梅雨の晴れ間の瀬の本高原(その2 植樹草地編)

−やっとクロカメノコ−

弁当を食べ終わると、少し大きめを持ってきたつもりの水筒のお茶が切れかけています。
さすがに、蒸し暑い梅雨の晴れ間の採集に汗をかいて、よく飲んだようです。

瀬の本のドライブインまで戻ってお茶を補給することにしました。

自動販売機でお茶と炭酸を買って、炭酸の方は一気に飲み干してしまい、お茶は水筒に詰めます。

一休み後、気分を変えて、阿蘇方面へ下ってみます。

草原が造成されて、地肌が見えたり草が刈られたりしている場所が見え、柵のない林道があったので入ってみます。

造成されている草原
造成されている草原

 

試しに林道沿いを掃いてみると、トビハムシがいっぱい落ちてきます。
アシナガトビハムシの仲間に似た黄褐色の微小なやつですが、小さすぎて種までは確認できません。

微小なトビハムシ
                             微小なトビハムシ

とにかく、これはラッキーとばかり、何に付いているのか探索してみます。
どうも、糸状の葉を持つこの植物に付いているようです。

(トビハムシのホスト→後の補足参照:カワラマツバ?)

ほとんどの株には付いていると言って良いほど多く、動きもそれほど活発でないので、葉に付いているのも確認できます。

葉上のトビハムシ
                            葉上のトビハムシ

帰宅して、顕微鏡下で確認したところ、昨年、甑島特産のイマサカアラハダトビハムシ Zipangia imasakai Takizawaに似た未記載種として、Zipangia sp.の名で飯田高原から記録した(今坂・三宅, 2009)、後翅が退化した種でした。

イマサカアラハダトビハムシの近似種
                        イマサカアラハダトビハムシの近似種

昨年、黒岳の男池近くの道路沿いでも採集していますから、結構色んな場所にいるのでしょう。
ホストも特定できて、思わぬ成果でしたが、如何せん、この植物の名前が良く解りません。

特徴的な糸状の葉から、多分、ヨモギの一種ではないかと想像していますが、図鑑では見当が付きません。
どなたか、ご教示をお願いします。

(補足:いつも植物の名前をご教示いただいている小原さんに写真で同定していただいたところ、アカネ科のキバナカワラマツバあるいはカワラマツバだそうです。どちらも日当たりの良い乾いた草地に生える草のようで、花を見ないと確定できないと言うことです。小原さんにお礼申し上げます。)

思ったより、この場所も虫がいるかも知れないと、本腰を入れて、林道沿いに造成された窪地の方まで降りてみることにしました。

切り通しの縁には、上記の植物や、マルバハギも生えていて、草窪地同様、ハギ喰いのハムシ・ゾウムシたちもいます。

林道沿いの草地
                            林道沿いの草地

しかし、草窪地と違って、数種が大量に付いているということはなく、色々な種が適当にバラけて落ちてきます。
あるいは、こちらが自然な状態かも知れません。

草窪地同様に、ハギチビクロツツハムシとハギアラゲサルハムシも少数いましたが、ルリナガツツハムシは見つかりません。
逆に、草窪地では見られなかったハギツツハムシやクロボシツツハムシがいます。

何から落ちてきたのか、突然小型のカミキリがビーティングネットの上に乗っており、よく見るとヒメビロウドカミキリ Acalolepta degener (Bates)でした。

ヒメビロウドカミキリ
                            ヒメビロウドカミキリ

この種も典型的な草原性の種で、ホストはオトコヨモギなので、あちこち見渡しましたが、追加はできませんでした。

さらに、見たことのない、まん丸で黒帯のある格好の良いゾウムシが落ちてきました。
自身で初めて採る虫で、所蔵標本の中にも覚えが無く、当然名前も解らず、帰宅して調べてみるまで楽しみでした。

図鑑で確かめると、クロオビシロタマゾウムシ Cionus latefasciatus Vossのようで、図鑑の分布は四国のみ。
最近、本州(山口)でも追加記録されているようですが、かなりの珍品で、当然、九州からは初めてのようです。

クロオビシロタマゾウムシ
                           クロオビシロタマゾウムシ

図鑑にはオオヒナノウスツボに付くと有り、知らないことなので確認していませんが、付近にオオヒナノウスツボがあったのでしょう。
今後、マルモンタマゾウやヒナノウスツボアシナガトビハムシが見つかる可能性も出てきて、楽しみが増えました。

道沿いに何種かアザミがあるのに気が付いて、クロカメノコがいないか探してみますが、なかなか見つかりません。

林道を窪地まで降りて、付近を見渡すと、どうも何度かブルでも入って、掘り返されたような感じです。
生えている草は、ギシギシ、イヌホウヅキ、ヨモギ、オオマツヨイグサなど、耕作地や荒れ地周辺と同じようなものばかり。

少し掃いてみましたが、めぼしい虫はいなさそうで、草窪地と違って、ここの谷底は駄目なようです。
幼虫が成育する地表が、一度は掘り返されたような感じで、それが影響しているのでしょう。

林道を戻りながら、さっきと逆の谷側のアザミを掃いていくと、ビーティングネットの上にルリ色の虫が落ちてきました。
「アッ、ササキクビボソ!」、と思う間もなく、飛んで逃げられてしまいました。

クソー、と思いながら、なおいっそう、アザミに集中します。
今度は、黒地に白紋があるゾウムシが落ちてきます。

オオシロモンサルゾウムシ
                           オオシロモンサルゾウムシ

他にも、アカイロマルノミハムシやアザミカミナリハムシ、そして、シラクモゴボウゾウムシにキスジアシナガゾウムシ。
通常見つかるアザミ喰いは、一通り見つかりました。

しかし、ササキクビボソは落ちてきません。
「まあ、目撃記録であきらめるしかないか」、と思いつつ、他の草を掃いた途端、またまた、ルリ色の虫が落ちてきました。

今度はなんとか、あわてて掴み、目に近づけてルリクビボソハムシでないかどうかを確認します。
まさしくササキの方で、やはり、このような草原では、ササキがいることになっているようです。

(ササキクビボソハムシ♀)

これで、梅雨以前に出現する、大野原の草喰いの虫は、大部分、瀬の本高原でも確認できたことになります。

「あとはクロカメノコが採れれば・・・」、と思いながら車のソバまで上って来て、水筒のお茶を飲みながら一服します。
見渡すと、降りるときには気が付きませんでしたが、草地の奥の方にいっぱいアザミが咲いています。

改めてアザミに集中します。
アザミの株の周囲には、あちこちに、紅いテープが巻いてあります。

しばらく、何の印か首を捻っていましたが、ようやく解りました。
ケヤキなどかなりあちこちに植樹されていて、その印だったのです。

多分、植樹した木の生育を促す為に、周囲の草は年に何回か刈り取られるのでしょう。
草刈りで、間違って植裁した木を刈らないための目印のテープと思われます。

植裁した幼木のために、この場所は野焼きもされず、放牧や造成もされず、そして牧草も植えられなかったわけです。
ただ、雑草が生い茂らないために、年に何回かの草刈りだけで、維持されているわけです。
そのために、ススキなど高く生い茂る草や多年草は侵入できず、多様な低茎の草が入れ替わり生えて、それらを好む草原の虫たちには、格好の草地になっているのだと思われます。

見てみると、林道から下の斜面一帯が植樹されているようで、少なくとも、これらの植樹が数メートル以上に生育するまでの数年間は、現在の良好な草原が維持されそうです。

ということで、その1に紹介した湿った野焼き草地である「草窪地」と区別する意味で、この斜面を、人の手で草刈りをすることで維持されている「植樹草地」と呼ぶことにします。

しばらくアザミ専門に掃いていくと、とうとう、黒くて丸いのがポロッ。
やっといました、クロカメノコハムシです。

クロカメノコハムシ
                            クロカメノコハムシ

先日出かけた黒岳で、カミキリ屋の九大名誉教授・緒方先生から、目の前で本種を採られた話を伺いましたが、その時は、アザミの下の方の葉についていたそうです。
確かに、この個体も下の方から落ちてきました。
黒い体をしているのは、あまり、直射日光を好まないしるしではないかと、想像しています。

それからまた、今度は目を皿のようにして根元に近い葉を見ていくと、食痕と共に、もう一匹いました。
こちらはホストと共に、持ち帰ることにします。

(アザミ葉上のクロカメノコハムシ:右下の穴は食痕)

本種は、今年始めたハムシの情報交換会・クリ・クラの会員で、愛媛大学の末長さんのご教示によると、安富(1949)の「本邦産カメノコハムシの解説」で、北海道と本州に分布しているという記述があるのが最初のようです。
ただ、この記録は、「体背面が赤褐色で白毛を密生」という記述があるので、末長さんは別の種のことではないかと考えているようです。
木元・滝沢(1994)は、本種を掲載していませんので、同様の見解かも知れません。

上記を除くと、やはり末長さんの情報では、朝井(1961)が阿蘇町的石から、福原楢男氏の同定ということで、モウコカメノコハムシ Cassida mongolica Bohemanという名で報告されたのが、最初のようです。

次いで、先年亡くなられた熊本昆虫同好会の主幹・故・大塚 勲さんが中根猛彦博士の同定で、蘇陽町長崎鼻(大塚, 1994)からクロカメノコハムシ (学名は同上)として報告され、さらに、蘇陽町(長崎鼻・中坂峠)・阿蘇町(的石・狩尾)・高森町(上色見・鍋の平)・長陽村湯の谷(以上、大塚, 1996)から記録されています。

また、西田さんも、大塚さんと同じページに、西田(1996)として大分県庄内町黒岳男池と岡山県蒜山高原から記録されています。
さらに、堤内(2005)も黒岳から追加報告されていて、緒方先生はこの採集を目撃されたわけです。

以上をまとめると、本種は本州(岡山県蒜山)、九州(大分県黒岳、熊本県蘇陽町・阿蘇町・高森町・長陽村)から記録されていることになります。

最近になって、クリ・クラ上で、末長さんが、「国内産はこの学名の種(モンゴル〜北中国〜極東ロシアに分布)とは違うのではないか?」との疑問を投げかけられました。
その真偽を解決するためにも、ぜひ、実物を確認したいと思い、瀬の本通いの最大の目標になっていたわけです。

これでやっと、その手がかりが出来たことになります。

この件については、カメノコハムシの世界的な権威・Dr. L. Borowiec氏のサイトに、数々のカメノコハムシの画像がアップされていて、大変参考になります。
サイトの写真と単なる絵会わせをしますと、本種のほぼ全体黒い体色からは、先のCassida mongolica Bohemanか、あるいは、Cassida atrata Fabricius(中央〜南ヨーロッパ:オーストリア・北イタリア・トルコに分布)が選択されます。

しかし、もう一種、Cassida pallidicollis Bohemanという可能性のある種が存在します。
この種は、モンゴル〜中国〜アムール〜極東ロシア〜朝鮮半島まで分布し、基本的にはほぼ全体褐色ですが、色彩変異が大きく、上翅は褐色からほぼ全体が黒くなるものまであるようです。
この種には、上記3種のうち唯一、上翅基部から後の合わせ目沿いに、中央で合一するH字の変形のような隆起線が見られ、その形は本種のものに良く似ています。

サイトでは熊本産のように、前胸まで黒くなるタイプは載せられていませんので、今後、♂交尾器なども含めて、実物の標本同士、直接比較する必要があるものと考えられます。

なんとか第一の目標もクリアーし、今日は非常に幸福な気分で戻ってきました。

それにしても、瀬の本の草原の、なんと多様性に富んでいたことでしょう。
今のところ、葉上で生活する種のみの探索ですが、それでも、大野原で発見した特徴的な種は大部分網羅することができ、さらに大野原では見つかっていない種もクロカメノコを始め数種に上ります。

また、梅雨の晴れ間というのは、草原の葉上で生活する種にとっては、十分な湿度と気温、陽光と3拍子そろった最もメインのシーズンだと実感しました。

帰宅してからの、補足として、今回も3種のツツハムシの卵の形を紹介します。

何種かのハムシ類などは、ホストと共に生かして持ち帰りましたが、そのうち、さっそく、タテスジキツツハムシ、キボシツツハムシ、ハギツツハムシの3種が産卵しました。
全て、糞で卵の表面をコーティングするタイプです。

タテスジキツツハムシとその卵
                         タテスジキツツハムシとその卵

木元・滝沢(1994)には、本種の卵は紹介されていません。螺旋状に、歯車の歯のような隆起を備えるのが特徴で、糞球全体の地がマダラ状に見えます。
長径が0.8mm、短径が0.48mmで、少し細長く、体長の1/4よりやや大きい程度です。

キボシツツハムシとその卵
                            キボシツツハムシとその卵

こちらは、螺旋状にタイルでも斜めに敷き詰めたような感じで、表面がワニの甲羅の様な感じにも見えます。
長径がほぼ1mm、短径が0.55mmで、さらに細長く、同様に体長の1/4よりやや大きい程度です。
木元・滝沢(1994)の図は、もっと太短く描かれています。

ハギツツハムシとその卵
                           ハギツツハムシとその卵

本種はさすがに、上記2種とは属も違い、だいぶ形が違います。
一番の違いは、ちょうど手榴弾のピンのような、パイナップの柄のような、細い付属物が付いていることです。
木元・滝沢(1994)の図にはなぜかこの部分が描かれていません。
20個ほどの卵を確認して全て付いていましたので、これが本種の特徴であることは間違いないでしょう。

これがもし、属の特徴であるなら、さらに興味深いところです。
糞表面の隆起線も、螺旋状とは言えず、やや斜めの縦条で、しかも一点鎖線のように、切れています。
長径が0.9mm、短径が0.55mmで、本種が一番細長く、別に0.17mmの柄のような付属物が付いています。
柄の部分を除いて、体長の1/4よりやや小さいようです。

今回の3種は、前回(大野原のナイター)紹介した2種とも明らかに区別でき、細かく見ていけば、卵(糞球)の形だけでも、種が区別できるかも知れません。
今まで紹介した5種の中では、少なくとも、属は簡単に区別できそうです。

引用文献
朝井友章, 1961. 阿蘇の昆虫. 熊本昆虫同好会報, 7(1): 16.
今坂正一・三宅 武, 2009. 大分県で採集した興味深い甲虫(1989-1996). 二豊のむし(大分昆虫同好会会誌), (47): 29-46.
西田光康, 1996. クロカメノコハムシの記録. 月刊むし, (305): 39.
大塚 勲, 1994. クロカメノコハムシを蘇陽町で採集. 昆虫と自然, 29(14): 27.
大塚 勲, 1996. 阿蘇地方のクロカメノコハムシについて. 月刊むし, (305): 39.
堤内雄二, 2005. クロカメノコハムシを黒岳で採集. 二豊のむし(大分昆虫同好会会報), (42): 17.
安富和男, 1949. 本邦産カメノコハムシの解説. 新昆虫, 12(10): 13-15.(未見)

(補足:ハムシ類が多く集まるハギについて、マルバハギかヤマハギか混乱していて、今回の文章も、すべて、一旦、ヤマハギと表示しましたが、その後、小原さんに再確認したところ、マルバハギで良いそうです。ということで、本文中にヤマハギと書いていたものを、すべてマルバハギに訂正しました。ご教示いただいた小原さんに感謝いたします。)