嘉瀬川ダムの甲虫調査 3

嘉瀬川ダムの3回目です。

調査地点

今回はダム湖右岸側にある流入河川の、入1、入2よりさらに上流側の入3(浦川)と、入4(神水川)を取り上げます。

5. 入3(佐賀市富士町大字大串、標高290m)

嘉瀬川ダムの右岸、前回紹介した入2の隣の流入河川(浦川)沿いの地点です。川幅は数メートルほど、川の右岸側は比較的広い谷で、耕作地や耕作放棄地があり、調査を始めた段階で、谷の中央は整地してありました。ただ、両岸の斜面は比較的発達した二次林が繁っていました。

(入3のダム建設前と現在の写真: 赤円内が概略調査範囲)

建設以前は明るい谷で、明るい空間や草地、二次林の林縁、川原等、多様な環境が存在したので、甲虫の種数は多く見られました。後で述べる環境創出箇所の他1に次いで確認種数が多くなっています。ただ、他1は唯一、この地点だけ、一度全員で灯火採集も行って種数が増えた可能性もあり、実質的な多様性から言うと、入3地点が最も高かったと言えると思います。

2012年秋の調査終了時まで採集は出来ましたが、その後、谷の大部分は水没したようです(前記現在写真参照)。

2009年5月
2009年5月

2010年4月

 

2010年4月

(2012年5月: 周辺の二次林)

(2012年8月: 改変が進み、湛水も近くまで迫っている)

入3では任意採集として、2009年5月5, 8日、8月19日、11月4日、2010年4月30日、10月1日、2011年5月6日、8月28日、10月24日、2012年5月25日、8月26日、10月30日の11回です。ライトトラップとピットフォールトラップを2009年5月2-3日と2011年5月4-5日の2回実施しています。

入3では4年間の調査で236種が確認できました。

年度ごとでは、2009年(127種)、2010年(67種)、2011年(99種)、2012年(83種)です。

このうち、以下の9種は佐賀県から記録の無い種で、佐賀県初記録になります。

セマルヨツメハネカクシ、ホソフタホシメダカハネカクシ、オオマルズハネカクシの近似種、ツユキクロホソジョウカイ、トゲアシチビケシキスイ、キアシツブノミハムシ、ナスナガスネトビハムシ、アカクチホソクチゾウムシ、タデトゲサルゾウムシ。

このうち、前回までに紹介していないのは、ホソフタホシメダカハネカクシ、オオマルズハネカクシの近似種とアカクチホソクチゾウムシの3種です。

ホソフタホシメダカハネカクシについては、別項で紹介します。

オオマルズハネカクシの近似種は、従来、九州各地でオオマルズハネカクシ Domene crassicornisとして記録されていた種ですが、伊藤さんのご教示によると、九州産は真の本種とは、♂交尾器の形に違いが見られると言うことで、未記載種であろうと言うことでした。伊藤さんに深謝します。

アカクチホソクチゾウムシ

 

アカクチホソクチゾウムシ

本種は本来は、和名に示されるように口吻前半が赤褐色を呈するのですが、本個体はなぜか濃色(赤矢印)です。本州,四国,九州,伊豆諸島の分布が知られていますが、やや少ない種です。

さらに、以下の31種は、脊振山系から記録の無かった種で、脊振山系初記録となります。

ヒコサンツヤゴモクムシ、セマルタマキノコムシ、フトツツハネカクシ、オオシリグロハネカクシ、アラハダドウナガハネカクシ、ネアカクサアリハネカクシ、ナガスネアリヅカムシ、ヒメキムネマルハナノミ、シロテンハナムグリ、クリイロヒゲナガハナノミ、コウゾチビタマムシ、キイロニンフジョウカイ、モリモトクロチビジョウカイ、タラチビジョウカイ、オオホコリタケシバンムシ、アカボシチビヒメハナムシ、ホソミツカドホソヒラタムシ、キムネヒメコメツキモドキ、トビイロヒメテントウ、タカオヒメハナノミ、ミズキコブハムシ、ブチヒゲケブカハムシ、サンゴジュハムシ、ヒレルホソクチゾウムシ、ダイコンサルゾウムシ。

ネアカクサアリハネカクシ

 

ネアカクサアリハネカクシ

クサアリ類の巣に寄生する種で、西日本に分布するこの仲間では最も普通に見られる種です。
腹節の基部2節が赤褐色(緑矢印)になるので、この名が付いています。

ミズキコブハムシ背面・腹面

 

ミズキコブハムシ背面・腹面

ミズキの葉上にいますが、余り多くありません。3mm以下の小型のムシクソハムシで、符節(赤矢印)も含めて、全体黒色なのは本種だけです。
近似のカシワコブハムシとヒメコブハムシは、符節が黄褐色なので区別できます。

なお、古くは自身もヒメコブハムシをミズキコブハムシと誤同定して記録していました。ヒメコブハムシは主として低地から低山まで、ミズキコブハムシは標高300m程度から上のミズキ葉上にいますので、九州の低地や周辺の島のミズキコブハムシの記録は、再検討が必要と思います。嘉瀬川ダムでは両種ともに見られました。

ヒメアオタマノミハムシ

 

ヒメアオタマノミハムシ

ボタンヅル・メボタンヅル・クサノオウにつきますが、比較的少ないです。

その他、以下の15種は入3のみで見つかっています。ほとんど樹林性の種です。

オオヨツアナアトキリゴミムシ、ハスモンヒメキノコハネカクシ、クロツツマグソコガネ、ヒシモンナガタマムシ、ミカドヒゲブトコメツキ、マルキマダラケシキスイ、クチキムシ、クビカクシゴミムシダマシ、センノキカミキリ、セスジクビボソハムシ、アカタデハムシ、エゴツルクビオトシブミ、カシルリチョッキリ、ケブカクチブトゾウムシ、アカアシノミゾウムシ。

その他、入3で確認された特徴的な種は、入2で紹介したカタキンイロジョウカイと、この地点と周1で見つかっているオオニジュウヤホシテントウです。脊振山系では既に記録されています。

ビーティングで落ちてきたオオニジュウヤホシテントウ

 

ビーティングで落ちてきたオオニジュウヤホシテントウ

本種は、本州ではジャガイモの害虫として有名で、各地に普通に見られます。しかし、九州ではジャガイモには見られず、ホオズキ類も含めて普通に見られるのは全てニジュウヤホシテントウです。

さらに、九州産ニジュウヤホシテントウは黒紋が発達した個体が多く、図鑑等の解説で同定すると、オオニジュウヤホシテントウになってしまいます。

このため、九州各地でオオニジュウヤホシテントウが記録されていますが、その大半は、ニジュウヤホシテントウの変異を見誤ったものと考えられます。

オオニジュウヤホシテントウとニジュウヤホシテントウ

 

オオニジュウヤホシテントウとニジュウヤホシテントウ

オオニジュウの方は一見してツヤがあります。そして、翅端(黒矢印)はやや尖り、緑矢印で示した黒紋は拡大してやや基部寄りです。さらに、赤矢印で示した黒紋は合わせ目の縦長の黒紋より後ろまで広がっています。2種並べて見比べていただくと良く解ると思いますが、これらの点でニジュウとはハッキリ区別できます。

本種の生態については、次回、周1の項で紹介します。

入3で確認された236種について、生態的に依存する環境を見てみますと、入3では、広葉樹林107と3/8、針葉樹林5、草地41と2/9、裸地1と3/4、河川40と3/8、湿地19と3/8、耕作地20と8/9と集計されました。

これを総出現数236で割ると、生態要素としては、広葉樹林45.50%、針葉樹林2.12%、草地17.46%、裸地0.74%、河川17.11%、湿地8.21%、耕作地8.85%になります。

先の湖1、湖2、或いは入1、入2全てと比較しても、圧倒的に広葉樹林の比率が高く、倍近くに登り、針葉樹林も倍に増加、その他の草地、裸地、河川、湿地、耕作地の全ての項目で減少しています。
入3は、出現種から見る限り、草地、裸地、河川、湿地、耕作地の要素はあるものの、大部分が樹林環境であることが解ります。

依存環境限定種について見ていくと、出現種236種のうちの半数よりかなり多い、134種でした。
そこから算出した比率は、69.78% 2.99% 11.57% 0.00% 8.96% 4.10% 2.61%となりました。

つまり、ほぼ7割と圧倒的に広葉樹林が高く、草地、河川が少し、その他の環境要素はほとんどないということになりそうです。

それでは、依存環境限定種で同様に計算して年度ごとの比率を出してみましょう。

2009年度は72.54%、4.23%、11.97%、0.00%、7.75%、2.11%、1.41%
2010年度は73.61%、0.00%、13.89%、0.00%、9.72%、0.00%、2.78%
2011年度は58.70%、2.17%、14.13%、0.00%、11.96%、7.61%、5.43%
2012年度は68.42%、2.63%、13.16%、0.00%、7.89%、3.95%、3.95%

依存環境限定種を見る限り、2009年から20012年まで余り年度変化は無いように思います。

ただ、現在の写真で解りますように、その後、調査地の大部分が水没していますので、環境としては消滅したと考えて良いと思います。

6. 入4 (佐賀市富士町大字中原、標高307m)

嘉瀬川ダムの右岸の支流・神水川の、ダム湖から1.5kmほど上流の地点です。調査は河川の高水敷の草地と、両岸の草地、集落周辺です。
ダムから随分離れていることもあり、現在もほとんど環境の変化はありません。

(入4のダム建設前と現在の写真: 赤円内が概略調査範囲)

入4では任意採集として、2009年5月5, 8日、8月19日、11月4日、2010年4月30日、9月29日、2011年5月6日、8月28日、11月7日、2012年5月25日、8月26日、10月30日の11回です。ライトトラップとピットフォールトラップを2009年5月2-3日と2011年5月4-5日の2回実施しています。

(2009年8月: 上流側)

(2010年9月: 下流側)

(2011年5月: 上流側)

(2012年8月: 上流側)

立ち枯れに留まったゴマフカミキリ

 

立ち枯れに留まったゴマフカミキリ

木のコブかと思いました。保護色ですね。

入4では3年間の調査で170種が確認できました。年度ごとでは、2009年(96種)、2010年(57種)、2011年(73種)、2012年(70種)でした。

このうち、以下の13種は佐賀県から記録の無い種で、佐賀県初記録になります。

ヒメセボシヒラタゴミムシ、セマルヨツメハネカクシ、セスジハネカクシの一種、アシマダラカワベメダカハネカクシ、ヨコモントガリハネカクシ、トゲアシチビケシキスイ、ヒメカクスナゴミムシダマシ、クサイチゴトビハムシ、イヌノフグリトビハムシ、アサトビハムシ、ヌカキビタマノミハムシ、アカアシホソクチゾウムシ、アカイネゾウモドキ、タデトゲサルゾウムシ。

ヒメセボシヒラタゴミムシ

 

ヒメセボシヒラタゴミムシ

本種は湿地性の種で、九州ではかなり珍しく、福岡・大分県くらいで、他の県では知られていません。

ヒメカクスナゴミムシダマシ

 

ヒメカクスナゴミムシダマシ

本種は大河川の中流域、砂地河川敷で見られる種で、九州では福岡・大分両県の記録しか無く、佐賀県の分布は予想外でした。また、福岡県では1例のみ(久留米市筑後川下流域: 城戸, 2011)の記録です。

城戸克弥, 2011. 福岡県産スナゴミムシダマシ属の再検討. KORASANA, (79): 67-70.

久留米市の例については、下流域の自動販売機の灯で得られていて、本来の生息地である中流域から流されて来た個体が、二次的に飛来したものと考えられます。

(追記. 堤内さんのご教示によると、福岡県ではさらにもう1例有るそうです。堤内さんに深謝します。

福岡市西区浜崎(能古島)・東区三苫 
山本周平,2009. 福岡県福岡市における海岸で採集した甲虫類の記録. 二豊のむし,(47):111-117.)

下甑島手打海岸での生息も、川内川から流下したものが流れ着いて生息していると考えています(今坂ほか, 2019)。

今坂正一・築島基樹・國分謙一, 2019. 甑島採集紀行2019年春. KORASANA, (92): 113-162.

アカアシホソクチゾウムシ

 

アカアシホソクチゾウムシ

本種はクサフジに付くのでむしろ草地性の虫です。九州では、福岡・大分・宮崎の記録をみています。

セスジハネカクシの一種

 

セスジハネカクシの一種

本種はアバタセスジハネカクシに近似の未記載種だそうで、伊藤さんに同定していただきました。伊藤さんに深謝します。

また、以下の25種は、脊振山系から記録が無く、脊振山系初記録になります。

ルイスツヤセスジハネカクシ、ヤマトニセユミセミゾハネカクシ、クロズトガリハネカクシ、クビボソハネカクシ、ウメチビタマムシ、キイロニンフジョウカイ、キアシオビジョウカイモドキ、ベニモンアシナガヒメハナムシ、ニセミツモンセマルヒラタムシ、クロヒメハナノミ、セグロクロヒメハナノミ、ケオビアリモドキ、ヒメコブハムシ、ムネアカキバネサルハムシ、ツヤキバネサルハムシ、ドウガネサルハムシ、アカバナトビハムシ、ヨモギトビハムシ、キスジノミハムシ、キイロタマノミハムシ、ワタミヒゲナガゾウムシ、ニセチビヒョウタンゾウムシ、マダラヒメゾウムシ、ダイコンサルゾウムシ、アオバネサルゾウムシ。

ルイスツヤセスジハネカクシ

 

ルイスツヤセスジハネカクシ

河川敷の水辺や、樹林の林床で見られます。最近、人為的な場所ではコバネアシベセスジハネカクシ Anotylus amicus (Bernhauer)の侵入で駆逐され、少なくなっていますが、当地では後種は見られませんでした。

ニセミツモンセマルヒラタムシ

 

ニセミツモンセマルヒラタムシ

ミツモンセマルヒラタムシと混生し、ススキやイネ科の枯れ草などに見られます。

また、以下の5種は入4のみで確認されました。既に脊振山系からは記録されています。

オバケデオネスイ、ケナガマルキスイ、ワモンサビカミキリ、キオビクビボソハムシ、ブタクサハムシ。

また、アイヌハンミョウも2009年春に1個体だけですが確認されています。
特にこの地点では砂原も殆ど見られませんでしたが、発生期には、かなり広範囲に生息地を求めて移動するものと思われます。

入4で確認された170種について、生態的に依存する環境を見てみますと、入4では、広葉樹林34と4/5、針葉樹林0、草地39、裸地2と2/5、河川53、湿地21と2/9、耕作地19と1/2と集計されました。

これを総出現数170で割ると、生態要素としては、広葉樹林20.47%、針葉樹林0.00%、草地22.97%、裸地1.42%、河川31.21%、湿地12.48%、耕作地11.45%になります。

全体的な比率構成は入1に似ています。特に樹林(入3)や湿地(入2)が豊富ではない、通常の河川沿いでは、このような比率になるのでしょう。

さて、年度変化を依存環境限定種で見てみましょう。

依存環境限定種は入4では65種で、34.62%、0.00%、18.46%、1.54%、35.38%、6.92%、3.08%です。

2009年度は21.88%、0.00%、20.31%、3.13%、42.19%、9.38%、3.13%
2010年度は30.56%、0.00%、22.22%、2.78%、27.78%、8.33%、8.33%
2011年度は25.00%、0.00%、17.86%、3.57%、44.64%、7.14%、1.79%
2012年度は34.62%、0.00%、23.08%、1.92%、32.69%、7.69%、0.00%

トラップを実施した2009年度と2011年度、実施していない2010年度と2012年度の比率がほぼ同じ事から、入4ではほとんど環境比率に変化はないと判断できます。現在の航空写真を見ても、過去と変化はないので、この地点はほとんどダム建設の影響を受けていないと判断できます。

つづく