福岡県では、2021年度より3年計画で、福岡県レッドデータブックの改定が行われています。
久留米昆蟲研究會のメンバーである今坂・城戸・國分の3名は検討委員会の委員を委嘱され、調査を続けてきました。
また、同じく、會のメンバーである有馬・伊藤・緒方・和田の4名の方々にも、調査協力者として登録していただいて、通常は採集できない英彦山山系のブナ帯、および、国定公園の平尾台などでの採集許可をいただきました。
各位の協力で確認できた、この10年ほどの採集・観察記録をとりまとめし、記録する予定ですが、その前に概要について紹介しておきたいと思います。
貴重な各種の採集データを教えて頂いた上記各位、および、江頭さんに厚くお礼申し上げます。
福岡県環境部自然環境課, 2014. 福岡県の希少野生生物 福岡県レッドデータブック2014 -爬虫類/魚類/昆虫類/貝類/甲殻類その他/クモ形類等-. 276pp.
このレッドデータブックに掲載されている種の中で、この10年程度の間に観察・採集された未記録の情報を、ランクの高い方から順に紹介します。
全て、福岡県内の採集記録ですので、県名は省略します。
まず絶滅危惧IA類です。
〇キンイロネクイハムシ Donacia japana Chujo et Goecke
本種は10年ほど前の、那珂川の記録を最後に県内では見つかっていませんでした。
今年5月、たまたま、かつて湿地性植物が東峰村小石原で記録されていたことを、同行の國分さんが思い出され、その記録を再検討することで、湿地や池の地図を確認しました。
その地図を元に探索したところ、今年5月に本種が生息する湿地を発見しました。
この湿地では、この後、連続して7月初旬まで見られ、個体数は多かったです。
この湿地では、他に、レッド種ではありませんが、スゲハムシ、カタキンイロジョウカイなどの湿地の指標種も確認されました。
小石原にはいくつかの湿地がありますが、キンイロネクイハムシはこの場所だけで、他の湿地では見つかっていません。
(左から、キンイロネクイハムシの生息地、カサスゲ葉上のキンイロネクイハムシ)
次に、絶滅危惧IB類です。
○キベリマメゲンゴロウ Platambus fimbriatus Sharp
福岡県内では、筑後川と那珂川で見つかっているだけのようです。
私は、2002年に増水した筑後川(大刀洗町西原)の河川水中から多数採集して以来、見ることがありませんでした。
しかし、2022年7月に有馬さんが、同じく西原で実施した灯火採集で見つけられています。
(左から、キベリマメゲンゴロウ、生息地の筑後川中流域)
〇ルリナガツツハムシ Smaragdina mandzhura (Jacobson)
一昨年(2021年)、今坂ほか(2021)において、北九州市小倉南区平尾台で再発見できたことを報告しました。
前回(2014年)のレッド調査の際は確認できなかったので、あるいは、絶滅したのかと心配しましたが、再発見できて、感激しました。
平尾台では、中心部の広い範囲に分布しますが、個体数はそれほど多くはありません。
2022年も少数確認し、継続して生息していることは確かです。
しかし、九州と中国地方の、数カ所の産地しか知られていない種であり、県内の生息地も平尾台1カ所のみで、今後も注視する必要があります。。
今坂正一・國分謙一・和田 潤・築島基樹, 2021. 平尾台で2021年までに確認された甲虫類について-福岡県RDB調査の一環として確認された昆虫類を含む-. KORASANA, (97): 135-198.
(生息地であるカルスト草原とホストのマルバハギ、左:ルリナガツツハムシ♀、右:♂)
次は絶滅危惧II類です。
〇カンムリセスジゲンゴロウ Copelatus kammuriensis Tamu et Tsukamoto
2014年3月に、久留米市山本町の干上がった溜め池で、落ち葉の下で越冬していていたのを見つけました。
以前にも、筑後川の高水敷にあるヤナギ林の林床で、落ち葉の下から見つけたことがあり、越冬は地上の土中で行うと考えられます。
本種に近縁のセスジゲンゴロウとしては、本種、セスジゲンゴロウ、テラニシセスジゲンゴロウがありますが、いずれも、降雨後の浅い水溜まりなど、不安定な水域に生息します。
ただ、この3種は棲み分けがあるようで、九州では宮崎県など東部の太平洋岸にテラニシが、福岡県など日本海側にカンムリが、そして、長崎県から熊本県にかけてセスジが見つかることが多いようです。
(左から、カンムリセスジゲンゴロウが越冬していた溜め池、中央は♂交尾器、♂成虫)
〇コガタノゲンゴロウ Cybister tripunctatus lateralis (Fabricius)
筑後川沿いでは、河川敷内の溜め池や水溜まり、緩やかな浅い流れなど、本種がいると思われる場所を掬うと、かなり、高い確率で見つけることが出来ます。
また、川の周辺で灯火採集を行うと、2回に1頭くらいの高い確率で、本種が飛来します。
河口に近い、柳川市のほとんどヨシ原があるだけの場所での灯火採集でも飛来したので、背後にある田園地域の用水路の周囲でも、かなり広範囲に活動しているものと考えられます。
また、2023年9月には、小石原の溜め池のひとすくいで10数個体が網に入り、繁殖や越冬のために集合していたのかもしれません。
九州では、水辺があれば普遍的に分布し、個体数も増えている感じがします。
(上段、コガタノゲンゴロウ、右は、本種が集合していた小石原の溜め池、下段、一掬いでぞろぞろ、掬い上げた直後)
〇コガムシ Hydrochara affinis (Sharp)
本種はかつて、田圃の周りでも結構見られました。筑後川の橋の灯でも一晩に10個体近くを採ったことがあります。
しかし、最近は、灯火採集をやっても、たまに見られるくらいです。
もちろん、田圃の周りに適当な溜め池なども見られず、その後網で採ったことはありません。
今年の夏、筑後大堰の下流2kmくらいの所の灯火採集の幕に飛来しました。
どうも、7-8月の大雨で上流から流されて、屈曲部のこのあたりで、岸辺に打ち上げられて、生息していたように思われてなりません。
(コガムシ)
〇ゴホンダイコクコガネ Copris acutidens Motschulsky
英彦山では、野峠、九州大学彦山生物学実験施設、深倉峡、南坂本など、ライトFITを設置した場所の大部分で、本種を確認しています。
特に、7-8月には多数飛来するようです。
本種はかつて、牛と馬を放牧するような牧場で良く見られました。
しかし、福岡県では近年こうした牧場は存在せず、本種もほとんど記録されていませんでした。
この10年くらい、英彦山山系でシカが増加し、被害が確認されるようになってから、本種とオオセンチコガネが普通に見られるようになっています。
この1-2年は、ライトFITにかなり多数の飛来が見られます。
(左から、ゴホンダイコクコガネ♂、ツノコガネ♂)
〇ツノコガネ Liatongus minutus (Motschulsky)
ゴホンダイコクコガネよりは、地点数や個体数は若干少ないですが、英彦山の深倉峡、貝吹峠などで、ライトFITでかなりの数が採集されています。
やはりシカの増加が採集例増加の原因と考えられますが、久留米市高良山のような、シカの生息は認められていない場所でも採集されています。
このことから考えると、シカのいない地域では、イノシシの糞も利用しているのではないかと思われます。
となりの佐賀県においても、2021年になって、シカがほとんどいない脊振山系で初めて本種が採集されています。
このことも、本種の分布はイノシシ糞利用で各地に広がっていると考える根拠になっています。
〇オオサカスジコガネ Anomala osakana Sawada
本種は、従来は、筑後川沿いでは、久留米市宮ノ陣周辺のみで知られていました。
2023年8月には、そこから10kmほど下流の、久留米市安武町武島のライトFITに数頭飛来しました。
本種は湿ったヨシ原で発生していると考えられますが、この場所には、ヨシは全く生えていません。また、この8月に実行した灯火採集では、ヒゲコガネを始めとして、本種やコガムシなど、この場所に発生源が無いと思われる種が何種も飛来しました。
ヒゲコガネは砂地の河川敷が必要で、コガムシも溜め池等止水環境が必要です。
以上のことから、筑後川流域では、7-8月に2度に渡って災害が出るほどの大雨が降ったので、その時に流されて来て、屈曲部のこの場所に打ち上げられたのではないかと考えています。
(オオサカスジコガネと、武島の水辺、ヨシはない、ライトFIT)
〇ヒコサンクビボソジョウカイ Hatchiana hikosana (Nakane et Makino)
本種は福岡県の固有種で、英彦山(豊前坊、九州大学彦山生物学実験施設、深倉峡)を中心とした山地から低山地(宗像市城山、飯塚市笠置山、東峰村小石原)で見つかっています。
ここ数年ほぼ毎年1-2頭が灯火や葉上で見つかっていますが、余り多くありません。
(左から、ヒコサンクビボソジョウカイ、オオサワクビボソジョウカイ)
〇オオサワクビボソジョウカイ Hatchiana osawai (Nakane et Makino)
本種は近畿地方から中国地方まで広く分布しますが、何故か、九州では英彦山のみの記録しかありません。
英彦山では、豊前坊や深倉峡でカエデ花上などから、ポツポツと見つかりますが、個体数は少ないです。
〇オオキノコムシ Encaustes praenobilis Lewis
本種は2cmから4cmにもなる大型のキノコムシで、英彦山と釈迦岳のブナ帯で、キノコ類や灯火で見つかっています。
英彦山深倉峡では、ライトFITで得られましたが、なかなか出会うのは難しいです。
(左から、オオキノコムシ、オオクシヒゲビロウドムシ)
〇オオクシヒゲビロウドムシ Pseudodendroides niponensis (Lewis)
本種も、英彦山と釈迦岳のブナ帯で、灯火や樹葉上で見つかっています。
英彦山では、2019年に九州大学彦山生物学実験施設で数頭、ライトFITやイエローパントラップで確認され、2021年には深倉峡(ライトFIT)で確認されました。
多くはありませんが、継続してブナ帯とその下部で見られるようです。
〇ヒラヤマコブハナカミキリ Enoploderes bicolor Ohbayashi
県内では、脊振山系の山麓と英彦山山系から知られているだけですが、近年は英彦山の記録があるだけです。
幼虫は樹洞内の朽ちた部分を食べて生育するとされており、その樹洞専門に探索した小野さんの報告(小野, 2022)によると、英彦山で10数頭を採集されており、どんな種でも同じですが、その種の生態を熟知して、ホストを探せば、自ずから見つかるようです。
私は2022年に犬ヶ岳で偶然にイタヤカエデの花から採集しました。
小野正明, 2022. 英彦山でヒラヤマコブハナカミキリを多数採集. KORASANA, (98): 5.
(左から、本種が採れた犬ヶ岳経読林道、イタヤカエデの花のビーティングで得られた♂)
○アサカミキリ Thyestilla gebleri (Faldermann)
本種は県内では北九州市小倉南区平尾台のみで知られていました。平尾台は採集禁止なので、その後も生息しているとの情報はあったものの、確認できないでいました。
しかし、2022年になって、北九州市在で調査協力者になっていただいた緒方さんが、平尾台の草原にある、ドリーネの縁の吹きだまりのような場所の葉上に成虫が静止し、時折、その周辺を飛翔することを発見して以来、観察できるようになりました。
従来、大分県塚原高原ではアザミの葉や茎を後食することが知られており、アザミを見回ることで本種を発見していましたが、平尾台ではアザミ類は少なく、結局、アザミ上で本種を見つけることは出来ませんでした。今のところ、平尾台においてのホストは不明ですが、カルスト台地の中心部では、時折、飛翔中のものが見られ、灯火にも飛来します。
(平尾台とアサカミキリ)
○トゲナシトゲトゲ Leptispa taguchii Chujo
本種はススキやカヤの葉を縦に後食することが知られていまして、比較的、広いススキ原があれば、各地に分布していたと考えられます。
しかし、英彦山スキー場跡と平尾台でしか、確認することが出来ませんでした。平尾台では比較的観察例が多いです。
(トゲナシトゲトゲと生息地の1つ英彦山スキー場跡)
次は準絶滅危惧です。
○マイマイカブリ Carabus blaptoides blaptoides (Kollar)
かつては、身の回りのちょっとした林縁や、果樹園、河川敷などでも、偶然に路上を歩く姿も見られたものでした。
今回の調査期間中に確認できたのは、平尾台が最も多く、その他には、筑後川の河川敷で2-3頭見たくらいです。
その平尾台ですが、和田さんは2022年度に、ほぼ5ヶ月間に渡ってホソハンミョウ、ヒコサンオオズナガゴミムシ、セアカオサムシの確認を目的として、平尾台でのベイトトラップを継続されましたが、その間に、本種は7頭得られただけで、個体数は多いとは言えないようです。
(左から、マイマイカブリ、セアカオサムシ)
○セアカオサムシ Carabus tuberculosus Dejean et Boisduval
かつては、県内各地で、散発的に数例が確認されています。
いずれも、やや広い草地が現存していた時代で、その後は、平尾台で数年に1個体程度、観察されていたようです。
前記のように、和田さんは、本種の再確認のためベイトトラップを継続された結果、何とか、2♀の捕獲に成功されました。
平尾台に本種が生息していることは明らかになりましたが、個体数はごく少なく、県内の他の地域に生息している可能性もあまりないようです。
ホソハンミョウは結局再発見できず、現存しているのかどうか定かではありません。
○ヒメマルクビゴミムシ英彦山亜種 Nebria reflexa hikosana Habu
英彦山山系で記録されていて、2020年に深倉峡の谷間の小流にベイトトラップをかけて、複数個体採集できました。
他にこういった環境でベイトトラップを実施していないので確認できていないだけで、ブナ帯の水辺を探せば、再発見できるのではないかと思います。
(ヒメマルクビゴミムシ英彦山亜種とその生息地)
○オサムシモドキ Craspedonotus tibialis Schaum
全国的には、砂浜の生息地が多いのですが、福岡県内では大部分、河川敷とその周辺で見つかっています。うきは市から久留米市まで、筑後川中流域のほぼ全域で見つかっており、細かい砂地の比較的広い場所があれば、川沿いの河川敷でも高水敷でも生息しています。
一部を生かして持ち帰り飼育してみたところ、結構どう猛で、死んだ餌を入れると争って食べ、独り占めして持ち帰ったりしました。
不意に触ると擬死して、特徴的な姿勢をとり、これは2-3分で元に戻り動き出します。
雄は繰り返し雌にマウントしようとしました。
(左から、オサムシモドキ、上段: うきは市浮羽町古川・河川敷に砂が堆積、エサを奪い合う、下段: 擬死の姿勢、個体数が多かった高水敷)
○ヒコサンヌレチゴミムシApatrobus hikosanus Habu
本種は英彦山山系の固有種で、今のところ、英彦山のみで見つかっています。
釈迦岳でも近似の種を見つけましたが、英彦山産とは、多少違うようだということで、研究者に送って、調べていただいています。
本種は前種とは異なり、水辺ということではなく、通常は水が流れていない涸れ沢やガレ場にいます。
英彦山中腹を走る国道500号線沿いの標高700m付近のガレ地や、深倉峡奥の谷間の枯れ沢などに2019-2021年に設置したピットフォールトラップで確認できました。
英彦山では、こういった環境はあちこちにありますが、採れるところは決まっていて、個体数は多くないようです。
(ヒコサンヌレチゴミムシと生息地のガレ地)
○ナガサキクビナガゴミムシ Eucolliuris litura (Schmidt-Gobel)
暖地の湿った場所のススキやヨシに見られ、かつては、離島を含めて県内から記録されています。
しかし、生息場所の環境がやや特殊で、灯火などで得られた個体が報告される程度なので、記録はごく少ないようです。
今回は、2022年に平尾台で緒方さんがススキのビーティングで確認した個体が知られただけです。
(ナガサキクビナガゴミムシ・中甑島産)
○ツツガタメクラチビゴミムシ Stygiotrechus unidentatus S. Ueno
本種を始めとして、メクラチビゴミムシ類は、地下浅層(地中深くの砂礫の隙間等)を生息場所として、従来の記録の大部分は鍾乳洞や、鉱山の廃鉱などで発見されています。
本種は平尾台の鍾乳洞に限って知られていますが、その後、調査する研究者もなく、現在も生息しているかどうか不明でした。
そこで、数年前からケイビングと洞内での生物調査をやられている伊藤さんにお願いして、調査協力者になってもらい、平尾台の洞窟調査をお願いしました。
2022年度の数度にわたるケイビング調査の結果、目白洞の非観光エリアと、千仏鍾乳洞の非観光エリアから、再発見していただきました。
(ツツガタメクラチビゴミムシ)
伊藤さんによると「目白洞の深部には生息に好適な環境が保たれており、生息状況は比較的良好だと思われた。ただ、千仏鍾乳洞は峡谷状で洞床を流れる水路を歩いて探検できる平尾台の中でも人気の観光スポットである。観光エリアはほぼ水路で、少ない陸地部は堆積物が少なくなくなっており、好適な生息環境は失われている。観光化されていないエリアで辛うじて生存を確認したが、個体数は少なく危機的状況であると思われた」とコメントされています。
私としては、カルスト台地全体がスポンジ様の空隙が多い石灰石の塊と判断されますし、地下性の本種にとっては、生息環境は鍾乳洞以外にも多々あると思われますので、今のところ絶滅の心配は考えなくて良いと思います。
○クロモンヒラナガゴミムシ Hexagonia insignis (Bates)
本種は、平べったい体形を生かして、ススキやヨシなどのの葉柄などのスキマに生息し、ススキに依存するカメムシ類を始めとした小昆虫を補食して生活していると考えられます。
本種は筑後川のヨシ河原や、英彦山スキー場跡のススキ原, 平尾台のススキ原などで、比較的多くの個体を観察できています。
県内に広く分布することからも、今のところ、それほど心配ないように思われます。
(クロモンヒラナガゴミムシ)
○ウスイロシマゲンゴロウ Hydaticus rhantoides Sharp
久留米市周辺では、小さな溜池や、筑後川の河川敷など、各地で灯火採集やライトFITをすることで、かなり、高い確率で本種を見ることが出来ます。
田圃の周りや、用水路などにも生息していると考えられ、今のところ、チビゲンゴロウと並んで、ゲンゴロウ類の中で、最も見る機会が多いようです。
(ウスイロシマゲンゴロウ)
〇ニセセマルケシマグソコガネ Psammodius maruyamai Ochi, Kawahara et Inagaki
本種は、県内では、従来は玄界灘沿いの各地の砂浜で見つかっており、海浜性と考えていました。
しかしその後、筑後川の中流域で、砂地の河川敷が存在する各地から見つかっています。
(訂正
掲載後、改めて、筑後川産を、本種の記載者の一人・越智輝雄氏に同定していただいたところ、セマルケシマグソコガネ Psammodius convexus Waterhouseとの同定結果をいただきました。越智さんには厚くお礼申し上げます。
それとは別に、玄界灘沿いの芦屋町芦屋海岸産の本種と思われる個体を見いだしたので、比較のため、筑後川産と並べて見ました。それぞれ、左側が筑後川産、右側が芦屋海岸産、左から、側面、背面、次の段は左前脛節です。
(左から、側面、背面)
(左前脛節)
筑後川産の上翅は側縁がほぼ並行で、芦屋海岸産は尻太で、翅端に向かって幅広になっていることが解ると思います。
芦屋海岸産は側面から見て、上翅の盛り上がりがより強く、脛節先端のトゲはより細いことも解ると思います。
結局、筑後川産はセマルケシマグソコガネ、芦屋海岸産はニセセマルケシマグソコガネということになり、前者は内陸の砂地の河川敷に、後者は海岸の砂浜にと、棲み分けていると考えられます。)
○コカブトムシ Eophileurus chinensis (Faldermann)
かつては人家の周りでも、夜間に、枯れ木や立木の樹幹、灯火などでよく見られたものですが、最近は余り見なくなった種です。
薪が積んであったり、虫の来るような照明がほとんど無いこともあるかもしれません。
2020年に久留米市高良山で枯れ木に這っていた個体と、2022年に久留米市高良内の奥の、川沿いに掛けたライトFITで確認しています。
○ヨコミゾドロムシ Leptelmis gracilis Sharp
従来は、後翅が退化し、飛ぶことが出来ないため、河川の中・下流のかなり水質の良い河川に生息するとして、かなり珍しい種と考えられていました。
しかし、その後、灯火などに良く飛来するホソヨコミゾドロムシ Leptelmis parallela Nomuraは本種の長翅型で、後翅退化型は短翅型であり、両者は、同一種ということになりました。 そうなると、従来の記録はかなり増えることになり、久留米市諏訪野町の私の自宅でも1995年には電灯に飛来していました。
県内の分布はかなり広範囲で、2022年度、筑後川中流域ではうきは市古川・千年と久留米市田主丸町片の瀬で、灯火に飛来した長翅型を確認しています。
(ヨコミゾドロムシ、ライトに飛来した長翅型)
〇ニセキベリコバネジョウカイTrypherus mutilatus (Kiesenwetter)
本州、九州に分布し、九州では福岡県(遠賀川・筑後川・矢部川)と、他に大分県の記録がある程度です。
大河川の砂礫の河川敷で、ヤナギかあるいは草地が隣接している場所に限って見られます。 筑後川で確認しているのは、今のところ、朝倉市山田、大刀洗町西原、久留米市田主丸町菅原片の瀬の3カ所のみです。
本種の♂は中腿節があまり拡大せず、上翅がかなり長いことで、中腿節が強く膨大し、上翅がより短い、近似のキベリコバネジョウカイ Trypherus niponicus (Lewis)(図・右端)と区別できます。よく知られた図鑑の図版が間違っているので、要注意です。
(左から、ニセキベリコバネジョウカイの生息地である筑後川片の瀬の河川敷と、ビーティングネットに落ちた♀、ニセキベリコバネジョウカイ♂、キベリコバネジョウカイ♂)
○ヘイケボタル Aquatica lateralis (Motschulsky)
古い話で恐縮ですが、國分さんの子供時代(60年くらい前)には、久留米市国分町のご自宅の裏は、一面にカワノリ(スイゼンジノリ)の養殖池で、ご自宅でもヘイケボタルが普通に飛んで来ていたそうです。
そうでなくとも、県内各地で身近な田圃の周りには、泥底の用水路が縦横に通っていて、本種は、ゲンジボタルよりも普通に見られたように思います。
しかし、その後、圃場整備等々で、泥底の用水路はほぼ消滅し、県内で、本種が確実に産する場所を挙げることはかなり難しくなっています。
2022年に確認した平尾台では、使われなくなって、ほとんど水を落とした溜池の縁に吊したライトFITに1♀が飛来しました。
(ヘイケボタル♀がライトFITに入った平尾台の溜め池)
2023年9月に小石原の農家さんから伺った情報によると、小石原では、田圃の脇の用水路に、今年も本種が見られたそうです。
農薬があまり入らず、泥底の緩やかな流れが有れば、人知れず生息しているものと思われます。
○ナガサキアオジョウカイモドキ Cordylepherus xantholoma (Kiesenwetter)
本種に良く似たツマキアオジョウカイモドキは樹林や草地に広く分布し、花上に見られます。しかし、本種は二回りほど大きく、比較的広い草地で、初夏に、葉上で小昆虫を補食して暮らしています。平尾台では、5-6月に草原の中心部ではかなり多く、草地のスウィーピングをすると、かなりの数を見ることが出来ます。
平尾台が現状を維持されれば絶滅の心配はありませんが、平尾台以外では、筑後川の河川敷でかつて記録されたぐらいで、他には全く記録がありません。
(ナガサキアオジョウカイモドキ♂)
〇ベニオビジョウカイモドキ Intybia kishiii (Nakane)
大河川の乾いた砂礫の河川敷で、元気の無い、まばらに生えたツルヨシの葉上に見られます。元気で密生したツルヨシには見られないので、弱ったツルヨシの葉につくカビか微小昆虫を補食しているのではないかと想像しています。
県内では、遠賀川・筑後川・矢部川で確認されていますが、筑後川では、2016年に大刀洗町西原、2022年に久留米市田主丸町菅原片の瀬、朝倉市田中で、矢部川でも八女市矢原で確認しています。
(上段、左から、ビーテングで落ちてきたベニオビジョウカイモドキ♀、同♂、♀、下段、ベニオビジョウカイモドキがいた朝倉市田中の筑後川河川敷とホストの半枯れのツルヨシ)
○クリイロヒゲハナノミ Macrotomoxia castanea Pic
本来は南方系の種で、ハナノミの中でも原始的な、夜行性の大型種です。
鎮守の森とも言えるシイ林の指標種で、かつては、分布記録も少なく、かなり珍しい種と考えられていました。
しかし、本州でナラ枯れが進行し、クヌギ・コナラなどが大量に枯死した地域では、灯火に大量に飛来したと聞いています。
従来は、Higehananomia palpalis Konoが使用されていたが、現在は、学名変更されて上記のように表示されています。
県内では、かつて、久留米市高良山と福岡市油山から知られていましたが、その後、宗像市の八所宮から報告され、2020年に高良山と英彦山貝吹峠でライトFITにより確認しています。
(クリイロヒゲハナノミ♀側面)
○アリアケホソヒメアリモドキ Leptaleus sasajii Sakai et Telnov
本種は海浜性で、潮風が直接当たる草地やヨシ原で見られ、分布域もほぼ有明海沿岸に限られています。
県内では大牟田市と大川市の海岸で記録がありますが、その後、長い間、報告が見られませんでした。
つい先日、2023年9月に、筑後川河口に当たる柳川市七ツ家の狭いヨシ原で、ヨシの枯れ草のビーティングで確認できました。
汽水域の草地を探せば、さらに産地が見つかると思いますが、筑後川河口に限定すると、堤防の海側にはほとんど植生がありません。
(アリアケホソヒメアリモドキと、生息地の筑後川河口)
○ヒメビロウドカミキリ Acalolepta degener (Bates)
本種は広い草地の指標種として、オトコヨモギを後食することが知られており、かつては、英彦山、古処山、夜須高原、福智山、皿倉山など広く各地で記録されていました。
しかし、最近は平尾台以外の記録はほとんど知りません。平尾台では広い範囲で、6-7月にオトコヨモギ上に見られ、個体数も多いようです。
平尾台が現状を維持されれば、絶滅の心配はないと思います。
(左から、ヒメビロウドカミキリ、平尾台、オトコヨモギを囓る)
○ミツギリゾウムシ Baryrhynchus poweri Roelofs
かつては、路上や庭に積み上げられた薪などに普通に見られましたが、その後、薪そのものが殆ど見られなくなり、本種に出会う機会が激減しました。
ごく稀に、枯れ木上で見つかることがある程度です。
2022年には平尾台のライトFITに飛来し、2023年には英彦山南坂本と広川町小椎尾で枯れ木上を歩いているものを見つけました。
(ミツギリゾウムシ)
○ナガカツオゾウムシ Lixus depressipennis Roelofs
本種は従来は、玄海灘周辺の離島、姫島、相ノ島、大島、地島などで、県内何処にでも見られるアキノノゲシから見つかっていました。
それが、なぜか、2021年には標高400m近い平尾台で見つかりました。
さらに2022年度にも、アキノノゲシ葉上から複数回見つかり、平尾台では確実に生育していることが解りました。
県内全域に普通にある植物をホストとしながら、発見されないのが不思議です。
(左から、ナガカツオゾウムシ、平尾台の生息地、ビーティングで落ちてきた、ホストのアキノノゲシ)
最後に、情報不足です。
○オオアオホソゴミムシ Dendorocellus geniculatus (Klug)
本種は2021年に、平尾台で35年ぶりに再確認されましたが、その後、2022年は確認することが出来ませんでした。
しかし、2023年度は緒方さんが精力的に調査された結果、晴れの日よりは曇天の日に、昼間よりは夕暮れ間近に、ススキ葉上に見られる事を突き止められました。
乾燥などの原因になる直射日光と、捕食者の目を避けて、薄暮と夜間に主として活動しているようで、思ったよりも、個体数は多いようです。
本種は広い野焼き草原に限って見られる種で、県内では平尾台が唯一の生息地として知られています。
2023年7月の灯火採集では、草原の中央ではなく、周縁部に当たる場所で灯火採集をしました。
その結果、林縁のススキに依存するとされるモリアオホソゴミムシと本種が、同時に、同じスクリーンに飛来しました。
平尾台の草原では、中央部と周縁部で、2種が微妙に棲み分けて、共存しているようです。
全国的にも、この2種が同じ灯火に同時に飛来したという例は知られていないようです。
(オオアオホソゴミムシ、上段、左:平尾台の灯火採集場所から草原を見下ろす、右:灯火採集、下段 左2個体がモリアオ、右2個体がオオアオ、右:灯火に来たモリアオ)
○キンスジコガネ Mimela holosericea (Fabricius)
本種は生態がよく解っておらず、ブナ帯以上で、稀に灯火に飛来します。
県内では奥八女のブナ帯で知られていました。
2020年には英彦山深倉峡で確認され、意外な気がしました。英彦山では初めての記録のようです。
深倉峡の採集地点は標高600m足らずの場所でブナ帯ではありません。あるいは、渓流沿いには、かなり、低いところまで分布するのかもしれません。
(左から、キンスジコガネ、ムモンシリグロオオキノコムシ、アトコブゴミムシダマシ)
○ムモンシリグロオオキノコムシ Pselaphandra inornata inornata (Chujo)
全体紅色の綺麗な種で、英彦山が原産地です。
英彦山、古処山、城山、三郡山、石割岳など、県内の各山地から記録されていますが、ごく稀な種です。
2018年には、高良山から水縄山地の尾根沿いを縦断する耳納スカイラインを走りながらのカーネットで得られました。
この尾根沿い道の両側は、大部分スギの植林地で、本種がどんなところに生息していて、どこから飛んできたのか不明です。
(なお、本種を含む3種について、学名のケアレスミスをご指摘・ご教示いただいた松田 潔博士に深謝します。手直しを完了しました。)
○アトコブゴミムシダマシ Phellopsis subarea Lewis
英彦山と奥八女のブナ帯で記録されている種です。
大型のサルノコシカケ類に集まる種ですが、ごく少なく、時に単発で見つかるだけです。
2020年8月には、英彦山薬師峠で路上を歩行中の個体を有馬さんが見つけられています。
○クロアシヒゲナガヒラタミツギリゾウムシ Cerobates nigripes (Lewis)
ミツギリゾウムシの中でも、ごく珍しい種で、本州、九州(福岡・宮崎・鹿児島)、屋久島、台湾で記録されています。
県内では英彦山山系の2箇所で知られるだけで、生態については殆ど解っていません。
ブナ倒木の樹皮下から得られた例が報告されています。
2020年6月に英彦山貝吹峠のライトFITで♂♀を採集しました。
この場所は標高400m程度、そう広くない常緑広葉樹の林で、周囲はスギ植林で囲まれている環境です。
(クロアシヒゲナガヒラタヒラタミツギリゾウムシ♂♀と貝吹峠のライトFIT)
なお、甲虫以外でも、若干の、福岡県RDB種に指定されている種を確認しているので、併せて紹介します。両種共に、準絶滅危惧です。
○キイトトンボ Ceriagrion melanurum Selys
福岡県RDB2014では、全県下に分布というだけで、具体的な産地は書かれていません。
県内の良好な放棄水田、湿地は、あまりないと思われます。
2023年に見つけた東峰村小石原の放棄水田では、6-7月に継続して、多数の♂♀が見られました。
(小石原の放棄水田とキイトトンボ)
また、この放棄水田には、ドジョウ、イモリ、カスミサンショウウオ、トノサマガエルも同時に見られました。
(左から、イモリの幼生、カスミサンショウオの幼生、ドジョウ)
○ミズカマキリ Ranatra chinensis Mayer
かつては、全国的に溜池や湿地に普通に見られた種です。
県内にも広く分布し、過去の記録は多いようです。
2023年7月に小石原の田圃脇のほとんど干上がった用水路に残った1m四方程度の水溜まりで見つかりました。
さらに、同年9月にも、同じく小石原の用水路と溜め池から見つけました。
最近は見る機会が少なく、同行された國分さんは、子供時分では見たことがあったが、60年ぶりに見たと感激されていました。
(用水路とミズカマキリ)