2015年3月16日、数日前に雪が降ったことがまるで嘘のような暖かさに、春を待ちきれずに、地元の高良山に出かけてみました。
ツツジ公園の先の展望所に夏目漱石の歌碑があります。
「筑後路や 丸い山吹く 春の風」
調べてみると、漱石は1897年3月に高良山に登り、耳納連山を歩いて草野町に下り、発心の桜を見物したようです。この時、10の俳句を詠んだとあり、この歌はその1つでしょう。
この時見た風景が小説「草枕」の峠の場面に生かされているそうです。
ということは、この眼前の景色を、漱石も見たものと思われます。
今年はまだ、桜のつぼみも膨らんでおらず、カエデも芽吹いていないので、漱石がここに立ったのは、あと、10日〜2週間くらい後の時期だったと思われます。
尾根沿いにうねうねと続く耳納スカイラインには、暖かい日差しが満ち、木漏れ日に照らされて、羽虫がふわふわと漂っていました。
気温は午前10時の段階で、すでに13℃を超えたでしょうか。この分では20℃くらいまで上がるとの予報が出てまして、久々に、虫もそれを感じて浮かれていたのかもしれません。
飛翔しているは、大部分が双翅類(ハエ・カの仲間)ですが、掬ってみると、微小なハナムグリヨツメハネカクシの仲間が入ってました。
1.8mmと微小、帰宅して取りだした♂交尾器は次の写真の通りです。Watanabe(1990)で調べてみると、この種が含まれるEusphalerum属には3つのグループがあり、上翅に毛が密生しない本種は第1の、pollensグループに含まれるようです。
(ハナムグリヨツメハネカクシの一種の♂交尾器腹面)
このグループに含まれる日本産は26種、うち、九州から記録のあるのはクロハナムグリヨツメハネカクシ E. pollens、ハラグロハナムグリヨツメハネカクシ E. solitare、ルイスハナムグリヨツメハネカクシ E. lewisiの3種です。
クロハナムグリは全体黒褐色の種で、後2種は頭・前胸・上翅は黄褐色の種。ハラグロハナムグリは昨春このホームページでも紹介しましたが、2.6mm以上とむしろ本種より、二回りほど大きく♂交尾器の中央片はかなり細い種です。
さらにルイスハナムグリは体長はほぼ同じですが、♂交尾器の中央片はかなり細く、側片の先端はより大きく広がっています。
本種は色やサイズなど、3種の中では、むしろルイスハナムグリに良く似ていますが、♂交尾器の中央片はかなり太く、側片の先端はほとんど広がらないと言う点が違います。多分未記載種ではないかと思います。
Watanabe(1990)で検討されている種は大部分が本州中央部〜北海道産で、西日本各地には、まだ、Eusphalerum属に含まれる未知の種が多く分布しているものと思われます。
(訂正、その後の調べで、本種は♂交尾器の特徴から、キイロハナムグリハネカクシ Eusphalerum parallelumと考えられます。本種を含むハナムグリハネカクシ類の分類については、改めて、次の次のトピックで紹介していますので、そちらを参照下さい。
再訂正 上記キイロハナムグリハネカクシは上翅に毛が密生するjaponivumグループなので違います(この時点では毛が落ちたものと考えていました。この種は結局未記載種のようで、アラハダキイロハナムグリハネカクシと仮称しています。この種については次のトピックで紹介しています。http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=187)。
春の冷雨の高原にて −ハナムグリハネカクシ探索−
http://www.coleoptera.jp/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=154)
さて、ツツジ公園の先の伐採跡地には、冬中FITを掛けたままにしてありました。
旧FITにはほとんど虫は入っていないようでしたが回収し、その多くが破損していたので、ようやく、春の気配が出てきて、虫が動き出しそうなので、リニューアルすることにしました。
新型のFITが次の写真です。
落ちてきた虫を受ける漏斗部分に、2cm編み目の防鳥ネットを張ってみました。
いつも落ち葉が大量にカップの上部を塞ぎ、虫が入るのを妨げていたと考えられるので、これをネットで防ごうと考えたのです。
さて、どの位効果があるか、今年はこれで様子を見てみましょう。
暖かい日差しの中で、羽虫は盛んに飛び回っていますが、まだ葉上にはほとんど甲虫は見られません。
そんな今日の主目的は、冬の間に、ウォーキングをしながら目を付けていた、キノコの付いた立ち枯れ木のスプレーイングです。
とりあえず、道沿いの白いキノコのついたサクラの立ち枯れをスプレーしてみましょう。
思いがけず、毛むくじゃらのツツキノコムシが大量に落ちてきました。
昨年初めて4頭採集しただけのケナガツツキノコムシです。本種はそれまでほとんど採集したことが無く、珍品と思っていましたが、本日最も個体数が多かったのが、本種でした。当たるとそんなもんですね。
それにしても、本種はサイズの個体変異が大きく、最小の個体(左端)は最大の個体の1/3以下です。これで、ちゃんと、交尾が可能なのか心配になります。
間に黒いケシ粒みたい(1mm以下)に見えるのはケシハネカクシの仲間と思われます。
この仲間としては、ミカンハダニを捕食する天敵としてのヒメハダニカブリケシハネカクシが有名ですが、本種はキノコから数十頭落ちてきました。
何を捕食していたのでしょうね。
(訂正:いつもハネカクシをご教示頂いている伊藤さんによると、写真から判断すると、Holobus antennatatus マルハダニカブリケシハネカクシのようだということです。
その後、標本をお送りして確認して頂いたところ、Holobus属ではなく、Oligota属とのことで、O. japonica ケシハネカクシだろうということです。
ご教示頂いた伊藤さんにお礼申し上げます。なお、ハネカクシ総目録によると、本種の分布は本州だけで、九州の分布は知られていません。微小なハネカクシはまだまだ調べられていないようです。)
他にツツキノコムシは、ゴマフツツ、キタツツ、チュウジョウエグリツツ、ツヤツツ、ヒメツヤツツなどが採れ、昨年春とほとんど同じです。
他に、チビクロモンキノコハネカクシ、セマルハバビロハネカクシ、アロウヨツメハネカクシ、ヒメマキムシなども見えます。
特筆すべきは、ブンゴキノコゴミムシダマシ Platydema miyakei Akita et Masumoto 九州(大分佐伯市・熊本南関町大津山)です。
一見、最普通種のベニモンキノコゴミムシダマシと思ったのですが、よく見ると前胸は赤褐色で、上翅の赤紋の配置も違っていました。
(再訂正:当初、ヒメオビキノコゴミムシダマシ Platydema nigropictumと書いて、次に、クロオビキノコゴミムシダマシ Platydema pallidicolleと訂正しました。しかし、熊本県大津山のブンゴキノコゴミムシダマシを記録した小田さんのご教示により、本種であることが判明しました。
クロオビとブンゴの違いですが、ブンゴがやや大きめで、前胸と上翅はよりツヤがあって、点刻も小さめです。
さらに解りやすいのは、ブンゴの上翅基部の黒色部はほぼ側縁まで広がりますが、クロオビでは側縁は赤紋で遮られて、黒色部は第五間室付近で終わることです。高良山の採集例は、原記載の大分県佐伯市宇目北川ダム、小田さんによる熊本県南関町大津山に次いで、3カ所目の産地になるようです。
Akita, K. & K. Masumoto, 2012. Elytra, Tokyo, (N. S.), 2(2): 207-216.
小田正明, 2014. 熊本県におけるブンゴキノコゴミムシダマシの記録. 月刊むし, (521): 52-53.
なお、当初書いたように、原色甲虫図鑑IIIの51図版の23番と24番の図が入れ替わっていて、ヒメオビは23番、クロオビは24番、解説の学名はそのままで正しいようです。この点のご教示頂いた大塚さんと、上記小田さんにお礼申し上げます。)
他にも、伐採地や道沿いのキノコのついた枯れ木をスプレーイングしていきます。
コヒラタホソカタムシ、アカバツヤクビナガハネカクシ Liotesba punctiventris、ルイスチビヒラタムシ、ムネスジキスイなども落ちてきました。
お昼になり、お腹もすいたので、歌碑の後ろで筑後川を眺めながらの弁当にします。
気温も20℃近くまで上がったと思われ、上着を脱いで、水筒のお茶で喉を潤します。
霞がだんだん薄れてきて、筑後平野もハッキリしてきました。
まだ、畑も河原も、多少、枯れ葉色です。
午後ももう一頑張り、スプレーイングを続けます。
チュウジョウエグリツツキノコムシなど、同じ顔ぶれのツツキノコが多く、ベニモンキノコゴミムシダマシ、ヒゲブトハネカクシの一種などが見られました。
タマキノコムシが2種ほど見られましたが、そのうちの1種は初顔でした。
長崎県西彼杵半島産について、保科さんに写真で確認いただいたのですが、高良山でもいるとは意外でした。九州では佐賀県の記録が知られています。同定頂いた保科さんにお礼申し上げます。
スプレーイングのできる良さそうな立ち枯れもそろそろ底をついてきたし、顔ぶれも余り変わらないので、この秋から考えていた新しい採集法を試してみようと思いました。
それは、昨年、月刊むしのカメムシ特集号で、長島さんが、ハンマービーティングとして紹介されたものに触発された採集法です。
長島聖大, 2014. ヒラタカメムシ科の採集法. 月刊むし, (525): 38-41.
長島さんは、主としてハーケン様の金槌で、キノコなどが付いた倒木などを叩いて、ビーティングネットに落として採集されていたようです。
また、数年前、平野さんを市房山に案内した折、平野さんは倒木や立ち枯れを、すりこぎ様の太いカシ棒でカンカン叩きながら採集されていました。
これらのことから、私は、「この金槌で立木を叩いてみたらどうなるだろうか」と考えてみました。子供の頃、クヌギの幹を蹴って、クワガタを落としていたことも思い出したのです。
当然、手の届かない、幹の高いところにいる虫が落ちてくる可能性があります。
林冠の葉上にいる種や、表皮がザラザラで、溝や隙間の多い木では、樹幹に隠れている種も落ちてくるでしょう。
ということで、比較的、クヌギの幼木の多い林で初のハンマーリング(ハンマービーティング)をやってみました。ただの金槌だと、木にも、自身の腕にも、ダメージが大きいので、写真のように、ゴム性で、グリップには返しのついたものを選んでみました。落ちてきた物は次のような物です。
右上の2つはツノブトホタルモドキです。場所によっては樹皮下で沢山採れますが、高良山では初めてでした。
その左はツバキコブハムシ、ヒサゴホソカタムシ、ムシクソハムシ、スネアカヒゲナガゾウムシ、
下の段左から、カタモンオオキノコ、フジハムシ、アカハバビロオオキノコです。
基本、径7-8cm以下のクヌギの立木を叩いていますが、周辺に、ツバキやタブ、アラカシ、それらに絡まったフジヅルなどもあって叩いています。常緑樹は葉がありますが、クヌギ等の落葉樹はまだ葉は開いていません。
径10cm以上の木も叩いてみましたが、ほとんど効果はなさそうです。
今のところ、生木、枯れ木の関係なく叩いていますが、いろいろ試してみれば、何が効率的か、樹種も含めて明らかになっていくでしょう。
周辺の葉のビーティングでは何も落ちてきませんでしたので、これらは、樹幹かあるいは絡まったツルの下、立ち枯れ枝に付いていたキノコなどに隠れていたのでしょう。
さらに、ホソマダラホソカタムシ、ムツボシテントウ、コモンヒメヒゲナガゾウムシ、コマルムネゴミムシダマシ、ナガニジゴミムシダマシなどもいました。
小型のゾウムシも、ウスグロアシブトゾウムシ、モンアシブトゾウムシ、クヌギチビシギゾウムシが落ちてきましたが、モンアシブトゾウムシ以外は高良山の記録がありません。
微小なミジンムシもいくつか落ちてきて、左よりナカグロミジンムシ、(仮称)ヨツモンミジンムシ、チャイロミジンムシです。
このうち、ヨツモンミジンムシは今までFITの採集品のみで紹介していましたが、今回、初めて、叩いて落としました。まだ、未記載のようで、学名は未確認のままです。
どちらにしても、時期的には、単なる樹葉のビーティングでは得られない種がいろいろ落ちてきました。
今後、いろんな場所で試してみたいと考えています。
いい加減、久しぶりの採集行で疲れていたのですが、もう一つ、是非試してみたかったので、林道を北側へ下ることにしました。
山麓に下りる直前に、小さな流れがあって、そこで、今、大分昆の三宅さんを始めとしてマイブームとなっている「ふんどし流し」をしてみようと思ったのです。
「ふんどし流し」というのは、ヒメドロムシ類の主たる採集法で、流れにふんどし様の白布を流し、その上流で石などを攪乱することで、石の下などに生息するヒメドロムシ類を流して白布に付着させて採るという採集法です。
三宅さんは、昨秋からこの方法にはまりだし、数ヶ月も経たないうちに、新種の可能性のあるヒメドロムシを何種か採集されているようです。
ベースにしている高良山の山系では、まだヒメドロムシは1種も採集していないので、なんとか出したいものと考えていました。
白布を流して、長靴のまま流れに入って底をかき回し、白布を引き上げてみると、黒い点々がいくつか見えます。
裸眼ではまったく黒い点にしか見えませんが、写真に撮って拡大したところ、めでたくヒメドロムシのようで、上翅の基部と先端に赤紋を持つアカモンミゾドロムシでした。
流れのあちこちで、しばらく同じ事を繰り返し、より小さな黒点も確認しました。
帰宅して撮った写真が次の通りです。2種が含まれていました。
小型の物は黒いのと茶色いものがありましたが、前胸がツヤなしであることから、どちらも同じ、緒方・中島(2006)によるヒメツヤドロムシ属の一種 Zaitzeviaria sp.のようです。
彼らによると、上記2種共に、源流〜上流域に見られ、アカモンミゾドロムシは周囲に樹木がある源流域に多く、ヒメツヤドロムシ属の一種は周囲が開けた場所でも砂や泥の多い細流であれば多いということで、現地はまさにその通りの環境でした。
緒方 健・中島 淳, 2006. 福岡県のヒメドロムシ. ホシザキグリーン財団研究報告, (9): 227-243.
陽も西に傾き、久しぶりに一日動いたこともあって、疲れを覚えたので、これで戻ることにしました。
早春の、まだ葉上に虫が這ってないこの時期としては、スプレーイング、ハンマーリング、ふんどし流しなどの採集法を試して、かなり満足できる採集行となりました。