今年は2月19日から虫採りを開始しました。その後一ヶ月半、ちょこちょこ出かけておりますが、たいした成果もありません。
それでも、いくつかは、目新しいこと、ご紹介しておきたいことなどがありますので、随時そのいくつかを紹介します。
まずは、「どくとるマンボウの本で読んだ妙ちくりんな虫」についてのお話です。
前回「今年最初の虫採り」で紹介したように、2月19日、地元高良山の奥、峰続きの枡形山(正確には八女市上陽町)のクヌギ林にイエローパンFIT(YP-FIT)を設置しました。
(クヌギ林のYP-FIT)
2週間後の3月2日、設置した2基の内容物を回収したところ、なんと、ヒメツチハンミョウの♀が入ってました。
ヒメツチハンミョウの♀は後翅が退化して飛べず、それでなくとも卵でいっぱいになった重たいお腹では、這い回るのがやっとです。
(註
一般的な図鑑に、成虫の出現期として、ヒメツチハンミョウは秋と春〜初夏に出現、キュウシュウツチハンミョウは秋に限って出現と書かれています。♀ではこの2種の明確な区別が分からなかったので、とりあえず、ヒメツチハンミョウとしています。文末の註も参照ください。)
当然、ハチ類のように、黄色に惹かれて飛来して、衝突版に当たって落ちることはありません。
たぶん、YP-FITを周りより少し低い位置に設置しておいたので、歩いていて誤って落ち込んだものと思われます。
(ヒメツチハンミョウ♀)
そして、同時にイエローパンに惹かれて集まったハナバチ類など数種のハチが入っていました。
標高450m近くあるこのクヌギ林では、設置時の夕方で気温5度くらいだったと思いますので、この時期、朝方は零下まで下がることが有り、逆に正午前後は、林床の日当たりの良いところは10度以上には暖まるのでしょう。
落葉樹林の林床は、陽さえ当たれば暖かくなるのかもしれず、こんな早い春先から、結構虫達が動いているのかも知れません。
中に、微小な飴色の無翅のハチが複数入っていました。
これもヒメツチハンミョウのように歩いていて落ち込んだとは到底思われず、では、どうやって入ったのでしょう?
ちょうど、2月に佐賀昆の総会で三田さんが講演されたカマバチに似ているように思ったので、「もしかしてカマバチではありませんか?」と、今春旗揚げしたばかりの「きゅうはち会」に投稿してみました。
「きゅうはち会」についてのお問い合わせは三田さんまで(t3mita@agr.kyushu-u.ac.jp)。
さっそく九大院生のハチ屋・米田君より返事が有り、「ヒゲナガクロバチ科 Ceraphronidaeの一種です。この仲間については現状英語の文献すらありません。フランス語の世界の属までの検索表と、ロシア語の極東ロシアの種までの検索表があります。」との解説をいただきました。
その他の小型のハチ類についても写真を見てもらいました。
同様に米田君より、「左上のハチはハエヤドリクロバチ科 Diapriidaeです。あとの大型のハチはヒメバチの仲間に見えます。」とのことです。
小型のハチ類には、科の名前も良く知らないような(個人の感想です)ものが、いっぱいいるんですね。
いっぱい入っていたハナバチについては、ハナバチ図鑑の著者の一人・村尾さんから、「ヒメハナバチ科(ヒメハナバチ属)の♂ですね。この辺りは種数も多く難しいグループなので、実物を見てみないと種名は分かりませんが、マメヒメハナバチ亜属の仲間か、ヤマトヒメ♂あたりかなと思います。」と教えていただきました。そのうちに、ちゃんと種まで同定していただこうと考えています。
こんなに早い季節(2月末)から、ハナバチの巣に寄生すると言われているヒメツチハンミョウと、ハナバチの両方が一緒にYP-FITに入っていて、妙に納得してしまいました。
そして4日後の3月6日、再度回収に出かけると、さらに多くのハチ類と共に1mmに満たない微小なカワゲラの幼虫に似たような虫が入っていました。
(YP-FITの中)
普通なら無視してパスするところですが、前回、ヒメツチハンミョウの♀を見たばかりなので、ある本の記事が蘇りました。
それは北杜夫の「どくとるマンボウ昆虫記(中央公論社, 1961)」で、その本の117ページから120ページに、興味深い話が載っています。
文中に「ファーブルの昆虫記」と日本産については「桝田長さんの研究の引用」であることが示されていたので、インターネットで調べてみたところ、この部分の記述は、岩田久二雄ほか(1959)日本昆虫記 第4 (甲虫の生活)に掲載されている、桝田長「ツチハンミョウの物語」を引用されたもののようです。
手元にあるのは初版本ですから、多分、私が京都遊学(1962〜1975、中学2年から就職2年目まで)に出かける際、父が買い与えたものと思われます。
桝田さんの報告が1959年、どくとるマンボウが1961年、そして、多分この本を買ってもらったのが1962年のことですから、最新の研究の成果を、速攻で読んだことになるようです。
「どくとるマンボウ」の記述ではツチハンミョウとなっていますが、こんな和名の日本産は無く、挿絵から判断すると、これはマルクビツチハンミョウと判断されます。
「早春、♀は地中におびただしい数の(数千の)卵を産み、3週間ほどで衣魚(シミ)のような姿で三本爪を持つ幼虫が孵化してくる。幼虫は地上に這い出すとタンポポなどの花によじ登り、寄主になるシロスジハナバチが飛来するのを待つ。
花に飛来するものには、この種に限らず、何であれしがみついて、その中で、運良くシロスジハナバチ♀に取り憑いたものはその巣に運ばれ、ハチが貯めた蜜と花粉を食べて育つ。
大部分の、運悪くシロスジハナバチ♀以外のハチやハエなどに取り憑いた個体は、それでアウトである。そのため♀は膨大な数の卵を産む。例外的に、シロスジハナバチ♂に取り憑いたものは敗者復活の可能性が有る。それは、空中で雌雄が交尾する際に♀に乗り移って、巣にたどり着ける場合もあると言うことである。」概略、そういう内容です。
発見したのが、まず幼虫であったなら、1mmに満たず、トビムシより小さい虫に注意も払わず、甲虫の幼虫とは思わずにやり過ごしたことでしょう。
しかし、先に♀成虫を見ていたことから、どくとるマンボウへの連想が湧き、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫であることを確信したわけです。
それにしても、どくとるマンボウの語り口は、単に研究結果を並べただけではありません。
挿絵も含めてユニークで、ユーモアもあって、田舎からポット出の少年にとって、そこはかとなく都会の香りと良家の子弟の気配もしていました。それらもあって、半世紀を超えて頭の中に残っていたものと思われます。
(119ページ挿絵、♂から♀への乗り換え)
この本を読む前も、そして読んだ後も、かなり長い期間、私は所謂虫屋でもコレクターでもありませんでした。虫を始めたのはずっと後、大学に入学してからのことです。
それでも、一人暮らしを始める中2の息子に、父親がこうした本を買い与えようと思う程度には虫好きではあったようです。
結局、虫をやる遠因にもなったこの「どくとるマンボウ」の本で読んだ、妙ちくりんな虫の生態を、初めて目の当たりにして、たいへん感動した次第です。
それにしても、ヒメツチハンミョウの生態は、マルクビツチハンミョウとはだいぶ違うようです。
第一、シロスジハナバチの発生はもう少し後のことで、まだ姿を見ていません。と言うより、ヒメツチハンミョウの場合シロスジハナバチがホストではなさそうで、今のところ、種名まで確定されたホストはまだ知られていないようです。
春まだきこのクヌギ林の林床には、今のところ、登っていける花はまったく見られません。木々や数少ない林床の草はまだ芽吹いたばかりで、この幼虫にとっては、広大なクヌギの枯れ葉の海が広がっているばかりです。
(もう一基のクヌギ林のYP-FIT)
花がない枯れ葉の海では、あるいは、日当たりの良い場所で静止し、日光浴をしながら体温を上げ、飛び立つ準備をしているハナバチに取り憑くしか仕方が無いのかもしれません。
ヒメツチハンミョウの1齢幼虫はこの寒さの中でも、しっかり寄主につかまる機会をうかがっており、なんとか静止中の個体に掴まって、巣穴に運ばれて行くのでしょう。
残念ながら今回は、せっかく掴まって飛び立ったハナバチが、イエローパンFITに当たって、一緒にトラップの水中に落ち込んでしまったわけですが。
同時に採集された何種かのヒメハナバチの中に真のホストが含まれているだろうとは思いますが、それが1種なのか、それとも複数の種なのか、それも解りません。
とりあえず、ハナバチ類とツチハンミョウの個体数を数えてみました。
発見した初日(3月2日)、多分、寄主と思われるヒメハナバチの一種と、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫を一緒に写したのが次の写真です。ヒメツチハンミョウは23個体入っていました。
一方、ヒメハナバチは多分1種で、個体数は25個体です。
ヒメハナバチとヒメツチハンミョウの個体数比がほぼ1対1なのが面白いところです。
と言っても、ヒメハナバチ1個体にヒメツチハンミョウが1個体付いているわけではないでしょうが・・・。
これくらいのサイズの違いがあれば、ヒメハナバチ1個体に、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫100個体でも付くことは可能なように思えます。
次いで、回収したのは10日後の3月16日。
ハナバチ類は数種と思われ約100個体、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫33個体です。
さらに、3月24日にはハナバチ類約80個体、
ヒメツチハンミョウの1齢幼虫約100個体で、写真ではゴミのような小さな黒点にしか見えません。
(3月24日のYP-FITの甲虫)
つい先日の4月1日も、ハナバチ類約120個体、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫約70個体でした。
3月20日頃をピークに、ヒメツチハンミョウ幼虫の個体数は多少減少してきたようですが、出始めの3月2日頃から数えて、1ヶ月以上もの長期間に渡って、寄主を求めて待ち続けているようです。
今後もまだ見つかるかもしれません。
また、ヒメツチハンミョウの1齢幼虫は、このクヌギ林ばかりではなく、西に1kmほど離れた、耳納山の道路脇の草地に置いたYP-FITでも採集されました(3月24日)。
(耳納山のYP-FIT)
ここで得られたハナバチ類は3種7個体で、ヒメツチハンミョウ幼虫も7個体です。
草地があって、ハナバチ類がいる環境があれば、どこにでも、ヒメツチハンミョウの幼虫は普遍的に出現するもののようです。ハナバチ類に乗っかかりさえできれば、かなり遠くまで移動も可能でしょうから・・・。
なお、始めに紹介した飴色の無翅バチ・ヒゲナガクロバチ科の一種の♀ですが(♂は黒色で飛べる翅があるそうです)、この種も毎回YP-FITに数個体ずつ入っています。
飛べない虫だけに、どうやって入るのか不思議です。
この種も飛べる虫に乗っかって入っているのでしょうか?
(註・補足
枡形山のYP-FITに、4月12日回収分に、ツチハンミョウの♂が入りました。甲虫図鑑3の記述で同定したところ、ヒメツチハンミョウではなく、キュウシュウツチハンミョウのようです。
成虫は秋のみに出現することになっていますが、あるいは地域によっては春も出現するのかもしれません。
どうもスッキリしないので、近年、この類の報告を書かれている愛媛大学の吉富さんに2種の区別方法のご教示をお願いしたところ、快諾いただきました。
ということで、吉富さんに従うとこの♂はキュウシュウツチハンミョウということになります。先の♀が同じくキュウシュウツチハンミョウという保証はありませんが、同じ場所に出現していることから、同種と考えた方が穏当だろうと思います。ということで、最初の方のヒメツチハンミョウはすべてキュウシュウツチハンミョウに読み替えてください。
ご教示いただいた吉富さんに心よりお礼申し上げます。)
(キュウシュウツチハンミョウ♂、右は触角)