色の話と云いましても、人間のいわゆる色好みの話ではありません。
虫の色、それもキラキラ光る金属光沢の色の話をしたいと思います。
話を始める前に、ちょっと、クイズをしましょう。
まず、第一問。次の写真は何でしょうか。
これだけ見て、これが何か解る人は、相当様々な経験のある人です。
視野が広く、顕微鏡的に目が良く、あちこち、放浪もされているでしょう。
さて、難しそうですから、第二問に移ります。
同様に、これは何でしょう。きれいなグラディーションですね。
こちらが解りやすいでしょう。結構身近にいるものです。
ほら、色だけでも・・・。
部分によっては、こういうのもありますよ。虫をやってる人ならピンとくるでしょう。
まだ解りませんか?
じゃあ、気分を変えて第三問。これは何でしょう。
綺麗で、でこぼこしていて、とっても面白いですね。
ついでに、第四問も。これは何でしょう。
ちょうど、金の鎖で編んだ網籠のようですね。
後の2つの方がかえって難しかったかも知れませんね。
まったく解らない。しょうがないですね。
そろそろ、解答をお知らせしましょう。
全て、ハンミョウの上翅を拡大した写真です。
ほぼ、120倍くらいで見ると、こういうふうに見えます。
第一問の答えはアマミハンミョウ Cicindela ferriei Fleutiauxです。
奄美大島、加計呂麻島、徳之島に分布します。
ちょっと倍率を下げる(写真中)とこんな感じ。緑色の地に赤いぽつぽつ(顆粒)が目立ちますね。
左が全形、裸眼ではこんなふうに見えます。
最初の写真を再度お見せします(右)。赤い顆粒のちょっと下側には、必ず青い凹みがありますね。そして、顆粒や凹みも含めて、表面全体が小さいビーズを敷き詰めたように見えますね。まるでビーズのハンドバツクのよう。
写真の解像度がこれが限界で、これ以上にシャープにお見せできませんが、一つ一つのビーズ様のものは、実は、真ん中が窪んだ、盃の様な形をしてます。
下手な絵ですが、模式的に書くと盃刻はこんな感じに並んでいます。
これが、1mmに約120個くらい並んでいますので、径が0.008mm程度と言うことになります。
主に盃の底の部分が光っていますが、角度によっては、ヘリや斜面の部分も光って見えますので、見える角度だけの問題で、全体が光っているのでしょう。グラディーションのはしっこの部分を観察すると、この盃ごとに別の色になっていることが解ります。
粘土の表面に、丸いボールペンの先でも、隣り合わせに密に押し当てていけば、こういった形が作れると思います。虫の複眼を内側から見たら、あるいは、こんな形に見えるかも知れません。
適当な名前が見あたらないので、仮に、この構造を、盃刻(はいこく)と呼んでおきます。正式な名称をご存知の方があったら、お知らせ下さい。
殆どの場合、顆粒は赤、平坦なところは赤〜黄色〜緑、凹みは青から紫になっています。
これだけ色とりどりのものが密生していますと、お互いに補色の関係で相殺して、倍率を下げて裸眼になると灰色っぽい緑に見えてしまいます。まあ、地色の緑が多少多いですから。
まるで、カラー印刷を拡大してみているような感じですね。
さて、同様に、第二問です。
第一問から類推して、だいたい解るでしょう。
同じような仲間で、国内で最もハデな種というと、そう、
ハンミョウ Cicindela japonica Thunbergです。
分布は本州、四国、九州、対馬、種子島、屋久島。
第一問のアマミハンミョウ同様に、表面全体が盃刻で覆われいます。また、顆粒とやや浅いですが凹みもあります。
しかし、最も違うのは、顆粒、盃刻、凹みが色分けされていないことです。
部分によって、隣り合わせのそれらの部分品は、全て同じ色をしていて、場所が変わると、同時に3つともグラディーションになって変わっています。
時に、色変わりで、赤い部分が緑に変化している個体もあります。
白紋の部分も、表面には盃刻があるのが解ると思います。同様にでこぼこしていますが、この中には、顆粒は見られません。
白紋の部分は、盃刻があっても光っていません。ということは、盃刻の構造自体に光るしくみがあるわけではなさそうです。
写真では良く解らないと思いますが、白紋の部分の盃刻とその下のごく薄い層は透明で、上翅のベースになる部分が白く、それがそのまま見えているわけです。
白紋の境界の部分で、隣の色が、滲んで写っているのが解るでしょうか?
盃刻の下の有る程度深いところから、光が出ているものと考えられます。
ハンミョウの上翅側縁は青紫に見え、先端半の多くは黒く見えます。しかし、これは私たちに見えていないだけで、紫外線を反射しているのではないかと思います。ハンミョウ類の上翅は、見る角度を変えると、多少とも違った色が見え、この黒に見える部分からも、角度によって青い色が見えるので、そう考えています。
沖縄本島にハンミョウの近似種(オキナワハンミョウ・かつては亜種に扱われていた)が分布することから、すぐ隣りに分布する色彩的にも似たアマミハンミョウを、ハンミョウのごく近縁の置換種と考えていたのですが、この上翅表面の光りの構造の差からすると、あまり近い種ではなさそうです。
さて、第三問の答えは、ヤエヤマクビナガハンミョウ Neocollyris loochooensis (Kano)です。石垣、西表、与那国と、八重山地方に分布します。
先のハンミョウなどとは、まったく類縁が遠く、裸地を走り回る種ではなく、樹上性で、東南アジアのジャングルには似たような種が沢山います。
上翅の構造は、大きくて深い点刻を密布し、点刻のフチは、網目状に細かいシワが刻まれているようです。普通の金属光沢が上翅全体を被っています。
最後に第四問の答え、
と云いつつ、実はこの種の名前をまだ調べておりません。
マレーシアで採集した種なのですが、体形は同じ森林性のシロスジメダカハンミョウ Therates alboobliquatus iriomotensis Chujoなどに似ていますが、今のところ、属すら解りません。ご存じの方は、ご教示下さい。
(堀→Heptodonta という属で、種名はおそらくanalisです。)
背面の写真を紹介しておきます。
この種の上翅は、まったく、籠を編んだような感じで、上側に出ている隆起と、より、低い隆起とが複雑に織り込まれています。隆起の表面は縄のように細かいシワが刻まれ、点刻に相当する窪みは、隆起部(金緑)とは違った色(赤紫)に光っています。相当、複雑な構造をしていますね。
また、上翅は見る方向によっては、青紫色に変化します。
さて、今回の色の話は、ハンミョウの上翅の色の構造をお見せしたいと思って、始めたのでした。
なお、上記のものも含めて、ハンミョウの学名については、堀 道雄京都大学教授に、現在使用されているものを教えていただきました。
(ホームページ公開後にも、堀教授よりいくつかご教示頂きました。その分は括弧書きで補足しています。)
日本産の種の紹介を続けます。
まず、ホソハンミョウ Cylindera gracilis (Pallas) です。
上翅は一様に黒っぽく見え、凹凸はあまりありません。本来の点刻と思われる場所が凹んでいて、青色の光りを放っています。穴の周りはぼんやりとわずかに、金〜銅色の光が見られます。大きい凹みの上部の穴は毛が生えている穴(毛根)です。
これを拡大すると、右端の写真のようになります。
全ての部分に、盃刻は見えますが、凹み以外の盃刻は、黒〜褐色で金属光沢を放っていません。
生息地では本種は草地で生活していますが、昼間はほとんど見られず、オサムシトラップをかけると、時々落ち込んでいます。後翅も退化して飛べないと言われています。多分、夜行性と思われ、それで金属光沢を発達させていないのでしょう。
ついで、同属のエリザハンミョウ Cylindera elisae elisae (Motschulsky)です。
赤銅色の地に、緑の縁取りをした黒紫色の窪みがばらまかれています。
拡大するとこんなに鮮やかなのに、人の目ではくすんだ灰緑色にしか見えません。
白い紋が特徴的ですが、この標本は亜硫酸ガス処理をされて、白色をよく保存された個体です。
なお、本個体を含めてきれいで、良く展足された珍しいハンミョウは、全て、ゲンゴロウ図鑑で有名な故・北山 昭さんの採集品です。
かつて、同僚として同じ会社に勤めていた頃、ニコニコしながら「今坂さん、欲しいでしょう。」と言われて、ワンセットいただきました。
その後、2〜3年のうちに亡くなってしまわれたのは、返す返すも残念です。
さて、ホソハンミョウもそうでしたが、Cylindera属では凹みは浅く、顆粒も殆ど目立たないようです。全体に上翅の凹凸は少ないようです。
さらに、トウキョウヒメハンミョウ Cylindera kaleea yedoensis (Kano)ですが、エリザハンミョウより、さらに、凹みは浅く、その間隔も離れているようです。平坦部の大部分が赤銅色ですが、裸眼ではほとんど黒っぽくしか見えません。
ヒメヤツボシハンミョウ Cylindera luchuensis (Brouerius van Nidek)、分布、石垣島、西表島、も同様です。
これらの種は、上翅表面の構造上からも、かなり近縁であることが推定されます。
一方、同属とされているマガタマハンミョウ Cylindera ovipennis (Bates)は、表面はもう少し凸凹があり、凹みの上部は顆粒状とも言えない感じですが、かなり盛り上がって、窪みとの境は垂直に落ち込んでいます。
後翅が退化していることも含めて、Cylindera属の別の種とはだいぶ異質です。平坦部の大部分が赤銅色の盃刻に占められるので、裸眼では、茶色っぽく見えます。上翅中央の紋(写真中)が勾玉の形をしているので、こういう名前が付いたようです。
さらに、別属ながら、タテスジハンミョウ Lophyra striolata dorsolineolata (Chevrolat)、分布、沖縄、石垣島、西表島、もご紹介しておきましょう。
この種は一見して、まったく金属光沢がありません。
夜行性と言われていますから、光りを反射する必要はないのでしょう。
(堀→ホソハンミョウとタテスジハンミョウが夜行性とありますが、おそらそうではないでしょう。灯火に来ることもあるでしょうが、やはり日中に活動しています。金属光沢が目立たないのは、林床性という性質が関与しているように思えます。)
上翅を拡大すると、盃刻があるのは他の種と同じですが、そこには金属光沢は無く、また、凹みも、顆粒もなくて、やはり、その意味でも今まで紹介したどの種とも異質のようです。
日本産でこの種だけ、独立した属というのも頷けます。
だいぶ長くなったので、第一回目はこれくらいにします。何度かに亘って、日本産ハンミョウの多くを紹介したいと考えています。
ところで、ハンミョウのこうした盃刻の色は、何のためにあると思いますか?
私はかつて大発生したエリザハンミョウの調査中に一つの観察をしました。
その場所は、夏のカンカン照りの干拓地で、気温は35℃、地表は40℃以上にもなっていたと思います。エリザハンミョウは、その暑い地表をせわしなく移動しながら、凄い数が群れていました。
スウィーピングの要領で、網を3往復くらいさせると、ネットの下部に数十頭以上が団子になって、入っているのが見えました。
ふと、別の作業をする必要が生じて、そのままネットを地面に置き、ほんの、2〜30秒後にネットを持ち上げました。
中を覗くと、大部分の虫は熱にやられて半死半生の状態でした。
こんな場所に住んでいるくせに、なんと熱に弱いものかと、ビックリしたわけです。
彼等が、足が長く、一つ所にじっとしないで動き回っていたのは、一つには、暑い地表から、なるべく体を離して、体を熱から守っていたんですね。
ということになると、かれらの上翅の構造も、あるいは、効率よく熱を逃がすための構造かも知れません。盃刻の構造は表面積を増大させ、熱の発散効率を上げ、さらに、金属光沢を持つことにより光りと熱を反射させ、体を加熱から守っているのでしょう。
その上、赤と緑を、隣り合わせに配置することにより補色関係を作り、全体としての体色は、地表同様の灰緑色などの地味な色合いに見えるように配置し、捕食者からは姿が見えないようにするとは、なんと巧妙な作りなのでしょう。
最初にお見せした樹林性のヤエヤマクビナガハンミョウや、マレーシア産のハンミョウも、上翅の表面積を凸凹で増大させて熱の発散を良くし、さらに、金属光沢を獲得して(樹上で生活するので金緑に光る)、太陽光を反射しているところまで、裸地性の種とは構造は違っても、機能は全く同じようです。
(その2につづく)
その2