草掃き採集 その1

前に、樹幹を箒で掃いて、ビーティングネット上に落とす「幹掃き採集」を紹介しました。
同様の発想で、今年は、草を掃いてみようと思い立ちました。

名付けて、「草掃(くさは)き採集」です。

こちらは、普通のビーティングネットを使った採集と、それほど採れるものに差はないようです。
ビーティングネットと叩き棒を持って歩く甲虫屋さんなら、枯れ木も叩けば、木の梢も、草原の草も、手当たり次第、何でも叩いていくわけで、ことさら、それを箒に持ち帰る必要は感じないかも知れません。

しかし、ちょっと待って下さい。

丈が10cmもないミゾソバやオオバコなどの草地を、叩いたりしませんよね。

下の写真のように、ビーティングネットを地面に密着させて、ゴミを掃くように、草をビーティングネットの方に掃き寄せます。この時に、葉の裏表や葉の下に隠れている虫などもビーティングネットに掃き寄せられるという寸法です。

(草掃き採集写真)

オオバコにつくタマアシトビハムシ Philopona vibex (Erichson)やヒゲナガルリマルノミハムシ Hemipyxis plagioderoides (Motschulsky)、オオバコトビハムシ Longitarsus scutellaris (Rey)などは、通常はこれらの草を、地面をかするつもりでスウィーピングをして採集します。
しかし、この採集は、地面を思いっきり叩いて、ネットのワクを壊す危険性があります。

それに、オオバコトビハムシが付いているのは、主に、葉の裏の地面に接する側です。
というわけで、せっせと、低い草を掃いてみたりすると、やはり、ビーティングとは微妙に採れるものが違ってきます。

ビーティングなら、いくらかでも丈の高い草や木が対象になります。
それを低い草や地表に対象を変えるわけで、その点で構成が変わってくるのでしょう。
ハムシをやっている木附さんからも、アケビの上の方の葉と、地面に接する葉では、別の種が付いているとの情報があり、今後、地面に接する葉というのは、ハムシ屋のねらい目の一つになりそうです。

難点も一つ。
実は、ビーティングネット上に掃き寄せられたトビハムシ類は、捕まえようとすると、ぴんぴん跳ねて、逃げてしまいます。
敏速に毒瓶に招き入れるか、上手に吸虫管で吸うか、ちょっとテクニックが必要のようです。
スウィーピングなら、ネットの奥に虫が集まりますので逃げられる恐れも少ないのですが。

そんなことまでして、「草掃き採集」をなぜやるかですって・・・。

じゃあ、もうひとつ別の例。
次の写真のような場所の草は、どうしますか?
ちらちら陽が当たる風通しの良い湿気た場所なら、良く葉の上にいろんな虫が止まっていますよ。
でも、普通、こんなところをわざわざビーティングやスウィーピングをしようとは思いませんよね。

(低いガケの写真)

目の良い人なら、じっと見ていくのがベストです。

ただ、やってみると解りますが、こういった低いガケは、採集姿勢の上から「草掃き採集」が非常に楽で、かつ効率的です。
ビーティングネットを斜面に段々状に咲く植物の下に差し入れて、箒で柔らかく手前に掃いていくのは、草も痛めず、力任せのビーティングなどと違って、よほど手も疲れません。

さて、能書きばかりではなく、そろそろ実例を紹介しましょう。

下の写真は5月7日の九重町九酔渓で見つけたコンロンソウ(アブラナ科)の群落です。
ちょうど、花が盛りのようでした。例年では5月20日前後ですから、今年は10日ほどは早いようです。

(コンロンソウの群落)

これをやさしく掃いていきます。

(コンロンソウを掃く)

採集した甲虫は下のようなものです。
ここのコンロンソウには、かなり、ユニークな甲虫類が多く集まっていました。

(コンロンソウで採集した甲虫)

コンロンソウには何種か種類があるようですが、図鑑で確認したところ、山地の水湿地に生えるコンロンソウ Caldamine leucanthaで良さそうです。
コンロンソウはアブラナ科で、タネツケバナの仲間ですが、種によって集まる甲虫の種が変わるかどうかは良く解りません。

九酔渓のコンロンソウに最も多く見られたのはダイコンハムシで、次いで、コバルトサルゾウムシと仮称しているミドリサルゾウムシの近縁種 Ceutorhynchus sp.です。
耕作地のダイコンなどに見られるダイコンハムシは、大部分がルリ色で、一部に、銅色の個体が混じっており、ちょうど、ヨモギハムシの色彩変異に似ています。
しかし、ここのは全てルリ色で、銅色の個体は見ていません。

{上:ダイコンハムシ、中:島原半島の海岸でハマダイコンについていたダイコンハムシ下下:銅色型(コンロンソウハムシと呼ばれたことがある)}

不思議なことに、熊本県の奥地、五家荘のコンロンソウ(種は未確認だが、多分同じ種)についているダイコンハムシは全て銅色で、このような個体群が九州脊梁と、四国の山地に分布します。
この個体群は、中條によりコンロンソウハムシ Phaedon nigritus Chujoと命名されていますが、その後、ダイコンハムシのシノニムになっています。
地史的に襲速紀要素と呼ばれている地域に限って現れるタイプなので、何か意味があると思っているのですが、いつか、♂交尾器などを調べたものの、両者の差は見つけられませんでした。上翅の点刻の具合など、少し差があるような気がします。

(仮称)コバルトサルゾウムシは、体形や点刻の様子は、ミドリサルゾウムシに良く似ています。しかし、ミドリサルゾウムシが小型で緑がかった真鍮色であるのに対して、サイズが二回りほど大きく、色もコバルト色と言って良い深いブルーです。

一緒にいるダイコンハムシとほとんど同じ色ですが、ごつごつした表面の彫刻が有る分、色に深みがあるようです。
本種は未記載種らしく、この仮称で最近記録しました{今坂・三宅, 2009. 二豊のむし, (47): 34, fig. 37.}。

(コバルトサルゾウムシ)

さらに、チュウジョウナガスネトビハムシ Psylliodes chujoe Madarがいます。
本種の基産地はおとなりの英彦山で、ホストは近縁のミツバコンロンソウとされています。
同じくアブラナ科植物を広く加害するダイコンナガスネトビハムシ Psylliodes subrugosa Jacobyに良く似ていますが、第一フ節が赤くて大きく広がっているので区別できます。本種はコンロンソウ類に限って付くようです。本種も上記文献に記録しています。

(チュウジョウナガスネトビハムシ、上:背面、下:腹面)

こうして見てくると、コンロンソウの固有種はなぜかルリ色の虫ばかりで、お互いに色は良く似ています。
何か意味があるのでしょうか?

また、コンロンソウの花にはハナムグリハネカクシ Eusphalerum pollens (Sharp)が多数集まり、ヨツキボシコメツキ Ectinoides insignitus insignitus (Lewis)も見られましたが、ウツギ類の花のようには、一般に花に集まる虫は見られません。
花粉があまりな無いせいかも知れません。

(上:ハナムグリハネカクシなど、下:ヨツキボシコメツキ)

その他の種では、ツブノミハムシが多く、
葉上には(左上から)、ドウガネツヤハムシ Oomorphoides cupreatus (Baly)、ムナグロツヤハムシ Arthrotus niger Motschulsky、
アカソハムシ Potaninia cyrtonoides (Jacoby)、ヨツモンクロツツハムシ Cryptocephalus nobilis Kraatz、アトボシハムシ Paridea angulicollis (Motschulsky)、

ハダカヒゲボソゾウムシ Phyllobius subnudus Kono、キュウシュウヒゲボソゾウムシ Phyllobius rotundicollis Roelofsなどが見られました。

もちろん、コンロンソウの花上・葉上で採れたと言っても、単に周囲で発生しているだけのものも多く含まれており、決してコンロンソウに依存しているものばかりではありません。
特にコンロンソウを好んで集まっていたわけでもないのでしょう。

(上:ドウガネツヤハムシなど下下:ハダカヒゲボソゾウムシなど)

さらに、なぜか、クロアシヒゲナガヒラタミツギリゾウムシ Cerobates nigripes (Lewis)や、ツマグロアカキノコハネカクシ Lordithon elegantulus Li et Sakaiも葉上に静止していました。
前者はかなりの珍品、後者は、2006年に大分と熊本から九州初記録として記録したばかりで、すでに九酔渓から記録しています{今坂・伊藤, 2006. 月刊むし, (425): 33-34.}。

(上:クロアシヒゲナガヒラタミツギリゾウムシ、下:ツマグロアカキノコハネカクシ)

さらに、ヒメゾウムシの一種と、タデトゲサルゾウムシ Homorosoma asperum (Roelofs)も多かったのですが、混じって生えている、前者はイラクサに、後者はミゾソバに付いていたものでしょう。

左左:ヒメゾウムシの一種、右:タデトゲサルゾウムシ)

(上:コンロンソウ、下:イラクサ)

コンロンソウは、傾斜地の裾の部分のように、地下水脈が集まるかなり湿気の多い場所に生える植物のようですから、林縁の、多少木漏れ日が当たるそうした場所というのは、多くの昆虫にとっても居心地の良い空間なのでしょう。

さらに、12日後の、5月19日にも、同じ場所を訪れてみました。
しかし、写真のように、コンロンソウの花はすっかり散ってしまっていました。

(コンロンソウの花は終わり)

いちめんに、ダイコンハムシの幼虫が這い回っていて、葉は著しく食害されて穴だらけで、成虫の数はごく少なくなっていました。

一方、多かったコバルトサルゾウムシもチュウジョウナガスネトビハムシも、見つけたのは、それぞれ1個体ずつ。
この2種共にどうも花の方に依存しているのかもしれません。

花の終りと共にコンロンソウ上の饗宴も終わりを告げたのでしょう。

それでも、見慣れぬ黒紋のある丸いハムシを1頭だけ見つけて、戻って調べてみたら、ムツボシトビハムシ Amphimeloides bistripunctatus Chenでした。
九州の記録はあるようですが、私は初めて見る種です。

(ムツボシトビハムシ)

この種もコンロンソウと何か関係があるのでしょうか?
ホストなどの情報は何も知られていない種です。

他にはあまりめぼしいもののがいなかったので、林内に入って倒木を探すと、セダカコブヤハズカミキリ北九州亜種 Parechthistatus gibber longicornis Hayashiが触角を拡げて、縄張りを主張していました。