第32回九州虫屋連絡会と前後の山行き(冬の熊群山と瀬の本高原)

2010年12月11日(土)大分県九重町湯坪温泉の民宿日向で、例年のように第32回九州虫屋連絡会が開催された。

前夜から雨模様だったが、昼過ぎから天気も回復するとの予報を得て、仕事仲間の祝さんを誘い、会の前に山行きを計画した。

前年から、何度と無く、「珍品が採れる」、「よそと違った面白いものが採れる」と聞いていた由布市の熊群山への案内を、誘惑者自身の三宅さんに御願いしたわけである。

三宅さんの話しに出てくる熊群山産の数々の珍品は、きっと、次の会誌「二豊のむし」に掲載されることであろう。案内いただいた三宅さんと、同行していただいた祝さんに感謝。

午前11時に由布市の市役所前で待ち合わせ、熊群山の山麓で駐車して1台に乗り合わせ、お宮の駐車場まで向かう。急斜面の上に車体幅ギリギリの狭い道で、四駆の小型車でないと無理という道を15分ほど上る。

お宮の駐車場に車を止めてあたりを見渡し、三宅さんと記念撮影。

今坂と三宅さん
今坂と三宅さん

標高800mほどのこの山の周囲は、全て落葉樹林の中、この山だけが常緑樹に被われているという。地層も周囲に比べて段違いに古いらしい。

(虫採り姿の祝さんと三宅さん、下:登山口)

さっそく、熊群神社へのつづら坂の参道を登り始める。

熊群山中腹
                             熊群山中腹

3人ともに、一応虫取り支度はしてきており、スウィーピングしたり、ビーティングをしたりして上っていくが、さすがに気温10度もないこの時期ではほとんど虫は見ることが出来ない。

樹皮下からカドツブアトキリゴミムシやテントウゴミムシダマシが、ササの葉上からタケトゲトゲが、常緑樹の下生え葉上からハイイロヒラタタマムシやツブノミハムシが見られたくらいである。

三宅さんは歩きながら、国内で1科1種しか知られていない珍品の、初めての♀が得られた樹洞を指し示したり、タイプしか採れていなかった種をこの上で複数採った話など、この山のすばらしさをあますところなく説明しながら上っていく。

私は1年前の暮れに、初めて実物を見せられたクロクシヒゲボタルが採れた場所として、この熊群山を頭にたたき込んでいたので、注意深く植生や日当たり、湿気の具合など周辺の様子を眺めていく。
長崎や佐賀の常緑樹林ばかりで採集してきている私にとっては、特に目新しい景色ではない。

1時間ほどかけて社務所までたどり着いたが、日が差して、双翅類が飛び出した。しかし、さすがに甲虫類は見られない。

ここから上が数々の珍品の生息場所と言うことだったが、下見のつもりであるし、本来は虫屋連絡会に出る前の足慣らしであるので、山の様子もおおかた解ったことでもあり、これで降りることにした。

それでも、めぼしいものを何も採らずに帰るのも寂しいので、せめてもの、林床の落葉を篩って持って帰ることにした。

帰宅後、落葉からは、小型のハネカクシやゾウムシを主として若干の種が抽出された。その中には、アカチャキノコハネカクシとチビノミナガクチキも混じっており、どちらも、大分県から記録のないものであった。

アカチャキノコハネカクシ
                           アカチャキノコハネカクシ

(チビノミナガクチキ、上:背面、下:腹面)

また、モンケシガムシやテントウミジンムシも出てきて、前者は記録の少ない種である。

(上:モンケシガムシ、下:テントウミジンムシ)

それから、種は不明ながらツツハムシの幼虫が出てきたが、この個体はこちらも目すら不明の幼虫にかぶりついて体液を吸っていた。
つついてもなかなか放さず、数時間後に見ると、吸われた幼虫は萎れて死んでおり、ツツハムシの方は他へ移動していた。

枯れ葉喰いとされているツツハムシの幼虫が捕食したのを観察したのは初めてである。

ササッと急いで持ってきた、そう多くない落葉からの成果でも以上のとおりで、やはり、この山はただ者ではない。

午後5時半の開始に間に合うように、民宿・日向(ひむか)にたどり着くと、すでに駐車場は満杯で、下の通りの空き地に車を止める。

主催者から名簿を渡されると、今日の出席者は35名らしい。
受付と支払いを済ませて別館の大広間に行くと、さっそく、本日の話題提供。

久留米の野田さんによるタイでの採集記である。

野田さんは2度に渡りタイに採集に行かれており、彼が得意とするさまざまな採集方法(FIT、ライト、その他の組み合わせ)を駆使して、甲虫屋なら涎の出そうな、大形・美麗・珍奇なダイコクコガネ類、クワガタムシ類、カミキリ類ほか、多数の甲虫を採集されていた。

日本では見られない大形美麗の各種写真に、聴衆一同、ため息がこぼれる。

野田さんが紹介する顕著な虫たちは、虫屋の興味の原点であることは確かである。
昨今、自身が採集し、調べている、3〜5mmが中心の国内の地味な虫たちと、なんと差のあることか・・・。

終了後、野田さん自ら作成されたというきれいな甲虫シールをいただいたので、紹介しておく。
残念ながら説明を聞き逃したので、Yellow fingers clubが何なのか不明である。

話の後、座が乱れないうちに集合写真を撮る。

いよいよ宴会で、会場を本館の大広間に移す。
遠く埼玉から来られた三蔭さん、香川から参加の宇都宮さんなど常連の遠来組も見られたが、大部分は福岡・大分・熊本・佐賀からの参加者で、甲虫屋が半分、蝶屋が1/4、残る1/4はその二股、あるいは昆虫全般といった人たち。

恒例により、最年少の林君に、乾杯の音頭の指名。

年寄り虫屋の若い頃は、話す機会と言ってなかなかなかったが、今時の若者はそつなく話し、音頭も上手と、感心の声しきり。
さっそく宴会と歓談が始まる。

はしから一人ずつ自己紹介と今年の成果を披露していくが、今年は猛暑続きで、最悪のコンディションだったとの声が多かった。
民宿とは言え、お膳の上にはさまざまな料理が所狭しと並んでいるので、しばらく、食べる方に専念する。

いいかげん腹も膨れてくると、酒をかついであちこち行脚が始まる。
あちこちの席で今年の成果についての虫談義が始まり、話は熱気を帯びてくる。

食事の後、全員、再度会場を元の別館へ移る。

私の方は、少しの時間をみはからって、ねぐらにできそうな部屋を探して荷物を置き、いそいで温泉へ入る。

虫屋の会は話しに夢中になって、うかうかしていると、風呂など入りそびれ、寝場所も確保できなくなって、寝不足で翌日を迎えることになる。
せっかくの温泉も、ここらで入っておかないと、そのまま寒い寝床に潜り込むはめになる。

服を脱ぐと肌がピリピリするくらいの冷気の中、湯殿に行くと誰もいない。
せっかくの温泉がもったいないなあ、と思いながら、ユックリと山行きの疲れた手足を伸ばす。
スーパー銭湯はいざしらず、まともな温泉など、年にそう何回も入れるわけではない。

湯上がりでほてった顔を風に当てながら別館に行くと、恒例のオークションがだいぶ進んでいた。
今年は、何処へ行っても不作だったらしく、オークションの説明の合間にも、そんな話が聞かれる。

たまたま座った横の人から、和田です、という自己紹介を受ける。
はるかかなたの、虫を始めた40年程前、豊中の水沼氏のお宅で出会ったことがあるとの話。
そう言えば、お名前に記憶がある。なんとも、なつかしい。
確か、オサムシをやられていたはず。

持参の標本を見せて頂くと、カミキリ・オサムシ・その他甲虫一般が並んでいる。
韓国にかなり通っていらっしゃるようで、美麗なオサムシなども多い。
カメラの説明のついでに写した標本の一部。

オークション終了後も、虫談義は延々と続き、午前1時を回った頃、大部分の参加者を残して、早々に寝床に引き上げた。

翌日は晴れで、付近は霜で覆われ、白く輝いていた。
朝食後、用意して頂いている弁当を片手に、瀬の本高原を経て帰ることにした。

チェーン等、雪対策はしていないので、牧ノ戸峠越えをちょっと心配したが、積雪もアイスバーンもなく、通過出来た。
峠を越えると、眼下に瀬の本高原と、霧に霞んだ阿蘇の河口丘が見える。まさに涅槃の姿である。

やってきた瀬の本の草窪地は霜でススキの枯れ葉がコーティングされ、白く輝いていた。黒く露出したガケには白い霜柱が並んでいた。やはり、もう冬である。

草原のこの時期の地表に虫がいるかは疑問であったが、ともあれ、地表の枯れ草混じりの火山灰土を篩って持ち帰る。
この凍てついた時期にも、トビムシは活動していた。

さらに、植樹草地に移動してアザミを探す。

自宅で飼っているクロカメノコはもうあまりエサのアザミを囓らなくなったが、それでも元気で、この分ではうまくいけば冬を越すのではないかと思われた。ということは、生息地でも成虫越冬している可能性があると考えたわけである。

自宅で飼育中のクロカメノコハムシ
                        自宅で飼育中のクロカメノコハムシ

アザミも地上部の大部分が黒褐色に枯れていて、叩くとカサカサ音がした。

地表に倒れた枯れアザミの下にビーティングネットを差し込み、何度か叩いてみるとシラクモゴボウゾウムシが落ちてきた。しかしクロカメノコの姿はない。

冬の瀬の本で採れた甲虫
                           冬の瀬の本で採れた甲虫

地表に這っているアザミは緑の葉を保っているものもあったが、それらをめくり葉裏を見ても、やはりいない。あるいは下の土中に潜るかも知れないと思って土をさわると、意外に黒い火山灰はポクポク・サラサラしていて、虫がいそう。

ということで、こちらはさらに熱心に火山灰を篩って土を抱えてきた。

自宅で簡易ベルレーゼと呼んでいる自家製の装置に掛ける。
一昼夜おくと、キムネヒメコメツキモドキを筆頭に、マルヒメゴモクムシ、ムネアカマメゴモクムシ、セマルハバビロハネカクシ、ムネボソヨツメハネカクシなど19種も得られた。

(左:ムネアカマメゴモクムシ、中:マルヒメゴモクムシ、右:キムネヒメコメツキモドキ)

ハムシもドウガネサルハムシ、ヨモギハムシ、クサイチゴトビハムシ、ヌカキビタマトビハムシの4種も見られ、これらが成虫越冬していることも解った。

(上:セマルハバビロハネカクシ、中央:ヌカキビタマトビハムシ、左と下:クサイチゴトビハムシ)

黒褐色で上翅端が赤くて前胸側縁が丸い微小なキスイは、平野さんに写真を見ていただいたところ、クリイロナガマルキスイということであった。

(上:クリイロナガマルキスイ、下:ムネボソヨツメハネカクシ)

九州の個体は初めて見られたそうである。いつものことながら、ご教示頂いた平野さんにお礼申し上げる。

すでに、高倉(1989)によって福岡県田川市から記録されているが、図鑑にも載っていない種なのに、どこから同定資料を入手されたのであろう。

ともあれ、こんな冬でもやり方によってはさまざまな虫が見つかる。
寒い冬も、目の付け所によっては、珍品が得られるチャンスかもしれない。