−秋の英彦山−
11月の流れ落葉には、どこでも流れのハネカクシはいるのか?
あれは、黒岳だけの特別事情では・・・。
そのことを確認するために、11月13日に英彦山に出かけた。
まさしく秋晴れの上天気で、英彦山の駅から登山道にはいると、あたりは陽光に輝いていた。
英彦山の三叉路を過ぎ、周遊道路まで上がって、全山枯れ葉色の中、渓流を探すも谷には水がない。
いつもしみ出し水が溢れて、道路まで水浸しになっている豊前坊高住神社の前もカラッとしている。
鷹ノ巣山から野峠まで、谷ごとに覗いてみるが、水の流れている渓流は皆無だった。
今年は夏以降、台風も上陸せず、集中豪雨も無く、山は水が少ないのかも知れない。
これではブナ帯はまったく脈がないとばかり、山国町側へ降りる。
2〜300m降りた地点で、ようやく水のある川を横切った。
地図には泉の地名、橋の脇に人家があり、のどかなたたずまいを見せている。
家があるということは、この川水は年中とぎれないと言うことだ。
谷川は水汲み用に堰きが作られていて、多くの落葉が溜まっている。
これなら流れのハネカクシも住めるだろう。
さっそく、今回試してみようと思った新たなアイテムを取り出す。
茶こし(写真左)とトレイ(写真右)だ。
おもむろに、落葉を水を張ったバケツに投げ込み、水切りバケツで押し込む。
すかさず黒い虫が浮き上がり・・・・、何だ、簡単だな、いるじゃないか。
こいつを茶こしで掬って、トレイにひっくり返す。
水面に指を浸けてすくい取るより、なんぼも早い。
ゴミに紛れている小さい虫を、目をこらして探すよりは、白いトレイにぶちまける方がよほど見つけやすい。
思った通りこいつは使える。
この溜まりは日当たりも良く、上天気で気温は高め、15℃近く有ったと思われる。
浮いてきた虫の半数程度は、やはり元気よく水面をホバーして、縁を這い上がる。
しかし、見つかるものは全て黒くワンパターンで、あまり種はなさそうだ。
人為的な溜まりより自然の谷川の方が良いかも知れないと思い、上流へ移動する。
谷川は、一面の落葉で敷き詰められてた。
しかし、顔ぶれはまったく変わらず、数も少ない。
底は全て岩盤で、虫が潜り込める砂礫の岸辺は無く、落葉も新しいものがほとんどである。
結局、流れ落葉を好む黒い種(黒岳から報告したムモンヨツメハネカクシ Lesteva crassipesの近似種と同じもの)ただ1種で、上翅に赤紋の出るタイプなど、他のものは皆無であった。
流れ落葉からは、他に、ヒコサンマルクビゴミムシ Nebria reflexa hikosana Habuやツヤヒラタガムシの一種 Agraphydrus sp.なども見られた。
さらに、川沿いに国道を下る。
すぐ近くで、本流に降りられる箇所があり、堰の下あたりで、岸辺に溜まっている落葉を探す。
やや大きめで長めのLestevaが1個体だけ見つかったが、他に何も出ない。やはり、川底が岩盤で、虫は少なそう。
この個体は、帰宅後調べるとどうもムモンヨツメハネカクシ Lesteva crassipesそのもののようで、♂交尾器の形はWatanabe(1990)の付図と良く合う。
しかし、無いはずの上翅赤紋は多少見えている。ともあれ、本日唯一の今まで採ったことのない種であった。
(ムモンヨツメハネカクシ♂背面,♂交尾器腹面,同側面)
さらに下って、大きな集落を過ぎて、ホタルの里の小瀬戸の谷と表示があるあたりで、川への降りられる道があり、その下に大きな堰が見える。
(上:堰;下:岩からの滲み出し)
ここは、春のゴールデンウィークには、ちょうどシイの落葉が溜まっていた。
写真の右側に見える岩盤からしみ出していた水がコンクリート上の落葉をぬらしていて、大頭のカタホソハネカクシ属 Philydrodesが見つかった。
(Philydrodes♀)
九州のPhilydrodesとしては、英彦山山系を基産地とするオオズカタホソハネカクシ Philydrodes hikosanensis Nakane et Sawadaのみが知られていて、この時に得られたのはこの種だと想像しているが、残念ながら♀しか確認できなかったので、種名を保留している。
是非♂を再発見したくて、この場所を探してみた。
しかし、コンクリート上には同様に水がしみ出し落葉もあったにもかかわらず、Philydrodesだけでなく、Lestevaも見つからなかった。
Philydrodesは春発生なのだろうか?
見渡すと、堰や河原には多くの落葉が溜まっていたので、そちらを探すことにした。
泉と同様、黒い流れ落葉のムモンヨツメハネカクシ近似種は結構多く、ごく希に、赤紋のLestevaが混じる。
岩に直接へばりついているより古い落葉に赤紋のLestevaがいて、その後流れてきた真新しい大量の落葉に黒いLestevaがいるように思える。
虫の動きも赤紋の方は緩慢で、黒いLestevaはすばしこい。
帰宅して詳しく検鏡してみたら、ムモンヨツメハネカクシ近似種は、ぼんやり赤紋が出るものから、まったく無紋のものまで変化がある。♂交尾器のパラメラ先端も内側へくるっと曲がるのが特徴だが、ほとんど曲がりが目立たないものもある。
(無紋タイプ,赤紋タイプ,♂交尾器腹面)
赤紋のLestevaは、L. nipponica?(写真左)、L. lewisi(写真中)、L. distincta(写真右)それぞれ1個体ずつ。
さらに、黒いLesteva中に、Geodromicus hermaniが少数混じっていた。
結局、ここでは、岸辺からは何も採集できなかったが、ともかくも、流れ落葉から合計5種、それなりにいるものである。
そのうち、先日の黒岳との共通はムモンヨツメハネカクシ近似種、L. nipponica?、G. hermaniの3種。あと2種のL. lewisiとL. distinctaも九酔渓で得られたし、まあ、この5〜6種はこの時期、何処でも見られるものらしい。
さて、昼も大分過ぎて、いいかげんお腹もすいたので、日当たりの良い道路脇に弁当を広げた。
川の方を眺めると、燦々と降り注ぐ光の中を、逆光に輝きながら、カワゲラ?が吹雪のように舞っていた。
食事が済んで、時間も押してきたが、もう一ヵ所くらい探せるだろう。
再び、野峠を経て英彦山の周遊道路に戻り、英彦山駅のワキを通って、深倉峡に入ってみる。
渓谷沿いに遡っていくが、杉林ばかりで、なかなか雑木が出てこない。
この谷は、1960年代初頭までは広葉樹が繁茂するすばらしい採集地だったようで、大規模伐採も行われ、カミキリを中心とする甲虫屋のメッカとして知られていた。
1963年には北九州昆虫趣味の会から、創立10周年記念として、障子岳と深倉峡の鞘翅目目録Iが発行され、64科1047種の甲虫が記録されている。
現在は、往時の様子を知るよしもないが、その報告にも写真が掲載されている屹立する奇岩は、今でも見ることが出来る。
それらの撮影目的のハイカーも多いようである。
奥の駐車場まで上り詰めて、下の渓流に降りてみる。谷間は暗くて、水量も落ち葉も多くない。
それでも、バケツに落葉を投げ込むと多少は虫が浮いてくる。
採れたのはムモンヨツメハネカクシ近似種がいくつかと、L. lewisiが1個体。
夕闇が迫り、気温も下がって、虫も少ないので、これでお終いにした。
それでも、英彦山山系の3ヵ所で、それなりに虫が採れ、
「紅葉の頃の流れ落葉に、Lestevaを始めとするハネカクシが集まる」と言う仮説は正しいことを確信した。
黒岳と英彦山だけでなく、九州の各地の山で、同じように見られるに違いない。
目的を達して帰る目にも、秋の夕日は眩しく、輝いていた。
帰宅する前に大きな夕日が沈み、
振り向くと、大きな満月が登ってくるのが見えた。