やんばるに行ってきました(その2 甲虫採集編)

前回、やんばるに出かけた話をしました。
ヤンバルクイナやカエルやハブなど、大部分が虫以外の話でした。
まあ、言わば、前回は公式訪問版の話でした。

実は、打ち合わせなどの合間に、一部、虫を採る時間を作って貰いました。
虫屋は、虫を採ってこそ、その地に行ってきたことになります。
そこで今回は、その2として、本来の甲虫採集のお話をします。

前回、「30数年ぶりにやんばるに出かけてきたのは・・・」と書きましたが、
その昔、実際にやんばるを訪れたのは、一回目は1973年4月5日のことです。4月8日までの4日間、比地、与那覇岳、与那などで、カミキリを中心に採集しました。
与那覇岳へは、早朝に比地の部落の林道入り口で、現場まで出かける伐採トラックを待ちかまえて、荷台に便乗させて貰って、林道を延々と揺られて伐採地まで出かけたように記憶しています。
帰りは、また、伐採木を満載したその荷台の上に這い登って、降りてきたように記憶しています。伐採トラックは地道をゆらゆらと揺れながらゆっくり走り、3m近い伐採木の上で伐採木に掴まりながら、それでも、周囲の梢をビーティングしながら降りてきたように思います。不思議と怖いとはそれほど思いませんでした。
下のがその35年前の写真。たまたま一緒になった近大生研のメンバーと民宿の前で。
右端の、当時のいわゆるカニ族の格好が私。リュックの重さに一人だけ傾いていますね。細くて、やっぱり相当若いです。

(35年前のやんばる行きの写真)

35年前のやんばる行き

二回目は1975年の同じく4月5日から4月11日まで。
この時泊まっていたのが、当時、虫屋の宿になっていたあけぼの旅館。名物おばあちゃんが一人でやっていた古い民宿で、着いた前日まで、現在では某社社長として頑張っているF氏も泊まっていたそうです。
連日、入れ替わり立ち替わり、知り合いの虫屋が集まってきて、夜はどんちゃん騒ぎ、昼は連れだって伊豆味、与那、奥、辺土名、与那覇岳など、思い思いに出かけました。二回目ということで、カミキリ採集と共に、先頃始めたハムシを狙っての採集もやってみましたが、結局、天気と採集ポイントに恵まれず、一週間近く居た割に、たいしたものを採っていません。

その後引き続き、台湾に50日、沖縄に戻って石垣、宮古と二週間採集し、そして、その当時住んでいた京都に戻って一休みしてから、さらに、北海道に二週間ほどと、私の虫採り旅行中最長の約100日間採集行に出かけ、やんばるは、その始まりの採集地で、実際、何処で何をしていたのか、記憶が定かではありません。

辺土名の商店街を案内して貰った時に、「ほら、あのあたりにあけぼの旅館があったよ。」と、杉野さんから教えて頂いたのですが、まるで、記憶に無い町並みが見えただけでした。

さて、今回のやんばる行・初日の1月21日、杉野邸に到着し、ちょっとゆっくりしてから、集落の周囲をぶらぶら歩いてみました。気温は18度くらい、うす曇りで時折日が差す程度、やや風があり、チョウくらい飛んでも良さそうな天気の中、葉の上にも花にもまったく虫の姿は見られませんでした。
集落は緑の中に埋まり、ぽつぽつと赤い屋根が見え隠れし、屋根の上ではシーサーが睨んでいました。


(屋根の上のシーサー)

屋根の上のシーサー

川沿いの緋寒桜はもう満開を過ぎたようで、メジロが時折、花を訪れていました。本土のサクラと枝振りは良く似ているのですが、花の色や形はむしろ桃の花みたいで余りサクラという感じがしません。花を訪れる虫の姿も探してみましたが、ハチすら見ることは出来ませんでした。

(緋寒桜)

緋寒桜

ふと、茂みの中にひらひら飛び込んだ虫を見つけて、必死でカメラを向けてズームを伸ばし、シャッターを押すと、なんとか写った虫はキオビエダシャクでした。

(キオビエダシャク)

キオビエダシャク

ぶらぶら歩き回ってから、人家の庭にサツマイモを見つけ、虫食い葉のあたりを探すと、黒い点が見つかりました。

(サツマイモの黒い点)

サツマイモの黒い点

顔を近づけて目を凝らすと、確かに虫で、サツマイモヒサゴトビハムシであることが解りました。

(サツマイモヒサゴトビハムシ)

サツマイモヒサゴトビハムシ
サツマイモヒサゴトビハムシ顔面

この虫は、最近Takizawa(1998)によって、日本初記録として、沖永良部島と徳之島から報告されたばかりのニューフェイスで、昨年末、追加例として、祝さんと共に喜界島から報告したばかりです(文献タイトル等はプロフィール参照)。和名は私たちの命名です。
台湾原産で、パラウ、北アメリカにも侵入し、アメリカでは、サツマイモの害虫として、Sweet potato flea beetleと呼ばれているというので、この和名を提唱したわけです。
国内のChaetocnemaの中では最も小型(1.5mm内外)で、前頭部触角間が広く、隆起が少なくやや扁平になることで、区別できます。
多分、サツマイモを探せば、琉球全域で見いだされるのでしょう。サツマイモにはアリモドキゾウムシを始めとして、多くの害虫が知られているので、体が小さく、被害も目立たない本種の存在は、ほとんど見過ごされているのではないかと思います。

結局、杉野さん宅の回りでは、モンシロチョウが飛んだくらいで、他の虫は見られませんでした。九州なら春爛漫の時期と同じくらいの暖かさであっても、沖縄の虫にとっては冬のようです。
未知の地域の自然は、感覚的に非常に不可解で、なぜか、一時流行った、「沈黙の春」という言葉を思い出しました。

翌22日、「やんばる学びの森」での打ち合わせが済んでから、ルートセンサス適地を見るために、旧道をたどって安波の集落まで歩いてみました。ただ何もしないで歩くのは、虫屋にとって苦痛なので、ビーティングしながら歩くことにしました。しかし、虫のいそうな若い葉や、イチゴの花などを叩いても、ほとんど虫は落ちてきませんでした。二時間ほど掛かって採集した成果が、以下の写真です。

(やんばる学びの森での採集品)

やんばる学びの森での採集品

アカメガシワの葉からタイワンツブノミハムシが、イチゴの花からクロケシツブチョッキリが落ちてきました。シイの葉には、アラゲサルハムシの一種やタカオヒメハナノミ、オキナワニンフジョウカイもいましたが、ほとんどは1個体ずつです。

安波の小中学校裏の川原で石をひっくり返したり、草をスウィーピングしてみたりしても、やはり虫の姿はなく、唯一、枯れたススキの塊を叩くと、ここだけ虫がいました。

(安波の小中学校裏の川原)

安波の小中学校裏の川原

ズグロメダカハネカクシ奄美亜種、ヒメシリグロハネカクシ、キアシシリグロハネカクシ、ミツモンセマルヒラタムシ、リュウキュウナガヒメテントウ、ムネアカアリモドキなど、ほとんど九州本土で冬に枯れ草から採れるようなグループで、やはり沖縄も冬なんだと思いました。

23日は杉野さんの勤務日で、一日、自由に車を使って良いとの許可をもらいました。
この時とばかり、彼の出勤後、まず安波の海岸に向かいました。

(安波の海岸)

安波の海岸

安波海岸は砂浜で山付き、海岸植生も少しは見られましたが、いかんせん、浜の規模が狭く、花が咲いているシマアザミや、ヨモギの葉、アダンの葉にも、虫は見られませんでした。砂浜特有の甲虫類を狙って、砂を篩に掛けたり、砂浜のゴミをあさったりしてみましたが、残念ながら何も出てきませんでした。
それでも、枯れ草混じりの草をスウィーピングすると、クロバネアリガタハネカクシ、アカセマルマルクビハネカクシ、クリサキテントウ、クロヘリヒメテントウ、ワタミヒゲナガゾウムシなどが落ちてきました。

(安波の海岸での採集品)

安波の河原と海岸での採集品

ススキやイネ科の草からはミナミイオウモンアリモドキと思われるものが落ちてきましたが、この種は小笠原の南硫黄島に分布する種です。近縁種として、オセアニアモンアリモドキとサキシマモンアリモドキが知られています。得られた4個体の中でも、上翅の黄褐色紋が小さくて前胸が濃色のものから、紋が大きくて前胸が赤褐色のものまであり、正直言うと、どの種か決めかねています。多分全てが1種の色彩変異と思われますが、ご存じの方はご教示下さい。
また、この中央上の黄褐色で前胸前縁が濃色のジョウカイモドキも未同定です。

沖縄の海岸特有の甲虫は、冬の安波海岸では無理のように思われたので、場所を変えることにしました。道沿いにあるパイナップル畑の縁のススキがなぎ払われ、赤土の上に積み重ねられていたので、叩いてみると、ヒゲクロツブゴミムシ、スジマダラチビコメツキ、モンセマルホソヒラタムシ、ミツモンセマルヒラタムシ、セマルヒラタムシの一種(横向きの一等小型のもの)、ナガマルキスイ、ダエンミジンムシ、ヘリアカゴミムシダマシなどがいました。
やはり、この時期は枯れ草が良さそうです。

(パイナップル畑の採集品)

パイナップル畑の採集品

平地ではなかなか難しいので、朽ち木や落葉下性のものを狙って、与那覇岳の方に出かけてみました。
大国林道へ入って南下すると、今までとはずいぶん植生が変わってきます。ヘゴの大きな株が目立ち、いかにも、沖縄といった感じがしました。

(大国林道)

大国林道

林道はどこまでも舗装されていてドライブにはすこぶる快適。しかし、雲行きは悪く、今にも雨が降りそうで、日は差さずに寒く、ちょっと入ってみた林内は、連日の雨続きのため葉も幹も、落葉すらびしょびしょに濡れていました。冬の沖縄は、雨期と言っても過言ではなさそうです。
それでも、どろどろになりながら多少の落葉を採集して、工事のために林の縁を伐採したところでは倒木や立ち枯れの皮むき、朽ち木崩しなどをしてみました。

(大国林道沿いで採集した甲虫)

大国林道沿いで採集した甲虫
オキナワユミアシゴミムシダマシ

得られたのは、コヨツボシアトキリゴミムシ、ツヤナガヒラタホソカタムシ、クロツヤツツホソカタムシ(註・後にアトキツツホソカタムシ沖縄亜種に訂正)、ベニモンキノコゴミムシダマシ、ムラサキツヤニジゴミムシダマシ、オキナワユミアシゴミムシダマシなどごく少なく、さらに後日、持ち帰った落葉からは、写真のような微小甲虫が抽出されました。大部分、その筋のプロでないと解らないような種群ばかりで、今のところ未同定です。


(大国林道沿いの落葉から出た甲虫; ダルマコメツキモドキ)

落葉から出た甲虫
ダルマコメツキモドキ

しかし、上翅に4つの紋のあるツブコメツキモドキに似た種や、アメイロカクホソカタムシに似た種など、楽しみな種も含まれています・・・・と書きながら、ふと思いついて佐々治先生の別刷りをひっくり返してみたところ、前者は形と斑紋からダルマコメツキモドキ{分布:ト(中,宝),奄,沖縄}のようで、初めてお目に掛かる虫です。

虫が少ないのと、寒さとべしょべしょにも閉口して、下山することにして、帰りは比地の方に抜けましたが、途中、いい原生林を望む場所がありました。ここでナイターをすると、どれほど面白い虫が来るだろうか? と考えながら、冬でない時期に、また是非やんばるを訪れたいものと思いました。

(やんばるの原生林)

やんばるの原生林

再び海岸へ向かい、今度は奥間ビーチに出かけてみました。ビーチの主要部分は米軍とその家族のためのプライベートビーチになっていて、普通立ち入り出来ませんが、その北端の部分には、立ち入り可能な砂浜が広がっていました。
空は重苦しく曇っていましたが、東海岸とはかなり海の色が違います。

(奥間の海)

杉野さんの話では、やんばるは冬は北からの季節風を受け、その風が直接当たる西海岸は植生が貧弱で、夏も乾燥が強いとか。逆に、東海岸は風は余り当たらず湿気が多く、よく茂ってる場所が多いそうです。
海の多様性はどうか聞きそびれてしまいましたが、海の色はだんぜん西海岸の方が明るく、砂浜の発達も良さそうです。

砂浜にはヒルガオやハマゴウなどの植生が見られ、打ち上げられたゴミの下にはかろうじてリュウキュウウミベアカバハネカクシが見られました。強風でそうそうにやる気を削がれ、防風林の内側に逃げ込むと、そこは別世界のように無風状態で小春日和、キチョウなども飛び出してのどかな田舎風景でした。

(奥間)

林縁の枯れ葉を叩くとオオシリグロハネカクシやダンダラテントウ、アカボシホソアリモドキなどが落ちてきました。

(アカボシホソアリモドキ)

辺土名のはずれで、お墓の横を通り過ぎました。沖縄のお墓は、たいていコンクリーで作った家のミニチュアの形をしており、本土のちゃちな石碑と比べてたいそうりっぱです。

(沖縄のお墓)

最後に、杉野さんを迎え方々、安波小学校の裏の斜面でもう一度落葉を採ることにしました。斜面は川に面し、高木はリュウキュウマツで常緑樹が多く、遠目にはいかにも茂ってそうに見えたのですが、落葉層はあまり豊ではなく、かなり乾いていて、たいして採集できませんでした。

(安波小学校の裏の斜面の落葉から抽出した甲虫)

それでも、抽出後、へんてこりんな格好をしたヒラシマメダカオオキバハネカクシや、前胸に窓のあるアナムネカクホソカタムシ、それから、アリヅカムシ類、ゾウムシ、エンマムシ、タマキノコ、ムクゲキノコなど、与那覇岳よりよほど多くの虫が見つかりました。
アリヅカムシで最も大型になるLasinusなど、沖縄から知られていましたっけ?
(ヒラシマメダカオオキバハネカクシ;アナムネカクホソカタムシ)

翌24日、やんばる各地を杉野さんに案内して頂いたのですが、昼食には辺戸岬の食堂でソーキソバを食べることになりました。実は前から、沖縄ソバとの違いが良く解らなかったので、店の人に尋ねたところ、以下の検索表で区別できるそうです。

1(2). 具としてソーキ(ブタのあばらの骨付き肉)が乗っている・・・・ソーキソバ(図上)
2(1). 普通のブタの角煮が乗っている・・・・・・・・・・・・・・・沖縄ソバ(図下)

他には麺も出汁も、何も変わらないようです。本当でしょうか?
ちょっと拍子抜けがしましたが、まあ、旨けりゃいいか・・・。

(ソーキソバ)

(沖縄ソバ)

やんばる滞在中、お世話頂いた杉野さんに、お礼申し上げます。
やんばるでの昆虫モニタリングも、2月末からいよいよ始まったようです。どんな虫にお目にかかれるか、今からワクワクしています。杉野さん、大変でしょうが頑張って下さい。

面白い虫が見つかりましたら、また、やんばる虫通信として、お知らせする予定です。