和名考 2

<和名って必要?>

「そもそも和名って、必要か、必要でないか?」と聞かれて、誰も「必要ではない」とは答えないと思う。
学問にしろ、仕事にしろ、趣味にしろ、生き物を扱う人は名前がないと扱えない。
時に「名も無い花、見知らぬ虫」と書かれることがあっても、実際は本人が知らないだけで、新種を除く全ての種に、少なくとも学名は付いている。

扱う人の多い分野の生き物、例えば、ほ乳類・鳥・両生類・は虫類などは、すべて和名が完備していて、ほとんど学名なしで扱える。時折、分類が再検討されても、学名が変更されるだけで、和名はそのままと言うことが多い。
膨大な種数を要する植物にあっても、通常は和名で事足りるし、ややこしい雑種などでもちゃんと和名があるのにはびっくりするほどである。
和名の変更も余り無いようである。

一方、昆虫では、国内産の中に和名の無い種が多数存在する。
日本産昆虫を、初めて可能な限り全てリストアップした、九州大学昆虫学教室と日本野生生物研究センターの共同編集による日本産昆虫総目録(1989: 以後、九大総目録と省略)には、種と亜種を含めて3万と166のタクサが掲載されている。

このリストを眺めると、分類の研究者以外はほとんど扱わない次のグループに、和名が掲載されていない種の率が高い。
トビムシ、チャタテムシ、ハジラミ、アザミウマ、アワフキ、ヨコバイ、アブラムシ、アミメカゲロウ、ヒゲブトハネカクシ、アリヅカムシ、ハバチ、ヒメバチ、微小ハチ類、ノミ、ガガンボ、ヌカカ、ユスリカ、微小ハエ類、アブ類、ハナバエ、ヤドリバエ、トビケラ、小蛾類など。
数えてみると7,365タクサに和名がないので、この数は全体のほぼ1/4に相当する。なんと、日本産の4種に1種は和名がないことになる。
これって、少し変だと思わないだろうか?

九大総目録は、発行後20年近くなり、この間に甲虫では9,875(亜)種から12,600(亜)種程度に、約3割増加している。
甲虫と同じ率で昆虫全体が増加していると仮定すると、現在は国内産の昆虫全体で約4万種が知られていることになる。
この間、和名の無い種も飛躍的に増加していると考えられるので、現在1万種近くの種に和名がないと推定される。

事情を知らない人にとっては、「日本産なのに、なぜ、和名が無いの?」と不思議に思われることだろう。
和名を付けずに新種を発表されたことのある方、お答えいただきたい。
何か特別な理由で、和名を付けられなかったのだろうか?

察するに、和名を付けることを必要と思われなかったのであろう。
分類学者の使命は、その種がどういう分類学的な位置にあるかを示し、他の種との区別点を明記すれば、それで役目を果たしたと、考えられているのであろう。

明治以来の伝統で、日本の学問は、狭い日本国内ではなく、常に世界の動向と評価に目が向けられている。
現在でも、文部省の一番の評価は、欧米の一流どころの学会誌に論文を発表することであるらしい。
分類の分野でも、論文の内容が世界的に評価されるかどうかが最重要課題であり、和名などという単なる国内問題については、目が向いていないのだろうと思う。

しかし、新種が発表された後では、万人がその種を扱う可能性が生まれてくる。
海外の評価は評価として、実際にその種を取り扱うのは、日本国内の応用・生態・生理などの研究者や、同好者、官公庁、環境アセスメントの関係者、マスコミ、一般の人など、大多数が日本人である。

日本人であれば、和名が付いている方が扱いやすいのは明らかである。
文書として示すにしろ、口頭で伝えるにしろ、学名のみでは、専門家以外の第三者には伝えにくい。
種の記載を試みる人は、面倒がらずに、是非、和名も命名して欲しい。本来のその種の特徴は、記載した研究者自身が最も熟知しており、最も適切な和名を命名できる可能性が高いのだから・・・。

たとえが少し乱暴になるが、和名を付けないのは、料理人が材料を厳選し、調理の方法に工夫をこらして、すばらしい料理を作ったものの、それを食べる人の都合や、盛りつけの器の事を考えずに、一律に大皿に盛りつけるようなもの、と言えるかもしれない。イソップの寓話ではないが、大皿に盛ったのでは、ツルは食べようが無いではないか・・・。

学会等も、学会誌に新種記載論文を掲載する必須要件の1つとして、和名の命名も義務づけて欲しいものである。
さらに、現時点で和名のない約1万種については、次の目録作成時には、是非、命名して欲しい。
国内産には全て和名が付いている、という状態が本来の姿だと思うが、いかがであろうか?

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