2019年春に引き続き、久留米昆蟲研究會甑島調査の第2回目(夏)は、2019年6月25日から7月1日まで出かけました。
今回は6月25日から6月28日まで、今坂と國分さんの2人で上甑島で調査し、その後下甑島に移動して、6月28日から7月1日まで調査しました。
下甑島ではその期間中、会員の伊藤君(大分市)と内藤さん(千葉市)が新たに加わり、さらに6月29日から7月2日までは有馬さんも参加されました。
内藤さんは過去に4回下甑島で採集されていたので、今回分を含めて5回分の採集記録を総合して、既に内藤(2019)として報告されています。
ということで、ここでは、残る4名の採集状況について紹介します。
内藤準哉, 2019. 2014年?2019年に下甑島で採集した甲虫類. KORASANA, (92): 163-176.
なお、春の採集記は、採集状況と採集品を、時間経過に従って紹介しましたが、頻繁に訪れた採集地によっては、同様の話を何度も繰り返すことになるので、今回は、採集地別にまとめて紹介します。
[上甑島 2019年6月25日?6月28日 國分・今坂]
<6月25日>初日
3月同様、朝6時、今回は今坂の車で久留米を出発しました。広川ICから高速に乗り、串木野港を目指します。鹿児島IC経由で南九州道に入り、薩摩川内水引ICから一般道へ。弁当を買って、ガソリンを満タンにしてから串木野新港に9時半前に到着。
少し早すぎたので、次回出発は1時間ほど遅くてもよさそうです。日向は暑いほどの上天気で、道路脇に車を停めて、少し待ってから上船の手続きをします。船着き場で順番待ちに車を停め、しばらく待ってから11時20分出港。船内で弁当を食べ、しばらく横になったかと思ううち、フェリーは上甑島の里港に12:35に到着しました。
○なまこ池 25種(甑島列島初記録*9種) 6月25日から26日
まず、前回気になっていた北西部のなまこ池に出かけました。
(なまこ池の駐車場で、國分さん)
少し林縁を叩いてから、ライトFITを設置します。この池は汽水湖で水際にヨシが生えていたので、スウィーピングしてみます。なお種名の後の*は甑島列島初記録を示しています。
林縁ではクリタマムシ*、ニホンチビマメコメツキ、クロハナボタル下甑島亜種、ムネアカタマキノコシバンムシ*、ヒロオビジョウカイモドキ*、オトヒメハナノミ*、アカヒメハナノミ*などが落ち、ヨシのスウィーピングでは定番のババヒメテントウ*とヤマトヒメテントウ*が見られただけです。そのうち、ヨシ掬いももっと本腰を入れてやってみる必要がありそうです。
(クリタマムシ、ムネアカタマキノコシバンムシ、リュウキュウハナゾウムシ)
國分さんはルリシジミ1♀を採集したものの、アオスジアゲハ、モンシロチョウ、キタキチョウ、ベニシジミ、コミスジを目撃し、採集できなかったそうです。
翌日(26日)ライトFITの回収に出かけると、入り口の道路が工事中で、車を急ぎ移動するように言われたので、慌てて急いで回収するだけに留めました。
國分さんは、その間、ルリシジミとイシガケチョウを1♂ずつ採集し、アオスジアゲハとカラスアゲハを目撃されたそうです。
ライトFITにはミヤマカミキリが3頭とアオドウガネ(本土亜種1個体)、オオクシヒゲコメツキが入っていて、アトワアオゴミムシ、ヒラタアトキリゴミムシ、ニセユミセミゾハネカクシ*、ツヤケシヒメホソカタムシも見られました。
○遠目木山 129種(*24種) 6月25日から28日
次に、春の築島さんの採集品で最も気になっていた遠目木山の林道に、ヘリグロセダカトビハムシのホストのフウトウガズラを探しに出かけました。
築島さんにフウトウガズラのポイントの地図を書いてもらっていたので、すぐに見つけることができました。 中央のスギに這い上がっているのフウトウカズラです。
葉には食痕がありヘリグロセダカトビハムシがいたことは確実なのですが、道沿いに見つかった全株を探したもののまったく見つけることが出来ませんでした。多分端境期で、次回に期待するしかないようです。
その後、この林道の林縁を叩いていくと、湿気が多い谷沿いの葉上だけに多くの虫が止まっています。多分、しばらく晴天が続いていたので、乾燥を避け湿気を求めてこうした場所に集まっているのでしょう。
葉上には甑島固有種のコシキクチボソコメツキが多く、水場近くでオオシマハラボソメダカハネカクシ Stenus oshimaensis Naomiが採れました。同定いただいた伊藤さのご教示によると、従来屋久島から石垣島までの琉球で見つかっていて、上甑島が北限記録になるようです。伊藤建夫氏にお礼申し上げます。
他にナガチャコガネ、コヒゲナガハナノミ*、クロツヤハダコメツキ、ヒラタチビタマムシ、クズノチビタマムシ、ヒラタクシコメツキ、キアシマメコメツキ*、キンケヒメフトコメツキダマシ、コシキクロヒメジョウカイ、イガラシカッコウムシ、ムナグロナガカッコウムシ、ヒロオビジョウカイモドキ*、オオフタホシテントウ、チュウジョウエグリツツキノコムシ*、ナミアカヒメハナノミ、チャイロヒメハナノミ、トゲナシヒメハナノミ、カグヤヒメハナノミ、ヤマモトヒメハナノミ、オキナワカミキリモドキ、クロツヤキノコゴミムシダマシ*、カノコサビカミキリ、ハスオビヒゲナガカミキリ、ミドリサルハムシ、クビアカトビハムシ、ルイスコトビハムシ*、セマルトビハムシ、ウスグロチビカミナリハムシ、キイロタマノミハムシ、サカグチクチブトゾウムシ*、タバゲササラゾウムシ、イラクサヒメゾウムシ*が葉上で見られました。
(ルイスコトビハムシ、セマルトビハムシとイラクサヒメゾウムシ)
ナガチャコガネは、亜種と考えられる黒褐色の下甑島産とは異なり、様々に色が薄くなって、本土産との中間的な色彩の物が見られます。上甑島と下甑島で色が違うのは不思議です。
(ナガチャコガネ、左から、九州本土産原亜種、上甑島産淡色型、上甑島産濃色型、下甑島産甑島亜種)
変異の状態から推測すると、上・下甑島産のナガチャコガネが黒化し亜種化した後で、比較的最近、上甑島に九州本土から淡色の原亜種が侵入し、交雑して、ハイブリッド状態になっていると思われます。
ただ、下甑島では黒褐色の個体しか見られませんので、下甑島には本土亜種は侵入していないのでしょう。
この後、色々なグループで、上甑島と下甑島で変異型が異なる状態(亜種が異なる?)や、どちらか一方だけが、ハイブリッド状態と考えられる種が出現しますので、そのつど、紹介したいと思います。
オキナワカミキリモドキは近似のサタカミキリモドキとそっくりで紛らわしく、それも採れるのは大部分が♀で、同定が難しいです。その後、甑島列島に両種とも産することが明らかになり、秋山(2000)を参考にしながら♂交尾器を検鏡して、やっと明確に2種を区別できるようになりました。
秋山秀雄(2000)日本産カミキリモドキ科図解解説. 神奈川虫報, (132): 1-53.
そうして明らかになると、今のところ、上甑島ではオキナワカミキリモドキのみ、下甑島には両種共に分布していることが解りました。また、昼間の花に群れているのはオキナワカミキリモドキで、サタカミキリモドキはライトFITで確認しています。
(オキナワカミキリモドキとサタカミキリモドキ、どちらも♂)
両種の区別は、♂交尾器では、オキナワが中央片は細長く延長して背面側に湾曲するのに対して、サタでは中央片が太短く、先端は弱く腹側へ曲がることで区別できます。外形が似通っているにもかかわらず、♂交尾器は別群と思われるほど違っています。
(♂交尾器、左から、オキナワカミキリモドキ側面、背面、サタカミキリモドキ背面、側面)
上翅の立った毛は、オキナワでは銀色に白く光るのに対して、サタでは多少とも暗色で、褐色から黒い毛がかなり混じることで区別できます。ただ、サタの毛も光の当て方では白っぽく見えるので、両種をそろえて比較しないと難しいかもしれません。
(上翅の毛、左から、オキナワカミキリモドキ、サタカミキリモドキ)
また、甑島のサカグチクチブトゾウムシは、紋がハッキリせず、薄緑色のものが多く、ヒレルクチブトゾウムシと迷いました。しかし、過去にちゃんと同定した両種と見比べたところ、サカグチクチブトゾウムシであることを確認しました。
本種はこの後、上・下両島各地で多数確認しました。伊豆諸島と、鹿児島県、種子島から沖縄本島まで確認されていて、上甑島は北限記録になると思います。
ちょっと思いついて、過去に今坂(2019)でヒレルクチブトゾウムシとして記録した下甑島芦浜産を再確認したところ、サカグチクチブトゾウムシでした。
今坂正一, 2019. 甑島列島の甲虫類 ?1982 年の下甑島採集品と既知記録からみた甲虫相?. SATSUMA, (162): 1-109.
さらに、私が同定した中峯さん採集分の瀬々野浦産ヒレルクチブトゾウムシも、今回、瀬々野浦で採集したことを考え合わせると、多分、サカグチクチブトゾウムシを誤認したものと思います。
現状では、ヒレルクチブトゾウムシの甑島からの記録は、抹消しておこうと思います。
(サカグチクチブトゾウムシ、左:紋有り、右: 紋無し)
國分さんはヤクシマルリシジミ1♀を採集しただけで、モンシロチョウ、キタキチョウ、ヤマトシジミ、ルリシジミ、ルリタテハ、イシガケチョウを目撃しました。
その後はチョウが少ないので、ビーティングに専念し、甲虫を37種も採集されています。この中には、今坂が採集していないコイチャコガネ、ルリナカボソタマムシ、ヌスビトハギチビタマムシ、ヒメクシヒゲベニボタル、ルリスジキマワリモドキ、フタオビミドリトラカミキリ、オビレカミキリ、キボシルリハムシ、キボシツツハムシ、クロウリハムシ、キバラヒメハムシ、コカシワクチブトゾウムシ、コシキオビモンヒョウタンゾウムシなどが含まれていて、やはり、人によって叩く場所も違い、違う種が採れるようです。
なお、春の報告で、上甑島からもコシキオビモンヒョウタンゾウムシを記録しましたが、この時は数も少なく、♂♀両交尾器も確認してなくて、とりあえず、と言うことで記録しました(今坂ほか, 2019)。
今坂正一・築島基樹・國分謙一, 2019. 甑島採集紀行2019年春. KORASANA, (92): 113-162.
今回、♂♀共に得られたので、♂♀両交尾器も含めて確認したところ、コシキオビモンヒョウタンゾウムシとして良いだろうという結論に達しましたので、改めて記録しておきます。
(コシキオビモンヒョウタンゾウムシ、上段左から、上甑島産♂、♀、♂交尾器背面、側面、♀貯精嚢、下段左から、下甑島産♂、♂交尾器背面、側面、♀貯精嚢、同、下段は森本ほか, 2019より改変・引用)
森本 桂・中村剛之・官能健次, 2015. 日本の昆虫 Vol. 4 クチブトゾウムシ亜科(2), 758pp.
今坂はアサギマダラ1♀を見つけて採集しました。
林道を歩いてみると、この林道は遠目木山の北斜面の中腹に当たり、多分、上甑島では最も自然林に近いと思われたので、集中的にライトFITを7基ほど下げていきました。
ライトFITは毎日、28日まで回収しましたが、まとめて報告します。のべ4日間で73種が採れていました。
ヒメツヤゴモクムシ*、ハギキノコゴミムシ、ヒラタアトキリゴミムシ、セダカマルハナノミ、コクワガタ屋久島亜種、クロツツマグソコガネ、クリイロコガネ*、フタモンウバタマコメツキ、ヒゲナガコメツキ、ヒラタクシコメツキ、クシコメツキ、キンケヒメフトコメツキダマシ、キイロナカミゾコメツキダマシ*、ネアカクロベニボタル、ムネアカクロジョウカイ、ツツガタシバンムシ*、ホソシバンムシの一種*、ベニモンマルケシキスイ、ハスモンムクゲキスイ、トウキョウムネビロオオキノコムシ*、シナノヒメハナノミ*、ザウテルオビハナノミ*、タイワンメダカカミキリ、クロクチカクシゾウムシ、マルミナガクチカクシゾウムシ、トドマツオオキクイムシなどです。
下甑島産のコクワガタは赤っぽくて大顎が細長く、屋久島亜種に含められています。遠目木山のFITで採れたコクワガタは赤みが全く無く、体形もやや幅広で、下甑島産と多少違う感じがします。従来の報告では上甑島産は記録されておらず、あるいは違う亜種かもしれません。
(コクワガタ♂、左: 下甑島産屋久島亜種、右: 上甑島産原(本土)亜種?)
また、上甑島遠目木山産のクリイロコガネには、通常の赤褐色の個体(1♀)と、黒褐色の個体(2♀)が含まれていました。このような黒褐色の個体は初めてで、九州本土を始め、日本産として解説されたものの中でも(図鑑類でも)見たことがありません。
上甑島産がこのような黒褐色の個体ばかりなら、あるいは亜種?ということも考えられますが、今のところ赤褐色の個体も一緒に取れていますし、色だけで♂交尾器も確認できていない現状では、何とも言えません。なお、下甑島では赤褐色の個体のみが見つかりました。
甑島でナガチャコガネが黒褐色になることと何か関連があるのでしょうか?
(クリイロコガネ、左: 黒化型♀、右: 通常型♀)
ホソシバンムシの一種は、西彼杵半島の報告で記録した種です(深川ほか, 2016)。その際は、平野さんに写真同定していただいたのですが、見たことがないとの返事でした。
深川元太郎・今坂正一・山元宣征・野田正美・ 阿比留巨人・松尾照男・田中 清(長崎昆虫研究会甲虫会グループ), 2016. 西彼杵半島の甲虫相. こがねむし, (81): 1-152.
♂の触角の先端3節が細長くて、3節の合計は、基部8節の合計より長い。また、日本産の既知の近似種は、全て上翅に点刻を伴う明瞭な縦溝がありますが、本種には見られません。
(ホソシバンムシの一種、左: ♂背面、中: ♀背面、右: ♀腹面)
シナノヒメハナノミは本州、九州のブナ帯とその下部で見つかっている種で、島の記録は初めてで南限記録。ザウテルオビハナノミは屋久島から石垣島までの琉球で見つかっており、上甑島は北限になります。この2種のハナノミの組み合わせにも、琉球とブナ帯の混生という甑島列島の特徴が現れています。
結局、その後、ライトFITの回収も含め、上甑島滞在期間毎日遠目木山の林道で採集し、上甑島の主力採集地となりました。
ただ、良い天気だったのは初日の25日だけで、26日以降は夜間を中心に大雨や、小雨、曇りのち一次晴れ間みたいな、めまぐるしい天気が続いたので、昼間の採集はそれほど成果が上がりませんでした。
遠目木山の林道は、東方向に伸びており、牧の辻段の風車の交差点に出ます。
その直前に、林縁を伐採して公園化した場所があり、ここからは、里の町が一望に見渡せます。時折、ここで昼食をとりました。