アオハムシダマシ属をめぐって(その3)

雲仙と多良岳のアオハムシダマシ類

半年ほどの採集と放浪を経て、年末に長崎県島原市の実家に戻った。たいくつな田舎暮らしと、休みのない家業の毎日を過ごす中で、遠隔地へのカミキリ採集旅行は断念した。自宅からの日帰り採集がせいぜいで、町の背後にそびえ立つ雲仙(写真)と、車で1時間程度走ると山頂に立てる多良岳がベースグラウンドになった。

雲仙写真

この2つの山系には、赤紫色と金緑色の2タイプのハムシダマシが生息していた。その時点でアオハムシダマシと考えていた金緑色のタイプ(写真)は肢の大部分が黄褐色で、腿節の先端部背面側がやや黒ずみ、淡い緑色の金属光沢を持つ種で、雲仙では標高400m程度から山頂付近まで、時期になるとコガクウツギやサワフタギ、ミズキなどに多数が群れていた。

ニシアオ写真

一方、赤紫色のアカハムシダマシは、大山同様、1000m近い高地の比較的暗い林内でサワフタギなどの花上に少数個体が見られた(写真)。

アカ写真

調査を続けるうち、多良岳の山麓、轟の滝付近(標高300m程度)では5月の初旬にシイの花が満開になり、これに多数の甲虫が群がることを発見した。シイの花には、ブナ帯に生息すると思っていたミヤマクロハナカミキリとアカハムシダマシが同時に多数みられ、意外な気がした。アカハムシダマシに混じって金緑色のアオハムシダマシ?もみられたが、ここのは肢全体が黒くなるタイプで、雲仙同様の肢の黄色いタイプは見られなかった。しかし、この時点では、背面の色だけに気をとられて、肢の色までは気にせず、赤いのはアカハムシダマシ、緑のはアオハムシダマシと単純に考えていた。

低山地のシイの花にアカハムシダマシが多いというのは九州では比較的普遍的であるようで、この後、長崎県内の西彼杵半島でも経験し、ずっと後になって、五島列島の中通島山王山でも追体験をした。山王山では肢全体が黒いアオハムシダマシ?とアカハムシダマシがほぼ半々に見られ、おまけに色違い同士の交尾カップルも見られた(写真)。

肢黒アオ


椎矢峠のアオハムシダマシ類

数年間の家業勤めで仕事にも慣れ、近場の採集もマンネリ化して、有明海を渡って、九州脊梁の各地に1~2泊程度の採集旅行に出かけるようになった。

熊本県矢部町の内大臣峡から延々と林道を遡り、1時間余りで標高1300m余りの椎矢峠にたどり着く。峠の向こう側はひえつき節で有名な宮崎県の椎葉村である。ここは、九州内で車で行ける最も高標高の採集地の一つで、夏のノリウツギの花上にイガブチヒゲハナカミキリが見られることで有名である。ある初夏には、ここで九州初記録となるエゾトラカミキリをミズキ花上に見いだした。

峠周辺はブナを中心とする原生林で、初夏のミズキの花には多くの甲虫が飛来する。峠から椎葉村側にしばらく下り、カシなどの常緑樹が出始めるあたりで、花上から多数のハムシダマシ類を採集した(写真)。

椎矢峠の4種

この中には、アカハムシダマシが少数と、金緑色のタイプが多数含まれていた。そして、金緑色のものには、肢の大部分が黄褐色の雲仙タイプと、腿節の基部だけ黄褐色で先端部がくっきりと黒く、その部分に緑色の強い金属光沢を持つ別のタイプも含まれており、その中には明らかに、小型のものと、今までに見た全ての国内産よりさらに大型の個体が含まれていた。これらが全て別の種と仮定すると、一本のミズキの花上に4種のハムシダマシが飛来していたことになる。

大図鑑を改めて眺めてみると、真のアオハムシダマシは腿節の先端部がくっきりと黒いこの小型の金緑色タイプに相当するようで、そうすると、肢が黄褐色になる雲仙タイプはアオハムシダマシではないことになる。それに、大型のものもなんとなく幅広でガッチリとしていて、アオハムシダマシとは違うような気がした。
そして、さらには多良岳で見た肢全体が黒い金緑色タイプは、椎矢峠では見つからなかった。

本土のアオハムシダマシは1種?
1985年に刊行された保育社の甲虫図鑑では、北隆館と同様、アマミアオハムシダマシ、アカガネハムシダマシ、アカハムシダマシ、アオハムシダマシの4種が図示されていた。しかし、種間の区別は難しいように書いてあった。

1987年にA博士によるハムシダマシ類の総説が発表され、これらのうちアマミアオハムシダマシを除く3種と、正体不明とされていた2種も含めて、本州・四国・九州などに分布するアオハムシダマシ類は全てが唯の1種にまとめられてしまった(アカガネハムシダマシの学名に、和名はアオハムシダマシを採用)。つまり日本産は、奄美大島と沖縄本島にいるアマミアオハムシダマシと、本土産の(新)アオハムシダマシの2種になったわけである。

この扱いは、しかし、私としては納得できなかった。海外にあるタイプ標本や、各地の個体の♂交尾器も図示してあり、正当な全ての手続きを踏んであったが、今までの野外での観察や採集状況から考えて、それらが1種とは到底考えられなかった。九州のみにおいても、雲仙と多良岳で2種か3種、椎矢峠では明らかに4種が生息していると考えていたからである。確かに♂交尾器での区別は難しく、外部形態にも色以外の決定的な区別点がないのは確かであるが、本土産が1種ということは、虫をやってるものの勘に外れる扱いである思った。

椎矢峠産には金緑色のものに3タイプが含まれていたが、そのうち肢の大部分が黄褐色のものは雲仙と共通であった。このタイプ(写真)は、雲仙では無数と言って良いほど生息していて、よく見ると上翅の肩の部分に、側縁と平行して角張った隆起線が存在していた。
また、♂交尾器(写真)を取り出して観察すると、パラメラの基部が幅広く、その先で急激に括れて狭まり、先端まで細かった。

左:ニシ肩部、右: ニシ♂交尾器

一方、アカハムシダマシ(写真)と、金緑色で腿節端が黒い2つの型は、上翅の角張った隆起線はなく、丸まり、♂交尾器(写真)は基部から先端に向かってほぼ直線的に細くなっていた。

左から、アカ肩、アカ♂交尾器、ミヤマ肩、ミヤマ♂交尾器

♂交尾器の違いを確認した時点で、上翅や肢の色、生態などという曖昧な基準ではなく、明らかに形態的にも異なる複数の種が存在することを、はっきりと確信した。少なくとも、雲仙の金緑色タイプと、それ以外のものは、背面や肢の色を全く無視したとしても、上翅の角稜と♂交尾器という2つの異なる形質において、確実に区別することができたからだ。

つづく