大隅半島まで仕事に出かけたついでに、同行の塚田さんにお願いして、南大隅町の採集地を案内していただくことになりました。
場所の選定から、宿の手配等まで、様々にお世話になった塚田さんに、お礼申し上げます。
4月24日、昼までに仕事を済ませて、一路、南大隅町に向かいます。
目的地は、オオスミヒゲナガカミキリの多産地として知られている稲尾岳南麓で、辺塚〜打詰〜大浦といたる県道74号線てす。
今回は、昼からの短時間しか時間がとれないので、一泊して、翌日の午前中まで採集することにして、塚田さんにお願いして宿を探していただきました。すると、採集地の手前1時間程度の所にある錦江町花瀬公園の中に、風呂付きのバンガローがあるということで、そこに泊まることにしました。
管理人事務所の網戸の内側に、羽化したての綺麗なスミナガシを見つけて、なかなか幸先の良いスタートです。
春のことなので、灯火採集を軽く2時間ほどやった後、ここまで戻って泊まることにして、手続きを済ませました。
ここからは、県道563号線の峠道を経て、辺塚へ向かいます。
稲尾岳南麓を主とする南大隅町の甲虫については、オオスミヒゲナガ以外でも、南方系の目覚ましい種については、多くの方が記録されています。しかし、その甲虫相全体として報告される方は少なく、唯一、福岡の城戸さん、小田さんのコンビが多くの種を記録され、その合計は600種を超えています。一連の報告は以下の通り。
城戸克弥.2004.鹿児島県大隅半島の海岸で採集した3種のコメッキムシ. 月刊むし,(406): 4-5.
城戸克弥・小田正明.2005.鹿児島県大隅半島の海岸砂丘の甲虫類. KORASANA,(72): 27-29.
小田正明・城戸克弥.2005.鹿児島県南大隅町でイズヒゲナガキバケシキスイを採集. 月刊むし,(418): 13.
城戸克弥・小田正明.2006.鹿児島県稲尾岳山麓で採集した甲虫類 I. KORASANA,(73): 37-53,1pl.
城戸克弥・小田正明.2007.鹿児島県大隅半島産の若干の甲虫について. 月刊むし,(442): 23-24.
城戸克弥・小田正明.2008.鹿児島県大隅半島産の甲虫4種の記録: 月刊むし,(454): 13-14.
城戸克弥・小田正明・江頭修志.2008.鹿児島県稲尾岳山麓で採集した甲虫類 II. KORASANA,(76): 17-34.
多くの報告を見ると、稲尾岳南麓の特徴としては、当然、南方系の種が目を引き、中でも、種子島との関連性が特に注目されます。
峠道は、ちょうど、稲尾岳と木場岳の中間あたりでピークを迎え、思ったより高標高まで達しているようで、後で調べたところ標高500m程度はあったようです。
峠を越えて少し走ると、俄然林の感じが良くなり、タブを主とした常緑樹林に入ります。
いかにも、いい感じの渓流と言った流れが出現し、広い道路脇に車を停めて、樹葉を叩いてみると、いきなり、Pidoniaが落ちてきました。ニセヨコモンヒメハナカミキリで、南大隅の1頭目がPidoniaとは思いもよりませんでした。
甫与志岳や稲尾岳では、Pidoniaがいる、ということは予備知識としてありましたが、ここは南大隅町で、それも、せいぜい、500m程度です。
九州の最南端での採集という意気込みの出鼻を、さっそく挫かれてしまいました。
しばらく発達した照葉樹林が続き、ちょっと開けた道下の林縁に、大きな群落のハクサンボクが咲いていました。
九州中北部の低地では、普通、あまり虫のいない花ですが、たまたま、周囲にほとんど花らしい花が無かったためか、Pidoniaを始めとして、ニンフジョウカイ類、ヒラタハナムグリ、ケシキスイやキスイの仲間など、かなり多くの虫が集まっていました。
Pidoniaはチャイロヒメハナカミキリ、ナガバヒメハナカミキリ、ニセヨコモンヒメハナカミキリ、そして、シロトラカミキリ。
驚くべきなのは、打詰の公民館(標高90m程度)の庭に咲いていたシャリンバイの花にもPidoniaがいて、その脇にあったカラムシにラミーカミキリが付いていたことです。
九州の低地では春先に出現する(それも通常、そんな低標高には分布しない)Pidoniaと、低標高の暖地で初夏に出現するラミーカミキリが、同時に同一場所で出現することなどあり得ません。
このことも、彼の地の特徴の一つかもしれません。
この峠道から海沿いの県道74号線までで採れた甲虫は次の通りです。
この中には、期待した南物はほとんど含まれていませんでしたが、それでも2-3の面白い物が採れました。
まず、ニンフジョウカイの一種 Asiopodabrus sp.です。
この種は、♂交尾器には、背面から一対のメディアン・フックが見えることから、Takahashi(2012)によるSatopodabrus亜属に含まれる種と判断できます。熊本五家荘産のホソシロニンフジョウカイ(シイヤクビボソジョウカイ) Asiopodabrus shiijaや、四国愛媛産のコメノノニンフジョウカイ(コメノノクビボソジョウカイ) Asiopodabrus komenonoが近縁ですが、多少形が違うようで、未記載種と思います。
(ニンフジョウカイの一種の♂交尾器、左から、腹面、側面、背面)
Takahashi, K., 2012. A taxonomic study on the genus Asiopodabrus (Coleoptera, Cantharidae). Jpn. J. syst. Ent. Monog. Ser. (4), 359pp.
他に、キイロニンフジョウカイ Asiopodabrus ochraceus 九州(福岡・長崎・熊本・鹿児島)、チビニンフジョウカイ Asiopodabrus neglectus 本州(山口),四国(山川町高越山),九州(福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・宮崎・鹿児島),対、ハヤトニンフジョウカイ Asiopodabrus hayato 本州(山口),九州(福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・鹿児島),五,天草、フチヘリジョウカイ Lycocerus maculielytris、クビアカジョウカイ Lycocerus oedemeroidesなどがいました。
南物としては、ヨツモンムクゲキスイ Biphyllus oshimanus 九州(宮崎・鹿児島),伊(八),屋,奄,徳,沖縄,石,西がいました。
さらに、四紋になった次のアシナガトビハムシですが、このタイプは奄美大島などでも見られます。クロボシトビハムシ Longitarsus bimaculatusと良く似ていて、その色彩変異なのかどうか判別できていませんが、従来、奄美と沖縄くらいでしか見ていないので、南物であることは間違いないと思います。
また、佐多のモンヒョウタンゾウムシは、アトモンヒョウタンゾウムシ Amystax satanusという名前が付いています。ここのも同じと思いますが、緑色の鱗片による金属光沢などもあって、一見、他の九州産Amystaxと違って見えます。
発行目前と言われている森本先生によるゾウムシ上科概説2では、この群が扱われており、九州産だけでも何十種かに分けられると言われています。後翅が退化した飛ばない種ですから、分化が激しい種群なのでしょうが、それにしても何十種にも分けられるというのは驚きです。どんな場所を境として種が分かれているのか、研究成果が注目されます。
同じゾウムシで、ヒゲブトシギゾウムシ Curculio breviscapus 本州,四国,九州,伊,種も初めての採集です。口吻が、触角の付け根付近を境に極端に太さに差があるので、同定しやすい種ですが、福岡や佐賀でも記録があるにもかかわらず、なぜか、巡り会っていませんでした。
さて、いよいよ、杉山谷のオオスミヒゲナガ・ポイントです。海面まで2-300mは有りそうで、急斜面の中に、道がうねうねと続いています。
すれ違いも難しいような道が続きますが、所々にある広がった場所に、シーズンともなれば灯火採集の幕が張られるそうです。
塚田さんが早めに幕を張って準備をしてくださるということで、暗くなる手前まで、その周辺で採集することにしました。
別の開けた場所に車を停め、立ち枯れなどをハンマーリングしながら、比較的なだらかな谷を詰めていくと、樹液が流れ出した模様のある生木がありました。
これは、どうみてもオオスミの食害痕でしょう。
見渡すと、こうした木があちこちに無数に見られます。確かに、多産地のようです。
(訂正:
投稿後、カミキリ幼虫期の研究・第一人者の森一規氏から以下のようなコメントをいただきました。
「あちらこちらから樹液を垂れ流している生木ですが、おそらくマテバシイかと思います。
この食害痕は、オオスミヒゲナガカミキリではありません。
おそらくカシノナガキクイムシが穿孔した時の樹液痕と思います。」
てっきり、オオスミヒゲナガと思いましたが、早とちりのようです。それにしても、樹液痕のサイズもオオスミの大きさと同じくらいでしたし・・・。
そう言えば、確かに、脱出口は見ていません。
ご指摘頂いた森さんにお礼申し上げます。)
この周辺で採集できたものは、次の通りです。
キノコや立ち枯れについていたものと、ウツギの花にきていたものが大部分です。
クロオビマダラヒゲナガゾウムシ Acorynus asanoi 九州(鹿児島),伊,対,屋,奄は立ち枯れから採れましたが、南物です。最近、宮崎県南部でも採れているようです。
それから、ウツギの花に、ハナムグリハネカクシが2種いました。
キイロハナムグリハネカクシ Eusphalerum parallelum (1♀)と、ハラグロハナムグリハネカクシ Eusphalerum solitare(1♂)です。
(キイロハナムグリハネカクシ♀)
(ハラグロハナムグリハネカクシ♂)
(ハラグロハナムグリハネカクシ♂交尾器、左:背面、右:腹面)
前者は♀なので、100%確実ではありませんが、まあ、大丈夫でしょう。
後者の♂交尾器は、久留米産などに比べると中央片がちょっと太くて長いようですが、Watanabe(1990)に図示してある若杉山産のそれと比較的似てますので、こちらも良いと思います。
ここでも、南と北の融合が見られます。
午後6時を過ぎたので灯火採集の場所に戻ります。
塚田さんのセットはもうスタンバイしていて、夕食の弁当を広げながら点灯します。
水銀灯が2個に、ブラックライトが2個、丸い電灯型の蛍光灯が2個、全体で300W程度になるでしょうか。
夏ならよほど多くの虫が飛んでくることでしょう。
蛾屋さんから、蛾の採集も依頼されているとのことで、セッセと蛾を採られていました。
不思議と、開放空間の多い上斜面側ではなく、結構大木の林で鬱閉された下斜面側の飛来が多いようです。
甲虫の方は予想通りポツポツで、一番多かったのが、ヒメキンイロジョウカイ。
九州南部では、緑色の個体が多い中、ここでは紫系が主力です。
大隅では多少、色彩変異の傾向が違うようです。
他に、南物のシロアナアキゾウムシ、九州固有のヒゴシマビロウドコガネなど。
キムネマルハナノミの仲間も飛来しましたが、調べてみるとルイスキムネマルハナノミ Sacodes duxでした。
虫の飛来も途絶えたので、予定の2時間を待たずに終了。
帰りは闇のつづれ折りの峠道を通るのが厭で、辺塚〜大中尾〜県道68号線を経由して花瀬公園のバンガローへ。
翌朝、快晴の天気に心がはやって、朝食後さっそく出発、まずは、木場岳の林道を目指します。林道入口には、やはりハクサンボクの花が有り、Pidoniaがいました。ここでは、フタオビヒメハナカミキリ Pidonia puziloiもいて、南大隅町産Pidoniaは4種になります。
林道は大鹿倉林道と言い、木場岳の登山道入口付近が良さそうとのことでしたが、舗装は2-300mで終わり、先は未舗装とのことで、入口に車を置いて歩くことにしました。
結局、800mほど歩いて引き返しましたが、時間があれば、もっと奥の方が環境が良かったようです。採れた甲虫は以下の通り。
多くは花物と、葉上にいたもの。立ち枯れから落ちた物がほんの少し。
それでも、引き返す直前に新しい倒木を叩いて落としたツツヒラタムシは、現地では小さくて黒いことしか解りませんでしたが、帰宅して顕微鏡下で眺めると、クッキリとした4つの黄褐色紋があり、これは初物でした。
調べてみると、佐々治先生の退官記念出版物に美しい原色図が有り、先生が種子島から記載されたクロサワツツヒラタムシ Ancistria kurosawai 九州(鹿児島),屋,種であることが解りました。
前述の、城戸・小田(2006)では城戸さんが稲尾岳南麓の打詰で採集し、原色写真を載せられています。その記述によると甫与志岳でも採れているということで、まさに、種子島・南大隅要素を特徴付ける種の1つと言えると思います。
城戸さんは、この虫が大変気に入られたようで、いつもいただく、自身の著作の別刷りを製本した別刷集 IV (2001〜2010)の表紙に、この虫の原色図を描かれています。
葉上からは、茶色の小さなクモゾウが落ちてきて、これは、エサキヒシガタクモゾウムシ Abrimoides esakii 九州,伊(神津),奄,沖縄,与那で、この種も紛れなく南物です。
花と葉上から、普通よりやや小型のチビジョウカイがいくつか採れましたが、腹節末端節はやや毛深く、中央の切れ込みも、かなり深い感じでした。
(ニッポンクロチビジョウカイ♂)
(ニッポンクロチビジョウカイ♂腹節末端節、左:腹面、右:側面)
この種はニッポンクロチビジョウカイ Malthodes yukihikoi 本州(神奈川),九州(熊本)で、まさか、南大隅町で採れるとは、思ってもみない種でした。
(ニッポンクロチビジョウカイ♂交尾器、左:背面、右:側面)
お昼も近づいたので、車に引き返し、弁当にしました。
久留米に夕方までに戻り付くには、午後3時くらいがタイムリミットなので、塚田さんに無理を言って、西海岸沿いのどこかであと少し採集することにしました。
ということで、30分以上掛けて伊座敷まで走り、海岸沿いで叩いてみました。
林縁のガケにはシダ類が多く、キンイロエグリタマムシが落ちてきました。
見ると、幅広のシダに付いています。
沢山落ちてきたシダをよく見ると、葉上に無数の黄色や茶色の喰い痕があります。
調べてみたら、オニヤブソテツでした。
久留米などではベニシダで見かけるのが普通ですが、オニヤブソテツに多いのを初めて知りました。こちらが葉も厚く、喰いやすそうですが、久留米ではオニヤブソテツに付いているのを見たことがありません。
1時間ほどで落ちてきた虫が以下の写真です。
思ったほど、南物は見られませんでしたが、前胸の赤いムナキヒメジョウカイモドキ Attalus niponensis 九州(南部),屋,ト(口,中)は、その1つです。
また、オオフタホシテントウ Lemnia biplagiata 五,男女,甑,ト,奄,徳,沖永,沖縄,石,西もそうです。
その下に写っている小型のテントウ2個体は、モンクチビルテントウ Platynaspidius maculosus 本州(東京・神奈川・静岡),九州(福岡・鹿児島),沖永,沖縄です。
後者は帰化種で、琉球経由で、南九州から北九州、そして、関東までも侵入した種ですが、2006年に、この半島の対岸、南さつま市坊津車岳で採集して、今坂(2006)として報告したのが、日本(九州)本土の初記録です。
今坂正一, 2006. 九州初記録のモンクチビルテントウ. 月刊むし, (425): 45.
10年も経たないうちに、ほとんど九州中に広がり、関東の分布もかなり広がっているのではないかと思いますが、侵入種の分布拡大のスピードはすごいものです。
帰る時間になり、伊座敷を最後に、今回の南大隅町の採集を終わりにしましたが、機会があったら、また、初夏や夏の時期に是非、来たいものです。
塚田さんの情報では、木場岳は、西側の県道68号線側から林道を入ると、登山道入口のより近くまで車で入れ、環境も良いと言うことなので、次回は、そちらから入ってみたいと思います。
南大隅町は、まだまだ、謎に満ち、興味をそそられる地域のようです。(地名等の間違いを指摘頂いた木野田さんにもお礼申し上げます。)