いつまでも暖かくならない2011年の春は、それでも4月の声を聞いて、多少春めいてきました。
4月1日、昨年、大阪のハナノミ屋でコメツキダマシ屋の畑山氏から、見本をいただいていたつり下げ式FITを、6つも新調したこともあり、なんとか試してみたくうずうずしながら、勇躍、高良山に出かけました。
良い天気の中、それでも気温は10度になっていません。
登り口からちょっと上がったところに車を止めて、見ると、カエデはまだ、葉が伸長していません。
日当たりの良い斜面には、スミレが咲いています。
(上:高良山の登り口、下:スミレ)
気温が低い為か、余り虫は飛んでいませんが、林内の日溜まりにはハチ類やハエ類も見られるので、草掃き採集専用ネットを使って、採集してみます。
(草掃き採集専用ネットについては、草掃き採集 その2を参照)
30分ほど草掃き採集をして、持ち帰ったサンプルからソーティングできた甲虫は次の写真の通りです。
写真一番上の●の微小な虫はまずはパスして、その下は左から、ダイコンサルゾウムシ(セイヨウカラシナ)、カワムラヒメテントウ、右に体前半部が見えるのはヒメマキムシ。どちらも樹上でも草地にでも見られます。
次の段のツヤツヤのケシキスイは、トゲアシチビケシキスイ(オドリコソウ)、モンチビゾウムシ(腿節に小トゲあり)、ツヤツツキノコムシの仲間、その右はルイスハナムグリハネカクシ、と思っていますが、実はこの類には多数の種が含まれていると言うことなので、良く解りません。(追補→ハラグロハナムグリヨツメハネカクシ Eusphalerum solitare (Sharp))
その下の段、左からチビハナゾウムシ Anthonomus minor Kojima et Morimoto(九州の低地では、比較的見られる)、シマシマのあるオビデオゾウムシ Acalyptus trifasciatus (Roelofs)(ハマセンダン)。
最下段に移って、左端は、頭と前胸の欠けたセスジチビハネカクシ(通常は、落葉下で見られる)、ツヤツツキノコムシ(カワラタケなどにいる普通種、高良山では初めて)、コチビシデムシの一種(未同定)。
それから、最初の黒●ですが、確かだいぶ前に、伊藤さんに教えていただいたはずなのですが、忘れてしまいました。
体長、僅か0.8mmほど、Oligota sp. マルケシハネカクシの仲間だろうと思います。昨年もこの時期、同様に草掃き採集で採っていますから、結構、草の葉上で活動しているのでしょう。(追補→ハダニカブリケシハネカクシ Holobus yasumatsui (Kistner))
その後、付近の林縁など、普通の採集をしてみましたが、樹葉上にはまだ、ほとんど虫は見られませんでした。
さて、今日の本来の目的は、つり下げ式FIT(空中衝突版トラップ)の設置場所を見つけに来たのでした。
教えていただいた畑山さんには、昨夏、彼のベースグラウンドである奈良県伯母子岳へ、トラップ回収に同行させていただきました。
大阪の彼の自宅から、金剛山と岩湧山の麓を通り、古い山岳仏教のメッカ高野山を経て片道3時間、標高1342mの伯母子岳の登山口、多分標高1000m程度の、鞍部の林道脇が彼のトラップポイントでした。
(上:伯母子岳の林道、下:FITの設置地点・ミズナラの大木が見える)
写真のミズナラの大木脇に設置したFITには、ヒゲジロホソコバネカミキリなど、ネキ2種が入ったそうです。
昨年、彼はこの伯母子岳に6月から9月まで、6個のFITを設置し、ほぼ2週間おきに回収に通ったそうです。
その採集品の中で最も多かったのがキクイムシ、次いで、コメツキダマシとハナノミ、そしてコメツキだそうです。
(上:伯母子岳の登山口、下:トラップ回収中の畑山さん)
このつり下げ式FITは、コメツキ屋の渡辺氏がコメツキ用に改良を重ねたものを、コメツキダマシも良く採れるということで、最近ハナノミからコメツキダマシに軸足が移りつつある畑山さんが教わってきて、この伯母子岳で実地に試していたものです。
標本を見せていただくと、確かに、キクイムシとコメツキダマシはたくさん入っていました。
何より、私としては、やったことが無い採集方法を試すことで、採ったことがない虫が採れることを、この2〜3年、嫌と言うほど楽しんでいるので、やってみる気になったわけです。
彼に教わったFITは、先般糞虫採りなどでブームになった、地上に設置する地上FITではありません。
最近、野村さんが何度か雑誌で紹介された樹上FITの類になります。
何と言っても、A3クリアーファイルと紙コップなどの組み合わせで、原価200円ほどで簡単に出来るので便利です。
ということで、彼から貰った見本を元に、何個か自作して持参し、設置場所を探します。
畑山さんの場合は、ブナ帯の鞍部で、原生林の中を吹き上がってきた風が常時吹いているような場所でした。
一方、設置しようとしている高良山は標高300m、一部は一応、シイを主体とする発達した林ですが、ぜんぜん条件が違うので、何処に掛けた方が良いのか迷います。
このFITは、常時風が当たるところが適していると教わったので、今回は試験的に、夏場はほぼ南風が主体となるので、南斜面の風通しの良い斜面や、鞍部の尾根道などに掛けてみることにしました。
最後に、鞍部の北斜面を伐採した場所があったので、そのうちの南風が良く当たる場所と、奥まったやや風当たりの弱い場所とに設置してみました。
(上:尾根道に設置したFIT、下:伐採地脇の風当たりの弱い場所のFIT)
さて、じりじりしながら、1週間待ちました。
なかなか開かなかった桜も、4月7日にはやっと満開になりました。
少し風が強く、あまり気温も上がっていませんでしたが、高良山に回収に出かけました。
高良山の中腹でも桜は満開になっています。
さっそく、ワクワクしながら設置した場所に向かいます。
「−−−」、斜面に掛けたものは何か、トラップの形が変です。
近づいてよく見ると、激しく風に翻弄されていて、下半分が千切れています。
ここは、あまりにも風当たりが強すぎたのです。
次のも、トラップ液を入れたビニールコップが片方、千切れて飛んでいました。もう片方もコップの中身は吹き飛ばされて空です。
どちらにしても、風当たりが強すぎるところを選ぶのは、不正解のようです。
壊れていないトラップは、コップを直して、あまり風当たりが強くない場所へ移動して再設置します。
さらに、尾根道のトラップも、1つはコップが外れて修理の必要があったので持ち帰り、もう一つは、コップが激しく揺れて中身は空でした。
こちらも、風当たりの弱い場所に移動して再設置です。
最後の伐採地の分も、予想通り、風当たりが強い方はコップは空で、今後もとても入りそうになく、こちらは撤去しました。
ここまで、全てのトラップが壊れていたか空で、このFITも設置場所がなかなか難しいな、と思いながら、最後の一つに向かいます。
奥まった場所のトラップを見ると、「ラッキー」、トラップ液が残っていて、スギの花穂やら、葉やら、ゴミが大量に入っています。
虫の姿は見えませんでしたが、自宅でゆっくり探すことにして、中身を移して持ち帰りました。
さっそく顕微鏡の下で、ゴミを掻き分けながらソーティングしたところ、多少は虫が入っています。
最も多いのはハネカクシ類で、うち半分はヒゲブトハネカクシ類のようです。
あと、多いのはキクイムシですが、カナクギノキクイムシ以外は同定できませんでした。
大形のものから、まず、意外にもヒメコブスジコガネが入っていました。
高良山で採集したのは2頭目です。春先には結構活動する種のようです。
次いで、キマダラケシキスイです。
それほど珍しい種ではありませんが、高良山ではまだ採っていませんでした。
ちなみに、高良山を含む久留米市からは、文献を含めて1384種の甲虫を確認していて、高良山産は657種の標本を確認しています。
さらに小さくて丸いのの片方はガラ付きで、モンケシガムシ。
こちらは発達した常緑樹林の落葉下にいるガムシですが、余り多くありません。
ガラ無しの茶色いヤツは、ケシガムシの仲間ですが、良く解りませんでした。
そして、ハネカクシの一番大形のものは7.5mm、小型のものは5mmで多くはヒゲブトハネカクシ類です。
このうち、いつもの伊藤さんに同定して頂いたところ、チャバネコガシラハネカクシ Philonthus gastralis Sharpと、チャイロコガシラハネカクシ Bisnius germanus (Sharp)が判明しました。他の種は難しいようです。
(上:チャバネコガシラハネカクシ、下:チャイロコガシラハネカクシ)
前者は島原半島から、きれいな金色をした腹部を持つ個体を紹介したばかりですが、そうでないのもあるようです。
最後に、微小なミジンムシを見つけました。ちょっとヨツモンヒメテントウムシのような紋をしていて、これは初めて見る種です。
体形などはオオミジンムシに似ていますが、顕著な斑紋から、もし和名を付けるなら躊躇無くヨツモンミジンムシでしょう。
図鑑やリスト類にはそれらしいものは掲載されていません。
1個だけ残っていたFITでもこの成果ですから、がぜん熱が入ってきました。
さて、その後も良い天気が続き、20度を超えようかという日が2日ばかりあり、庭にチョウが舞ったり、アシナガバチが飛んだりするのを見ながら、日を数えていましたが、待ちきれなくなって、4月12日、2巡目のトラップ回収に出かけました。
自宅から高良山まで、市街地を20分ほど走り、登り口に来ます。
前回まだつぼみだったカエデも、ようやく開いたようです。
行きがけの駄賃とばかり、花を叩き、スウィーピングをしてみます。
採れたのが下の写真。
ヒナルリハナカミキリやヒメクロトラカミキリ、ウエダニンフジョウカイ、ハナムグリハネカクシ類など、毎年、春先に見られる種です。
右側の青黒くて細長いのは、ケシジョウカイモドキ Dasytes vulgaris Nakaneです。
アオグロケシジョウカイモドキとの異同がはっきりしませんでしたが、佐々木氏が自から発行し電子配信しているミニコミで解説して、この前胸がザラザラしているほうが、ケシであることが判明しました。アオグロケシより少ないと思われていますが、高良山では沢山います。
触角の短い♀が大部分で、長い♂はめったに見られません。
さらに、その横ともう一ヵ所で、草掃き採集もしてみます。
採集品は下の写真です。
オオバコからオオバコトビハムシ、クサイチゴからヒラタチビタマムシが採れたくらいで、前回と同様な虫が入っています。
マルケシハネカクシの仲間やチビハナゾウムシも一緒です。
1個体、ルリ色の丸いハムシが入っていました。
ツユクサにつくヒゲナガタマノミハムシ Sphaeroderma japanum Balyで、この種は、高良山では初物です。
先を急ぎます。
斜面に1つ残したFITは、地上に落下していました。
ここでもまだ、風当たりが強すぎたようで、さらに、風当たりが弱そうな場所に移します。
尾根道のFITは、見るとちゃんと残っています。
中身を空けて持ち帰りましたが、獲物は、キマダラケシキスイが2個体と、クロホシタマクモゾウムシ、アカホソアリモドキ程度。
クロホシタマクモゾウムシは目玉模様がなかなかキュートです。
もう少し場所を考える必要がありますが、とりあえずそのまま再設置します。
最後の伐採地のは、落葉が沢山入っていて、コップの入り口を塞いでいます。
中身を確認すると、前回大きくふくらんだ期待ほどではなさそうです。
それでも、顕微鏡の下で慎重に調べると、前回と同じ、チャバネコガシラハネカクシ、ヒゲブトハネカクシ類、キマダラケシキスイ、カナクギノキクイムシと、
新たに、ヨツモンキスイ、アカグロムクゲキスイ、ツヤチビキカワムシ、ニホンタマキノコムシモドキが入っています。
(上:アカグロムクゲキスイ、下:ニホンタマキノコムシモドキ)
面白い形の、キノコセスジエンマムシ Onthophilus flavicornis Lewisや、うっすら上翅に紋の出るナミヒラタケシキスイ Epuraea pellax Reitterも入っていて、これらは高良山で初めて採りました。
(上:キノコセスジエンマムシ、下:ナミヒラタケシキスイ)
こうしてみると、やはり、FITで採れる虫は、一般の採集では得難い種が多いようです。
当分、掛ける場所を探しながらFITは続けようと思っています。
FIT設置についてご教示いただいた畑山さんと、渡辺さん、ハネカクシ同定でお世話になった伊藤さんにお礼申し上げます。