長崎昆総会と阿比留さん採集の彦山産甲虫(その1)

外出先から戻ってくると、長崎の阿比留さんから電話があったという。

後日、連絡すると、「また、長崎の虫の同定を頼む」とのこと。

昨年の同じ頃、2009年の秋から2010年の早春に、長崎市白木町の自宅から歩いて登れる彦山周辺で採集された虫の同定を頼まれた。
愛宕山、彦山、豊前坊など、のべ39回、甲虫80数種が含まれていた。

今回は、その続きというわけである。

快諾して、せっかくですから、一緒に記録しましょうとの話をする。

阿比留さんは80才をいくつか超えられているが、出会ったのは30年ほど前になる。
虫仲間の野田さんが歯科医で、その歯科医仲間の阿比留さんを紹介され、一緒に、マレーシアへ虫取りに出かけた。

その後、ライトトラップを預けて虫取りを奨励したこともあり、1982-85年には自宅で連日灯火採集を実施され、近郊の長崎市周辺でも精力的に採集され、その結果を2度に渡って連名で報告した。

阿比留巨人・今坂正一, 1982. 長崎市南部の甲虫類(1). こがねむし, (42): 35-45.
阿比留巨人・今坂正一, 1986. 長崎市南部の甲虫類(2). こがねむし, (47): 27-42.

以上2回合わせて、長崎市南部の甲虫 519種を記録した。

めぼしいものとしては、やはり南方系の虫が主力で、マメクワガタ、キンモンナガタマムシ、カラカネナカボソタマムシ、ハラグロランプカミキリモドキ、ベーツヒラタカミキリ、タケウチヒゲナガコバネカミキリ、キイロミヤマカミキリ、シロアナアキゾウムシ、未記載種と思われるチビコメツキの一種とオオサビコメツキの近似種などが採れている。

特筆すべきものとして、阿比留さんの自宅の灯火で唯1個体採集され、後に新亜種として記載されたナガサキアメイロカミキリ Orbium semiformosanum abirui Niisato et Takakuwaがある。

亜種名は当然、阿比留さんに因むものである。

(1982年掲載のナガサキアメイロカミキリ写真 Orbium sp.として)

阿比留さんは、2-3年前に心臓を悪くされ、仕事も止めて、リハビリのために山歩きを始められ、手持ちぶさたなので好きな虫もちょこちょこ拾って来られるということのようだ。

2月26日には長崎昆虫研究会の総会もあるし、同じ長崎の山元さんから預かっている標本を返す用事もあるし、ということで、10年振りくらいに、長崎昆の総会に出かけることにした。

当日は、長崎純心学園の会議室での総会で、早めに出かけた。

会場に着くと会長の池崎さん、事務局の松田さんなど数人がいらして、昨年周年行事として行われた長崎バイオパークでの昆虫展の話を伺う。

総会風景
                              総会風景

9月11日から11月23日までの74日間開催され、のべ約2万人の入場者があったようだ。

昆虫展のチラシ
                             昆虫展のチラシ

私も島原半島産のカミキリとハムシを各1箱ずつ出展した。
また、パネル制作のために、事務局に大野原での風景写真や甲虫の写真をCDに入れて渡した。

雑談しているうちに、阿比留さん、野田さん、山元さん、峰さん、柴原さんなどが加わり、総会開始。
予算の承認などをすませてから、今年の行事予定の協議。

初夏に行われる採集例会の行き先がなかなか決まらないようなので、大野原を提案すると、それがすんなり通った。

総会行事が終了すると、まだ時間もあるし、ということで、「大野原の写真を見せて説明を」との声が掛かった。どうも、最初からの事務局の作戦らしい。

いきなりで、何の準備もしていなかったが、脈絡無く、出てきた写真の説明をする。
写真はほぼ季節順に並べていたので、このホームページでも紹介したような大野原での観察風景を話す。

夕方からは、有志で懇親会をするということで、居酒屋に移動する。
例会などの後は、いつも、飲み会を楽しまれているらしい。

懇親会場の居酒屋で
                            懇親会場の居酒屋で

楽しく歓談して、2次会に出席し、翌日の彦山の探訪も予定しているので、その日のうちに宿へ戻った。

翌2月27日朝、野田さんを乗せて阿比留さん宅へ出かけた。
彦山山頂までは、直接歩いて1時間ほどで登れるそうである。

長崎市が作成した自然環境ガイドブックにも、彦山は取り上げられている。

(上:ガイドブック・グリーンデータ表紙、下:長崎市の概要 彦山は11の位置)

長崎港や市街地を西に見下ろす標高385.6mの小山で、スダジイ、マテバシイ、クス、タブなどがしげり、かつては、タイワンツバメシジミなども産したそうである。
地図のピンク線がガイドブックにあるコースだが、吾々は阿比留さんの調査コースである概略ブルー線のコースを経て山頂へ登った。

彦山の登山観察コース
                            彦山の登山観察コース

阿比留さん、その山歩きの手助けされている高見さん、野田さん、私の4人で、住宅の間をぬって歩き始める。

登っていくと家が切れて段々畑になり、その先は竹林、そしてスギ林、雑木林と続いていく。

ビーティングネットで受けながら草木を叩きながら登っていくが、寒さがぶり返したせいか、ほとんど何も落ちない。

採集中の阿比留さん達
                           採集中の阿比留さん達

たまたま樹葉上からツブノミハムシが落ち、次いで、シロオビチビサビキコリが落ちてくる。
ササには白い線の虫食い跡があり、その形から、タケトゲトゲと想像したが、虫影は確認できなかった。

この虫は、タケにつくトゲハムシであるが、中国大陸と国内では九州のみに分布する。

福岡から鹿児島まで西部を除く九州全域で普通に見られるが、島原で過ごした20年間には見ていない。
多良山系でも記録が出始めたのはこの10年くらいで、嬉野と大野原で確認されている。

2001年にまとめた長崎市金比羅山のリストでは確認されておらず、長崎県にはごく最近侵入したものと思われる。
(しかし、結局、阿比留さんの1年分の採集品の中には含まれていなかったので、長崎市での分布は不明のままである)。

後は、樹皮下からコマルキマワリが見られた程度。

林内で
                               林内で

やはりまだ、春は浅く、動き回る虫はいない。
何も持って帰るものがないのも寂しいので、帰りに落葉でも拾って帰ることにして、荷物になる篩を雑木林に置いておく。

常緑の雑木林を抜けると山頂で、テレビの中継所があった。
野田さん、阿比留さんとのツーショットを撮る。

彦山山頂で
                              彦山山頂で

彦山は名前の通り、福岡県の修験道の山、英彦山神社をこの山に勧進したことから名付けられたと思われ、山頂から北側へ入った林内に英彦山神社がひっそりと建っていた。

英彦山神社の石碑
                            英彦山神社の石碑

もう30年ほども前、当時九州大学の彦山生物学実験所の所長をされていた中条道崇博士と共同で、ヒサゴゴミムシダマシ属の再検討を行ったことがあったが、その折り、彦山というラベルのついたナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシ標本を発見した。

この虫は長崎・佐賀両県の固有種で、諫早市と伊万里市を結ぶ線より西に分布している。

ラベルのとおり採集地が福岡県の英彦山だとすると、まったく理解に苦しむと首を捻ったものだが、長崎市にも彦山があると聞いて、一件落着。

長崎の方は通常、彦山と英の字を抜いて書くのだが、最近の地図には英を付けて英彦山と書いてある。
年寄りの虫屋に聞くと、福岡の英彦山も、昔は彦山と書いていたらしい。九大の施設も彦山実験所であった。英は読まないし、後に尊称で付けたものであろう。

阿比留さんが、「ちょっと、ちょっと」、と呼ぶので付いていくと、長崎の町が一望に見える。

山頂からの眺め
                            山頂からの眺め

登ってきた道沿いも、眼下に一望の下に見える。
長崎の特徴である山まで住宅が上り詰めている様子が良く解る。

長崎湾と、中央左手に三菱造船所、右手の小山の向こうに駅周辺のビル街が見える。

しばし景色に見とれてから、お昼も過ぎたことだし、下りることにした。

帰りのお約束で、落葉を篩ってみたが、登山道は主として南面だったので、林床もやや乾燥が強いようである。
帰宅してベルレーゼ装置に掛けて出てきた甲虫はあまり多くなかった。

落葉の下から採集した甲虫
                           落葉の下から採集した甲虫

それでも、常緑樹林落葉下の常連であるオチバヒメタマキノコムシ、コウセンマルケシガムシ、コアカツブエンマムシ、マメダルマコガネ、マルキマダラケシキスイ、クロミジンムシダマシ、チビヒサゴゴミムシダマシ、イコマケシツチゾウムシ、ケシツチゾウムシ、ナガサキオチバゾウムシなどはいた。

(上:チビヒサゴゴミムシダマシ、下:ナガサキオチバゾウムシ)

また、フタフシセマルキスイ、ヤマトイクビハネカクシ、チビミズギワゴミムシなど、あまり見かけないものも出てきた。

(上:フタフシセマルキスイ、下:ヤマトイクビハネカクシ)

他にも、タマキノコムシやアリヅカムシ、ムクゲキノコムシ、ハネカクシなど微小な甲虫も出てきたが、これらは同定できなかった。

帰りに、おみやげと一緒に、1年分の彦山とその近傍で採集された甲虫を預かって来た。

(つづく)