長崎昆採集例会と西彼杵半島 2 再録

本トピックも、リニューアルに伴って消失していましたので、作り直して採録します。このトピックは、長崎昆採集例会と西彼杵半島 1の続きです。

前回1で、お知らせしたように、
今年初めまでに、長崎バイオパークの記事などの文献記録を含めて、1000種を超える種が西彼杵半島から採集されています。

その中で、今回は、西彼杵半島産甲虫相を特徴づける種について、若干のご紹介をしたいと思います。

西彼杵半島産甲虫の最近の最大のトピックは、足立さんによって発見されたキアシネクイハムシです。

足立一夫(2013)九州から発見されたキアシネクイハムシ. 月刊むし, (510): 28-31.

同定を依頼されたものの、ネクイハムシ類は難しく、故・小宮義璋さんからいただいた同定ラベル付きの標本セットのおかげで、なんとか決定できたことを覚えています。

(キアシネクイハムシ)

キアシネクイハムシ

林さんの図鑑によると、本種は、沿海州、中国大陸、台湾と、国内では、青森・秋田・山形・新潟・茨城・千葉の各県から記録されています。

林 成多(2012)月刊むし・昆虫図説シリーズ2 日本のネクイハムシ. むし社刊, pp96.

このことからは、本種が西彼杵半島に分布することなど、到底、考えられません。
当初、足立さんが、既に福岡から記録のあるフトネクイハムシを疑ったのも無理のないことです。ただ、こちらも、同じように関東から福岡県に分布が飛んでいるのですが・・・。

キアシネクイハムシの九州近隣での分布の可能性について、林さんの私信では、少なくとも、地元の島根県を始めとする本州西部での分布は、かなり調査がいきとどいていることからすると、考えにくいということでした。

東北~関東と、沿海州や中国大陸までいる種ですから、巨視的には、西彼杵半島も分布圏に入ります。
しかし、生息地での数の多さや、近隣県を含めて、西彼杵半島(中北部)でしか見つかっていないことを考え併せると、或いは、人為的な移入(?)という感じもしないことはありません。

ただ、幼虫がガマ類の水没している根に付くことを考えると、どうしたら人為的に移入できるのか、その方法については、推測もできません。
元々いたと結論づけられるとしたら喜ばしい限りですが、ではなぜ、周辺地域で見つからないのか、という問いについては、どこにでもあるガマの湿地にいることから、これにも答えられません。

(長崎バイオパーク裏の生息地、山付きの場所からの出水のあるガマの生えた湿地にいる)

長崎バイオパーク裏の生息地、山付きの場所からの出水のあるガマの生えた湿地にいる

(キアシネクイハムシのペア)

キアシネクイハムシのペア

次に、西彼杵半島の固有種ですが、
第一に、半島北部の西海町にある七ツ釜鍾乳洞から記載されたクボタメクラチビゴミムシ Stygiotrechus kubotaiが有名です。
ただ、この種群は、過去においては鍾乳洞が違うと別種と判断されることが多く、近隣に調査された鍾乳洞が無いこともあって、真に西彼杵半島の固有種かどうかの判断はできません。

第二に、こちらは確実に西彼杵半島の固有種と考えられるのですが、野村さんによって記載されたセイヒヒゲナガアリヅカムシ Pselaphogenius seihiensisが記録されています。

Nomura, S. (1999) A taxonomic revision of the Japanese species of the genus Pselaphogenius (Col., Staphylinidae, Pselaphinae) Part 1. Species of Western Kyushu. Bull. Natn. Sci. Mus., Ser. A, 25(4): 259-268.

この論文では、近縁種として、長崎市からアラメヒゲナガアリヅカムシ Pselaphogenius debilis、北松浦と平戸にマツウラヒゲナガアリヅカムシ Pselaphogenius patrius、多良山系にタラダケヒゲナガアリヅカムシ Pselaphogenius shintaroが記録されています。これら3種の分布域は、ぐるっとセイヒヒゲナガの生息地を取り囲んでいますので、その点からも確実な固有種と考えられます。

ということは、少なくとも西彼杵半島は、それらの3つの地域から孤立した島の時期が、1度はあったということでしょう。

前回紹介した西彼杵半島産ツシマムラサキジョウカイの色彩変異の件も、多少とも、西彼杵半島が孤立化した時期があったことを示しているものと思われます。

西彼杵半島産は上翅は紫~青紫色~緑青色で、翅端の単色部はなく、足も触角も全体黒色です。

それに対して、西彼杵半島の南側に隣接する長崎市の合併前の市域にいるものは、翅端に単色部があり、脛節や触角にも黄褐色部が有りますので、明らかにヒメキンイロジョウカイの範疇です。この2型の♂交尾器はほとんど差がありません。

(左から、ツシマムラサキジョウカイ、長崎市のヒメキンイロジョウカイ)

左から、ツシマムラサキジョウカイ、長崎市のヒメキンイロジョウカイ

そして、その境目の琴海町付近では、両型の色々な中間的なタイプが見られます。
このことを根拠に、両型は別種ではなく、せいぜい、亜種のレベルの差と考えていることは、前回述べた通りです。
北松浦産とは、上翅色の変異の範囲が微妙に違う程度なので、長崎市←→西彼杵半島の方が、西彼杵半島←→北松浦より、遺伝的な差が大きいことは明らかでしょう。

それから、西彼杵半島の固有種ではありませんが、西彼杵半島を含む長崎県本土および佐賀県西部の固有種が存在します。

ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシ Misolampidius clavicrus、コナガキマワリ(オオヒョウタンキマワリ) Eucrossoscelis araneiformis、イマサカナガゴミムシ Pterostichus imasakaiなどです。

(ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシと分布図)

ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシと分布図

(コナガキマワリと分布図)

コナガキマワリと分布図

(イマサカナガゴミムシと分布図)

イマサカナガゴミムシと分布図

これらは全て、後翅が退化して飛べない種で、種ごとに、微妙に分布範囲が異なりますが、いずれも、西彼杵半島自体というより、背振山系以西の、西九州地域の地史が関係しているものと思われます。
この範囲で、九州本土(九州脊梁等)から切り離されていた時期があったものと考えられます。

種によって分布範囲が異なるのは、その種が、長崎県本土西部で分化した(あるいは、どこからかこの地に進出した)時期の違いか、あるいは、分布拡散能力の違いによるものと思われます。

さらに、西彼杵半島の甲虫の特徴として、最も目に付くのは、第一回の冒頭で述べたように、南の琉球系の要素です。

ヤエヤマニセツツマグソコガネ Ataenius picinus、ヘリアカゴミムシダマシ Eutochia lateralis、チビヒョウタンヒゲナガゾウムシ Valenfriesia tomicoidesなどは琉球から九州西岸沿いに北上し、西彼杵半島が北限になるようです。所謂、九州西回り分布種ということになります。

(左から、ヤエヤマニセツツマグソコガネ、ヘリアカゴミムシダマシ、チビヒョウタンヒゲナガゾウムシ)

左から、ヤエヤマニセツツマグソコガネ、ヘリアカゴミムシダマシ、チビヒョウタンヒゲナガゾウムシ

(●:ヘリアカゴミムシダマシの分布)

ヘリアカゴミムシダマシの分布

(訂正

堤内さんによると、ヘリアカゴミムシダマシは今年、大分県南部の臼杵市前田で記録されたそうです。ということは、本種は西廻り分布種からははずれることになります。ご教示頂いた堤内さんにお礼申し上げます。

堤内雄二(2015)大分県初記録の甲虫9種. 二豊のむし, (53): 24-25.)

また、西彼杵半島が北限ではありませんが、上記の種群に準じる種として、
チビキバネサルハムシ Pagria ingibbosaとホソキカワムシ Hemipeplus miyamotoiがあります。

(左から、チビキバネサルハムシ、ホソキカワムシ)

左から、チビキバネサルハムシ、ホソキカワムシ

(●:チビキバネサルハムシの分布)

チビキバネサルハムシの分布

前者は文献上は壱岐と四国の記録もあることになっていますが、実際に標本が確認できたものは、西彼杵半島が北限で、鹿児島県本土以南には東南アジアまで広く分布します。後者は前回述べた通りです。

また、ホソヒメジョウカイモドキ Attalus elongatulusは、本州,四国,九州,隠,対,五,平戸,屋に分布することになっていますが、大部分は、近似のカイモンヒメジョウカイモドキ Attalus kaimonや、その他の種との混同があるようで、標本が確認できたものとしては、九州南端から西回りに対馬まで(九州本土と離島を含む)と、山口県の日本海側(未記録)です。

(ホソヒメジョウカイモドキ)

ホソヒメジョウカイモドキ

(●:ホソヒメジョウカイモドキの分布)

ホソヒメジョウカイモドキの分布

以上の種の分布は、全て、対馬海流(暖流)の影響と考えられますが、前回述べた、キボシツツハムシの濃色の前胸を持つタイプも、その中に含めてかまわないと思います。

さらに、ツシマオノヒゲナガゾウムシ Dendropemon nagaoiとウスリーシギゾウムシ Curculio ussuriensisは、大陸系とでも言えると思いますが、国内では九州の西半分と離島のみに分布するようです。

(左から、ツシマオノヒゲナガゾウムシ、ウスリーシギゾウムシ)

左から、ツシマオノヒゲナガゾウムシ、ウスリーシギゾウムシ

あるいは、最後の氷期に、ようやく九州まで、たどり着いたのでしょうか?

それから、次の2種は隔離分布をするので、分布タイプが良く解りません。
あるいは、元々は琉球系の種で海流分布をした後、何らかの理由で、琉球の生息地が消失したのではないか(琉球の個体群が絶滅したか、どちらかの個体群が別種に分化した)と考えられます。

カギカズラアシブトゾウムシ Ochyromera rectirostrisは本州(三重紀勢町・尾鷲市)から記録されています。
トサヒシガタクモゾウムシ Lobotrachelus tosanusは本州(和歌山紀南地方),四国(高知市),土佐沖の島から記録されています。和歌山県レッドデータブックの記述によるとヤブマオウ類にいるようです。

(左から、カギカズラアシブトゾウムシ、トサヒシガタクモゾウムシ)

左から、カギカズラアシブトゾウムシ、トサヒシガタクモゾウムシ

(分布図:●はカギカズラアシブトゾウムシ、○はトサヒシガタクモゾウムシ)

●はカギカズラアシブトゾウムシ、○はトサヒシガタクモゾウムシ

以上、全て、九州西岸と東岸の甲虫相の比較の意味合いも持たせて、現時点で大分県から記録のない種について紹介しました。

分布が限定的な種については、大体、以上のようなタイプの種がいることが解りました。
では、大部分の一般的な種にはどんな特徴が有るのでしょうか?

それらを解析する一助として、「分布型」という物差しを使用しています。
分布型については、最新の集計と考察を今坂・阿比留(2015)で行っています。

今坂正一・阿比留巨人(2015)長崎市愛宕山とその周辺の甲虫類(2013) -愛宕山虫採り散歩と畑(北浦)の周辺で得られた甲虫-. こがねむし, (80): 11-26.

各種の分布のタイプをパターン化して、以下の11のカテゴリーに分けています。

分布型 分布型名    分布域
A 北方系広域分布種 北海道~トカラ、大陸
B 南方系広域分布種・汎世界種 北海道~琉球、大陸、汎世界
C 大陸・本土系種 本州~トカラ、大陸
D 大陸系種 九州~屋久、大陸
E 北方・本土系種 北海道~トカラ
F 本土系種 本州~トカラ
G 暖地性種 本州(山地を除く)~琉球
H 琉球系種 九州(山地を除く)~琉球
I 九州・四国固有種 九州・四国
J 九州固有種 九州
R その他 上記以外(分布不明種・固有種を含む)

それぞれのカテゴリーについて若干の説明を加えますと、所謂、日本本土的な要素がFということになります。

Eはそれに北海道の分布を加えたもので、やや寒地まで適応できる種群です。

AとBは広域分布種で、Aはやや寒地系で中国大陸から本州を経て北海道まで分布し琉球や東南アジア・熱帯圏などには分布しない種群、Bは寒地を含めて琉球や熱帯圏から暖地まで広く分布し、時にコスモポリタンをも含む種群です。

CとDは大陸系種で、CはAにやや似ますが、北海道までは達していない種群、Dはさらに分布が狭く、九州あるいは中国地方西部までしか達していない種群です。

Gは暖地性で暖流沿いに関東沿岸や、日本海側では福井あたりまで北上する種群、Hはさらに暖地性で、せいぜい九州・四国の南岸沿いまでの種群とします。

上記で説明した南方系(西回り、準西回り)の種はHの琉球系種に、チビキバネサルハムシ、ホソキカワムシとホソヒメジョウカイモドキはGの暖地性種、ツシマオノヒゲナガゾウムシとウスリーシギゾウムシはDの大陸系種で、固有種などはRのその他に含めています。

長崎県周辺のファウナのベースとして、基本的と考えられる多良山系とまず比較してみます。

多良山系からは1731種の甲虫が記録されていますが、分布型の比率は、
A 17.4%、B 15.9%、C 12.2%、D 0.4%、E 16.1%、F 28.7%、G 4.2%、H 0.5%、I 1.2%、J 2.1%、R 1.4%
となります。

同様に、西彼杵半島は今年2月の集計で、1137種で、
A 16.7%、B 23.0%、C 11.8%、D 0.4%、E 12.7%、F 23.7%、G 6.2%、H 1.6%、I 0.6%、J 1.8%、R 1.7%、
となります。

両地域は、地図上ではほぼ隣り合っていて、西彼杵半島は外海側、多良山系は西彼杵半島の東の大村湾のさらに東の内陸側ということになります。前者の最高地点は標高531mで、後者は経ヶ岳の標高1076mです。

西彼杵半島は多良山系に対して、B G Hの3項目でかなり高くなっています。全て南方系の要素で、Bは広域分布種ということで人為的攪乱がより大きいことが解ります。半島全域で開発・伐採等が古くから進んでいることを反映していると考えられます。

一方、E F Iの3項目でかなり低くなっています。これらは、北方系の要素と日本本土のベーシック的な要素です。所謂遺存的な種や寒地性の種が少ないことを示しています。

以上、併せて、多良山系との比較で考えて、西彼杵半島は、やや人為的攪乱が大きく、南方系的要素がかなり強いと言うことが解ります。

数字だけではピンと来ないかもしれませんので、帯グラフをお見せします。

(西彼杵半島と多良山系の分布型の比率1)

西彼杵半島と多良山系の分布型の比率

このように並べると上記のことが解りやすいかと思います。

さらに、県内の周辺地域と比較すると、こんな具合です。

(県内各地との比較)

県内各地との比較

図が小さくて、見にくいかと思いますが、南系のGとHが、県内でも最も高い比率になっていることがお解りいただけるかと思います。

数字を示すと、Gでは、
6.3%(平戸島)、6.2%(西彼杵半島)、6.2%(五島)、5.2%(長崎市)、4.9%(島原半島)、4.2%(多良山系)となり、
Hでは、
1.6%(西彼杵半島)、1.5%(平戸島)、1.2%(五島)、1.1%(長崎市)、0.9%(島原半島)、0.5%(多良山系)となります。

今回は示していませんが、予想に反して、対馬と壱岐では、この2つの要素はさらに低くなります。
県内では、西彼杵半島が最も南の要素が強く、平戸島、五島がそれに次ぐという結果になりました。

前回述べたように、より南に位置する長崎市や島原半島より、西彼杵半島は南の要素が強いことが、数字の上でも明らかになりました。
しかし、なぜ、そうなのでしょうか?

この疑問に対する答えとして、長崎昆会誌の編集長である山元さんから、耳寄りの話を聞きました。
山元さんは長く水産関係のお仕事をされていたようです。
山元さんによると、県内では平戸島から南の海域に限ってイセエビが生息し、壱岐や対馬の近海にはいないそうです。その原因は沿岸海域の水温で、平戸より南の海水温は、それ以北よりかなり高いそうです。

その原因として、対馬海流の本流は五島の西側を北上するのですが、五島の東側を北上し、平戸南部から西彼杵半島の西側にグルッと回る暖流の分流があり(赤矢印)、その流れが、この周辺地域を県内の他の地域より、暖かく、そして、南からの漂着物が流れ着きやすくしているのだろうということです。ご教示頂いた山元さんにお礼申し上げます。

(海流図)

海流図

上記の比率でも、西彼杵半島、平戸島、五島の3地域が、最も、南系の要素が高くなったことでも、この右回りの暖流分流説は頷けます。

海流図を眺めると、対馬暖流の本体は、五島の西側を北上しているようで、その点でも、かなり東側に離れた島原半島や長崎市への直接の暖流の影響は、西彼杵半島などと比較すると弱くなるのかもしれません。

以上、現時点で解っている西彼杵半島の甲虫相の特徴について紹介しました。
採集例会を始め、会員各位が今年も調査を継続されているので、さらに、おもしろい事実が判明するかもしれません。