昨年(2011年)4月に、「久留米市高良山の草掃き採集とFITことはじめ」をアップして以来、昆虫掲示板に何も書いていません。
何人かの人に、「健康でも悪いのでは?」と尋ねられましたが、そんなことはありません。
やはり、東北大震災の影響が、体の奥の方に浸透しているようです。
1年近く立ち、とりあえず、自分の出来るところで、何かやろうという気になってきたので、書くことにしました。
さて、
今年も1月14日(土)に吉野ヶ里温泉で、恒例の吉野ヶ里虫の会を行いました。
雪の昨年とは違い、穏やかな暖かい日で、一風呂浴びてから宴会にちょうど良い4時くらいから出かけようかと、ノンビリと構えていたところ、大分昆事務局の三宅さんからの電話で、にわかに忙しくなりました。
うちに立ち寄られるという連絡です。
さっそく出かける準備を済ましてから三宅さんを迎え、この時とばかりに、いろいろ標本を見せたりして1時間ほど過ごしました。
うちから先導して会場に駆けつけると、思いがけず、山本さんの姿。
わざわざ、山口から出てきて頂いたとのこと。
さっそく、まずはホテルのチェックインをして、ともかくも温泉でゆっくりすることにします。
湯船の中で大城戸さんと出会うと、祝さんは既に宴会場の手配をしているということでした。
まだ、1時間ほどはあると思って、ゆっくり温泉に浸かって出てくると、会場にはもう、大方集まっているといいます。
6時開始と思っていたのですが、5時半からだったようです。
さっそく、祝さんの音頭で宴会を始めます。
いつものように、一人ずつ、自己紹介などをしていただきます。
今回は15名の出席者でしたが、九大関係者は村尾さんを除いて都合が合わなかったようで、残念ながら欠席。
昨年FITで採った多量のヒゲブトハネカクシの同定の相談を、丸山さんとやりたかったのですが、海外出張と言うことで致し方ありません。
村尾さんはアセス会社から、また九大の研究生に戻られたとか。
ハナバチの専門家である村尾さんに、ハナバチの巣に寄生するオオハナノミについて、いろいろアドバイスを御願いしました。
次いで、遠来の山本さん。ヨスリカの権威者の一人、昨年退職され、アセスなどの同定も引き受ける傍ら、研究を進められている由。
他の人ではなかなか解らない分野の専門家だけに、いろいろお世話になる機会も出てくると、祝さんが誘ったものと思われます。
ちょっと遅れて登場した熊本昆会長の冨嶋さんは、今日は帰られるそうで、呑むのは我慢して食べられていました。
宇都宮さんは、このところ、四国から毎年の参加。一方、同じ水物が専門の中原さん(佐世保)は初めての参加です。
中原さんは出したばかりのエビ・カニ・ザリガニの本を宣伝していました。
(上:宇都宮さん、下:中原さん)
次に、佐賀昆事務局の古川さん。
いつもこの会で、すぐ後の2月の総会の講演者を物色されるのですが、今年は、この会の始まる直前まで、国立九州博物館で虫の話をして来たと言う佐々木さんに目を付け、「今日の話そのままで良いですから」と言うことで決まり。数名は、彼の話を聞きに、佐賀昆総会に出かけることになりました。
(二次会での左:塚田さん、右:佐々木さん)
塚田さんも、鹿児島から駆けつけていただいています。
さらに、北九州から来ていただいた久村さんと、田畑さん。
(上:久村さん、下:田畑さん)
田畑さんは、私同様、昨年から福岡県RDB見直しの委員を務めていますが、昨年は当たり年で、それまで県内では未記録であったヒヌマイトトンボを北九州で発見しています。
さらに、関東以西では唯一、福岡県のみで見つかっているフトネクイハムシを再発見し、それらを久留米昆の会誌に発表していただきました。
鍋をつつき、酒を酌み交わし、大概出来上がってきて、虫の話に花が咲きます。
(左:今坂、右:三宅さん)
今回も、持ってきた虫を調べるために松尾さんからリクエストがあり、照明付の顕微鏡を持参してきました。
写真の右後ろに、パソコンと共に見えます。
三宅さんは、ハードデイスクに入れて持ってきた珍奇種の写真をパソコン上でふんだんに見せて下さいました。
全て、丸山さんなどに教わって、多くの写真を多重合成したすばらしい写真で、みんな見とれていました。
松尾さんは、長崎県内のカマキリモドキ各種の標本を持参し、田畑さんに同定して貰ったようです。
また、ハムシやその他雑甲虫を抱えてきて、私に同定を依頼しましたが、三宅さんにも手伝って貰って、なんとか、同定し終えました。
松尾さんは、コメツキムシを得意にしていて、先年、長崎県のコメツキムシを纏められています。
県内でヒメサビキコリは採っていないということなので、今回島原半島産を持参しました。
ヒメサビキコリ(左)は正常な後翅があることで、後翅が退化した近似のハマベオオサビキコリ(右)やツシマヒメサビキコリ(中)と区別できます。
ヒメサビキコリは通常大きな川の河川敷で見られますが、ほとんど大河川が無い長崎県においては、私が島原市眉山の花崗岩のガレ地で採集したものが唯一の記録のようです。
(左:ヒメサビキコリ、中:ツシマヒメサビキコリ、右:ハマベオオヒメサビキコリ)
島原半島では、ツシマヒメサビキコリは海岸から農耕地の裸地に広く分布し、ハマベオオヒメサビキコリは海岸とその周辺の荒れ地・河口河原などで得られています。
ツシマヒメサビキコリの腹節には突起(赤矢印)があり、ハマベオオヒメサビキコリの触角1, 2節は幅より長く(矢印)、♂交尾器のパラメラ先端の矢尻状部が長さより幅が広い(矢印)ことにより区別できます。
(左:ツシマヒメサビキコリの腹部、右:ハマベオオヒメサビキコリ触角と♂交尾器先端部)
鹿児島大の先輩・後輩の間柄の祝さんと大城戸さんは、仕事も同じアセス関係で、一緒に動かれる機会が多いようです。
(上:祝さん、下:大城戸さん)
この吉野ヶ里虫の会は、祝さんのお世話で成り立っていますが、大城戸さんにもいろいろお手伝いいただいているようです。
改めてお二人にお礼申し上げます。
祝さんは、最近、レッドデータブックなどで扱われている種の増減というのは、第二次大戦後のたかだかこの数十年の変化ではないのか、と疑問に思い、そのベースとなる本来の植生を復元すべく、さまざまな資料を集めているとのことです。
今までの所の彼の調査では、明治時代とか、その前の江戸時代とか、残っている写真を検討すると、人里近くの山は驚くほど禿げ山ばかりで、従来、考えられていたより、よほど、原生林とか、発達した里山とか、そんなものは見あたらないようです。
さて、午後10時前には宴会場を出て、二次会に出かける直前に、集合写真を撮ることにしたのですが、夜が早い古川さんは既に休んでおり、田畑さんは帰宅し、祝さんが写したので12名だけが写っています。
その後、近くの居酒屋へ移って二次会をしました。
いつも混んでいる店ですが、珍しくこの日は少なく、貸し切りに近い状態で、さらに2時間ほど虫の話を楽しみました。
12時過ぎになって、戻ってきたときの写真が次のものです。
存分に虫の話をして、みんないい顔をしているでしょう。