一昨年(2009年)の3月末、長崎県のレッドデータブック見直しに伴って、島原半島に分布する甲虫類を見に出かけ、島原半島再発見1として報告しました。
今回、ほぼ同じ3月26日(2011年)に、再び、島原半島を訪ねてきたので島原半島再発見2としてご紹介します。
出かけたのは以下の4ヵ所です。
地図に青字で書いた地名の番号の部分がその場所に当たります。
1 雲仙市千々石町橘神社
2 南島原市小浜町諏訪の池
3 同上口之津町早崎
4 同上口之津町口之津公園
さて、今年の冬は九州でも寒く、かなり雪の多い年でした。
冬の間のトレーニングのため歩きに出かける久留米市高良山〜桝形山の標高450m地点では、昨年暮れから2月初めまで、約1ヶ月半、道路に消えることなく積雪がありました。
久留米に来て17年目を迎えましたが、こんなに寒さが続いたのは初めてです。
そのためか、桜の開花も一週間程度は遅れており、ここ数日低温の日々が続き、朝夕は5℃前後、日中も12〜3℃と寒く、チョウも飛び回る気配がありません。
- 雲仙市千々石町橘神社
朝一で出かけた千々石の橘神社では、例年なら満開で多くの見物客で賑合うところですが、まだ、桜も二部から三分咲きとあって、出店の用意がしてあるだけで閑散としていました。
神社の本殿の裏には、シイの大木などが生えており、夏季にはベーツヒラタカミキリやキイロミヤマカミキリが見つかっているので、ちょっと木々の葉を叩いてみましたが、ほとんど虫は見られませんでした。
写真の上から、アオグロツヤハムシ(キヅタ)、クギヌキヒメジョウカイモドキ(シイ葉上)、ツブノミハムシ(キイチゴ)、クロウリハムシ(樹皮下で越冬)などです。
この低温では全く駄目なので、暖かくて、いくらかでも虫が活動している可能性がある、島原半島南端部を主に調べてみようと思い立ちました。
2. 南島原市小浜町諏訪の池
橘神社から海岸沿いに南下し、道横から湯煙の上がる小浜温泉を通り抜け、山越えをして諏訪の池に出ます。
ここでは、かつて、岸辺でさまざまなゴミムシ類などを採ったことを思い出します。おあつらえ向きに渇水期で、岸辺が広く露出しています。
冷たい風が吹き、湖面には一面に漣が立っています。さざなみの、面白そうなカットが撮れたので、お遊びで写真を少し加工してみました。
浮き石を起こすと、カワチマルクビゴミムシが出てきました。
通常は河川敷の水辺に多い種ですが、長崎では川が少ないせいか、溜め池で見かけることが多いようです。
(左:カワチマルクビゴミムシ、右:ゴミムシ)
ゴミムシやウスオビコミズギワゴミムシも出てきました。
(上:ウスオビコミズギワゴミムシ、下:ヒメガムシ)
ヒメガムシも岸辺の石下から見つかりましたが、陸上にいるのはまだ越冬体勢と言ったところでしょうか。
多いのはカワチマルクビゴミムシばかりで、ちょっと期待したオオトックリゴミムシやヒョウタンゴミムシ類、アオゴミムシ類は見られませんでした。
後は、アシミゾナガゴミムシ(写真右側)と、シラフチビマルトゲムシ(写真下段中央)くらい。
風が強くて虫がいないので、先を急ぎます。
北有馬に降り、南有馬を経て、半島最南端の口之津町へ向かいます。
3. 南島原市口之津町早崎
最南端に突き出た小さな半島である早崎にやってきました。
半島の西側はなだらかな畑になっていて、ジャガイモやタマネギが栽培されています。
かなり前に、ここのジャガイモ畑の周囲の石の下と、冬の間畝の上に被せられた真っ黒いビニールシート(マルチシート)をはぐって、イマイチビアトキリゴミムシ Microlestes imaii Habuを結構沢山採ったことを思い出して、ちょっと、探してみようと思い立ったわけです。
採ったことがあったのは寒風吹きすさぶ12〜1月だったと思うので、時期的にはだいぶ遅いかもしれません。マルチの下は、黒地で熱を貯め、湿気も保ちで、虫たちには良い隠れ場所だったのでしょう。
見渡すと、タマネギの収穫があちこちで行われていましたが、ジャガイモはあまり見られません。
一ヵ所、タマネギを掘った後にマルチが半分放置されていたところがあったのではぐってみましたが、ツヤマメゴモクムシとアオバアリガタハネカクシが出てきただけで、Microlestesは見つかりませんでした。
海岸近くの畑の脇の草地で、積んである枯れ草をビーティングネットの上で叩いたところ、ツマグロヒメコメツキモドキとヨツボシテントウダマシの赤い色が見え、黄色いミツモンセマルヒラタムシ、ケナガマルキスイ、茶色のヒメマキムシなどが出てきました。
ハッキリした黒帯のあるケシマキムシが落ちてきたので、注意しながらいくつか採集し、帰宅してから調べてみたところ、前に平野さんに教えて頂いたニセクロオビケシマキムシ Corticaria geisha C. Johnson(写真上)でした。
(上:ニセクロオビケシマキムシ、下:クロオビケシマキムシ)
本種も各地にいるそうですが、まだ島原半島をはじめ長崎県では記録していません。
下に示したクロオビケシマキムシは、各地のススキの枯れ草などに多い種ですが、上翅の毛が長く立っているのが解ると思います。
本種の毛はより短く、やや斜めに寝ています。また、本種は常に黒帯がクッキリありますが、クロオビの方は薄く、しばしば消失して無くなります。
両方並べて見ないと、なかなかその違いは飲み込めません(ご教示頂いた平野さんに感謝)。
海岸沿いにハマダイコンが多く見られ、食痕もあったので探すとダイコンハムシが沢山付いていました。
保育社の原色日本甲虫図鑑(IV)には、旧版では172ページの24にヤナギルリハムシが、25にダイコンハムシが載っていて解説されていました。
しかし、プレート33の24も、25もどちらもダイコンハムシの写真です。
いつか、著者の木元先生にその話しをしたら、「そうか!!」と言われ、まったく気が付かれてなかったようでした。
その後、図鑑は改訂されて、ヤナギルリハムシの解説は抹消されたようです。
九大の日本産昆虫総目録にも、なぜか、ヤナギルリハムシは掲載されていなくて、ある人から、「日本にヤナギルリハムシという種はいるのですか?」と聞かれてしまいました。最も普及している図鑑に載っていないと、困ったことになります。
どこにでもヤナギがあればいる最普通種なんですが・・・。
4. 南島原市口之津町口之津公園
畑の方はたいしたことがないので、半島南端の林がある口之津公園に移ることにします。
ここは今日のメインの採集地と考えてきた場所で、だいぶ前に、ネジロツブゾウムシ Sphinxis pubescens Roelofsを採集したことがあるのです。
このゾウムシは、Kojima & Morimoto(2000)の総説などによると、本州(三重県楯が崎)、九州(福岡県行橋市五社八幡・岡垣町湯川山、長崎県口之津公園、宮崎県南郷町大島、鹿児島県佐多岬)、土佐沖の島の記録があるくらいで、相当珍しい種です。
かつて口之津公園産を、森本先生に見て頂いたので、上記のように記録されています。
記録分は、4月の初旬の採集品なので、あるいは、と考えたわけです。
おぼろげな記憶では、もっと鬱蒼とした感じだったのですが、来てみると、所謂公園でした。
クルメツツジの散歩道や記念碑、子供の滑り台や、遊具などもあって、「こんなところだったかな」と思いながら叩いていきますが、葉上からはまったく虫が落ちてきません。
午後になり、少しは気温も上がったとは思いますが、それでも10度を上回った程度。モンシロチョウも飛びません。
日だまりを歩いていると、やっと、ヤマトシジミが飛び出しました。
お宮の裏に、少し鬱蒼とした林があり、日陰で風当たりが強かったのですが、林縁を叩いていくと、小さな黒いゾウムシが落ちてきました。写真の左手のあたりです。
よく見えませんが、サイズは2mm程度でネジロツブゾウムシくらいです。
ヨシヨシと思いながら、どうも1本のネズミモチの周囲だけいるようなので、下草も含めて、その回りを念を入れて叩きます。
その結果、6個体採集できました。
(ネジロツブゾウムシ?)
この虫のホストはホルトノキということになっています。どんな木か良く知らないのですが、南方系の木のようで、暖流に洗われる島や岬ばかりで採れているようです。ネズミモチの周囲に、あるいはホルトノキがあったのでしょう。
図鑑を見ると、ヤマモモとタブの中間のような感じで・・・。
自宅に戻って検鏡すると間違いなく本種でした。
頭と前胸、上翅基部は肩パットをしたように斜めに狭く灰白色で、その後は漆黒、なかなかチャーミングな配色です。
他には叩いて落ちてきたのは、ウスモンノミゾウムシとクロウリハムシくらい。
今日は叩いたり掬ったりしても無駄なようです。
おみやげにツワブキを獲って、持って帰ることにしましたが、まだ芽吹いたばかりで太いのは少ないようでした。
手ぶらで帰るのも、という気がして、いつものように落葉を持ち帰ることにしました。多少は湿気もあり、落葉層も見られるようです。
帰宅して簡易ベルレーゼに落葉を懸けて、ここで大失敗。
ちょっと目を離した隙に、部屋から焦げ臭い匂いがして、開けると煙が立ちこめていました。
ライトを落葉に近づけすぎたために、熱くなって燃えかけていたわけです。
火事でも出したら一巻の終わりです。
集めた標本も文献も全て無くなり、明日からの生活もままならなくなります。
東北大震災では、自身の過失ではなく、自然災害で大勢の人がそういう境遇に陥っています。
気を引き締めて、ベルレーゼ装置の扱いにも改めて注意することにしました。
落葉からは、ナガコムシやハサミコムシの仲間も出てきました。
(上:ナガコムシの一種、下:ハサミコムシの一種)
どちらも、昆虫では最も原始的な一群で、多少とも落葉層が発達した林床に住んでいます。
落葉から出てきた甲虫は次の通り。
上の方から、ケシツチゾウムシとイコマケシツチゾウムシ、チビヒョウタンゾウムシ、ナガサキオチバゾウムシ、オチバヒメタマキノコムシ、コウセンマルケシガムシ、マルキマダラケシキスイなど、落葉下の常連さんです。
しかし、島原半島ではイコマケシツチは記録していますが、なぜか、ケシツチゾウムシは採れていませんでした。
ナガサキオチバゾウムシは前肢フ節がまん丸く大きく広がっており、特徴的です。
(上:ナガサキオチバゾウムシ、下:ワタナベヒサゴクチカクシゾウムシ)
ワタナベヒサゴクチカクシゾウムシ Simulatacalles watanabei Morimoto et Miyakawaは、ヒサゴクチカクシゾウムシにちょっと似ていますが、毛が少なく、ごつごつしていて、ちょっと少ない種です。伊豆諸島産で記載されて、その後、太平洋岸の南岸ぞいに、本州・四国・九州と点々と採れているようです。長崎県ではまだ採れていませんでした。
最も沢山の個体数が見られたのは、コアカツブエンマムシ Bacanius mikado (Lewis)でした。
ただ、この種とされているものの中には、数多くの種が含まれていると言うことで、研究中のようです。
(上:コアカツブエンマムシ、下:ハスジチビヒラタエンマムシ)
ハスジチビヒラタエンマムシ Pachylomalus musculus (Marseul)も3個体だけ出てきましたが、こちらは前胸基部に逆「ハ」状の条線があるので、同定は容易です。
1個体ずつですが、チビミズギワゴミムシとクロツツマグソコガネも見られました。
(上:チビミズギワゴミムシ、下:クロツツマグソコガネ)
ノミナガクチキも1個体だけ見つかり、どの種か楽しみに同定してみましたが、すでに島原半島から記録しているサビノミナガクチキムシ Lederina foenilis (Lewis)の♂でした。
(サビノミナガクチキムシ♂、上:背面、下:腹面)
アリヅカムシも2種ほど出てきましたが、1種はぜんぜん素人では解るはずもないオノヒゲアリヅカムシの一種 Bryaxis sp.。
もう一種は大きくて触角第一節の内側先端に顕著な扁平な突起が有るので、解るかもしれないと思って調べてみましたが、この特徴を持つものは、国内で40種ほどもいるPetaloscapus ヒゲブトムネトゲアリヅカムシの仲間で、大部分が未記載種だそうで、種までは解りませんでした。
(ヒゲブトムネトゲアリヅカムシの仲間♂)
この他、ハネカクシは何種か出てきて、
装甲車を思わせるセスジチビハネカクシ Micropeplus fulvus japonicus Sharpや、ヒメクロセスジハネカクシ Anotylus laticornis (Sharp)も、落葉下で時々見かける種です。
(上:セスジチビハネカクシ、下:ヒメクロセスジハネカクシ)
最後に、腹部が金色に光るハネカクシが出現して、これはと思って調べてみると、チャバネコガシラハネカクシ Philonthus gastralis Sharpのようです。
この種も島原を始め、長崎県では記録がありません。
やはり、落葉だけでも採ってきて正解でした。
引用文献
Kojima, H. & K. Morimoto, 2000. Systematics of the genus Sphinxis Roelofs (Col., Curculionidae). Entomo. Sci., 3(3): 529-556.