせようとの作戦である。

これで、まったく、「水没採集」をバケツで再現したことになる、と、一人で悦になる。
相変わらず、ヒゲブトハネカクシの一種や、フタモンヨツメハネカクシは結構いる。

試しに、日なたにある、洪水時にでも溜まったと思われる枝などにからまってやや乾いた落葉の塊を水没させると、アカアシユミセミゾハネカクシとヤマトニセユミセミゾハネカクシが浮いてきた。
同じ落葉でも、それが有る微環境、陽の当たり具合、湿気具合など、条件によっているものが違うようだ。

<黒いヨツメハネカクシは水面を滑空する?>

次に、流れの間にある岩などに引っかかった落葉の塊をバケツに投入すると、こんどは黒くて平べったいヨツメハネカクシの仲間が浮いてきた。
水面をじっと観察すると、ハネカクシの足の下の水面が丸く凹んでおり、ちょうど、アメンボのように水面に乗っている。
ふ節に油膜でも付けて、体を水に浸けずに、表面張力で水面に乗っているようだ。
凹んだ水面のくぼみは四つ、前肢と後肢のみで、中肢は使用せず、後肢のへこみが大きいのは、重心の位置から考えて、そちらによけいに体重が懸かるためか?

 

こいつを、慌てて掴もうとすると、水に浮いたまま、シャーッと凄い勢いで水面を滑った。
エーッ!
確かに、目にも留まらないような速さで飛翔していたが、水面から離れず、水面を滑っていたようだ。
通常の飛翔のように、体全体を持ち上げて飛ばずに、ジェットホイルや、ホーバークラフトのように、水面に浮いた状態で、前向きに滑ると、飛ぶ以上のスピードが出せるに違いない。研究中のリニアモーターカーも、ほぼ同様なことをやろうとしている。

こんなやり方で、流れの水面を移動しているのだろうか?
見ていると、これらの黒いハネカクシは、どれもこれも、こうやって素早くすべって逃げる。
そして、バケツのへりにたどり着くと、今度はよちよち這い上がる。
水面と地上とで、移動の速さがまるで違うのが面白い。這い上がってきたところを押さえる方が簡単だ。

この仲間は、渓流の水面に、かなり適応した種のようで、岸辺の落葉の下には少なく、流れの中に引っかかった落葉の塊に多い。

 

帰宅して図鑑を確かめると、黒いヨツメハネカクシには、Lesteva、ミズギワヨツメハネカクシ Psephidonus、カタホソハネカクシ Philydrodesの諸属が含まれていた。
Watanabe(1990)を確認すると、大あごや小顎髭などの形が属ごとに異なっており、これらの採集品はフタモンヨツメハネカクシ同様、Lesteva属に含まれるようである。
しかし、岸辺の落葉にいて、上翅に明るい褐色紋を持つフタモンヨツメハネカクシは足で浮いたりしないようで、これらの黒いLestevaとは、生態的にはだいぶ違うように思える。
黒いLestevaには和名が無く、渓流に適応したグループと思われるので、流れに関係のある和名が付けられれば良いと思う。
そのうち、水面を滑空中の生態写真が撮れたら・・・と思っている。

これらの落葉の水中の部分には、マルガムシがいた。もっと、源流に近いところにいる種かと思っていたが、こんな低山地の沢にもいるとは・・・。
これも初めての経験だ。

横から流れ込んできていた、支流の岩の間に引っかかった落葉からは、ホソミズギワハネカクシが見つかった。
この種はハネカクシ離れをした、触角と肢の長い細い体形をしていて、なかなか格好が良い。
図鑑には「流れの際に堆積した朽ちた落葉下にみられる」とある。
ただ、水に浮いている形は、足先で浮いてるというわけではなさそうなので、黒いLestevaほど流れる水面に適応してはいないようだ。

 

夢中で採集していて、ふと喉の渇きを覚え、いいかげん腰も痛くなり、腹も減ってきたので、木陰で一休みしてから戻ることにした。

車について時間を確認すると、昼を大幅にオーバーした、12時58分。
午前9時過ぎから採集していたはずなので、4時間ほどもやっていたことになる。さすがに疲れた。
弁当を広げて昼食にし、いちおう、バケツでの水没採集をお開きにした。
以下の写真が採集品。結構、個体数はかせいでいるが、環境が一定なので、種数は多くない。Lesteva類は地域によりいる種が違うようなので、機会があったら、別の場所で試してみよう。今回の水没採集の獲物は写真の通り。

帰宅してから、中津江の昆虫巡査こと佐々木君から別のことで電話があった。
ついでに、バケツでの水没採集の話をしたら、「そんなことは、自分もやったし、みんなやってる。」とのこと。
川でゴミを投げ入れたこともあるし、それより、砂浜の草の根際の砂を、ゴミごと投げ入れて浮いてきた虫を採っていたらしい。
カメムシ屋さんにはごく一般的な採集法ということであった。
新しく発明したと思っても、何でも、虫屋はやっているものらしい。しかし、バケツ一つ持って歩くと、いろんな応用が出来る。
今度、別のこともやってみよう。