長崎県の島の甲虫相解析の試みについて

9月19-21日の3日間、九州大学箱崎キャンパスにおいて日本昆虫学会第75回大会(福岡大会)が開催されました。

そのうち、9月21日午後1時から3時半まで自然保護委員会の「島嶼生態系の多様性とその保全」と題したシンポジウムが行われましたが、その中で、「長崎県の島の甲虫相解析の試みについて」とのテーマで発表を行いました。

ここでは、その内容をダイジェストしたいと思います。

表題
表題

なお、発表に先立って、

アオカナブン福江島亜種 Rhomborrhina unicolor fukueana K.Sakaiの標本写真を拝借頂いた酒井氏と、

宇久島の環境写真を拝借し、宇久島産甲虫の長崎県条例による採集禁止措置について、多くの資料を拝借した松尾氏に、心よりお礼申し上げます。

今回は、宇久島の問題については割愛し、また別の機会に紹介したいと思います。

さて、長崎県の島の数は国内では県単位で最も多く、長崎県の発表によりますと、島の数は594、このうち有人島が72、無人島が522と記されています。県単位では国内で最も島の数が多いようです。

長崎県の島の数
                                                                                   長崎県の島の数

長崎県の生物学的な地域区分は、離島が4区分、本土が4区分です。

長崎県の地域区分

                                                                                  長崎県の地域区分

長崎県の島は種構成や固有種の存在、亜種の分布などから、概ね、北から、対馬、壱岐、五島列島、男女群島の4区に分けることができます。

他に平戸島や本土周辺の島もありますが、種構成から、これらは本土に含め島としては言及しません。

日本産甲虫は13000種を越える種が知られていますが、長崎県では2014年11月現在の集計で3155種が記録されています。
このうち、離島では全体で1881種、対馬1404種、壱岐427種、五島列島872種、男女群島163種が記録されています。

長崎県の離島の記録種数

                                                                            長崎県の離島の記録種数

今回の発表では、これらの島の甲虫相について、各島の固有(亜)種と分布型による解析を通じて、各島の甲虫相の特徴や成り立ちなどを考えてみたいと思います。

<固有種と固有亜種>

まず、固有種と固有亜種について、島ごとに見ていきたいと思います。

A.対馬
対馬の固有(亜)種は115種(産する種の8.2%)が知られています。

対馬固有種 50種

ツシマカブリモドキ
ツシマメクラチビゴミムシ
ツシマオオズナガゴミムシ
ツシマナガゴミムシ
ツシマモリヒラタゴミムシ
ツシマゴモクムシ
ツシマナガエンマムシ
Sepedophilus fascilis tsushimanis
Gyrophaena tsushimana
ツシマデオキノコムシ
ホソビロウドコガネ
ツシマツヤドロムシ
ツシマナガタマムシ
ヒメクロナガタマムシ
ツシマヒサゴコメツキ
ツシマシモフリコメツキ
ツシマアカコメツキ
ツシマオオナガコメツキ
ツシマツヤケシコメツキ
ツシマチビマメコメツキ
ツシママメコメツキ
ツシマヒメボタル
シバンムシの一種
ツシマゴマダラコクヌスト
ツシマヒロオビジョウカイモドキ
シロウズヒメハナムシ
ツシマコメツキモドキ
クロマダラチビオオキノコ
カドアカチビオオキノコ
ツシマチビオオキノコ
ツシマカクホソカタムシ
ツシマアカスジヒメテントウ
ツシマミジンムシダマシ
ツシマヨコミゾコブゴミムシダマシ
ツシマチビツノゴミムシダマシ
ツシマキノコゴミムシダマシ
ツシマツヤゴミムシダマシ
ツシマトゲヒサゴゴミムシダマシ
ツシマヒサゴゴミムシダマシ
ツシマヒメハナカミキリ
ルリメダカカミキリ
ツシマハネナシサビカミキリ
ツシマケシカミキリ
ツシマゴマフチビカミキリ
ヨスジアオカミキリ
シロウズアシナガハムシ
ツシマカギバラヒゲナガゾウムシ
ツシマシギゾウムシ
ババオオヒメゾウムシ
ツシマアナアキゾウムシ

対馬固有亜種 25種

ツシマオサムシ
マルクビゴミムシ対馬亜種
ツシマヒラタシデムシ
ツシマヒラタドロムシ
クロチビナカボソタマムシ
フタモンウバタマコメツキ対馬亜種
ヒメクロツヤハダコメツキ対馬亜種
ツシマカバイロコメツキ
ツシマクチブトコメツキ
コガタクシコメツキ対馬亜種
ツシマクシコメツキ
ツシマミズギワコメツキ
ツシマカタモンチビコメツキ
ツシマコハナコメツキ
ムモンシリグロオオキノコ対馬亜種
ホソクビアリモドキ対馬亜種
ツシマヨツスジハナカミキリ
ツシマチャイロヒメハナカミキリ
ツシマキクスイモドキカミキリ
ツシマドウボソカミキリ
ツシマニイジマチビカミキリ
ツシマナカジロサビカミキリ
ツシマセダカコブヤハズカミキリ
ツシマビロウドカミキリ
ツシマニセビロウドカミキリ

対馬1島のみではありませんが、複数の島や地域に分布するものも固有種として扱います(地域の固有種)。

対馬・大陸固有種 23種

カンコクホソミズギワハネカクシ
キンオニクワガタ
チョウセンヒラタクワガタ
ヒメダイコクコガネ
チョウセンクロコガネ
ホクセンオオチャイロコガネ
シナハナムグリ
チョウセンムツボシタマムシ
アキマドボタル
キオビオオキノコ
カリプソテントウ
アカアシアカハネムシ
チョウセンマメハンミョウ
ツシマゴモクムシダマシ
コヨツボシゴミムシダマシ
ソルスキイホソクビキマワリ
ミスジヒメハナカミキリ
チョウセンシロカミキリ
クロバネクビボソハムシ
カタモンクビナガハムシ
ツシマヘリビロトゲハムシ
チョウセンデオチョッキリ
カタビロゾウムシ

対馬・大陸固有亜種 9種

ツシマヒラタクワガタ
クロスジチャイロコガネ
チョウセンシラホシハナムグリ
クロタマムシ朝鮮亜種
チョウセンサビキコリ
Calophagus pekinensis
カンボウトラカミキリ
ホソキリンゴカミキリ
ハギルリオトシブミ対馬亜種

地域の固有種 4種

ツシママルムネゴミムシダマシ 対,五,男女
ツシマコブスジコガネ 対; 台湾
ミドリカミキリモドキ 対,奄
ヒラタハバビロキクイゾウムシ 粟,対

地域の固有亜種 4種

マルマグソコガネ対馬亜種 対,壱,平戸,生月
キンイロエグリタマムシ琉球亜種 対,種,屋,奄,喜界,沖縄,石
ツシママダラテントウ 対,壱
タテジロチビヒゲナガゾウムシ 対,屋

代表的な種の写真は以下の通りです。

対馬の固有種・亜種

                                                                               対馬の固有種・亜種

図版の説明が読みづらいですが、左から、ツシマカブリモドキ、ツシマトゲヒサゴゴミムシダマシ、キンオニクワガタ、ツシマヒラタクワガタ、下段左から、ツシマオオズナガゴミムシ、ツシママダラテントウです。

対馬の固有(亜)種の特徴としては、次のようなことが考えられます。

固有種は50種、固有亜種は25種で非常に多い
大陸産で国内では対馬だけにいる種が23種、亜種が9種など大陸由来のものが多い
一部には本土由来と考えられる固有種もある
壱岐や五島などとの共通(南からの海流由来)の種・亜種が少数いる

B.壱岐
壱岐の固有(亜)種は8種(産する種の1.5%)が知られています。

壱岐固有種 1種

ホソヒメジョウカイモドキの近似種(未記載)

固有亜種 2種

ヒラタクワガタ壱岐亜種
イキオサムシ

地域の固有亜種 4種

ツシママダラテントウ 壱・対
チョウセンシラホシハナムグリ 壱・対・大陸
クロタマムシ朝鮮亜種 壱・対・大陸
マルマグソコガネ対馬亜種対,壱,平戸,生月

代表的な種の写真は以下の通りです。

壱岐の固有種・亜種

                                                                              壱岐の固有種・亜種

壱岐の固有(亜)種の特徴としては、次のようなことが考えられます。

固有種はほとんどいない
固有亜種とされるものでも、研究者によって意見が分かれ、確実な亜種とは言えない
対馬と共通など地域的な固有(亜)種が若干数ある
壱岐では今後とも固有種の発見はほぼ困難と考えられる

C.五島列島
五島列島の固有(亜)種は21種(産する種の2.4%)が知られています。

五島列島固有種 7種

ゴトウヒゲナガアリヅカムシ
ゴトウミズギワゴミムシ
ゴトウオオズナガゴミムシ
イアナメクラチビゴミムシ
イケザキアカヒラタゴミムシ
ゴトウメクラチビゴミムシ
ゴトウナガゴミムシ

五島列島固有亜種 9種 (ただし、既に記載されているのは4種のみ)

マルマグソコガネ福江島亜種 五(福江島)
ノザキヒメオサムシ 五島(野崎)
ワカマツヒメオサムシ 五島(若松)
アオカナブン福江島亜種 五(福江)

ビロウドカミキリ五島亜種(未記載)
ニセビロウドカミキリ五島亜種(未記載)
ニシジョウカイボン宇久島亜種(未記載)
ウスグロニンフジョウカイ五島亜種(未記載)
ヒメキンイロジョウカイ五島亜種(未記載)

地域の固有種 4種

ミヤモトヒメテントウ長崎,五,ト中
ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシ五,男女
ツシママルムネゴミムシダマシ対,五,男女
ルリホソアリモドキ 九州,五,平戸

地域の固有亜種 1種

アオハナムグリ五島亜種 五・種子島

五島の固有種・亜種

                                                                               五島の固有種・亜種

図版の説明が読みづらいですが、左から、イケザキアカヒラタゴミムシ、ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシ、アオハナムグリ五島亜種、そして、アオカナブン福江島亜種です。

その下に示したのは、アオハナムグリと、アオカナブンのそれぞれ原名亜種です。色の違いが特徴的です。

五島の固有(亜)種の特徴としては、次のようなことが考えられます。

固有種は全て本土系で、洞穴種など後翅が退化した移動性が少ない種が大部分である
亜種としては色彩などに特化したものが見られる
南からの海流由来の亜種がいる
ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシ、ツシママルムネゴミムシダマシなど後翅が退化したものも海流分布の可能性が大きい
島によって体色や、大顎の長さなどに差があり、列島内でも島による変異・進化の程度に差がある
上記の現状は、島への侵入が複数回に及んでいる可能性も考えられる

D.男女群島
男女群島の固有(亜)種は30種(産する種の18.4%)が知られています。

男女群固有種 11種

ダンジョクロコガネ
ダンジョビロウドコガネ
ケブカツヤハダコメツキ
メシマヒメジョウカイモドキ
メシマチビヒサゴゴミムシダマシ
メシマクビカクシゴミムシダマシ
ダンジョマルムネゴミムシダマシ
メシマキイロトラカミキリ
メシマキンケカミキリ
メシマコブヒゲカミキリ
メシマチビヒョウタンゾウムシ

固有亜種 9種

サタサビカミキリ男女群島亜種
ハナムグリ男女群島亜種(未記載)
クロサワヒメジョウカイモドキ男女群島亜種
メシマカタシロゴマフカミキリ
メシマシロオビサビカミキリ
ダンジョヤハズカミキリ
ヤマトタマムシ男女群島亜種
メシマビロウドカミキリ
ダンジョニセビロウドカミキリ

地域の固有種 7種

ダンジョセスジダルマガムシ 九州(鹿児島),男女
ハマベヒメテントウ 九沖,男女,甑
ゴトウヒサゴゴミムシダマシ 五,男女
エジマツツハムシ 男女〜壱岐〜福岡相ノ島
ツシママルムネゴミムシダマシ 対,五,男女
ナガサキオチバゾウムシ 九州,男女
メシママルクチカクシゾウムシ 九州,男女,ト悪

地域の固有亜種 3種

コクワガタ熊毛黒島亜種 男女,口永,竹,硫黄,黒
ハマベヒメサビキコリ 女,ト(中,諏,宝)
アマミアオドウガネ 男女,ト(口,中,諏訪,悪,宝,横当),奄,徳,喜界,加計

男女群島の固有種1

                                                                                     男女群島の固有種1

図版の説明が読みづらいですが、左上から、ダンジョビロウドコガネ、ダンジョクロコガネ、
左下から、メシマヒメジョウカイモドキ、メシマクビカクシゴミムシダマシです。

男女群島の固有亜種等2

                                                                              男女群島の固有亜種等2

左上から、ツシママルムネゴミムシダマシ、ハマベヒメテントウ、ハナムグリ男女群島亜種(未記載)

下の段は、固有種でも亜種でもありませんが、スグリゾウムシで、男女群島には大陸と同じく♂がいます。
日本本土産は♀のみで単為生殖をしています。
男女群島と大陸との関連性を推定できます。

男女群島の固有(亜)種の特徴としては、次のようなことが考えられます。

固有種11種、固有亜種9種で、固有種率は18.4%になり、対馬より比率の上では大きい
固有種は大部分が南からの海流由来による
進入した時期により、固有化の程度が異なり、種と亜種の両方が存在する
一部に、大陸と共通の個体群がいる。

長崎県の島の固有種についてまとめると、以下のようになります。

対馬は大陸系固有種で特徴付けられる
男女群島は、南からの海流由来で、島で固有化した種で特徴付けられる
対馬と五島には、少数の本土系の固有種もいる
壱岐にはほとんど固有種はいない

長崎県では、離島ばかりでは無く、本土部でも地域によって固有種が存在します。

島原半島では、ウンゼンチビゴミムシ、センブキミズギワゴミムシ(未記載)、イワトクチキムシ(未記載)、ルリクワガタ雲仙亜種など、地域の固有種も含めて、22種が存在します。

島原半島の固有種

                                                                                 島原半島の固有種

また、同様に、多良山系においても、タラクビボソジョウカイ、タラヌレチゴミムシ、タラオオズナガゴミムシ(未記載)、タラチビゴミムシ(未記載)、タラチビジョウカイ(未記載)など21種の固有種が知られています。

多良山系の固有種

                                                                                   多良山系の固有種

さらに、佐賀県の背振山系以西の佐賀県・長崎県には以下のような固有種や、

佐賀県・長崎県の固有種

                                                                               佐賀県・長崎県の固有種

左上:ナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシ
左下:コナガキマワリ
右上:イマサカナガゴミムシ
右下:タラダケナガゴミムシ

以下のような固有亜種も存在します。

佐賀県・長崎県の固有亜種

                                                                                佐賀県・長崎県の固有亜種

左上:ヒミコヒメハナカミキリ西九州亜種
右上:ソボムラサキジョウカイ北九州亜種
下:リョウコニンフジョウカイ原亜種

長崎県本土の固有種の比率は、島原半島で22種/2007種=1.2%、多良山系で21種/1732種=1.1%程度ですから、それほど多くはありませんが、それでも周辺の離島とそれほど違わない状況があると言えます。

<分布型>

続いて、分布型です。
分布型による解析は、地域ファウナの比較の手法の1つとして考案しました。

分布する甲虫は種ごとに分布範囲が違うので、それを類型化していくつかの分布型(カテゴリー)に分けます。
そして比較する島や地域ごとに、産種をすべての分布型に振り分けて、そけぞれの比率を出します。

各地域ファウナを分布型の比率により比較し、その特徴を考察するわけですが、この分布型を使用する1番のメリットは、調査精度(種数)にかかわらず、分布型の比率は、地域によりほぼ一定の値を示すということです。

分布型のカテゴリーは以下の11区分とします。

A型:北方系広域分布種 北海道〜トカラ、大陸
B型:南方系広域分布種・汎世界種 北海道〜琉球、大陸、汎世界
C型:大陸・本土系種  本州〜トカラ、大陸
D型:大陸系種  九州〜屋久、大陸
E型:北方・本土系種  北海道〜トカラ
F型:本土系種  本州〜トカラ
G型:暖地性種  本州(山地を除く)〜琉球
H型:琉球系種  四国・九州(山地を除く)〜琉球
I型:九州・四国固有種 九州・四国(一部は山口県も)
J型:九州固有種  九州
R型:その他 上記以外(固有種、分布不明種を含む)

長崎県産甲虫でそれぞれのカテゴリーにどんな種が含まれるか紹介しましょう。

(A型:北方系広域分布種)

(B型:南方系広域分布種・汎世界種)

(C型:大陸・本土系種)

(D型:大陸系種)

(E型:北方・本土系種)

(F型:本土系種)

(G型:暖地性種)

(H型:琉球系種)

(I型:九州・四国固有種)

(J型:九州固有種)

(R型:その他)

以上で、どの種をどのカテゴリーに入れるかと言うことは、理解頂けたと思います。
産する全ての種について、AからRまでの記号を振り分け、さらに、そのカテゴリーごとの種数を数え、全体に対する比率を出せば、その地域における分化型の比率が導き出せます。

長崎県の島の甲虫相を考えるためには、そのベースとなる地域を設定して、そことの比較によって考えることが重要なので、ここでは、最も基本的と考えられる多良山系における分化型の比率をベースにします。

多良山系における分化型比率

多良山系における分化型比率

画面が小さいので、A〜Rの表示が見にくいと思います。
この図も含めて、全て左から右へ、多良山系において比率が高い方から低い方へ順に並べます。

左から、灰紫(F:本土系種)、赤紫(A:北方系広域分布種)、薄黄(E:北方・本土系種)、薄青(B:南方系広域分布種)、紫(C:大陸・本土系種)、肌色(G:暖地性種)、青(J:九州固有種)、灰色(R:その他)、ピンク(H:琉球系種)、群青色(I:九州・四国固有種)、黄色(D:大陸系種)の順です。

多良山系の甲虫相の特徴は以下のようになります。

本土系(F・E)と北方系広域分布種(A)、大陸系(C)などがファゥナの中心
西彼杵半島・島原半島などで暖流から遮断されているので、南方系(G・H)の要素は少ない
南方系広域分布種(B)も多くない

次に、本土でもう一カ所、島原半島も示しておきます。
多良山系との差がが解りやすいように、多良山系の比率を下に重ねて示します。

島原半島における分化型比率

                                                                              島原半島における分化型比率

島原半島の甲虫相の特徴は、

甲虫相の基本的な大部分は多良山系と共通のようです。
しかし、多良山系と比較すると、多少バランスを欠いているようです。
つまり、最高標高は高いのに、むしろ北方・本土系(E)はやや少なく、もう一つの基本要素Fも少なくなっています。
その隙間を埋めるために、南方系の広域分布種(B)が入り込み、直接海流の影響を受けるため琉球系(H)と暖地系(G)が多くなっています。

以上を頭に入れた上で、離島の分布型を見ていきましょう。

A.対馬

対馬における分化型比率

                                                                                  対馬における分化型比率

対馬の甲虫相の特徴は、
多良山系・島原半島の2地域とは、かなり違っています。

固有種の項で述べた、大陸系・固有種などが含まれるその他(R)がかなり多いのは当然としても、南方系広域分布種(B:多良の5割増し)がかなり多く、北方系広域分布種(A:多良の1割増し)も多いのは意外でした。
島は自然林の範囲は少なく、人為的部分が多くなるので、どうしても広域分布種が侵入し勢力が強くなるのでしょう。
そのため、本土系(F・多良の2/3)と、北方・本土系(E・多良の3/4)はやや少なくなっています。
漠然とした予想では、対馬には北方系の種が豊富な感じがしていましたので、EとFが少ないのも意外でした。

B.壱岐

壱岐における分化型比率

                                                                                壱岐における分化型比率

壱岐の甲虫相の特徴は、
南方系(B:多良の8割増し)と、北方系(A:多良の4割増し)の両広域分布種が極端に多く、その分、本土系種(F)と北方・本土系(E)は多良山系のほぼ4割減で、本土系は広域分布種によって置き換えられています。
九州・四国固有(I)、九州固有(J)も少なく、本土に比べて相当バランスを欠いています。
壱岐の甲虫相は大部分が周辺からの侵入種で占められていると考えられるので、固有種の存在は期待できないと思われます。

C.五島

五島における分化型比率

                                                                                五島における分化型比率

五島の甲虫相の特徴は、
大勢は壱岐と同じで、南方系広域分布種(B:多良の7割増し)と、北方系広域分布種(A:多良の1.5割増し)がかなり多くなっています。
壱岐同様大部分が周辺からの侵入種で占められていることは同じです。
しかし、壱岐からすると、まだ、本土系種(F)と北方・本土系(E)の減少がやや少なく、本土系も多少残存している感じです。
また琉球系種(H)と暖地系種(G)が多良の倍近く多いのは、暖流の影響を強く受けていることが明らかです。
壱岐と違って、多少とも本土系固有種、あるいは若干の南系固有種が期待できるものと考えられます。

D.男女群島

男女群島における分化型比率

                                                                                男女群島における分化型比率

男女群島の甲虫相の特徴は、
いずれの島や地域ともまったく違った甲虫相を示しています。
つまり、本来のベースである本土系種(F)、北方・本土系(E)と、北方系広域分布種(A)が圧縮されて、3つ併せて、多良山系の2倍以上に拡大した南方系広域分布種(B)と同じ程度になっています。
また暖地性種(G)と琉球系種(H)も飛び抜けて多く、その他(R:大部分が固有種)も拡大しています。

九州系固有種のIとJはほとんど侵入できておらず、E、Fも少ないことから、九州本土とは地史的な長い時間、切り離された状態が続いているものと考えられます。
逆に、海流等による南からの侵入種が大部分を占めますが、明らかな南系の固有種も存在するので、そうとう前に侵入した種の中には、島に到着してから固有化する時間が経過したものもあると考えられます。

男女群島の甲虫相については、調査が不十分で記録されている種数がごく少ないことから、今後、ファウナについては見直しが必要かもしれません。しかし群島の面積が狭く、標高も低いため、生息可能な種の数はかなり制限されると思うので、大勢は変わらないかもしれません。

繰り返しになりますが、上記4つの島と本土2地域を並べてみました。

長崎県離島における分化型比率)

                                                                             長崎県離島における分化型比率)

こうして並べると、色の帯の幅だけでも、島ごとにかなり差があることが理解しやすいと思います。
以上、分布型による解析により、島によって分布型構成が大きく違うこと、
産種同士の直接的な比較より、パターン化した分布型による比較の方が、その島の甲虫相の特徴が解りやすいこと、
さらに、固有種の由来、ルーツの推定が可能であることが解ります。

帯グラフでは、ごく少ないパーセントの部分が分かりずらいので、念のために、実際の数字も追加しておきます。正数のパーセントで示したので、0となっていても、0.4〜0.1%の場合も含んでいることをご理解ください。

(長崎県離島における分化型比率表:数字%)

また、島・地域ごとに、比率の多いものから、最も多いカテゴリーを赤字に、2番目を橙字、3番目を鶯色字に、4番目を青字にしています。セルを黄色く塗ったものは、他とは極端に違う部分です。

この表を見ると、島での分布型比率の順位の傾向は、対馬、壱岐、五島では、比較的同じ傾向を示すことが解ります。本土とは同様にかなり違ってきます。
男女群島は、他と極端に違うことも見て取れます。

<まとめ>

長崎県の離島の甲虫相について、固有種と分化型の両面から解析を試みました。
その結果、以下のようなことが推定できました。
長崎県の離島には南方系・北方系の両広域分布種が多く、本土系(FとE)は少ない→本土からするとバランスが崩れている
暖地系(GとH)は多く、壱岐と五島は顕著に多い
特に、男女群島は大部分が南方系広域分布種と暖地系で占められ、固有種も南系に由来すると考えられる
対馬には固有種が多いが、多くが大陸系と考えられる、
五島にも若干の本土系の固有種がいる
壱岐には固有種はいない

最後に、九州西部の佐賀県・長崎県本土も、五島列島等の長崎県離島と似たような状況にあることを付け加えておきます。

次の図は、左側が九州の航空写真です。山地と平地の分布が概ね見て取れます。
右側は海面を200m引き上げたときの陸地(濃い部分)の分布です。

佐賀県・長崎県本土は、九州脊梁を含む東部九州からは、福岡-久留米線で切り離され、多島海になってしまいます。こうした状況が、過去には何度か出現した可能性が高いと思います。

佐賀県・長崎県本土もまた、長崎県離島とさほど変わらない甲虫相を示す所以と考えられます。

九州の地形

                                                                                        九州の地形

野中さんから講演時の写真を頂きましたので、蛇足ながら最後に加えておきます。
写真をいただいた野中さんにお礼申し上げます。

講演時の写真

                                                                                     講演時の写真