2011年に九酔渓で行ったFIT調査報告の4回目、今回が九酔渓の最終回です。
<得られた種の生態特性>
九酔渓では、キノコとコケが生えた倒木の横にFITを設置しました。当然、FITに入ったものは、その倒木に集まった種が多いと考えられます。
ということで、生態的な性質(主として林内のどの部分に依存しているか)によって、211種を分けてみました。
顔ぶれを見ると、この倒木の要素としては1, 2, 3があると思います。
1. 倒木に生えたキノコに集まっているもの(キノコ)
2. 朽ち木自体、樹皮下や、枯れ木に集まってきているもの(朽ち木)
3. 倒木を被っているコケに集まっているもの(コケ)
これらの種は概略次の通りです。
1.キノコ 51種 24.2%
ヒトツメタマキノコムシなどタマキノコ8種、シラオビシデムシモドキ、クロモンシデムシモドキ、ヒメオオキバハネカクシ、キノコハネカクシ類などハネカクシ15種、デオキノコ類8種、クリイロタマキノコシバンムシ、フタモンマルケシキスイなどケシキスイ7種、ヤマトネスイ、ムクゲキスイ2種、オオキノコ2種、マエキミジンムシ、チャバネムクゲテントウダマシなどテントウダマシ3種、ツツキノコ1種、モンキナガクチキムシ。
2.朽ち木 44種 20.9%
樹皮下に見られるツヤムネマルゴミムシ、チャイロチビヒラタエンマムシ、フジチビヒラタエンマムシ、クロツヤハネカクシなどハネカクシ5種、材に集まるミヤマ、アカアシ、オニ、ノコギリのクワガタ4種、朽ち木に入るヒメアシナガコガネ、クロカナブン、ムネアカクシヒゲムシ、ルリツヤハダコメツキなどのコメツキ2種、コメツキダマシ4種、ムネヨコカクホソカタムシ、オオクロホソナガクチキ、モンハナノミ、キイロカミキリモドキ、カドムネチビキカワムシ、ウスイロゴミムシダマシ、ケチビヒョウタンヒゲナガゾウムシなどヒゲナガソウ3種、キクイゾウ3種とキクイムシ8種。朽ち木に付く粘菌に集まるマルヒメキノコムシ。
3.コケ 3種 1.4%
日中はコケに潜るヒゲナガクロコガネとツヤケシビロウドコガネ、渓流横の倒木を被うコケに集まるオオメホソチビドロムシ。
この倒木に集まってきたわけではないものとして、以下のようなものが考えられます。
4.腐蝕物 7種 3.3%
これらはFITの中で虫が腐り発した腐臭に誘引されたもの。腐蝕物のウジを捕食するヒメツヤエンマムシ、コエンマムシ、セスジハネカクシ2種とアカバハネカクシ、腐蝕物そのものに集まるヨツボシモンシデムシとセンチコガネ。
5.落葉下・地表 25種 11.8%
落葉下性のコウセンマルケシガムシなどケシガムシ3種、ニホンムクゲキノコムシ、ヒメクロセスジハネカクシ、スジツヤチビハネカクシの近似種、アリヅカムシ8種、コケムシ3種、地表性のヒラタキイロチビゴミムシ、イチハシチビサビキコリ、アリの巣にいるネアカクサアリハネカクシ、ヒラタアリヤドリの一種など。
6.樹葉上・花上 31種 14.7%
本来は食樹の葉上、あるいは食事のための花上などで見られるもの。スジコガネ、クズノチビタマムシ、ミヤマベニコメツキなどコメツキ18種、オオメコバネジョウカイ、オカモトヒメハナノミなどヒメハナノミ3種、クロケナガクビボソムシ、ムネアカサルハムシ、ヒゲナガホソクチゾウムシなど。
7.水物 4種 1.9%
水辺で見られるヤマトニセユミセミゾハネカクシ、クサビナガエハネカクシ、幼虫が水棲のタテスジヒメヒゲナガハナノミ、クリイロヒゲナガハナノミ。
8.枯れ草 2種 0.9%
キバネクビボソハネカクシ、ベニモンアシナガヒメハナムシ。
9.獣糞 1種 0.5%
クロオビマグソコガネ。
10.不明 43種 19.4%
未同定ヒゲブトチビシデムシ2種、ヤマトホソスジハネカクシ、クロニセトガリハネカクシ、チャイロホソムネハネカクシおよびヒゲブトハネカクシ21種を含むハネカクシ34種、生態が良く解らないナラツブエンマムシ、マルタマキノコムシモドキ、ケジロヒョウホンムシ、ムネビロカクホソカタムシ、ムツモンヒメコキノコムシなど。
ということで、円グラフを描いてみると次のようになります。
つまり、この倒木に誘引されたと考えられるものが、1, 2, 3の合わせて98種46.4%、倒木に集まったとは特定できないものが113種53.6%です。
ということは、この倒木横のFITでは、半分近くが倒木の恩恵を受けての採集だったわけで、こうしたものがない単なる林内に設置されたFITでは1, 2, 3の要素は0にはならないものの、かなり減少し、構成種がだいぶ違うであろう事が予想されます。
当然、4〜10に分類された113種は、倒木が無くとも飛来した可能性があると言うことで、いわぬるFIT採集品の構成種と考えて良いと思います。これに、かなり(多分1/3以下に)比率を減らした1,2,3を加えたものが、この地におけるFIT採集品を構成するのでしょう。
<種数と個体数の推移>
5月25日から10月6日までのべ133日、12回の回収で211種870個体が採集されています。
時間経過と共に、その種数と個体数がどのように変化しているかを見てみましょう。
まず、種数です。
累計種数のグラフから見てみましょう。
初回5月31日に41種、6月10日には53種増加して94種、6月23日はちょっと足踏みして6種のみの増加ですが、6月29日には33種増加して133種、7月4日も一服で11種増加に留まり、7月17日には26種増加で、170種に達しています。
しかし、この後は勢いも弱まり、7月29日も、8月10日も14種ずつの増加、そして8月24日に5種、9月6日と9月22日は1種ずつ、10月6日は6種とちょっと増加して終了です。
最も種数が増加しているのは6月上旬で、或る程度以上の増加が見込めるのは8月始めまで、10月始めに秋物がちょっと出てくるといった感じでしょうか?
あるいは、10月いっぱい続けていたら、もう一度小ピークがあったかもしれません。
次に、累計種数ではなく、回収日ごとにどれくらいの種が出ているかを見てみましょう。
回収は133日で12回ですから、平均すると11.1日に1回ということになります。
実際には、間隔が縮まったり、伸びたりしている訳なので、1日当たりに換算したうえで、それに11.1日分をかけてやることで補正したグラフが次のようになります。11.1日ごとに規則正しく回収したら、こうなったであろうというグラフです。
期間ごとの種数=(回収日ごとの種数/採集期間)×11.1
この補正値によると、平均は17.6種になります。
また、極端に種数が減る6月23日と7月29日は、悪天候の影響があったことは、その1と2で述べたとおりです。
これで見ると、当初の5月31日には65.0種ですから、すでにかなり高い水準に達しています。
ということは甲虫の発生期すべてをカバーするつもりなら、もう少し早い段階(4月初めくらい)から、FITを設置すべきだったということになります。
6月10日が78.8種、6月23日の15.4種は参考程度に眺めて、6月29日の98.1種が最も高い数値になっています。
その後は7月4日59.9種、7月17日51.5種、7月29日25.0種と急速に減少しています。
さらに8月10日は38.9種と、ちょっと増加していますが、8月24日は15.1種とすでに平均以下で、9月6日5.1種、9月22日11.1種、10月6日9.5種と減少の一途を辿っています。
繰り返しますと、6月末をピークとして、7月末にはその1/4まで急激に減少し、8月にちょっと持ち直してから、9月以降は低水準でなんとか継続していると行った感じでしょうか。
さらに、回収日ごとの追加種数を見ていきますと、どの程度季節によって、種が入れ替わっているか解ると思います。
この場合は、1日あたりに換算して示しています。
133日で211種になったということは、1日平均1.59種追加していることになります。
このグラフを見ると、当初から6月29日までは、1日6種近い高水準で追加していますが、7月中旬までが2種余りとその1/3に減り、7月末から8月中頃までがさらにその半分、8月末以降はそのまた半分と、夏以降の追加種は急激に減少してきわめて少ないことが解ります。
九州では、ブナ帯直下程度の植生帯でも、梅雨が明けると、新しく出現してくる種の数は極めて少ないことが、上記の結果からも確認できます。
同様に個体数を見てみましょう。
個体数も、ほとんど種数と同じパターンを示していますが、5-6月の増加は種ほどは急激ではなく、また、夏以降も種とは異なり、或る一定の割合で増加し続けています。新しい種の発生は夏頃で終わるとしても、或る程度の数の個体がけっこう長く活動を続けていると言うことでしょう。
次いで、回収日ごとの個体数の変動です。
個体数の場合、種数ほどの補正は必要ないと思い、単に、1日当たりの個体数を出してみました。
回収した個体数を、FITを掛けた日数で割った数字です。133日で870個体ですから、1日平均6.54個体ということになります。
これは、一見、余り多い数ではありません。最も多い6月29日でも29個体、ざっと1時間に1個体です。
普通の採集なら、こんなに割の合わない採集はやってられないのですが、それでも、掛け続けていくと、相応の種数と個体数になっていくから面白いものです。
FITは昼も夜も、勝手に虫を捕獲し続けていきます。このあたりがFITの醍醐味と思われます。
それはさておき、個体数の折れ線グラフの形は、種数変動と上下の幅が違うだけで、パターンはほとんど同じです。
個体数が多いのはほんの一部の種だけで、大部分は1種1個体であることから、種と個体数の変動パターンが同じ形になるものと思われます。
<ハネカクシとキクイムシの個体数の消長>
FITことはじめ 4で、種数ではハネカクシが、1種あたりの個体数ではキクイムシが最も多いという話をしましたので、この2グループの個体数の消長を見てみましょう。
ハネカクシは最も亜科単位で多いヒゲブトハネカクシ亜科と、それ以外を分けて集計してみました。
その結果、ヒゲブトハネカクシ亜科は5月末に最も個体数が多く、6月末までに急速に個体数が減少し、10月になってから再びちょっとだけ増加しているのが見て取れます。
ヒゲブトハネカクシ亜科の正しく消長を把握するためには、調査期間の前後に、さらに1ヶ月は余分に設置しておく必要があったようです。
他のハネカクシは、亜科により、春に多く出るもの、夏に出てくるもの、秋にも出るものなど、様々なパターンが混在しているようで、このグラフからは傾向は読みとれません。
次いで、キクイムシの消長についても見てみましょう。
形からすると、甲虫全体の個体数の変動とほぼ同じのようです。
5月末の時点でかなり高水準にあり、6月末をピークとして、7月末には急激に減少し、8月以降は低水準で継続する点はほとんど共通です。
異なる点は、5月末の水準がより以上に高いこと、6月23日の不調がキクイムシでは影響していないこと(この時点が実は真のピークかもしれません)、7月中旬にもう1つピークがあること、くらいでしょうか。キクイムシから言っても、5月初めの設置は必要だったようです。
<林内に生息している甲虫の総個体数>
最後にちょっと変な計算をしてみましょう。
FITことはじめ 3で、九酔渓で使用したFITの概形をお知らせしました。
今回の成果はFIT 1.2個分程度と推定していますので、先に述べた1日平均6.54個体を1.2で割ると、地上99cm〜34cm、幅42cmのスペースの1個のFIT当たり、1日平均5.45個体の甲虫が採れたことになります。
仮にこの地で、このFITを100m横一列に隙間無く並べたとすると、10,000cm/42cm=238個並ぶことになります。
この238個のFITに、どれでも1日平均5.45個体が捕獲されると仮定すると、全部で1,297.1個体になります。
このFIT238個の列を、なるべく虫の動きを重複して妨げることが無いように、仮に1m置きに100組配列したとすると、23,800個のFITに、129,710個体の甲虫が捕獲されることになります。
計算上、九酔渓の100m×100mの範囲で、地上99cm〜34cmの空間を1日当たり129,710個体の甲虫が飛んでいて捕獲される、ということになりますが、甲虫はそんなにすごい密度で生息しているのでしょうか?
林内でどれくらいの数の甲虫が発生し活動しているのか、あるいは発生する可能性があるのか、それを調べる方法があるのでしょうか?
ともあれ、仮定に仮定を重ねるそんな計算は無意味かもしれませんが、この小さな42cm×65cmのスペースを、少なくとも1日平均5.45個体以上の甲虫が飛ぶ(FITに当たった虫の何割かはそのまま逃げているはずなので)というのは、林全体を考えたときに、そんなに少ない数字では無いような気がします。
あっちでもこっちでも、同様に林内をかなり多くの甲虫類が飛び回って移動していると言うことを表していると思いますので。
本報告については、以下のように記録しました。
今坂正一, 2012b. 2011年に九酔渓のFITで採集した甲虫類について. 二豊のむし(大分昆虫同好会会誌), (50): 53-67.