九州北部は、7月30日に梅雨が明けてからは、一転して連日、35℃を超える猛暑日が続いています。
全国的には、関東内陸部ではさらに40℃近くまで上がり、東北以南のほとんどの地域で猛暑日と言う日もあったようです。
そろそろ、FIT回収のローテーションも迫ってきていた8月10日、最低でもFIT回収だけは、と言う気分で出かけました。
朝6時半、それでも、すでに27℃。今日も暑くなりそうです。
暑くなるのを覚悟して、できるだけ早く家を出たのが功を奏して、黒岳の手前、FIT1地点に着いたのが9時過ぎ、早速、支度を始めます。
まだ午前中の早い時間のためか、標高800mの雑木林は思ったより涼しくて22℃、しかし、木漏れ日は眩しく暑く感じます。
この時期のFITの難点は、暑さで水分が蒸発し、虫が落ち込んだFIT液の腐敗が進み、シデムシ・糞虫類が山のように入ることです。
黒岳のFITも、のべ3年目となり、この所大量に入る常連さんには、なるべく遠慮してもらうようにしています。
クロシデムシ、ヨツボシモンシデムシ、コエンマムシ、フトカドエンマコガネ、コブマルエンマコガネ、ツヤエンマコガネなど、まだ生きて動いているものから、なるべく現地で放免していきます。
そうして回収したFIT1の成果が次の通りです。
FITの下を、雨の時だけ流れになる涸沢が走っており、沢沿いの河川敷に生息するキアシヒラタクロコメツキ Ascoliocerus fluviatilisが入っていました。
オオキマダラケシキスイ、ナガミゾコメツキダマシ、ヒメミゾコメツキダマシの仲間(Dromaeolus)などがめぼしいところです。
つづいて、FIT2に向かいます。
ここは、FIT1にもましてシデムシ類や糞虫、そして、ハネカクシ類が入っていました。
中に、ヨツボシモンシデムシに混じって、マエモンシデムシが1個体、さらに、コクロシデムシが6個体含まれていました。どちらも本来平地にもいる普遍的な普通種でしたが、最近は見る機会が少ないようです。
(左:マエモンシデムシ、右:コクロシデムシ)
また、エンマコガネ類に混じって、ツノコガネが1個体と、マエカドコエンマコガネが20個体ほど含まれていました。後者の♀は、なぜか、トラップ液の中では緑色に光ります。
(左:ツノコガネ、右:マエカドコエンマコガネ、どちらも♂)
従来、黒岳でマエカドコエンマコガネがFITに入ったことはありませんでしたが、このFIT2の地点は牧場から数百メートルも離れていないので、そのせいかもしれません。
さらに、少し嬉しかったのが、左から、クロバチビオオキノコ、ヒゴノムネビロオオキノコ、コツヤマグソコガネ、デバヒラタムシ、ネブトヒゲナガゾウムシなど。
(左:チャグロヒサゴコメツキ、右:ヒメキマダラコメツキ)
それから、チャグロヒサゴコメツキやヒメキマダラコメツキ、これらの種もいつも見られるというわけにはいかない種です。
FIT3も同様にシデムシと糞虫が溢れていました。
こちらには、なぜか、チョウセンベッコウヒラタシデムシが2個体、これで、ほぼ、シデムシのオンパレードです。
しかし、灯火では常連のオオモモブトシデムシとモモブトシデムシ、ベイトトラップには山盛り入るオオヒラタシデムシは含まれていません。これらの種はFITに入りずらい理由が何かあるのでしょうか?
ここでは、オオセンチコガネ、センチコガネ、ナガチャコガネ、ヒゲナガビロウドコガネ類(Serica)など、コガネ類が多かったのも目立った特徴です。
右手下から2段目に見えるダイミョウナガタマムシ2個体もFITに入るのは珍しいことです。
そして、樹洞に下げたFIT4。
さらに、ヒゲブトハナカミキリが3個体入りました。
どうも、この木から発生していると考えた方が良さそうです。
不思議なことに、右手下段のホソムネクロナガオサムシが3個体、セダカコブヤハズカミキリ北九州亜種1♀が見えます。これら、後翅が無く、飛ぶことの出来ない虫たちが、どんな風にして宙づりのFITに落ち込むのか、その瞬間が見られたら非常に興味深いことでしょう。
なお、前回紹介したクリイロカッコウムシは、やはり、樹洞もののようです。
前回のトピックを見た静岡の杉本さんから、「クリイロカッコウムシは夜間樹洞内を徘徊していますので、是非夜間の樹洞見回りをしてみてください。」とのコメントを頂きました。
他にも何か這ってそうですね。機会があったら見回ってみたいです。
ご教示頂いた杉本さんにお礼申し上げます。
さて、FITはこのくらいにして、いつものように男池の周辺を探索してみました。
前回も紹介した黒いブツブツのキノコには、今日も、大量のキンヘリノミヒゲナガゾウムシとキボシメナガヒゲナガゾウムシがいました。
キノコと共に生かしたまま連れてきましたが、結構元気です。ただ、キノコの胞子などを食べている様はまだ観察できません。
さて、例の大木の倒木にはキクラゲの仲間が付いていて、センチコガネが囓っていました。
他の腐りかけのキクラゲには、割ってみるとさらに3個体もが潜っていました。
センチコガネは腐敗物なら何でも食えるようで、適応力の強い虫です。
男池の周りには、ルリサルハムシのホストであるミツバウツギが、林内の低層木として多く生えています。
1株から多くの細木が立ち上がっていますが、かなりの割合で立ち枯れになっているようです。
その立ち枯れをハンマーリングしていくとぼちぼち虫が見られます。
中に、前回、種名が決定できないとして報告したカギバラヒゲナガゾウムシの1種が落ちてきました。
こうなると、俄然熱が入り、次々に叩いていきます。
この木の比較的大きな立ち枯れが倒れて、他の木に引っかかっていると思われるものを叩いたところ、このカギバラヒゲナガゾウムシの1種がバラバラっと、数頭落ちてきました。
ミツバウツギと思いますが、定かではありません。
自宅に帰ってから確認すると、4♂2♀が入っていました。右端のは近似のヤツボシヒゲナガゾウムシです。
上の段の、左から2頭目と3頭目が♀で、他は♂。前胸の黄味が強いのと、腹板が長く突出するのが♂の特徴です。
(カギバラヒゲナガゾウムシの1種、右端はヤツボシヒゲナガゾウムシ)
♂と♀の尾節板を紹介しておきます。
(カギバラヒゲナガゾウムシの1種の尾節板、左:♂、右:♀)
男池の周りで叩いて落ちてきたものは次の通りです。
カミキリなども夏物の普通種で、前回とほとんど同じものが少しいただけです。
やはり夏枯れかな、と言う気がします。
中に、初物として唯一、微小なチビキカワムシの1種が含まれていました。
小さくて現地ではほとんど見えていないので、何から落ちてきたかは定かではありません。
と言っても、立ち枯れからでしょうが・・・。
体長2mm、頭と前胸、触角と足が赤褐色で、上翅と腹部が漆黒のきれいなムシです。
一見して図鑑には掲載されていない種のようなので、佐々治(2005)の解説を参照してみました。
佐々治寛之(2005)連載 新・日本の甲虫-2- 日本のヒラタムシ上科甲虫 (2). 昆虫と自然, 40(9): 21-24.
日本産チビキカワムシ亜科 Lissodeminaeにはチビキカワムシ属 Lissodemaのみが知られており、日本産は次の15種です。
そのうち、Chilopeltis亜属は1種のみ。
ツヤチビキカワムシ Lissodema laevipenne Marseul 本州,九州,対,奄,沖縄
残りの14種は全てLissodema亜属に含まれます。黒岳産はこの亜属に含まれそうです。
その中で、
アイヌチビキカワムシ Lissodema ainonum Lewis 北海道
ニホンチビキカワムシ Lissodema japonum Reitter 本州
ヒトオビチビキカワムシ Lissodema plagiatum Lewis 北海道,本州,四国
クロオビチビキカワムシ Lissodema teruhisai Sasaji 沖縄,伊平
クロナガチビキカワムシ Lissodema (Lissodema) uenoi Sasaji 沖縄,伊平
の5種は手元のコレクションには有りません。
このうち、クロオビチビキカワムシとクロナガチビキカワムシについては、生川・細川(2014)に写真が掲載されています。それを見ると、クロオビチビキカワムシは、全体の体型や、前胸が赤い点、上翅の基本色が黒っぽい点など、今回の黒岳産に最も良く似ています。しかし、上翅には基部1/3付近と翅端に、淡色の横紋があり、その点が違っています。
他の4種にしても、九州の分布は知られておらず、おまけに、前胸が赤い種は含まれていないようです。
生川展行・細川浩司(2014)興味深いヒラタムシ上科およびゴミムシダマシ上科の記録. さやばね ニューシリーズ, (14): 22-25.
手元にある、残りの9種の写真を紹介します。
(左:クリイロチビキカワムシ山梨大菩薩産、右:コチビキカワムシ大分地蔵原産)
クリイロチビキカワムシ Lissodema dentatum Lewis 北海道,本州,九州
コチビキカワムシ Lissodema minutum Lewis 本州,九州
これらは無紋の2種で、クリイロチビキカワムシは大型で前胸が細長く全く別の種です。コチビの方は、本属で最も小型の1.5mm前後ですが、黒岳産とは体型が太めなところがやや似ています。
この後も全ての種をほぼ同倍率で示しています。
(左:モリモトチビキカワムシ島原半島産、右:ムナグロチビキカワムシ奄美大島産)
モリモトチビキカワムシ Lissodema morimotoi Sasaji 本州(三重・和歌山),九州(長崎島原半島・鹿児島佐多岬),伊(御蔵)
ムナグロチビキカワムシ Lissodema (Lissodema) munaguro Sasaji 奄,沖縄
両種は前胸が赤いか黒いかくらいの差でよく似ていますが、亀澤(2014)では、詳細に2種の差について述べられています。この2種も前胸がやや赤くなる点などは黒岳産に似ていますが、上翅が細く大部分が淡色になる点で違っています。
亀澤 洋(2014)伊豆諸島御蔵島におけるモリモトチビキカワムシの記録、および近似種ムナグロチビキカワムシとの区別点について. さやばねニューシリーズ, (14): 11-14.
(フタオビチビキカワムシ)
フタオビチビキカワムシ Lissodema pictipenne Lewis 北海道,本州,四国,九州白水1980
本種は本属で最も大型の3mmを超える種で、上翅の二帯も有り、全く別の種です。
山地性の種のようです。
(左:ヒゲホソチビキカワムシ徳島剣山産、右:ドウチビキカワムシ長崎西彼杵半島産)
ヒゲホソチビキカワムシ Lissodema tomaroides Lewis 本州
ドウチビキカワムシ Lissodema myrmido Marseul 本州(山口),九州
ヒゲホソチビキカワムシは前胸側縁中央部の突起がが強く突出する点、ドウチビキカワムシは前胸側縁にトゲ状突起がない点で、それぞれ、黒岳産とは違っています。ヒゲホソチビキカワムシ徳島剣山産は四国初記録かもしれません。
(左:ムネアカチビキカワムシ島原半島産、右:カドムネチビキカワムシ大分九酔渓産)
ムネアカチビキカワムシ Lissodema unifasciatum Pic 本州,九州
カドムネチビキカワムシ Lissodema (Lissodema) validicorne Lewis 本州,四国,九州
ムネアカチビキカワムシは、体長や前胸が赤い点、体型など、黒岳産と良く似ており、当初、この種かもしれないと思っていました。しかし、黒岳産は上翅の淡色紋は無く、上翅の形もより太短く、微妙に違っているようです。
カドムネチビキカワムシは、ヒゲホソチビキカワムシ以上に、前胸側縁の前方1/3付近が角張って強く突出し、黒岳産とはまったく異なります。
結局、日本産既知種の中では、該当する種は見つけられませんでした。
本種について心当たりのある方は、ご教示頂ければ幸いです。
さて、いつものように、男池の後は、立ち枯れの多い湿地の探索です。
ここのところの猛暑の影響か、前回あった水たまりはすべて干上がっています。
大量にいたオタマジャクシの姿も見られません。
立ち枯れを2-3叩いてみましたが、日当たりのある場所では何も落ちてきません。
さすがに虫たちもこの暑さには耐えられないようです。
なるべく湿気の残る、地表に近い倒木や木陰の立ち枯れを中心に探索していきますが、虫の数は極端に少なくなっています。
夏でも、FITを見ている限り、虫はどこかにいるはずですが、日中の陽光と乾燥を避けて、湿気の多い木陰や地表下に潜り、涼しくて湿気の増える夜間にその活動の中心を移しているのでしょう。
一度、夜間に、この場所を探索してみたいものです。
ふと、樹幹に無数の喰い跡のある立ち枯れを見つけました。
これが本州各地で問題となっているナラ枯れでしょうか?
(ナラ枯れ?)
幹掃きをした後で、スプレーもしてみましたが、坑道は木屑でほぼ完全にコーティングされているためか、キクイムシやその坑道に侵入する虫達も、まったく得られませんでした。
落ちてきたのは、樹幹表面のコケの中や樹皮下にいたと思われるウスモントゲトゲゾウムシやヒラタハネカクシなどごく少ない種でした。
1時間余りで採集した甲虫は次の通りです。
ヒメカツオガタナガクチキ、ノコギリカミキリ、ナガゴマフカミキリはこの場所での初顔です。
ただ、微小なものには面白いものもいました。
キウチミジンキスイ Propalticus kiuchii 本州,四国,九州は、平野(2009)では九州の分布がありません。
しかし、実は今坂(2001)により長崎県島原半島から記録していました。
大分からも最近、三宅・堤内(2013)で県南の北山ダムから記録されましたが、今のところ、九州の記録は以上が全てです。黒岳からはもちろん初めてです。
平野幸彦(2009)日本産ヒラタムシ上科図説 第1巻 ヒメキノコムシ科・ネスイムシ科・チビヒラタムシ科. 63pp. 昆虫文献 六本脚.
今坂正一(2001)島原半島の甲虫相3. 長崎県生物学会誌, (52): 56-73.
三宅 武・堤内雄二(2013)県南地方で採集された甲虫. 二豊のむし, (51): 1-13.
それからテントウダマシのちょっと変わったものも、普通のキスジテントウダマシに混じってポツポツ落ちてきました。
キスジテントウダマシは個体数も多く、斑紋変異が多いので、注意していないと見過ごしてしまいます。
(左:キスジテントウダマシ四つ紋型、右:トミシマテントウダマシ)
このうち、トミシマテントウダマシ Endomychus tomishimaiは九州固有種で、最初、富嶋さんにより熊本阿蘇清水谷で採集され、中根先生が新種記載された種ですが、その後、大分県内の黒岳・上津江町笹野などで採れています。
過去の採集品を見直したところ、黒岳ではポツポツ採れているようです。しかし、他では聞きません。
駐車場まで戻ると、ガラーンとしていて、登山客や水汲み客もこの暑さでは少ないようです。
面白い種も、少しは見つかりました。
しかし、虫の少なさから言うと、やはり夏枯れのようです。
(山にかかる夏雲、ピークは左から黒岳、大船山、平治岳)