各地でハンマーリングの成果が上がっているので、5月14日、今日は黒岳男池の原生林内で叩いてみようと思い立ちました。
ちょうど、黒岳のFITも回収の周期に当たっています。
ということで、いつもは阿蘇の方から廻るトラップ回収を、九重から廻ることにしました。
黒岳のFITは、手前から順に3カ所のFITを回収しましたが、あまり成績は良くなく、三番目の樹洞の分など、今回も大部分が吹き飛んでいました。
どうも、この位置そのものが風通しが良すぎるようで、改めて、樹洞の内側にFITを移動しました。
これで次回どうなるか、様子を見てみようと思います。
以下に紹介したのは、2カ所目のFITの成果です。
カタモンキノコハネカクシと思われるものが2個体入っていましたが、ちょうど♂交尾器が露出していて、側片の基部近く内側に出っ張り(赤矢印)があることから、ニセカタモンキノコハネカクシ Bolitobius parasetiger 北海道,本州(栃木),四国(愛媛),九州,利,礼,対と思われます。大分県ではまだ記録されていないようです。
次に、真っ黒で無紋のヒメヒラタホソカタムシが入っていました。
何だろうと思って色々見てみましたが、こんな無紋のものは知られておらず、結局、同時に得られていたクロモンヒメヒラタホソカタムシ Microsicus niveaの色彩変異だろうと思います。
さらに、次のツツキノコムシが難物でした。
頭には丸い二葉状の出っ張りがあり、背面には小さい点刻が有り、点刻間は印刻で覆われていますが、光沢は比較的あるようです。
また、上翅の点刻には顕微鏡で拡大しないと見えない程度のごく短い毛が生えています。触角は9節で、触角球桿部には感覚孔があります。
(ヤクシマコクヨウツツキノコムシ?)
これらを総合して川那部(2004)の検索を引いていくと、ヤクシマコクヨウツツキノコムシ Hylocis yakushimensis 屋,南西諸島にたどり着きましたが、あまり自信はありません。
でも、他に当たる物はなさそうです。
川那部 真(2004)日本産ツツキノコムシ科検索図説VII. 甲虫ニュース, (148): 1-5.
さて、今日は、黒岳の原生林の中で、ハンマーリングをやってみようというのが、主目的でした。
今年に入ってから、黒岳周辺でも2〜3度ハンマーリングをやっていますが、いずれも手前のクヌギ林や、二次林で、本来の原生林ではやっていませんでした。
それで今回は、男池からかくし水の方へ向かって林内を歩いてみようと思いました。
男池から、散策道を上がると、すぐ右手の方に明るい開けたところが見えました。
男池周辺は、2-30年前には結構開けて明るい場所があって、さまざまな虫が採れたのですが、この10年くらいは、すっかり木が茂りすぎて、林内はかなり暗いところばかりになっていました。
それで、意外な気がして、そちらの方向へ進むと、そこは広い窪地で、多くの木が立ち枯れていたり、倒れていたりしていました。
多分、かつては、窪地ではあってもどこか一方は空いていて、雨水は普通に流れていたものでしょう。
それがいつの頃か(多分この数年以内に)、土砂崩れか何かで水のはけ口が遮断され、この窪地は、所謂、短季湿地になって、雨の降る季節には湿地状に長く水が留まるようになったものと思われます。現在では乾いた湿地の表れで有るミゾソバが一面に生えています。
前に、FITやピットフォールトラップを設置していた滝の近くの短季湿地は、高木層の木の殆どが湿地を好むヤナギでした。こちらは20-30年以上の長期、湿地環境が続いていると見なして良さそうです。
一方、この男池近くの窪地にはヤナギは無く、そして、大木も含めて、この地の半数以上の木が立ち枯れていました。
ということは、比較的最近に湿地状になり、いっせいに多くの木が根腐れを起こして、枯れてしまったものと思われます。
細い立ち枯れはあまりなかったのですが、とにかく、ここでハンマーリングを始めてみました。
すると、いくつか叩いたところで、オオヒメハナカミキリが落ちてきました。
落ちてきた先を見上げると、立ち枯れにツルが巻き、緑の花が咲いています。多分、イワウメヅルではないかと思います。
次々に、このツルが巻いた立ち枯れを叩いていくと、オオヒメハナカミキリだけがいくつも落ちてきます。それも、上翅合わせ目に黒い筋が無いオオヒメハナカミキリ白化型(f. pallidisturalis)のみです。
一瞬、変な感じがして周囲を見渡してみましたが、広葉樹ばかりで、モミはおろか、ツガやマツ、イヌガヤなどの針葉樹は見当たりません。
少し前、南大隅町のPidoniaの話を紹介した後の感想のやりとりでは、「モミが無いとオオヒメハナカミキリはいない」、と言うのが、カミキリ屋の一致した意見でした。
ずいぶん過去のことですが、かつて雲仙で採集していた頃、たびたび、モミの林の下生えのタンナサワフタギやコゴメウツギの花にオオヒメハナカミキリが群れていても、モミ林を抜けると、一切その姿が見られなかったと覚えています。雲仙産には、合わせ目に黒筋の有る普通のタイプばかりで、白化型は含まれていません。
ところが、この黒岳の窪地では、モミが無いのにオオヒメハナカミキリがいて、おまけに、その全てが、上翅の合わせ目が黒くない白化型ばかりです。
一瞬「ほんとに、f. pallidisturalisはオオヒメハナカミキリなのか?」という疑問が湧いたので調べることにしました。
比較のために使用した通常タイプのオオヒメハナカミキリは広島県十方山林道産です。
この後に示した写真は、全て、左が黒岳産白化型、そして右が十方山林道産通常型で、全て♂で示しています。
なお、白化型が薄白いのは、まだ採れたてで生の状態だからで、古い標本(十方山林道産)では茶色味が強くなります。
まず、体色から。
(♂背面)
全体の背面のプロポーションから、上で述べたように、一見して、上翅合わせ目の黒い筋(S紋)の有無は明らかです。
次いで、上翅の側縁です。白化型では、Lb紋とLm紋は通常型より小さく、色も薄く、Lp紋は消失します。
頭部は白化型では複眼のずっと後方まで赤みのある黄褐色である(青矢印)のに対して、通常型では、赤みのある黄褐色部は複眼の中央付近までで、ずいぶん狭く、その後ろは褐色〜黒色になっています(赤矢印)。
腹面の色もハッキリと違い、白化型では、背面とは逆に黒化しており、腹節1-3節が黒く、4-5節も側縁はやや黒ずんでいます(青矢印)。
通常型は1-2節は黒いものの各節の後縁は黄褐色で、3-5節も黄褐色です(赤矢印)。
続いて♂交尾器です。
(♂交尾器中葉片背面)
先端部分は、白化型ではより細く尖るようです。
(♂交尾器中葉片側面)
側面のプロポーションも違い、白化型がより一様に強く湾曲し、先端部の形も違うようです。
(♂交尾器側葉片背面)
側葉片では、通常型の方が、中央の裂け目がより広がるようです。
従来、九州山地のオオヒメハナカミキリには、本州系の合わせ目に黒筋のある通常型と、この黒筋のない白化型が混生し、これらの変異は連続していて、九州山地では色彩変異の幅が広いと考えられてきました。
しかし、生息環境が違って、色彩等の変異傾向が違うということから推察すると、2型はむしろ別種と考えた方が良いように思われますが、如何でしょうか?
今後、カミキリ屋諸兄のご意見を伺ってみたいと思います。
さて、この日当たりの良い窪地の縁に、大きな木が白い花をビッシリ付けて咲いているのが、目にとまりました。
近づいて見るとカマツカ(ウシコロシ)でした。
これにPidoniaを始めとして、ジョウカイボン類、アオハムシダマシ類、ケシキスイなどが沢山集まっていました。
Pidoniaでは、イシヅチ九州亜種、ヒミコ原亜種、ヤマト、ナガバ、ニセヨコモン、セスジ、トサ、チャイロ、フタオビヒメハナカミキリと上記種の10種、この時期のPidoniaはほぼ網羅していると思われます。
ジョウカイボンでは、ニシ、ヒメ、イシハラ、ホソニセヒメ、フチヘリ、キュウシュウクビボソ、そして山地性で比較的少ないマツナガジョウカイなど、また、ニシアオハムシダマシとアオハムシダマシもいました。
枯れ木では久しぶりに、ジュウモンジニセリンゴカミキリを見つけました。
こちらはむしろ花物より立ち枯れのハンマーリングで採集した種が多いのですが、これと言って特筆する種がありません。
良い立ち枯れが沢山あった割に良い虫がいなかったのは残念です。
樹陰が無くなったせいで日当たりが良くなりすぎ、材が乾燥しすぎたせいかもしれません。
花物で注目すべきなのは、ハナムグリハネカクシ類が無数に見られたことです。もうそろそろ、この類のシーズンもお終いかと思っていたので、ひどく意外でした。
まあ、山地ではほとんどPidoniaと同じ花で見られることが多いので、九州脊梁の高地では少なくとも6月前半までは見られるかもしれません。
左上の薄色の2個体は後回しにして、その下の黄色いのはルイスハナムグリハネカクシ♂♀、その下はクロハナムグリハネカクシ2個体、右上2個体はハラグロハナムグリハネカクシ2♀、その下はサイゴクハナムグリハネカクシ2個体です。
そして、最初の薄色のものは、当初、ルイスハナムグリハネカクシの未熟♀かと思っていました。
しかし、以下のように並べて比較してみますと明らかに違っていました。
(左:仮称ウスキハナムグリハネカクシ♀、右:ルイスハナムグリハネカクシ♂)
特に前胸の点刻を見ると明らかですが、ウスキハナムグリハネカクシとした方は点刻は大きく密にあるのに対して、ルイスハナムグリハネカクシの点刻は小さくまばらです。前胸の形そのものも、前者は小さく、後者は大きく幅も広いようです。
ウスキの方は、残念ながら♀ばかりで、♂は含まれていませんでした。
それで、Watanabe(1990)で近似種を探すこともできませんでしたが、少なくとも、本種の体色を示すYellow whiteなどの言葉は検索表や種の解説にも見られませんでしたので、このような白っぽい種は知られていないのではないかと思います。
湿気を好む黒っぽい種が多いハナムグリハネカクシ類の中にあって、白っぽい種が出現することは、ニンフジョウカイ(Asiopodabrus)群の中に、シーズン最後期に、比較的明るい林縁環境に、真っ白〜黄白色のヒメシロニンフジョウカイ Asiopodabrus asperipunctatusなどが出現するのに似ています。
多分、白っぽいものほど、日当たりと乾燥への抵抗力が強いと考えられます。
その他、枯れ木から、ヤツボシヒゲナガゾウムシの仲間が採れましたが、このDeropygus属の中にはまだ未記載種も含まれるらしいので、名前は確定できませんでした。
それから、この小型のコキノコムシは私は採った記憶が無いのですが、キュウシュウヒメコキノコムシ Litargus kyushuensis 本州(神奈川),九州のようです。
本種の原産地は九重山と祖母山ですが、黒岳の記録は無く、九州内でも大分県だけで、他の県では知られていないようです。
多少歩き疲れたので駐車場に戻り、車で一服しました。
お昼もだいぶ過ぎていたので、さっそく弁当にします。
ふと見ると、すぐ脇に新しく林道が造成されていて、切り倒された材などが見えたので、食事が済んでから、ちょっと叩いてみました。そこの採集品が次の写真です。
ここにもミツバツツジの花が有りましたが、虫は来てなくて、葉にルリサルハムシが沢山いました。
落ちてきた瞬間に、その薄ピンクの白紋に目を見張ったのが、シロモントゲトゲゾウムシです。既に黒岳と福岡県の城山(註)で記録されていますが、私は初めて見ました。
ゾウムシの中でもなかなか綺麗な虫です。
(註
その後、城山から記録されている城戸さんに伺ったところ、記録当時、現在のハイイロトゲトゲゾウムシ Colobodes valbumが、シロモントゲトゲゾウムシとして報告されていたそうで、それに従って記録されたそうです。ということで、城山産は正しくはハイイロトゲトゲゾウムシということになり、九州産シロモントゲトゲゾウムシは大分黒岳のみで記録されていることになるそうです。城戸さん自身黒岳で、シオジから採集されているそうです。ご教示頂いた城戸さんにお礼申し上げます。)
多少風も出てきて、雲行きも怪しくなってきたので、黒岳はこのくらいにして先を急ぎます。
ここから約45分かけて、阿蘇一宮の湿地まで走り、ピットフォールトラップの回収です。
柵の中にはもう牛の姿が見えます。川筋のトラップの回収はもう無理になっていたはずで、前回の撤去は正解でした。
湿地のトラップは、今回はほとんど雨に埋まることは無く、多少虫も入っていました。
コップの中にはセアカオサムシの姿も見られます。
採集品は次の写真です。
大量のミイデラゴミムシと、マイマイカブリ、ヒメオサムシ、セアカオサムシ、ニワハンミョウ、コキベリアオゴミムシ、キアシヌレチゴミムシなど。
ちょっとましだったのは、ニセトックリゴミムシくらいですが、草原の水辺では比較的多いようです。
霧雨が降り出して気温も下がり、ちょっと厭になってきたのですが、帰る直前に、瀬の本高原のカシワを叩いてみようと思いました。
悪天候の中、まだ、芽吹いたばかりの伸びきっていない葉を付けたカシワには、それでも、ニシジョウカイボン、ニセジョウカイボン、ヒメキンイロジョウカイを始めとして、それなりに虫はいました。
特筆すべきはチビヒゲボソゾウムシ Phyllobius variabilis 本州(愛知〜岡山),四国(高知),九州(大分)で、カシワ林の周辺のみで採集されるようです。熊本県からは初めてと思われます。ずいぶん、違った色のが、同じカシワから落ちてきました。
今日はオオヒメハナカミキリ白化型と、ハナムグリハネカクシ白化型と言っても良さそうな白いハナムグリハネカクシが採れ、白化型デーとして大きな宿題ができた一日でした。
オオヒメハナカミキリ白化型に対する諸兄のご意見をお聞かせ頂ければ助かります。ページ最上部の左の「おたより」を押すことによって、筆者にメールを送ることが出来ます。