梅雨直前の黒岳阿蘇

このトピックは2015年8月初めにアップしたものですが、2023年3月のリニューアル時に、無くなっていましたので、再度アップします。

そろそろ雨の季節、6月1日、今日を外すと当分晴れは望めないと思い、トラップ回収かたがた、いつもの黒岳~阿蘇へ出かけることにしました。

いつものことですが、山へのアプローチに2時間あまり、着くまでの車中では、ジャズを聴きながら、あれこれ考えています。

黒岳が近づき、まず、FITトラップの回収から始めます。
FIT1の成果は以下の通りです。

(FIT1の成果)

FIT1の成果

余り数は多くありません。
相変わらず、ハナムグリハネカクシの仲間も含まれています。

(ハナムグリハネカクシの仲間)

ハナムグリハネカクシの仲間

右端の黄色っぽいのはルイスハナムグリハネカクシ♀、それ以外はハラグロハナムグリハネカクシです。後者は低地から山地まで生息植生帯も広く、早春から初夏まで、発生時期も相当長いようです。

オオタマキノコムシ類も2種入っていました。

(オオタマキノコムシ類)

オオタマキノコムシ類

左の黄色い方は、佐々木さんが日田から九州初記録で報告されたミナミナガヒメタマキノコムシ Liocyrtusa onodai 本州(三重),九州,屋でしょう。

佐々木茂美(2013)2012年に採集した記録しておきたい甲虫. 二豊のむし, (51): 48-58.

右側は、長い湾曲した後脛節からモモナガオオタマキノコムシ Leiodes yukihikoi 本州(青森~岡山),九州(宮崎)と思います。大分県からはまだ記録されていないようです。

FIT2の成果は以下の通りです。

(FIT2の成果)

FIT2の成果

まず、イノウエホソカタムシ Antibothrus morimotoi 本州(福井・三重・兵庫),九州(大分黒岳)が注目されます。

(イノウエホソカタムシ、右は触角)

イノウエホソカタムシ、右は触角

すでに黒岳から記録されていますが、九州では唯一(城戸, 2004)の記録ですから、これが2例目、私自身は初めての採集です。
触角が10節で、前胸側縁がなだらかに丸まります。

城戸克弥(2004)九州におけるトサヒメテントウとイノウエホソカタムシの記録. 甲虫ニュース,(145): 20.

次いで、チビコオニケシキスイ Cryptarcha inhalita 北海道,本州,四国,九州,対です。
分布は広いですが、滅多に採れません。大分県でも1-2例有るだけでしょう。

(チビコオニケシキスイ)

チビコオニケシキスイ

それから、ムネミゾヒラタゴミムシダマシ Clamoris canalicollis 北海道,本州,九州(大分)。

(ムネミゾヒラタゴミムシダマシ)

ムネミゾヒラタゴミムシダマシ

最近まで九州の記録は無かったのですが、三宅さんが最近相次いで豊栄林道(三宅, 2012)と塚原から記録されています。

三宅 武(2012)祖母傾山系で採集された大分県初記録の甲虫. 二豊のむし, (50): 25-28.

FIT3は樹洞内に1つ、その他、立ち枯れと、普通の立木に各1基の3基をかけています。

(樹洞内に掛けたFIT3)

樹洞内に掛けたFIT3

特に樹洞と関係ありそうな種は入っていなかったようです。
FIT3の成果は以下の通りです。

(FIT3の成果)

FIT3の成果

ここのハナムグリハネカクシは全て、(クロ)ハナムグリハネカクシでした。本種の発生期もかなり長いようです。FIT1のハナムグリハネカクシ2種は入ってないので、これらの種はそれぞれ局所的に棲み分けているのでしょう。FIT3のすぐ側には雨の時期だけ流れる川が有り、林内の谷間ですから、湿気はかなり多いと思います。

(クロハナムグリハネカクシ)

クロハナムグリハネカクシ

次はオオサワヒメエンマムシ Margarinotus caravericola 北海道,本州(青森・山形・千葉・静岡・愛知・奈良),九州(佐賀),奥尻です。

(オオサワヒメエンマムシ)

オオサワヒメエンマムシ

大原(1996)による日本産エンマムシ上科概説 Vを参考に、上翅の点刻列パターンから同定しています。九州では佐賀以外では知られていないようです。

次にハネカクシ2種ですが、右側はかつて、九州初として記録したツマグロアカキノコハネカクシ Lordithon elegantulus 本州,四国,九州(大分九酔渓)、左側は、ヒラタカクコガシラハネカクシ Philonthus depressipennis 本州,四国,九州と思います。
こちらは大分からはアセスの記録があるだけのようです。

(左:ヒラタカクコガシラハネカクシ、右:ツマグロアカキノコハネカクシ)

左:ヒラタカクコガシラハネカクシ、右:ツマグロアカキノコハネカクシ

そして、この見慣れないカクホソカタムシは、アラメカクホソカタムシ Ectomicrus rugicollis 本州,九州で、もちろん、初めて見ました。
福岡では採れているようですが、大分はまだのようです。背面の荒目(点刻)がなかなか良いですね。

(アラメカクホソカタムシ)

アラメカクホソカタムシ

さて、以上でやっと、FITの成果が終わりました。
ここからが、現地での採集です。

当日は、梅雨直前というのに、乾燥して爽やかな五月晴れでした。
黒岳の登山者も多く、駐車場は一部を残してほぼ満杯でした。

(駐車場より黒岳を望む)

駐車場より黒岳を望む

久しぶりに男池から滝方向へ原生林の中を歩いてみました。
数年前の台風で倒れたと思われる大木があちこちで道をふさいでいます。

この倒木はまだ新しいようです。

(最近倒れたと思われる倒木)

最近倒れたと思われる倒木

表面を見て回っても何も付いていませんでしたが、念のために幹掃き採集をしてみると、エンマムシモドキが落ちてきました。アレッと思って、再度幹の側面に目を凝らすともう一頭エンマムシモドキが這っています。

(倒木側面を這っているエンマムシモドキ)

倒木側面を這っているエンマムシモドキ

本州ではブナ帯で比較的見られる本種ですが、九州ではかなり少ない種です。
これで俄然今日もやる気が出て、この倒木を手始めに、久しぶりに積極的に幹掃き採集をやってみることにしました。
この倒木でも本種を手始めにいろんな物が落ちてきました。

しばらく、幼木をハンマーリングすることばかり続けてきましたが、径が20cmを超えると殆ど手が痛いだけで効果が無く、太い木はやはり幹掃き採集がよさそうです。

(黒岳の季節湿地)

黒岳の季節湿地

花は殆ど無かったので、前回採集した季節湿地へ向かい、細い木はハンマーで、太い木は箒で、そして一カ所だけスプレーを試してみました。
何もいないように見えても、掃いてみると、結構小さい虫が落ちてきます。通常、殆ど見落としていると言うことをつくづく思い知りました。

(スプレーイング)

スプレーイング

この木はスプレー前に幹掃き採集をしたのですが、セダカコブヤハズカミキリ北九州亜種がペアで落ちてきました。

午前中一杯(と言うより採集に夢中になって午後1時を大部過ぎるまで)、前記の組み合わせを繰り返して、採集できた虫は結構大量でした。
採集品の1つ目が比較的大きい物、2つ目が小さい物です。
前回紹介したオオヒメハナカミキリは、1♀だけ、やはり白化型でした。

(黒岳の採集品大)

黒岳の採集品大

(黒岳の採集品小)

黒岳の採集品小

面白そうな物をピックアップして紹介しましょう。
まず、クロホシチビヒラタムシ Notolaemus nigroornatus 本州,四国,九州です。黒紋がかわいい種ですが、黒岳で2例あるだけで、九州では殆ど採れません。

(クロホシチビヒラタムシ)

クロホシチビヒラタムシ

この後は大分は勿論、九州でも記録の無い種です。
角が長くて格好が良いキムラチビコブツノゴミムシダマシ Byrsax spiniceps Lewis 北海道,本州,四国,伊(御蔵),対です。

(キムラチビコブツノゴミムシダマシ)

キムラチビコブツノゴミムシダマシ

私は図鑑等で単純に本種に同定していたのですが、ちょっと調べてみるとそんなに単純な問題では無いことが解りました。
最近、Akita・Masumoto(2012)が発表されて、本種の九州の分布は無く、代わりに、コチビツノゴミムシダマシ Byrsax lewisi Akita et Masumotoと言う種が新種記載され、本州(福島~兵庫),九州(大分・宮崎),対から記録されていました。

Akita, K. & K. Masumoto, 2012. New or little-known Tenebrionid species (Coleoptera) from Japan (12) A revisional study of the Genus Byrsax Pascoe (Tenebrionidae, Tenebrioninae, Bolitophagini), Jpn. J. syst. Ent., 18(1): 57-74.

しかし、新しく記録されたコチビツノゴミムシダマシの方は褐色の種のようなので、今回の採集品は明らかに黒く、九州初のキムラになると思います。2♂2♀がキノコの着いている立ち枯れから落ちてきました。

今回、オオコキノコムシ Mycetophagus grandis 北海道,本州,四国,九州(佐賀・長崎)もいくつも落ちてきました。すべて無地で、翅端近くに紋のあるタイプは含まれていません。
立ち枯れ木の樹幹にいましたが、大分では初めてのようです。

(オオコキノコムシ)

オオコキノコムシ

次のクチキムシは、一瞬、オオコキノコムシと思いましたが、触角が全体糸状で明らかにクチキムシです。
カタモンヒメクチキムシの斑紋を無くして、ツヤを強くし、さらに細くしたような種ですが、名前は解りませんでした。
あるいは、木元(2004)で、Mycetochara sp.として、シラカンバやダケカンバ、コメツガから採れると書いてある種と同じ物かもしれません。

木元達之助(2004)クチキムシ亜科甲虫の分布記録. 甲虫ニュース, (145): 7-14.

(ヒメクチキムシの一種)

ヒメクチキムシの一種

最後に、こちらはミジンムシの一種 Arthrolips sp.と思われます。
ナカグロミジンムシ Arthrolips lewisiiに似ていますが、上翅後半が赤っぽい後種と違って、黒いままです。
ミジンムシには、日本産としてかなり多くの種がリストアップされていますが、図鑑類に載っているのはごく一部で、おまけに、全部の種を解説した物が無く、既知種であるかどうかも含めて、なかなか同定できません。

(ミジンムシの一種)

ミジンムシの一種

幹掃き採集、ハンマーリング、スプレーイングと、次々に色々な甲虫が落ちてくるのを楽しみながら、夢中になって採集していたら、お昼を大幅に過ぎていました。お腹も相当減っていたので、急いで車まで戻り、弁当にすることにしました。

今日は大部気温も上がり、車の中に放置しておくと腐るかもしれないと思ったので、弁当は風通しが良く木影になる枝に吊り下げておきました。

(木の枝に吊り下げた弁当)

木の枝に吊り下げた弁当

さて、お腹もふくれたところで、何時ものように、これから阿蘇まで走ってピットフォールトラップの回収です。

池の周りは相当草丈が高くなり、1mを超えていました。
トラップも草に埋もれてしまい、もう余り採集物が期待できないのと、もし入ったとしても、今のようなペースでの回収では、採集物も腐敗してしまうことも考えられたので、一応、これで終了することにしました。

(ピットフォールトラップを設置した池)

ピットフォールトラップを設置した池

採集物は次の通り。

(ピットの成果)

ピットの成果

セアカオサムシとミイデラゴミムシは相変わらずでしたが、なぜか、シマゲンゴロウが入っていました。別の水域と勘違いして潜り込んだのでしょうか?

ヒメコブスジコガネ?と思いながら、よく見ると、上翅に毛束のトゲトゲがあり、ヘリトゲコブスジコガネ Trox mandli 北海道,本州,四国,九州でした。

(ヘリトゲコブスジコガネ)

ヘリトゲコブスジコガネ

図鑑には、河川敷や緑地に多いと書いてありますが、私は初めて採集しました。
大分県では各地で記録されていますが、その他の九州各県では知られていないようです。
多分、樹林のヒメコブスジコガネ・ヨツボシモンシデムシに対して、草地の本種・ヤマトモンシデムシの組み合わせで、棲み分けているような気がします。

草地の代表種の1つでしょう。

また、微小なヒメゾウムシが入っていて、当初、ヨモギに付くエゾヒメゾウムシかと思ったのですが、よく見ると、上翅の第3間室と第5間室に1列の鱗毛が生えています。

城戸さんからいただいたゾウムシの資料によると、ヒサゴヒメゾウムシ Baris sp.に相当するようです。資料を下さった城戸さんにお礼申し上げます。

しかし、この種についてそれ以上に何の情報も持っていないので、ホストや生態は解りません。どなたか情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示下さい。

(ヒサゴヒメゾウムシ)

ヒサゴヒメゾウムシ

帰りに、牧ノ戸峠の丁度一ヶ月前にカマツカが咲いていたその隣に、今度はアキグミの花が咲いていました。

(アキグミの花)

アキグミの花

掬ってみると、まだ、ルイスハナムグリハネカクシが沢山いました。小さい体をしていても、結構発生期は長いのですね。

(ルイスハナムグリハネカクシ)

ルイスハナムグリハネカクシ

せっかくなので、背後のミズナラ林で立ち枯れのハンマーリングをしてみました。すると、さっそく、綺麗なトホシの青白い斑紋を持つ美麗種が落ちてきました。ヒゲナガシラホシカミキリ Eumecocera argyrosticta 本州,四国,九州の♀です。

(ヒゲナガシラホシカミキリ♀)

ヒゲナガシラホシカミキリ♀

佐賀長崎にはいない種なので、九州内では採った記憶がありません。
記録されている大分県内でも結構少ないようです。

ハンマーリングなどで採集したのは次の通り。

(牧ノ戸峠のミズナラ林の採集品)

牧ノ戸峠のミズナラ林の採集品

林内には割に細い立ち枯れも多く、叩けるところも結構あったのですが、単調で同じような物ばかりでした。クヌギ林同様、クロアシムクゲキスイが沢山落ちてきました。

(クロアシムクゲキスイ)

クロアシムクゲキスイ

黒っぽい見慣れないトビハムシが2個体だけ含まれていたので、詳しく調べてみたら、ホオノキコミヤトビハムシ Yoshiakia iwatensis Takizawa 本州(岩手・神奈川・岡山),四国(香川)でした。


(ホオノキコミヤトビハムシ)

ホオノキコミヤトビハムシ

この種は、最近、Takizawa(2009)により記載された種で、故・小宮義璋さんの名前が属名の元になっています。
♂の腹部に縦二列に長い直立毛を備え、第5腹節の中央に大きな凹みを持つのが特徴で、ホストはマルバシモツケとホオノキが知られています。

Takizawa, H., 2009. Description of a new Alticine Genus (Coleoptera, Chrysomelidae) from Japan, Elytra, Tokyo, 37(1): 149-154.

この採集した場所には、ホオノキは確実に無かったのですが、マルバシモツケは九州に分布しないので、それでは、近縁のシモツケか何かがあったかどうか・・・不明です。
今後、ホストを探してみたいと思います。

本種は九州の分布は記録されていませんが、宮崎県白岩山でもホオノキから採集しています。
FITも含めて、今日は大漁と言って良い採集行で、満足して帰宅しました。

翌日は雨、ニュースでは九州北部の梅雨入りが発表されていました。
まさしく、タイミングもどんピシャリだったわけです。