2023英彦山の春 1
小石原の報告も愈々佳境に入ってきましたが、元はと言えば、英彦山への途中に立ち寄って湿地を見つけたのでした。
英彦山の方も、それなりに面白い成果が出ているので紹介しておきます。
また、同様のタイトルの元に、2020年にも英彦山の報告をしていますので、今年の分はタイトルに2023を加えておきました。
さて、4月10日、末長君に頼まれたムツボシトビハムシ採集に國分さんと出かけたところから、今年の英彦山は始まっています。
(銅鳥居の前)
英彦山の登り口、標高526m付近にある銅鳥居(かねのとりい)の前にクヌギ林があります。
(銅の鳥居の前のクヌギ林)
ここの立ち枯れや生木にも、次に示すコケが生えていて、その中にムツボシトビハムシが潜んでいます。越冬もこの中で行うようで、秋遅く、さらに早春から見られます。
(ムツボシトビハムシのホストのコケ)
これらのコケが付いた立ち枯れや生木をハンマーリングしていくわけです。
日本産ハムシの中ではコケを食べるハムシは特異で、私は本種以外知りませんが、東南アジアなどには何種もいるらしく、末長君はこの種の食道・胃まで調べて、食べるコケの種類などまで調べたいと言うことでした。
次の写真はコケの中でムツボシトビハムシを飼い、コケを食べる様子を動画で撮影したときのワンシーン(×4)です。
(ムツボシトビハムシ)
なんとか10頭近くを採集して、コケと共に、生かして持ち帰ります。
翌日、速達で彼の所にお送りしたのは言うまでもありません。
クヌギ林のハンマーリングでは、通常、結構色んな虫が落ちてくるのですが、この日はごく少なく、他の種は殆ど落ちませんでした。
しかし、立ち枯れを叩いた時、丸っこいゴツゴツしたカメムシが落ちてきて、一瞬で大珍品のネオカジラ(コブハナダカカメムシ)である事が解りました。
(コブハナダカカメムシ)
この虫については、大分県で見つかった当時、大興奮で三宅さんが生態の一端について記事を書き(三宅, 2014)、その号の表紙も飾っています。
三宅 武, 2014. 謎の怪虫ネオカジラ生態覚え書き I, 二豊のむし, (52): 77-79.
福岡県の記録について覚えが無かったので、帰宅してから大分の伊藤君に尋ねたところ、最近になって北九州市から記録された(奥園, 2018, 2020)ことを教えていただきました。伊藤君に深謝します。
奥園元晴, 2018. 福岡県北九州市からコブハナダカカメムシの採集例と食性に関する知見. 月刊むし, (565): 53.
奥園元晴, 2020. コブハナダカカメムシ幼虫を初確認. Pulex, (99): 842-843.
本種のホストとして、三宅さんは、スダジイとツブラジイを上げられていますが、今回はクヌギですし、奥園さんはヤブムラサキを報告しています。伊藤君はもう少し広く、落葉樹もホストとするのではないかとの意見でした。
さて、今年は春が早く、サクラも2週間近く早く咲きました。
豊前坊(標高800m)のカエデがどんなぐあいか見に行ってみましょう。
駐車場の下に咲いているカエデが、往時はミヤマルリハナカミキリの多産で有名でした。
私も何度かここで採集したことがあります。
(豊前坊のカエデ)
例年なら、4月25日前後に開花する花が、4/10に、5部咲きですが、もう咲いています。
早っ!!と思いながら掬ってみましたが、殆ど甲虫は何もいません。
駐車場の周囲にはサクラも咲いていて、サクラとカエデが同時に咲いています。これもちょっと異常です。
しばらく、サクラとカエデの花を掬ってみましたが、ツクシハナムグリハネカクシ1♀が入ったくらい。
(ツクシハナムグリハネカクシ♀)
この種は何故か、英彦山と背振山のみで見つかり、その周辺地域には近縁のキイロハナムグリハネカクシがいます。
花はあっても虫の発生はまだまだのようで、標高を下げて採集することにします。
銅鳥居を過ぎ、英彦山大権現の入り口(標高450m)まで下ると、駐車場の周囲のカエデとドウダンツツジが満開です。
花を叩くとハナムグリ、ウエダニンフジョウカイ、ヒナルリハナカミキリ、ケシジョウカイモドキ、コガネホソコメツキなどが落ちてきます。
周囲に湿地も見られないのに、何故かミヤマクビアカジョウカイが落ちてきました。
(左から、コガネホソコメツキ、ミヤマクビアカジョウカイ)
(訂正)コメツキは、当初、ミヤマフトヒラタコメツキと表示していましたが、鈴木さんのご指摘により、再確認したところ、コガネホソコメツキでしたので、訂正しました。ご指摘いただいた鈴木さんにお礼申し上げます。
その後で、国道を下るとすぐに、道の下(左手)に旧道が見えます。
その旧道を入ってみると、左手の谷間には雑木林が広がっていて、その先からは渓流の水音がします。
英彦山では、駐在所のある集落より上の方では、シカ害で林床に殆ど草が生えていないし、なかなか良い採集場所が見つかりません。
この場所は川沿いでそれなりに湿気もあり、すぐ下流には集落もあることから、シカの密度も薄そうで、次回からはこの谷を調べてみましょう。
そして、4月27日、この日は國分さんと、徹底的にこの谷を調べることにしました。
地図を確認すると、英彦山山麓の広い範囲が大字英彦山とあるだけで、この谷のあたりの地名はありません。グーグルの地図には龍門峡と表示されていますが、500mほど下がった集落は南坂本と言うらしいのでこの地名を使うことにしました。標高は360-420m程度。
(駐車スペース)
上流側から旧道に入ると、すぐ道が抉れていて、通行止めになっていました。広い路肩に車を駐めて、歩いて探索です。
繰り返し探索するつもりなので、さっそく、林縁の立ち枯れなどに、FITを設置します。
錆びて崩れかけた鉄格子があったので、何かと思ったのですが、これはキャンプ場の入り口でした。
(キャンプ場の入り口の鉄格子)
その脇から降りていくと、中は広場で、かつては整地してあったのでしょうが、いつかの豪雨で流されて、川原のようになっていました。川には崩れた小橋が落ち込み、その向こうには崩れたバンガローがありました。
ここから下流の集落まで約500mで、その間、川沿いに2-30個の崩れたバンガロー、あるいはその残骸がありました。多分、キャンプ場として使われなくなってから、10-20年程度経っているものと思われます。
林内は一度キャンプ場として整備されたためか、大木はあっても、ブッシュ等の茂みにはなっておらず、歩きやすい感じでした。
(林内)
また、下流の方は半分くらいは畑の跡のようで、水路が引いてあり、大木のオニグルミが生えていました。福岡県内ではオニグルミは珍しく、ここほど1カ所に多くの大木が生えている場所も知らないので、何か面白いものが出ないか楽しみです。
(オニグルミなど)
ただ、オニグルミの葉を叩いて落ちてきたのは、オキナワトビサルハムシ九州亜種やリンゴコフキサルハムシなどで、オニグルミをホストとするクルミハムシや、それを捕食するカメノコハムシは見られませんでした。
クルミハムシの英彦山の記録はありますが、私はまだ見たことがありません。
集落の手前には、大きな石の鳥居があり、その背後には、クヌギの大木が生えていました。
(石の鳥居)
その鳥居の背後にはカエデ類が植えられており、大半は既に花は終わってましたが、一部の咲き残りに、オダヒゲナガコバネカミキリ、チャイロヒメハナカミキリ、セスジヒメハナカミキリ、ヒメクロトラカミキリ、トゲヒゲトラカミキリ、ヘリウスハナカミキリが見られました。
そのクヌギ林の奥に放棄されたウメとミカンの畑があり、立ち枯れに付いたコケから、ここでもムツボシトビハムシが落ちてきました。
(左から、ムツボシトビハムシ、マルヒラタケシキスイ)
林縁のカシ類に絡みついていたと思われる太いフジが切られていて、丁度良い枯れ具合でした。
(切られたフジのツル)
これに、ゴマフカミキリを始めとして、アトモンサビカミキリ、ナカジロサビカミキリ、シロヒゲナガゾウムシ、チャマダラヒゲナガゾウムシ、ウスモンカレキゾウムシ、ナカスジカレキゾウムシ、マルヒラタケシキスイ、ベニモンアシナガヒメハナムシなどかなり多くの甲虫が落ちてきました。
(南坂本の谷で採集した甲虫)
林内の立ち枯れや細い立木を叩きながら進んできたので、何処で採ったかは解りませんが、ちょっと注目すべき種として、メダカヒメヒラタホソカタムシとカトウヒメナガクチキが採れていました。
(左から、メダカヒメヒラタホソカタムシ、カトウヒメナガクチキ)
前者は、本来の斑紋がちゃんと現れておらず、ちょっと心配が残りますが、体形やサイズ感から、この種と思います。
後者もヒメナガクチキの中では一番目にする機会が少ない種で、九州では北西部のみで、南半では記録が無さそうです。
そして、5月1日、この日は國分・大塚両氏が同行しました。
前回、この場所を見つけた後、大塚君に「英彦山でも面白い場所が見つかったよ」と告げていたので、この谷を案内したわけです。
と言っても、彼の車で、彼の運転ですから、案内したことになるかどうか・・・。
まず、石の鳥居のところから採集を始めます。
(カエデの枝先をスウィーピングしてネットをのぞき込む大塚君)
彼は最近、ナガタマムシにも凝っていて、広島でも新種のナガタマムシを見つけたそうで、新緑の枝先を次々に掬っていきます。
私は、あちこちにセットしたFITの回収です。
(フジの枯れヅルに吊したFIT)
(立ち枯れに吊したFIT)
FITの成果は以下の通り。
(FITの成果)
あまり珍しそうなものは入っていませんが、春の常連のアカハネムシ、ミヤマベニコメツキ、キバネホソコメツキ、ヒラタハナムグリと、ワモンサビカミキリ、キスジテントウダマシ、アカアシヒゲナガゾウムシ、クロオビマグソコガネ、クロコキノコムシ、オオクビボソハネカクシ、ヒゲブトチビヒラタムシなどが含まれていました。
(左から、オオクビボソハネカクシ、クロオビマグソコガネ、ヒゲブトチビヒラタムシ)
このうち、ヒゲブトチビヒラタムシは、平野幸彦さんのヒラタムシ上科シリーズ1巻に載っている未記載種で、本州、奄美大島、徳之島、石垣島、西表島の分布記録が載っています。触角第1節と2節が特に太いのが特徴です。その後、対馬と伊豆御蔵島から記録されていますが、九州の記録は無いと思います。
平野幸彦, 2009. 日本産ヒラタムシ上科図説 第1巻 ヒメキノコムシ科・ネスイムシ科・チビヒラタムシ科. 63pp. 昆虫文献 六本脚.
回収後はハンマーリングで立ち枯れや細枝を叩き、樹葉のビーティングをしていきます。
林縁のフジの葉を掬っていた大塚君が、「シラケナガタマムシがいましたよ」と見せてくれました。いくつか採ったようで、1つ貰いました。
(シラケナガタマムシ)
その後も叩いて採れた甲虫が次の通り。
(ハンマーリングとビーティングで採れた甲虫)
5月になったばかりというのに、この標高で(標高400mあるなし)もう、ニシジョウカイボンがいました。
フジの枯れヅルには相変わらず結構虫がいて、新顔としてはタテスジゴマフカミキリ、カオジロヒゲナガゾウムシ、ダンダラカッコウムシなども落ちてきました。
また、何処でか解りませんが、立ち枯れのハンマーリングでクロホシメナガヒゲナガゾウムシも採集していました。
(左から、クロホシメナガヒゲナガゾウムシ、触角先端)
(訂正)当初、未記載のメナガヒゲナガゾウムシの一種と表示していましたが、今田博士のご指摘によると、クロホシメナガヒゲナガゾウムシであるとのことなので、訂正しました。ご教示いただいた今田博士にお礼申し上げます。
昼食の後、豊前坊に行ってみました。ここは、英彦山山頂である北岳への登山口で、高住神社があります。かつては、ここから少し上ったシオジ林で、春先に、シオジその他の落葉樹の新芽に飛来するコルリクワガタのポイントとして知られていました。
3名で、ともかく、シオジ林まで行ってみようと登り始めたのですが、沢沿いで、石ころゴロゴロ、登山道も判別しにくく、おまけに、木が高くて、ほとんど採集は不能ということで、30分ほどでギブアップしました。
(北岳への登山道)
高住神社のあたりまで戻ってくると、カエデの葉や、その他の低い木や草もあり、多少とも叩いて虫を落とすことが出来ました。ここで得られた虫は以下の通り。
(豊前坊で採集した甲虫)
多少ともましなのは、イシハラジョウカイ、ヒコサンクビボソジョウカイ、ワダオオアリガタハネカクシ、トゲアシヒゲボソゾウムシ、タナカツヤゴミムシダマシ、クロナガハナゾウムシくらい。
このうち、ワダオオアリガタハネカクシは本州(岐阜~山口),九州(福岡・大分・熊本)などで採れています。福岡県では英彦山山系の高い所で記録されていますが、私は、県内では初めて見ました。
(ワダオオアリガタハネカクシ)
また、ヒコサンクビボソジョウカイ Hatchiana hikosana (Nakane et Makino)はMakino & Nakane(1982)によって、英彦山産を基にPodabrus属で新種記載された種ですが、Imasaka(2001)でHatchiana属に移しました。
(ヒコサンクビボソジョウカイ)
福岡県の固有種で、英彦山山系(福岡・大分両県)、古処山、飯塚市笠置山、宗像市城山で記録されているだけで、県内でも、北九州、筑後川以南の筑後地方、脊振山系には分布していないと考えられます。
MAKINO, T., & T. NAKANE, 1982(1981). A revision of the genus Podabrus WESTWOOD in Japan (I) (Insecta, Coleoptera, Cantharidae). Reports of the Faculty of Science, Kagoshima University, (Earth Science and Biology), (14): 55-63.
Imasaka, S., 2001. Taxonomic study of the genus Hatchiana in Japan (Coleoptera, Cantharidae, Podabrini). Jpn. J. syst. Ent., 7(2): 279-313.