<その6の訂正>
その6で、ハネカクシの♂交尾器の背面と腹面について書いた。その中で、
「昨年末に虫屋の忘年会をした際に、九大のハネカクシのプロ、丸山さんにこの点を確認したところ、側片が付いている側が背面、とのご教示を得た。」
と書いたところ、
当の丸山さんから、「酒席のことで、聞き間違いか、言い間違いかは定かではないが、側片が付いている側が腹面、と答えたつもりだった。」とのメールが届いた。
丸山さんの専門であるヒゲブトハネカクシ亜科では、100%、Parameres(側片)は、腹面側に付いているとのご教示である。
これは、今坂の聞き間違いかも知れず(当然、背面と思いこんでいたので)、その6における軽はずみな引用を、重々、お詫びしたい。
さらに、その6では、SharpとMuir(1912)まで、引っ張り出して、自説を展開した。
「古典的なSharpとMuir(1912)の♂交尾器の論文でも、当然、ハネカクシの♂交尾器は扱われており、ちゃんと、ハネカクシの♂交尾器の背面は、側片(parameres)が付いている側をそう表示してあるというのに・・・。」
また、Elytraの同じ号で、同じハネカクシであるのに、著者が異なるとなり合わせの論文で、背面と腹面が逆転していることを述べた。
「もう、10年以上も前のことではあるが、学会誌の同じ号の前後で、同じ科の虫の、分類学の基本的な構造である♂交尾器の背面・腹面が真逆に表示されているのを・・・編集されている方も、疑問に思われなかったのだろうか?」
以上のコメントは、結論としては、全て今坂の早とちりのようだ。
上記、丸山さんを始め、対象になった論文の著者、および、編集者の方に、心よりおわび申し上げる。
というのも、丸山さんとのやり取りの中で、当初、今坂が考えた、「当然、従来の狭義のハネカクシ科の中では、♂交尾器の構造が全て同一であるべき」、との見解は、今坂の単なる思いこみにすぎないことが、次第に明らかになってきたからである。
元々、その6で、ハネカクシの側片は背面側に付いているという結論に達したのは、流れの落葉に集まるヨツメハネカクシ類のかなり多くの解剖や♂交尾器の摘出から、経験的に、♂体内において、側片(parameres)が付いている側が背面側(ventral side)に位置していると判断したからである。
(向きが変わらないよう注意して♂交尾器を引っ張り出したLesteva)
また、かつて摘出したコガシラハネカクシPhilonthusの一種では、やはり側片が背面側にあった。
そのため、今坂は、ハネカクシ全体で側片は背面側にあるものと早のみこみしてしまったわけである。
ところが、丸山さんのメールで、状況が一変してしまった。
Sharp, D. & F. Muir, 1912. The comparative anatomy of the male genital tube in Coleoptera. Trans. Ent. Soc. Lond. part3,: 477-642, (reprinted by Ent. Soc. America, 1969).
その6でも引用した、SharpとMuir(1912)の論文は、ほぼ100年も前の論文であるが、甲虫類のほぼ全部のグループの♂交尾器を網羅しており、部分図も含めてそれぞれの部位の名前が表示してあり、甲虫の♂交尾器を理解する際の教科書のように扱われている。
多分、その後、質量共に彼等の論文を超える内容のものは発表されていないようで、今回参照しているものは、1969年に復刻されたものである。
前回は、図版をサッと眺めて、側片が背面側にある種だけを確認して引用したが、改めて、ハネカクシ科に限定して、最初からちゃんと見直してみた。
本文で解説されているのは28種ほど、そのうち、♂交尾器の図が示してあって、背面・側面を間違う恐れのない14種について、次のように引用・図示した。
図中の略号のうち、問題の側片(Paremeres)はlateral lobeの略号としてllと表示してある。
また、中央片(Median lobeあるいはPenis)はml、基片(basal piece)はbpである。
その結果、図示してある14種のうち、側片が背面側と判断されるのは、
69図 Paederus riparius (アリガタハネカクシの仲間:アリガタハネカクシ亜科アリガタハネカクシ族)
70図 Stenus speculator (メダカハネカクシの仲間:メダカハネカクシ亜科)
の2種にすぎないことが解った。
(69、70図の説明)
(69図版, 70図版)
この、解りやすく、Lestevaなどと良く似ている70図を見て、その6の勘違いが起こってしまったわけである。
一方、よく見てみると、ハネカクシはその他の大部分の種が、側片は腹面側に描かれている。
ということは、ハネカクシでは側片は腹面側にあるのが一般的ということか。
61図 Gyrophaena pulchella (ヒラタキノコハネカクシの仲間:ヒゲブトハネカクシ亜科)
62図 Tachinus subterraneus (マルクビハネカクシの仲間:シリホソハネカクシ亜科)
(61、62図の説明)
(61図版, 62図版)
63図 Ocypus cupreus (キンボシハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ハネカクシ族Staphylinina亜族)
64図 Quedius ventralis (ツヤムネハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ハネカクシ族Quediina亜族)
(63、64図の説明)
(63図版, 64図版)
65図 Othius fulvipennis (アカバホソハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ホソハネカクシ族)
66図 Othius melanocephalus (アカバホソハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ホソハネカクシ族)
(65、66図の説明)
(65図版, 66図版)
67図 Xantholinus glabratus (キバネナガハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ハネカクシ族Xantholinini亜族)
68図 Xantholinus chalyberus (キバネナガハネカクシの仲間:ハネカクシ亜科ハネカクシ族Xantholinini亜族)
このうち、67図のXantholinus glabratusの方は、図を見ても、構造が良く解らない。
しかし、同属の68図では、明らかに側片は腹面側に描かれているので、glabratusでもそうなのであろう。
(67図の説明)
(67図版)
(68図の説明)
(68図版、68a図版)
71図 Pinophilus rectus (オオクビブトハネカクシの仲間:アリガタハネカクシ亜科クビブトハネカクシ族)
72図 Osorius sp. (フトツツハネカクシの仲間:ツツハネカクシ亜科)
(71、72図の説明)
(71図版, 72図版)
同じ、アリガタハネカクシ亜科にあって、Pinophilus rectusの側片は腹面に位置し、最初に紹介したPaederus ripariusの側片は背面と異なるらしい。
同じ亜科の中で、構造が異なることは興味深い。少なくともこの2種は、族レベルでは異なるようであるが。
73図 Zirophorus bicornis (日本産には見られない属、亜科も未確認)
74図 Micropeplus fulvus (セスジチビハネカクシの仲間:チビハネカクシ亜科)
(73、74図の説明)
(73図版, 74図版)
以上が彼等が図示した14種である。
結果として、ハネカクシが専門の丸山さんが、良く聞き取れない私の言葉を、「当然、腹面側に・・」と理解されるのが普通であり、そんなややこしいことを、飲み会席上で持ち出した私の落ち度ということになる。
私の当然は、当然ではなく、むしろ「例外的に」、だったわけである。
それにしても、ややこしいのはハネカクシ亜科で、私自身、側片が背面側にあることを確認したPhilonthusはハネカクシ族Philonthina亜族に含まれ、同じハネカクシ族の中でも、Quediina亜族、Staphylinina亜族、Xantholinini亜族では腹面側にあることが示されている。
これらは、亜族レベルで逆転しているらしい。
<ハネカクシの各タクサごとの側片の付き方>
柴田さんが個人的に作られて送って頂く日本産ハネカクシのチェックリストによると、日本産は以下のようなグルーピングがなされている。
最近、コケムシ科もハネカクシの亜科に降格して所属したらしいが、それはまだ加えていない。
柴田泰利(2007)日本産ハネカクシ科目録, 68pp. 自刊.
これに、上記のSharpとMuir(1912)の図と、自身の観察した結果から、ハネカクシの♂交尾器の側片の位置が、背面側(○印)、腹面側(×)のいずれの側にあるかという一覧を作ると、以下のように整理することができる(現状では、種や属ごとには変化がなく、亜科、族、亜族レベルで一定、という仮定の基に示す。未確認のものは-印)。
- Omalliine group ヨツメハネカクシ群
1a. Omalliinae ヨツメハネカクシ亜科 ○
1b. Proteininae ハバビロハネカクシ亜科 -
1c. Micropeplinae チビハネカクシ亜科 -
1d. Dasycerinae ニセマキムシ亜科 -
1e. Pselaphinae アリヅカムシ亜科 - - Tachyporine group シリホソハネカクシ群
2a. Tachyporinae シリホソハネカクシ亜科 ×
2b. Trichophyinae ホソヒゲハネカクシ亜科 -
2c. Aleocharinae ヒゲブトハネカクシ亜科 × - Oxyteline group セスジハネカクシ群
3a. Apateticinae オサシデムシモドキ亜科 -
3b. Scaphidiinae デオキノコムシ亜科 -
3c. Piestinae ヒラタハネカクシ亜科 -
3d. Osoriinae ツツハネカクシ亜科 ×
3e. Oxytelinae セスジハネカクシ亜科 - - Staphylinine group ハネカクシ群
4a. Oxyporinae オオキバハネカクシ亜科 -
4b. Megalopsidiinae メダカオオキバハネカクシ亜科 -
4c. Steniinae メダカハネカクシ亜科 ○
4d. Euaesthetinae チビフトハネカクシ亜科 ×
4e. Pseudopsinae スジヒラタハネカクシ亜科 -
4f. Paederinae アリガタハネカクシ亜科
4f-1. Paederini アリガタハネカクシ族 ○
4f-2. Pinophilini クビブトハネカクシ族 ×
4g. Staphylininae ハネカクシ亜科
4g-1. Diochini コガシラホソハネカクシ族 -
4g-2. Othinini ホソハネカクシ族 ×
4g-3. Staphylinin ハネカクシ族
4g-3a. Anisorina亜族 -
4g-3b. Philonthina亜族 ○
4g-3c. Pseudoremus亜族 -
4g-3d. Quediina亜族 ×
4g-3e. Staphylinina亜族 ×
4g-3f. Xantholinini亜族 ×
さてさて、ハネカクシの♂交尾器の構造はどのように変化しているのだろう。
そして、このことは、系統や進化の具合を反映しているのであろうか?