鹿児島昆虫同好会より会誌 SATSUMA 162号が3月2日に発行されました。
今回は、「特集:甑島の甲虫」ということで、全編、今坂が執筆し、総頁109ページを掲載させていただいたので、その内容について紹介します。
鹿児島昆虫同好会事務局では希望される方にSATSUMA 162号を1500円で頒布されておりますので、ご希望の方は直接、担当の中峯敦子さん jako-ageha71@po3.synapse.ne.jp まで、郵便番号,住所,電話番号をお知らせください。
それに送料(レターパックライトならば360円)が必要です。
SATSUMAと共に,納品書・請求書が送られてきますので、受け取り後,鹿児島昆虫同好会の郵便振替口座まで、代金を振り込んでください。
「甑島列島の甲虫類」をSATSUMAに掲載させていただいた鹿児島昆虫同好会の二町一成会長をはじめ、SATSUMA 編集委員の方々にお礼申し上げます。
タイトル
甑島列島の甲虫類
-1982 年の下甑島採集品と既知記録からみた甲虫相-
甑島列島(図1 矢印)は、鹿児島県の薩摩半島の西方約30 km の東シナ海海上に位置し、上甑島、中甑島、下甑島の三島とその属島群によって構成され、南北約35 km、幅約11 kmの列島です。
(甑島列島の位置→矢印)
筆者は昭和57 年(1982 年)6 月15 日から22 日まで下甑島で甲虫を主として昆虫類の採集を行ないました。
その採集行から既に37 年が経ち、標本も記録も死蔵のままであることに最近苛立ちを感じていました。近年,ジョウカイボンやゴミムシダマシ、ホソカタムシ、カミキリムシ、アリヅカムシなど甑島関連の報告も多く、森本ほか(2015)のように、甑島の固有種の存在も漸次報告されています。
ということで,遅まきながら37 年前の採集リストを纏めることにしたものです。
幸い、手元に当時の採集メモが残されていて、採集時の概略は復元できます。
それを基に当時の採集状況を思い出してみました。
また、せっかく甑島の記録のまとめを思い立ったので、文献記録も一緒に纏めておくことにしました。
その課程で、故・小宮義璋博士の中甑・下甑島採集品や、鹿児島県立博物館に収蔵されている甑島列島産の標本も拝見させていただき、大坪修一氏、中峯浩司氏によって報告された種についても再検討することが出来ました。
筆者の採集品を始めとして、これらの実検標本に基づくそれぞれの種リストを作成し、その後、2018 年までの既知記録種を抽出、報告されている疑問種の検討も行って、それらを総合して現時点における甑島列島産甲虫目録を作成しました。
このリストを元に甑島列島の甲虫相についても考えてみました。
本文の内容について、使用した画像などを紹介します。
(船の欠航で足止めされ、当時鹿児島大学教授の中根先生に会いに行きました)
(尾岳で採れた甑島固有種のコシキハネナシサビカミキリ、コシキオビモンヒョウタンゾウ、コシキクロヒメジョウカイ)
(コシキジマツヤツチゾウムシ、コクワガタ屋久島亜種、ヒメヒゲナガカミキリ南九州亜種)
(トガリシロオビサビカミキリ、コシキクチボソコメツキ、ホソクビアリモドキトカラ亜種)
(ムモンチャイロホソバネカミキリ、モリモトチビキカワムシ、オオオバボタル)
(九州本土には分布しないツシマツヤキノコゴミムシダマシ、ニセクロホシテントウゴミムシダマシ)
結局、この1982年6月に採集した甲虫類は567種です。
さらに、故・小宮義璋博士の中甑・下甑島採集品は29種です。
大坪修一氏採集による下甑島産甲虫の見直しにより、訂正した13種を含めて58種を記録しました。
中峯浩司氏採集による下甑島産甲虫の見直しにより7種を訂正し、新たに74種を記録しました。
中峯氏採集品の中には、甑島固有種の可能性があるヒメハナノミ類2未記載種が含まれています。
以上、筆者採集品と実検できた標本類を合わせると625種になります。
2018年までの甑島列島産を記録した文献100編から既知記録として、542種が抽出できました。
これらを合わせると、甑島列島から記録された甲虫は、69科883種になります。
科ごとの種数は次の通り。
ヒゲブトオサムシ科 2
ハンミョウ科 2
オサムシ科 74
ホソクビゴミムシ科 2
コガシラミズムシ科 3
コツブゲンゴロウ科 2
ゲンゴロウ科 20
ガムシ科 20
エンマムシ科 5
ムクゲキノコムシ科 1
タマキノコムシ科 4
シデムシ科 5
ハネカクシ科 88
マルハナノミ科 1
クワガタムシ科 6
コブスジコガネ科 1
センチコガネ科 1
コガネムシ科 52
マルトゲムシ科 1
ナガハナノミ科 1
チビドロムシ科 1
ナガドロムシ科 1
タマムシ科 16
コメツキムシ科 45
コメツキダマシ科 2
ベニボタル科 11
ホタル科 6
ホタルモドキ科 1
ジョウカイボン科 13
カツオブシムシ科 4
ナガシンクイムシ科 2
シバンムシ科 2
カッコウムシ科 5
ジョウカイモドキ科 4
ケシキスイ科 22
ヒメハナムシ科 4
チビヒラタムシ科 2
ホソヒラタムシ科 4
キスイムシ科 2
ムクゲキスイムシ科 2
オオキノコムシ科 9
カクホソカタムシ科 1
ミジンムシ科 2
テントウムシダマシ科 3
テントウムシ科 31
ヒメマキムシ科 3
コブゴミムシダマシ科 6
ムキヒゲホソカタムシ科 3
コキノコムシ科 4
ツツキノコムシ科 4
ナガクチキムシ科 5
ハナノミ科 26
カミキリモドキ科 9
アリモドキ科 9
ニセクビボソムシ科 3
ハナノミダマシ科 2
チビキカワムシ科 3
ゴミムシダマシ科 50
ホソカミキリムシ科 1
カミキリムシ科 92
マメゾウムシ科 3
ハムシ科 83
ヒゲナガゾウムシ科 17
チョッキリゾウムシ科 6
ミツギリゾウムシ科 1
イネゾウムシ科 2
ゾウムシ科 60
オサゾウムシ科 2
キクイムシ科 3
これらの種構成を元に、甑島列島の甲虫相についても考えてみました。
甑島列島の固有種および固有亜種と、その可能性がある種は以下の23種です。(下甑島固有種)など( )で表示しているのは未記載種です。
オオオサムシ上甑・中甑島亜種 上甑・中甑島固有亜種
ヒメオサムシ下甑島亜種 下甑島固有亜種
モリシタマルタマキノコムシ 下甑島固有種
コシキコバネナガハネカクシ 下甑島固有種
キヒゲアリヅカムシの近似種 (下甑島固有種)
ヒゲナガアリヅカムシの一種 (下甑島固有種)
オオアシナガアリヅカムシの一種 (下甑島固有種)
オオトゲアリヅカムシの一種 (下甑島固有種)
ナガチャコガネ甑島亜種 下甑島固有亜種?
コシキカバイロコメツキ 下甑島固有種
コシキクチボソコメツキ 甑島固有種
クロハナボタル下甑島亜種 下甑島固有亜種
コシキクロヒメジョウカイ 周北極の属,下甑島固有種
ミゾキノコシバンムシの一種 (下甑島固有種?)
チャイロセマルキスイの近似種 (下甑島固有種?)
(仮称)コシキクロヒメハナノミ (下甑島固有種?)
(仮称)ホソオクロヒメハナノミ (下甑島固有種?)
(仮称)カタアカクロヒメハナノミ (下甑島固有種?)
コシキハネナシサビカミキリ 下甑島固有種
セミスジコブヒゲカミキリ甑島亜種 下甑島固有亜種
コミヤクビボソトビハムシ 下甑島固有種
コシキジマツヤツチゾウムシ 下甑島固有種
コシキオビモンヒョウタンゾウムシ 下甑島固有種
これら23種は甑島列島産(883種)の2.6%にあたり、屋久島10.1%、対馬5.3%に次いで、九州周辺の離島としては、高い固有種率です。
また、甑島列島産の特徴的な種群として、次のような種が分布します。
a. 九州西廻り分布種(南方系種で、九州西岸では特異的に、九州東岸より北まで分布する種で、少なくとも大分県までは分布していない種)
チビマルケシゲンゴロウ、サンカクスジコガネ、ルリナカボソタマムシ、ヒゲナガチビケシキスイ、ハマベヒメテントウ、ヤホシテントウ、オオフタホシテントウ、ムモンチャイロホソバネカミキリ、サビアヤカミキリ、カンコノキニセアシブトゾウムシ、トゲアシヒメゾウムシ、シラケツチイロゾウムシの12種
b. ほぼ甑島を北限(さらに南方系の種と考えられ、甑島が北限か、あるいはさらにやや北部まで分布する)
クロオビヒゲブトオサムシ、サタツヤゴモクムシ、キボシマメゴモクムシ、ヒメヨツボシゴミムシ、トカラコマルガムシ、アオドウガネ complex、チャイロテントウ、サタカミキリモドキ、ホソクビアリモドキトカラ亜種、コマルチビゴミムシダマシ、サツマホソゴミムシダマシ、ムツボシシロカミキリ、リュウキュウルリボシカミキリ、ホウロクイチゴヒメゾウムシ、タイワンモンクチカクシゾウムシの15種
c. 甑島-九州南部-屋久島のみに分布
コクワガタ屋久島亜種、ヤクシマナガタマムシ、ヤククロハナボタル、ミナミミスジホソカタムシ、ミスジホソカタムシ、サツマヒサゴゴミムシダマシ、クロフシロクチカクシゾウムシの7種
以上の南方系種は、主として暖流である対馬海流に運ばれて、甑島に到達したと考えられます。日本周辺の基本的な海流の概要は以下の通りです。
(日本周辺の海流の位置と方向:海上保安庁のホームページより改変引用)
d. 甑島-九州のみに分布
クチヒゲハネカクシ、ムネトゲアリヅカムシの一種、ヒュウガハナボタル、ヒメヒゲナガカミキリ南九州亜種、イマサカアラハダトビハムシの5種
e. 九州本土に分布しない
ウエノツヤゴモクムシ、コガタマツシバンムシ、ツシマツヤキノコゴミムシダマシ、ニセクロホシテントウゴミムシダマシ、ヤツボシハムシの5種
f. 九州本土ではやや山地性で海岸近くでは産しない
チャイロホソヒラタゴミムシ、スジクワガタ、ツヤコガネ、オオサビコメツキ、チビニンフジョウカイ、ヘリアカアリモドキの6種
g. 九州本土では山地性で長崎・佐賀の記録無し
チビコガシラミズムシ、アカチャキノコハネカクシ、マルマルケシキスイ、アオハムシダマシ、セコブナガキマワリ、クロシギゾウムシの6種
甑島列島に南方系の種が多いのは納得できますが、同時に、北方系・山地性の種が分布するのは不思議です。fやgの項目の種は、どこから来て、そして、どうやって甑島に住み着いたのか、という疑問が湧きます。
そのヒントとして、甑島周辺の海流の流れる方向については、鹿児島県のホームページに以下のような図がありました。
(甑島周辺の海流図:鹿児島県のホームページより改変引用)
甑島周辺では、東側の九州本土との間を南下する薩南下流が、西側にはやはり南下する五島反流が流れているようです。
甑島のやや北側の対岸には川内川の河口があり、川内川の最源流は九州脊梁南端の白髪岳、また、霧島山系や国見山地、出水山地をも源流域に含んでいます。これらのブナ帯には当然、長崎・佐賀両県には分布しない上記の種も分布すると思われますので、大水等の氾濫で河口から押し流されれば、薩南下流に乗って即座に対岸の甑島に達してしまいます。
一般に、山地性種は夏の高温と、乾燥を嫌い、低地では生活できないと思われます。甑島は周囲を海に囲まれた島環境ということで、あるいは、低地であってもある程度以上高温になることが無く、夏の乾燥も穏やかなのかもしれません。
と言うことで、極端なことを言うと、甑島列島には琉球と本土のブナ帯が共存すると言えるかもしれません。
今年から、また、新たに甑島列島の昆虫調査を始めます。どんな種が現れるか楽しみです。