吉野ヶ里温泉でやった新年会で、松尾さんから託された「高校生による研究 その2」として、次の研究発表を紹介します。
2.「長崎県多良山系におけるハナムグリ類の種間関係について (第1報) 〜4つの視点からすみわけを考察する〜」長崎県立長崎北陽台高校生物部 発表日時の記載なし
他の文章・図表もすべてそのレジメから引用。
この発表は、井上さんの指導によるものです。
長崎北陽台高校生物部は、生物の研究で数々の賞を獲っていまして、故・江島さん、田中さん、この井上さんと、歴代の顧問の先生の熱心な指導で知られています。
今回の研究では、最初に、明瞭な仮説を立てて、それを証明するために、手堅い調査方法を考案する。
確実に調査を続けて、得た結果から、仮説が正しいかどうか検証するといった、科学として最もオーソドックスな手法がとられています。
仮説は4つ、
標高、季節、樹高、植生によって、それぞれ、ハナムグリ類が「すみわけ」をしている、というものです。
第1の仮説の検証
標高によってハナムグリ類が「すみわけ」をしている、ということを検証するために、多良山系五家原岳の南斜面の道路沿いに、ほぼ標高100m間隔に、トラップ調査地点を8ヵ所設定し、醗酵させたバナナを入れたペットボトルトラップを設置しています。
なお、設置場所の様子や、設置方法も詳しく解説してあって、追試可能な報告書になっています。
これを6月3日から7月15日まで、1週間毎に回収して、得られた結果が次の表です。
得られたハナムグリ類として、アオアシナガハナムグリ、ヒメトラハナムグリ、アオカナブン、カナブン、ハナムグリ、アオハナムグリ、コアオハナムグリ、ムラサキツヤハナムグリ、シラホシハナムグリ、シロテンハナムグリ、クロハナムグリが上げられています。
このうち、アオアシナガハナムグリは、多良山系からは、かつて記録されていない種です。長崎県では唯一、雲仙岳の山頂付近で確認されています。
また、ムラサキツヤハナムグリとシラホシハナムグリは記録の少ない種で、私は20年ほど多良山系を調査しましたが、前者は2頭のみ、後者は採集していません。
今回の結果のように、トラップでは、通常の採集では得られない種が、比較的容易に得られるようです。
これらのうち、特徴的な種を標高別に示したのが次のグラフです。
(上:アオカナブン、下:カナブン)
(上:シラホシハナムグリ、下:シロテンハナムグリ)
この結果、標高によるすみわけはあると結論づけています。
特に、アオアシナガハナムグリについては、山頂部のみで得られており、顕著のようです。
第2の仮説の検証
季節によってハナムグリ類が「すみわけ」をしている、ということを検証するためのデータは、前項の結果を、回収日毎に整理し直すことで得られています。
季節変化の顕著な種のグラフは次の通りです。
(上:アオアシナガハナムグリ、下:アオカナブン)
(上:シラホシハナムグリ、下:シロテンハナムグリ)
2種ずつ隣り合わせた種については、多少とも、すみわけが見られるようです。
また、シラホシハナムグリ・シロテンハナムグリのProtaetia属(6月下旬まで優勢)と、カナブン・アオカナブンのカナブン類(7月以降に優勢)とは、明らかにすみわけが見られると、結論づけています。
第3の仮説の検証
樹高によってハナムグリ類が「すみわけ」をしている、ということを検証するため、第1と第2の仮説証明のために設置した場所とはまた別の、標高620m付近の樹高20m程度のやや発達した照葉樹林を選定してあります。
高木層にアカガシ、タブ、ミズキなどが優先する林で、トラップ最高地点を13mにとり、それから2m置きに、トラップを設置して、6月3日から7月15日まで1週間おきに回収して、その総和で結果を考察されています。
得られたハナムグリの個体数が少なかったと言うことで、その他の昆虫類も集計表に含められています。
このうちのハナムグリの部分の結果のグラフは以下の通りです。
この結果、最上部の13m地点でハナムグリとアオハナムグリが多かったこと、カナブンとアオカナブンは、中位の7m地点で多かったことが述べられ、この2群はそれぞれ、地表からの高度によるすみわけが認められると、結論づけています。
第4の仮説の検証
植生によってハナムグリ類が「すみわけ」をしている、ということを検証するため、第1と第2の仮説証明のために設置した場所の一部(調査地点I:120m, 調査地点II:220m, 調査地点III:300m)と、新たに調査地点IVとして、極相林としての照葉樹林(スダジイが主力、300m)を加えて、6月30日〜7月8日の間にトラップを使用して調査をやっているようです。
これをグラフ化したものが次の図です。
このことから、林床が明るい初期の陽樹林では、カナブンが圧倒的に優先し、極相林ではムラサキツヤハナムグリが特異的に出現することが述べられています。
この2種については、あきらかにすみわけがあると見なされているようです。
また、カナブンが、陽樹林から遷移が進んで発達した極相林に向かうに従って得られる個体数が減少すること、シロテンハナムグリについては、IVの極相林を除いて、その逆の傾向を示すことが指摘されています。
さらに、(カナブン+シロテンハナムグリの個体数)/全体の個体数の値は、陽樹林から極相林に向って減少傾向にあることを指摘し、これをカナ−シロ指数と名付けています。
また、ムラサキツヤハナムグリは極相林に生息すると仮定して、全体に対するムラサキツヤハナムグリの個体数の割合をムラサキ指数とし、前者をX軸に、後者をY軸にとったグラフを示しています。
これらの指数を用いて極相林の度合いを示す環境評価が行えるかもしれないと述べています。
以上、発表の大筋を紹介しました。
第1報と断ってあるように、発表者も、以上のことは予報と考えられていますので、以下に述べることは今後の指針として、十分に認識されているかも知れません。
第1から第4の仮説証明のための調査地点が、それぞれ、ただ、1地点であることは不十分です。
今回の結果を念頭に置いて、近似の別の場所での追試が必要であろうと思います。
調査時期も6週間ではハナムグリの活動時期を全て網羅しているとは言えないでしょう。春から秋まで調査時期を延長する必要があります。
また、樹高の調査にしても、実現可能な高さとして13mを受け入れたとしても、標高や樹種、林内空間の広がり、照度、風向きなど、さまざまなファクターを考えて、追試して頂きたいと思います。
林冠や、樹幹は、現在、研究者が最も注目している環境領域です。今回の研究では、新たに、林冠の下の、高木層と亜高木層の間、あるいは亜高木層と低木層の間、の空間の重要性が指摘されています。
甲虫調査では、地表に設置されたFIT(空中飛翔昆虫衝突板トラップ)がブームでしたが、その発展形として、木につるして、地表からの高さをどんどん増していく傾向があります。
これらの傾向も十分考慮した先験的な調査と思います。
さらに、植生を変えたすみわけ調査については、まだ、あまりにも調べられた植生の数が少なく、代表的な植生を網羅していないと思われますので、植物の方にアドバイスを受けるなどして、さらに多くの植生の場所で試みられた方がよいと思います。
いろいろ注文を付けましたが、それは、今回の調査の発想の良さと、それを実現するための調査方法の独創性、テーマの設定のしかたとその解析方法など、全体として完成度が高いために、さらなる期待で述べたものです。
今後ともハナムグリたちが、どのように空間と時間を利用しているのか、探索して頂きたいと思います。
興味深い研究を、紹介することを許可いただいた松尾さん、井上さんに、心よりお礼申し上げます。